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第五話:ロロノの切り札

【粘】の魔王では作ることができるはずがない強力な魔物がクイナたちの前に立ちふさがった。


 オリハルコンでできたガーゴイル。

 ガーゴイルとは、鉱物で出来た頑強な体を持ち、大きな翼が特徴的な魔法生物だ。

 ゴーレムと違ってけして鈍重というわけではない。飛行能力による立体軌道が可能な上に素早い。

 力も強く、攻撃力、防御力、機動性、そのすべてに穴がない優秀な魔物だ。


 ましてや、オリハルコンの体は硬度も魔法耐性もずば抜けている。


 そんな強力な魔物が、今クイナたちに牙を剥いていた。

 上空に飛び上がり、急降下。

 クイナはショットガンで迎撃するが、その弾丸をはじき、かまわず突進。彼女は持ち前の素早さで、かろうじて回避する。


「ロロノちゃん。あいつ、ロロノちゃんが作るゴーレムみたいなもの?」

「違う、あれは純然たる魔物。生きてる」

「【粘】がこんな魔物を作れるわけがないの……いったい、どんな手品を」


 そうクイナが言った瞬間だった。

 取り巻きであるアダマンタイトのガーゴイルが空から追撃を仕掛けてきた。

 一体、一体なら簡単に打ち倒せるが、オリハルコンのガーゴイルを相手にしながら、これだけの数はさすがに荷が重い。


 ロロノが牽制射撃をするが、こういった硬い相手にアサルトライフル程度では火力が足りない。

 さらに、好機と見るや、【粘】の魔王のもともとの配下のスライムや魚人たちが雪崩を打って襲い掛かってくる。


 そいつらを、混成部隊とハイ・エルフたちが迎撃する。

 指揮官としてクイナは戦況分析をする。


 かなりまずい。少なくともあのオリハルコンのガーゴイルを早急になんとかしないと、全滅すらありえる。


「また、あいつ空に飛び上がったの……あれは何?」


 空に飛び上がったオリハルコンのガーゴイルが両手を広げる。

 圧倒的な魔力の高まりを感じる。


 クイナにすら、恐怖を感じさせる魔力量。

 その段階に至って、クイナは相手の正確な強さを把握する。

 あれは、Aランクの変動レベルで生み出され、極限まで鍛え上げられた魔物。


 今の自分が全力で戦って、ようやく届くレベルの相手。

 あの魔術を放たせるわけにはいかない。そう、彼女は感じると同時に地面に向けて小規模な爆発を起こし、その反動で飛んだ。

 オリハルコンのガーゴイルがぎょっとする。

 まさか自分の支配領域である上空に、このスピードで飛んでくるとは思ってなかったのだ。

 そして、ショットガンのフルオート射撃。

 圧倒的な火力の弾丸が連続して撃ち込まれる。


「GYA!!」


 短期間に連続で叩き込まれる超火力の弾丸の洗礼にはさすがに耐え切れず、吹き飛ばされ、呪文の制御を失うオリハルコン・ガーゴイル。


 だが、最後の意地で発動だけはしたようだ。

 それは隕石召喚。クイナたちをまとめて吹き飛ばすはずだったその魔術は、目標をそれ、深々と誰もいない地面をえぐりクレーターを作った。


 その威力は絶大で、もしまともに受けていたら、クイナでも耐えられなかっただろう。


 クイナが安心したのもつかの間。アダマンタイトガーゴイルの群れが襲い掛かってくる。空中で姿勢が不安定、しかも弾倉の弾を撃ち尽くすフルオート射撃を行ったおかげでショットガンは使えない。炎で迎撃するが、その炎を突き破ってアダマンタイトガーゴイルたちの爪や拳が彼女を襲った。


 全身に傷を負いながら、クイナは地面に叩き付けられた。

 口から血を吐く。

 クイナは笑っていた。


「ロロノちゃん、こいつ、洒落にならないの。本気を出してつぶす。こいつに集中するから、まわりのアダマンタイトは任せたの」


 クイナは自らの切り札たる【変化】を使うことにした。

 それは、成長した自らの未来の姿をとることで、潜在能力を一〇〇%引き出す技。


 強力な分、代償も大きい。一度【変化】を使えば、数時間まともに戦えなくなる。

 だが、ためらっていれば殺される。

 それほどの相手だ。


「【変化】」


 クイナの体が黄金の炎に包まれる。

 炎が晴れる。黄金の髪はより艶やかに長く。

 魅力的な尻尾はよりもふもふに。


 身長が伸び、体が女性的な魅力を備える。

 強く、美しく成長したクイナの未来の姿。


「さて、第二ラウンドなの」


 強敵に向けて、クイナは踏み出す。

 しかし、クイナをロロノが遮った。


「クイナ、役割を変えて。私があのオリハルコンを何とかする。だから、アダマンタイトをお願い」

「ロロノちゃんには無理なの」

「切り札を使う。試したい。それにクイナは十分あいつと遊んだ。次は私の番」


 クイナがロロノの顔を見る、そこには自信と、そしてなぜか楽しそうな気配があった。


「……わかったの。でも、水晶を砕くのが第一。今からクイナは取り巻きをぶっ潰すの。もし、それが終わってまだロロノちゃんが敵を倒してなかったら容赦なく横取りするの」

「わかってる。大丈夫、一瞬で終わるから」


 ロロノは背中に背負っている鞄の中身をぶちまける。

 そこには無数の銀色の金属パーツがあった。


「”父さん”に名前をもらって手に入れた力。ここで使いこなして見せる。……【着装】」


 親愛を込めて、特別な時にしか使わないプロケルの呼称を使う。

 それは彼女なりの覚悟だ。

 ロロノは、力強く叫んだ。

 無数の金属パーツが宙に浮かび上がり、ロロノに向かって飛ぶ。


 素早くジョイント、数十のパーツはロロノをまとう軽装となる。メタリックで不思議な光沢を放つ軽装は、銀髪の美少女であるロロノにはよく似合っていた。


「【機械仕掛けの戦乙女】。ただの石の化け物に、私の技術の結晶が負けるわけがない」


 その言葉とともに、彼女は何もない空間を踏み、銃弾のような勢いで飛び出した。


 ◇


 ロロノは、名前を与えられ【誓約の魔物】になったとき、新たな能力に目覚めた。


 それは、魔力の物質化。自らが実行可能な魔術を一つだけ内包した物質の【具現化】。


 間違いなくエルダー・ドワーフたる自分の特性と、【創造】の魔王プロケルのユニークスキルが組み合わさった能力だ。生産スキルとしては破格の能力だろう。

 だが、それを普通に使っても、自らが行使できる魔術を楽に使えるようになるメリットしかない。

 もちろん、他者が使えばまったく違うが、ロロノにとっては強さに直結しない。


 結局、ロロノは自分が生産者であり戦うものではないと思い知らされる。だが、彼女はあきらめなかった。


 父と自分の力が合わさった【具現化】で誰よりも強くなることを目指した。

 その執念の先にたどり着いたのが、【超多機能型戦術統合ユニット】である【機械仕掛けの戦乙女】だ。


【具現化】したものが単一機構しかもたないなら、それらを部品にしてくみ上げ、制御ユニットで統合した、一つの複合ユニットを作ればいい。


 たとえ、クイナや自分ほどの演算能力があろうと不可能な、多種類の魔術の同時展開による圧倒的な戦闘力と対応力。それこそが……


「舞え! 【機械仕掛けの戦乙女】!」


 まず、ロロノはくるぶしに設置された磁場生成ユニットで空中に磁場を形成し、それを踏みぬくことで超加速を行う。

 さらに空中で連続磁場の形成、踏み込みを行う。

 加えて、重力制御ユニットにより進行方向に対する重力の方向転換。


 これによりロロノは空中での立体超高速軌道が可能になる。

 オリハルコンのガーゴイルが驚愕の表情を浮かべる。

 彼は、身の危険を感じ距離を取ろうと翼に力を入れる。自らの最速、それもじぐざぐなアクロバットな飛行。

 確実に引き離した。そう彼が確信して振り向くが、平然と銀色の少女は追走、いや距離を詰めてきている。


「遅い。それじゃ私を引き離せない」


 オリハルコン・ガーゴイルの驚愕が大きなる。地を這う、翼をもたない敵が自分よりも速く空を舞っている。

 それは彼のプライドを著しく傷つけた。

 彼は手をロロノのほうに向け、オリハルコンのつぶてを放つ。それはさながら散弾。


 だが、ロロノには通じない。胸部ユニットが思考能力と反射神経を加速させ、腹部ユニットが身体能力を強化。

 散弾を完全に見切り、すり抜けながら、避けようのないものは硬化の機能をもったガントレットではじく。


 ついに追いついた。ロロノは拳を突き出す。それはガーゴイルの翼の根元に当たった。


 クイナのショットガンすら防いだ体、それが簡単に砕けガーゴイルが墜落していく。

 ナックルの機能は超振動による物質破壊だ。


「これでとどめ」


 ロロノの腰にマウントされていた巨大な銃が墜落してゆくガーゴイルに向けて構えられる。

 それは、自らの技術の粋を集めて作った銃だ。

 世界最大の口径と破壊力を持つ、超大口径ライフル弾95口径JDJに対応した巨砲。

 装甲車を撃ち抜くことを目的としたアンチマテルアルライフルの弾丸をさらに二倍近く大きくした、冗談にしか思えない弾丸。

 そんな化け物を火薬を魔力を込めることで従来の火力を凌駕するミスリルパウダーに変え、弾頭の材質をオリハルコンに変えることでさらなる進化を遂げさせている。


 その弾丸を放つ銃がただの銃であるはずがない。クイナやエンシェント・エルフの武器を開発したときのノウハウを活かし、ただでさえ規格外な威力を【加速】と【回転】でさらに威力を増している。

 威力が増した分反動がおかしなことになっており、生身ではこんなものは使えない。銃身が大きくぶれてまともに狙いがつけられないのだ。【機械仕掛けの戦乙女】を着装しているからこそ使用可能なのだ。

 そして異質なのは銃身が二つ並列に並んでいること。

 きわめてシンプルな思想。弾が二つになれば威力が二倍。


「さよなら」


 ロロノがトリガーを引いた瞬間。まるで落雷のような轟音が響く。放たれた弾丸は、超高速で吐き出されガーゴイルが地面に落ちる前に直撃し、粉々に砕いた。いかにオリハルコンのガーゴイルといえど、こんな規格外に耐えられるはずがない。

 ロロノは安堵の息を漏らす。


「ふう、初めての実戦だけどうまくいった。これで私もマスターの【誓約の魔物】だって胸を張っていえる」


 ゆっくりとロロノは着陸し【機械仕掛けの戦乙女】を解除する。

 一つ一つの機能はさして強力でなくても、演算リソースを使わずに同時に多数の力を使用するというコンセプトは成功だ。まだまだ改良できるところは多い、もっと鍛えていこう。

 さまざまな問題も確認できた。

 一番は魔力消費の大きさ。いくら演算リソースを使わないと言っても消費する魔力はどうにもならない。

【機械仕掛けの戦乙女】をまとっている間は、常に全力全開の魔力放出が求められる。そうそう長くは使えない。実際、この短時間で七割の魔力が消失した。ルフのリンゴを食べた状態でこれだ。なんとかしないとまずい。

 クイナが尻尾の毛に魔力をため込んでいたことをロロノは思い出す。今度むしってバッテリーに使えないか試してみようと彼女は決める。数十万本のうち一〇〇本ぐらいしか魔力をためていないようだし、残りを有効活用するべきだ。


「ロロノちゃん、すごいの」


 アダマンタイトのガーゴイルを一蹴したクイナがロロノに抱き着く、彼女はもういつもの姿に戻っていた。

 あの姿は負担が大きい。ロロノが勝てると判断した瞬間に【変化】を解いたのだろう。


「ん、マスターの【誓約の魔物】としてこれぐらいはできて当然」


 照れくさそうにロロノはそうつぶやく。


「それより、クイナは大丈夫?」

「ちょっときついの。【変化】の反動でくらくらする。今、根性で耐えてるけどそろそろ眠っちゃいそう」

「そうなる前に、はやく水晶を砕く」

「うん、そうしないとまずいの」


 二人を先頭に、第一部隊の魔物たちが最奥を超え、水晶の部屋にたどり着いた。

 そこには醜い二足歩行のカエルがいた。【粘】の魔王ロノウェだ。


「くっ、くるな。おいらの水晶を壊させないんだな」


 数少なくなった配下と共に水晶の前で仁王立ちになり、必死に守っているようだ。


「邪魔」


 しかし、ロロノは無情にもアサルトライフルを引き抜き、器用にロノウェを避けて水晶を打ち抜いた。

 水晶は粉々に砕ける。


「あっ、あっ、あっ、おっ、おいらの水晶が」


【粘】の魔王が支配していた、数少ない生き残りの魔物が消えていく。

 数体の悪魔型の魔物が居たが、そいつらは逃げていった。

 ロノウェの魔物ではないから水晶を砕かれても生き残ったようだ。

 ダンジョンのほうも地響きが始まった。

 もうすぐ、崩落が始まるだろう。


「かえせ、おいらの、魔物を、おいらのダンジョンを返せよ!」


 目に涙を浮かべてロノウェはロロノに殴りかかる。

 だが、ロロノはあっさりと躱して、組み敷いた。そして銃口をこめかみに充てる。


「答えろ。どうして、最後のフロアにあんな強い魔物が居た」


 ロロノの関心はもうロノウェにはなかった。あの化け物がいた理由に向いていた。


「おっ、教えるわけないんだっ、あっ、ああああ、おいら、おいらの腕がぁぁぁあ」


 ロロノは無言で左肩を銃で打ち抜いた。ロノウェの肩に穴が開き、血が飛び散る。


「答えろ。じゃないと次は左足、それでも答えなければ殺す」 


 その秘密を知らないといけない。敬愛する父の命にかかわることだ。彼女はどこまでも冷徹になる。


「いだい、いだい、いだい」


 ロノウェはただ泣き叫ぶ。ロロノはいら立ちこめかみに充てた銃でぐりぐりとこめかみをえぐった。


「三秒待つ。聞かれたことだけに答えろ」


 ロノウェがロロノの目を見る。その目を見て確信した。

 あれは確実に自分を殺す目。

 自分に対する関心がまったくない。


 絶対に隠せとザガンには言われている。だが、こんな目にあわされて立てる義理なんてない。


「おっ、おいらを殺さないって約束するなら教えてあげるんだな」

「約束する」


 ロロノの言質を取るとロノウェはぽつぽつと真相を語り始めた。

 ロロノが、それを聞いて舌打ちした。


「クイナ、まずい。ってもう寝てる」


 クイナは【変化】の反動で意識が飛んでいた。

 ロロノは思考を巡らせる。

 自分がどうするべきかを。


 ダンジョンの最奥でプロケルとルフたちがオリハルコンのガーゴイル並みの強力な魔物と敵対することなるリスク。

 アヴァロンが、あのレベルの魔物に襲撃されるリスク。

 どっちのほうがまずいか。


「ルフを信じて、ワイトたちのところに行って防衛を強化しかない」


 そう結論づけて、彼女は動き始めた。

 クイナを背負って、アヴァロンのダンジョンに最速で戻る。

 そうした理由は明白だった。ロロノはエンシェント・エルフが負けるところを想像できなかったのだ。


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