第四話:存在しないはずの強敵
「クイナ、銃弾には限りがある。できるだけ温存」
「わかってるの。ロロノちゃん」
第一フロアを抜けたあと、まっすぐにクイナ率いる第一部隊は駆け抜けていた。
第二フロアは複雑な迷宮になっていたが、ハイ・エルフが居る以上、迷わない。
ハイ・エルフは風と意識を同調させることで周囲の地形を把握することができる。
さすがにエンシェント・エルフのように数キロ単位の索敵は無理だが、数百メートルぐらいなら悠々とこなす。
それだけあればよほどのことがない限り対応できる。
「クイナ様、前方の曲がりかどに敵が待ち伏せしています」
「わかったの」
クイナは足を速める。手には炎の玉が用意されていた。
角を曲がる瞬間にその炎をぶつける。待ち伏せをしていたスライムは激しく燃え上がった。
スライムは物理攻撃には耐性があるが、炎には弱い。
「先を急ぐの」
クイナが第一部隊の面々に声をかける。
彼女の強さは信頼感に繋がり、第一部隊の士気を高めていた。
「クイナ様、飛行型の魔物がこちらを偵察しているようです」
「ハイ・エルフ、撃ち落とせる?」
「十分に射程範囲内です」
「なら、任せたの」
「はい!」
ハイ・エルフが背中に背負っていたアンチマテリアルライフルを構える。
これは、エンシェント・エルフと違ってカスタマイズはされていない。
彼女たちには風の仮想バレルの展開も射撃時の反動の打ち消しも手に余るため、エンシェント・エルフのような特注品はむしろ戦力の低下につながる。
だが、無改造といえど、装甲車を撃ち抜くアンチマテリアルの威力、そして魔術によって風の影響を受けない超高精度の射撃は十分すぎるほどの有効だった。
ハイ・エルフがしっかりと狙いをつけ、上空からクイナたちを監視していた悪魔を撃ち落とした。
五〇〇メートル先の長距離射撃だが、ハイ・エルフたちにとっては造作もない。
「クイナ、これを食べておくといい」
エルダー・ドワーフのロロノが、リンゴを投げ渡す。
「これ、ルフちゃんのリンゴ?」
「ん。始まりの木の特別な奴」
「助かるの!」
クイナが美味しそうにリンゴを頬張った。
すると体の奥底から力が湧いてくる。疲れが取れて、魔力の回復が速まっていくのを感じる。
エンシェント・エルフが育てたリンゴの力だ。
自己治癒力、魔力の自然回復量が跳ねあがり、多少の状態異常は回復し、一時的にさまざまな耐性を得る。
「ロロノちゃんも食べるの」
「助かる」
クイナが半分かじったリンゴをロロノに投げ渡す。
それを受け取ったロロノはかじりながら、壁に手をあてる。
すると、数メートル先で悲鳴が聞こえた。
ロロノが魔力で土壁から槍が生やして、敵の魔物が串刺しになったのだ。
ハイ・エルフが風と意識を同調できるようにロロノは土と意識を同調する。
それにより、魔物の位置がわかるし、仕掛けられた罠を事前に確認できる。
「おみごとなの。ロロノちゃん」
「クイナもなかなか」
二人はお互いを褒め合う。
敵が弱いおかげで銃を使うまでもない上に、Sランクのただでさえ優れた魔力回復量が、エンシェント・エルフのリンゴで強化されているおかげで、自然回復量が消費量に追いついてしまっている。
しょっぱなの大量虐殺に恐れをなし、少数での散発的な攻撃しかできない【粘】のロノウェだが、その程度の負荷では、彼女たちを疲れさせることすら出来ていないうえに、経験値を献上するだけの逆効果だ。
「それにしても、ただの果物なのにすごい効果なの」
「同感、伝説のポーション並み。【錬金術師】として微妙にジェラシー」
「これだけの効果があるなら、もっとたくさんの木を特別な木にすればいいの」
「それは無理だと思う。ルフはああ見えて、マスターにべた褒れしてる。マスターが特別な木って言った最初の木で、私たちみんなの思い出の木だからこそ、特別に力を入れて世話してる。馬鹿みたいに魔力を込めた特濃の【生命の水】作って毎日注いでるし、それに耐えられるように、あの子は存在を造り変えてる。あれ、リンゴっていうより、もう世界樹とか、そんな感じ」
「最上位エルフのルフちゃん汁を毎日吸ってる上に、そこまで手間かけているなら納得なの。あの木、うっかり倒しちゃったらどうなると思う?」
「たぶん、殺される。本気で怒らせたとき私たちの中で一番怖いのはあの子」
雑談をしながらも二人は一切の油断も無駄もなくダンジョンを攻略していく。
しかも銃弾も魔力も大量に温存し、味方の被害もゼロの状態でだ。
そして、あっという間に最下層の最終フロアに着いた。
それは、【創造】の魔王プロケルすら予測すらしない速さだった。
◇
【粘】の魔王の最終フロア。
そこは、最初のフロアと同じ。地底湖が中央に置かれ、あとは広々とした洞窟だ。
とくに罠がある様子はない。
しいて、言えば最初のフロアよりもBランクの魔物が多いぐらいだ。
「もう、銃の温存はしなくて良さそうなの」
「ここが終着点、思いっきり暴れられる」
クイナがエルダードワーフであるロロノが作り上げた改造ショットガン、カーテナ改 EDS-03を取り出し、ロロノはMK417。アサルトライフルの名機MK416を威力の高い7.62mmに対応させた高火力の銃に弾丸を装填し構える。
「ロロノちゃん、結局自分の武器の改良は間に合わなかったの?」
「ちゃんとできてるし、もってきている。ただ、私の武器は銃じゃない」
「背中に背負ってるカバン、その中にあるのがそれなの?」
「ん。強敵に出会ったときに使うと決めてる」
ロロノはどこか自慢げな顔をする。
彼女は自分の戦闘力がクイナやエンシェント・エルフに劣っていることを自覚していた。
そして、その差を埋めるために新たな武器を作り上げていたのだ。
さまざまな試作品を作ったが、納得のいくものはできなかった。
だが、【誓約の魔物】になったときに目覚めた新たな力、それにより一気に武器の開発は進展を見せ、ようやくロロノ専用の武器が完成した。
彼女の見立てでは、十全に性能を発揮すれば、クイナやエンシェント・エルフに追いつくどころか追い抜けるはずだった。
そして、その武器はロロノにとって特別な存在になっていた。
【創造】の魔王プロケルの能力の影響を受けて得た特殊能力で作った武器は、ある意味、自分とプロケルの子供なのだから。
「でも、ロロノちゃん。今日は出番がなさそうなの」
「同感、ここの魔王は弱い」
ここまでまったく歯ごたえがなかった。
ここから、Sランクたる自分たちが手こずるような魔物が出てくるとはクイナには思えなかった。
この最終フロアも、どこか余裕のある戦いで敵の魔物を掃討していく。
もうそろそろ、水晶の部屋への入り口が見えてくる。
そう、クイナが考えたときだった。
ハイ・エルフが悲鳴を上げる。
「クイナ様、何か上から、大きくて、強くて、速いのが来ます!」
クイナはハイ・エルフの警告と嫌な予感に従い即座にバックステップする。
次の瞬間だった。轟音がして地面が抉れる。
音速を超える速さで何かが降ってきた。
それが何かを確認すらせず、クイナはショットガンのトリガーをひく。カーテナ改 EDS-03は魔力を宿すことで、二段加速でとてつもない威力になる。
散弾が何かに直撃し、吹き飛ぶ。
クイナは唇をかむ。
「この子で、貫通できなかったの?」
それは異常だ。
もし、自分が喰らっていたら、確実に弾丸が貫通している。それは敵の防御力が自分を超えていることを意味をする。
たしかに、自分の防御力はさして高くない。だが、Aランクの上位ぐらいにはある。
もし、これを防げるとしたら……
「Aランクの最上位、もしくはSランク並みの力を持つ敵ってことなの」
その彼女の問いの答えがでないまま、煙が晴れる
そこに居たのは巨大な翼の生えた石造。一般的にはガーゴイルと呼ばれる魔物だ。メタリックに輝く体は、自らの愛銃にもしようされているオリハルコン。
内包する魔力は、自分とほぼ同等。
明らかに【粘】の魔王で使役することができない強大な魔物だった。
そんなことを考えていると、オリハルコンのガーゴイルが叫び声をあげた。
一つ、二つ、三つ、次々に空から影が降ってきた。そのすべてがガーゴイル。総勢一〇体の増援。
肉体はオリハルコンではなく、アダマンタイト。
最初の一体に比べれば、さほど強い魔物ではないが、それでもAランク下位の力は感じる。
「ロロノちゃん、ちょっとまずいかもしれない」
直感でわかる。あれとは相性が悪い。
炎に対する耐性は最高クラス。飛行能力を持ち、スピードを自分も上回る。頼みの綱の銃も有効打にならない。
さらに、ロロノ以外の仲間たちは、取り巻きの連中に勝てず、かばいながら戦う必要がある。
……そんな状況なのにクイナは胸の奥からわきあがってくる愉悦を感じていた。
久しぶりに本気で戦える相手、自分の全力を試すことができる。
「クイナ、楽しそうな顔してる」
「やっぱり、ロロノちゃんにはわかっちゃう?」
「うん、新しいおもちゃを見つけた顔」
「久しぶりなの。こんな相手。戦うのが楽しみ」
「……悪いけど、駄目。今回は私の出番」
ロロノは背中のバッグを揺らす。
そこにあるのは彼女の秘密兵器。彼女もまた、自らの新しい力を試したくて仕方がなかった。
強い敵ではないと真価を発揮できない。
「んー、じゃあ、競争なのロロノちゃん」
そうして、新人魔王同士の【戦争】ではありえない。
Sランクの魔物と、鍛え上げられたAランクの魔物との戦いが始まった。




