第二話:天狐本来の力
【戦争】が始まった。
戦争開始と同時に【創造】の魔王プロケルのダンジョンから複数の影が飛び出した。
その先頭は金髪のキツネ耳美少女と、銀髪の美少女だ。
「クイナ、飛ばし過ぎ」
「おとーさんが、速くって言ったの」
金髪と銀髪の美少女の正体は【創造】の魔王プロケルが作り出したSランクの強力な魔物だ。
天狐であるクイナが疾走し、その背中をエルダー・ドワーフのロロノが追いかけている。
彼女たちは【粘】の魔王が作り上げた鍾乳洞型の洞窟を目指していた。
「私はともかく、他の子たちがついていけない。少し頭を冷やすべき」
「あっ、悪かったの」
クイナが少しペースを落とす。おかげで後続に控えていた第一部隊のハイ・エルフたちが追いついてきた。
彼女たちは周囲の状況を確認する。
周囲に自分の味方の魔物以外はいない。敵方の魔王たちはまだ攻めてくるつもりはないみたいだ。
「ロロノちゃん、どう思う?」
「様子見してることは間違いない。普通に考えて、マスターが攻めて来て、守りが手薄になったところを狙っていると思う」
「うん、クイナも同意見なの」
クイナがにやりと口元を歪ませた。
「何かするつもり?」
「おとーさんは派手に言ってたの」
クイナが魔力を高める。当たりの空間が歪むほどの大魔力だ。
金色でもふもふ尻尾の毛が逆立つ。
彼女の金色の尻尾の毛は一本一本が魔力をため込むバッテリーの役割を果たしていた。
一本につき、Bランクの魔術特化型魔物一体分の魔力をため込むことができる。
尻尾の毛は魔法道具の材料として優秀で、魔力をため込んだ天狐の尻尾の毛は一本で冒険者たちの一年分の収入にも匹敵する価値がある。
今まで、クイナは魔力をせっせと尻尾のもふもふの毛にため込んでいたのだ。いざというとき、父と慕う【創造】の魔王のプロケルの役に立つために。
魔力をため込めた理由の一つに銃という、魔力を使わずとも高い攻撃力を出せる武器を使い続けたということがあげられる。
彼女が魔力をチャージしている尻尾の毛は全部で一二〇本。
その魔力総量は、一軍にも匹敵する。
それだけで、いかに天狐という存在が規格外かがわかる。
「ロロノちゃん。敵がカウンターを狙う以上、高確率ですぐに出られる位置にたくさんの戦力を集めているはずなの。そこにいきなり、大きいのをぶち込むの♪」
クイナは、自らの制御限界ぎりぎりまで魔力を使った魔術を起動するつもりで、予備バッテリーである尻尾の毛から魔力を取り出している。
使用するのは三〇本。Bランクの魔物の三〇体分の魔力をたった一撃の魔術に使う。
さすがの彼女もこうして予備バッテリーである尻尾の毛を使わないと一度にこれだけの魔力を放出はできないが、その威力は絶大だ。
「クイナを見ていると自分の中の常識が壊れていく気がする」
「ロロノちゃんもすごいの。クイナじゃ絶対に銃なんて作れない。クイナの魔術は範囲破壊に特化しすぎてる。全力で放っても単純な破壊力なら、エルちゃんが作ってくれた、ショットガンにはかなわないの」
彼女が言ったのは謙遜ではない。事実そうなのだ。
クイナはだからこそ、銃を愛している。
根がリアリストなので、無駄なことはしない。銃が有用だと判断しているからこそ彼女は愛用している。
「ん。わかった。久しぶりに天狐としての力見せつけて」
「やー♪ ロロノちゃん、ちゃんと見てるの。あと、ルフちゃんの妹たち。力を貸してほしいの」
クイナは追走しているハイ・エルフたちに話しかける。
「はい、クイナ様。クイナ様の炎、私たちの風で援護します」
「さすがはルフちゃんに鍛えられているだけのことはあるの」
クイナが微笑む。
風は炎の勢いを増すことができる。Bランクという強力な魔物であるハイ・エルフの風であればなおさらだ。
もともと、クイナはエンシェント・エルフと共に合体技を開発していた。
そして、その技をエンシェント・エルフはハイ・エルフたちに伝授している。
「いよいよ、敵のダンジョンなの! みんな気を引き締めるの!」
クイナの背後に居る魔物たちが頷く。
そして、ついにダンジョンに入った。
◇
クイナたちが侵入したダンジョン、最初の部屋は広い空間だった。
中央に地底湖が出来ており、水棲型の魔物が泳ぎ、両側の地上部には、スライムやカエル、魚人型の魔物がひしめいている。
総勢で五〇体は居るだろう。
それだけの数が集まっていたのは、【鋼】の戦術が原因だった。誰か一人が攻められたら、すぐにでも残りの魔王が、【創造】のダンジョンを攻められるように全魔王に入り口付近に戦力を集めるように指示していたのだ。
クイナは不敵な笑みを浮かべる。
「獲物がたくさんいるの。障害物はない。広い空間、おあつらえ向き。おとーさんの期待通り、でっかい花火を打ち上げられそうなの」
クイナたちに気付いた魔物たちが叫び声をあげ、敵意の視線をぶつける。
だが、そんなものに恐怖を感じるクイナではない。
ここに強者はいない。せいぜいBランクが数体。自分の敵として見るにはあまりにも頼りない連中だ。
自らが練り上げた術式はすでに臨界。今か、今かと解放されるのを待っていた。
怒涛の勢いで敵の魔物たちがなだれ込んでくる。
半魚人の魔物は、不格好な槍を構えて、スライムは己の体を波打たせながら、カエルの魔物は下卑た目で両手を動かしながら。
彼らは知能が低すぎた。目の前にいるクイナ……天狐という規格外の魔物の力を見抜くことができなかったのだ。
もし、魔術に造詣が深い魔物が居たなら、目の前の魔物がどれほど致命的な威力をもった魔術を準備しているか見抜けていただろう。
「これが開幕の狼煙。おとーさんの魔物の力、思いしるがいいの! 【金炎煉獄】」
クイナが手のひらを前に向け、炎を放つ。
そこに、背後からハイ・エルフ二体が放った緑の風がまとわりついた。
あたり一面が火の海になる。
自然界には存在しない金色に染まった炎。
それはコールタールのように半ば質量をもって広がっていく。
階層そのものが金色の炎に包まれる。
クイナは敵の大群に向けて、魔術を放ったわけではない。
このフロア全てを燃やし尽くしたのだ。
これはもはや、対界魔法と言っていいほどの大魔術だ。
爆発音が響いた。一瞬にして地底湖の水を蒸発したことにより、水蒸気爆発が発生したのだ。哀れにも何体もの魔物がその爆発に巻き込まれた。爆風がクイナたちの頬を撫でる。
「みんな、クイナから一歩でも前に出たら死ぬから注意するの」
クイナの炎は完全に制御されており、彼女の背後には一切の影響を与えない。
だが、一歩でも前に進めば彼女の守護領域から外れ、味方にも容赦なく牙を剥く。
天狐の本気の炎は全てを燃やし尽くす。
五分ほど経ちようやく炎が消えた。
半径にして五〇〇メートルはあった広い鍾乳洞のエリア。それが全て焼き尽くされていた。
魔物は一体残らず灰になり、地底湖は蒸発して存在自体がなくなる。
これがSランクの魔物の本気。
尻尾の毛三十本に魔力をため込むにはいかにクイナと言えど半月以上かかる、それだけの魔力を放出し、さらにハイ・エルフの力を借りたとはいえ、あまりにも異常な力。
クイナは一瞬誇らしげに鼻を鳴らしたあと、自分が率いる第一部隊に向かって声をかける。
「さあ、みんないくの。これで【粘】の魔王の攻撃用の戦力は減ったし、守りをがちがちに固めようとするはず! 今が攻める好機なの!」
時間がない。彼女の父は自分に一刻も早く水晶を砕けと言ったのだ。その命令を執行しないといけない。
父の期待通りに、いや父の期待以上に速く水晶を砕き、大事な街、アヴァロンを守るために舞い戻る。そしてたくさん褒めてもらおう。そのことだけをクイナは考えていた。
彼女の考えは間違っていない。
だが、予測し得ない強大な存在というイレギュラーが、最奥には潜んでいた。




