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第二十一話:密談

 朝が来た。今日は同期の魔王と会う日だ。

 俺は自室のベッドで目を開く。

 両腕に重みと温かさを感じる。


「おとーさん、おかわり」

「マスター、撫でて」


 右腕にキツネ耳美少女のクイナが抱き着き、左腕に銀髪美少女ドワーフのロロノが抱き着いて寝息を立てていた。


 二人とも薄手のパジャマを着ている。

 クイナは抱き着くだけじゃなくて、しっぽを足に絡めてきていた。もふもふの感触が心地いい。

 俺の部屋ではキングサイズのベッドが用意されており、みんなで一緒に眠っているのだ。

 彼女たちは、柔らかくいい匂いがする世界最高の抱き枕。心労が多い俺の心を癒してくれる。


 エンシェント・エルフはクイナの隣で姿勢よく寝息を立てていた。

 眠る場所はローテーション式だ。今日はたまたまこの配置で、毎回俺の両隣は変わっている。

 愛する娘たちの寝顔を眺め、起こさないように優しく撫でる。幸せそうで、安心しきった顔だ。

 この子たちのいる幸せな生活を守らないと。俺は改めてそう思った。

 

 ◇


 朝食を終えてから、転移陣を使い、エクラバのスラム街にある廃屋の中に転移した。

 滅多に人が来ないので転移陣をここに仕掛けている。

 街の中に直接跳べるのはいろいろと便利だ。


「クイナ、そんなにはりきらなくてもいいぞ」

「だめ、今日はおとーさんの護衛なの。油断できない。魔王とその配下はお互いを傷付けられないって言っても、抜け道はいくらでもあるの」


 クイナが面白いことを言った。

 その言葉は間違っていない。

 たとえば、凶暴で狂った魔物を呼び出し、支配を解く。すると、もう配下ではないので、暴走に敵対する魔王が巻き込まれても知ったことではない。

 他には、強い人間を雇って襲わせる。

 ぱっと考え付くだけでも、これらの方法が存在する。


 実を言うと、ロロノもエンシェント・エルフもついてきたいと言ったが、留守番を頼んである。

 魔王たちが何かを仕掛けてくる可能性もある。この状況では街に戦力を残しておきたいし、彼女たちには街での仕事がある。

 クイナを選んだのは、それが彼女の役割だからだ。

 小回りがきき、【変化】を使え諜報能力に優れた最強の戦力。街を離れるときの護衛はクイナを最優先で選ぶ。


「わかった、おまえの力頼りにさせてもらう」

「うん、おとーさんには指一本触れさせないの!」


 クイナが、よりいっそう気合を入れた。

 俺は苦笑し、待ち合わせ場所に指定されているカフェに向かった。


 ◇


 待ち合わせのカフェは、随分と高級そうな店だった。

 品の良いコーヒーの香りが漂ってくる。


 この街ではコーヒーは高級品だ。

 俺が近づくと、テラス席で茶色の髪をした青年がひらひらと手を振った。

 洒落たジャケットを身に纏った優男。

 身に纏った魔力で相手が俺と同じ魔王だという事がわかる。

 あいつが俺を呼び出した魔王かであることは間違いない。


 それにしても随分と街に順応している。暇つぶしに人間の娯楽を嗜む魔王が多いとはマルコから聞いたことはあるが、彼ほど街に溶け込んでいるのは特殊な例だろう。


「やあ、よく来てくれたね。僕は【鋼】の魔王ザガンだ」

「俺は【創造】の魔王プロケル。俺を呼び出した用件を聞こうか」


【鋼】か、【夜会】では話せず、面識がないので自己紹介から始めた。

 ただ、彼の【鋼】がBランクであることは知っている。

 普通に戦えば、まず負けることはありえない。

 情報収集によって、同期の魔王たちのメダルのランクはおおよそ把握している。


「僕たちが会う目的なんて、一つしかないよね。【戦争】についてだ。あらかじめ伝えておこう。僕は二人の魔王と同盟を結んでいる。つまり、三人がかりで【戦争】を挑む準備がある」


 なるほど、それがこの男の自身の源か。

 俺の強さを【夜会】の余興で知りつつ【戦争】をふっかけるなら、それぐらいの準備が必要だ。


「そうか」

「驚かないのかな?」

「それぐらいは想定済だ。でっ、今日は優位な状況を盾にして脅しに来たのか? それとも、この場で三人がかりで俺に【戦争】を仕掛けるつもりか?」


 基本的には、そのどちらかだと思っている。

 実際に俺と【戦争】をすれば、たとえ三人で同盟し、勝てたとしても、自分たちが甚大な被害を受けることを【鋼】の魔王ザガンも理解しているだろう。

 それを避けるために、同盟の戦力を盾にして脅しを行うということも十分考えられる。


「くすっ、あはははは、まったくなんて人だ。この状況でその余裕。これが強者というものか。ここで動じてくれるなら交渉がやりやすかったのに」


【鋼】の魔王ザガンはその端正な顔を歪めて笑う。


「【創造】の魔王プロケル、あなたは強い。三人の魔王を相手にしても勝算はあるご様子だ。だけど、確実ではない……それどころか分が悪いと考えているのではないかな? それにね、僕自身も、あなたを相手にすれば相当の被害を覚悟する必要がある。できればやりたくない」

「さあ、どうだろう? まあ、たとえ相手が一人だろうが確実な勝利なんてものはないと考えていることだけは言っておこう」


 慢心してはいけない。

 どこに落とし穴があるかわからない。


「いい心がけだね。だけど、確実に勝てる方法があるとしたら?」

「何?」


 きな臭くなってきた。これでは俺を敵として見ているのではなく、協力者として見ているような雰囲気が伝わってくる。


「僕の同盟者の二人、彼らには、まず僕が降伏勧告をし、あなたがそれを受け入れなければ即座に宣戦布告をすると告げている。彼らは、いつでもここに転移できるように準備をしているんだ。一応聞くが、降伏するつもりは?」


 まあ、そうだろう。三人で同盟を組んでいるならそれしかない。


「するわけがないだろう」

「でしょうね。なら即座に残りの二人を呼んで宣戦布告をするしかないですね。だけど……二人があなたに戦争を挑んだ後、僕はあなたではなく二人に戦争を挑もうと思っている」


 少し驚いた。

 そして、こいつの考えていることを理解した。

 なるほど、そういうことか。


「三対一の戦いではなく、二対二の戦いになるよね。こうすればまず負けない。なぜなら、残りの二人はあなたより……そして僕より弱い。確実に勝てる。これで僕たちは他の魔王の水晶を砕いて条件をクリア。戦争をする必要がなくなる上に、あらたなメダルを得ることができる」

「なぜ、そんなことをする?」

「そちらのほうが得だから。僕たちは、同期最強のあなたに【戦争】を仕掛けられるのが怖くて、策を弄したわけだけど、三人であなたを倒したところで、あなたの水晶を砕けるのは一人だけ。残りの二人はまた戦争をしないといけない」


 そのルールは知らなかった。

【戦争】をするというのは、勝利条件の水晶を砕くまでか。

 なら、彼の言うことは正しい。


「あなたという強敵と戦い、多数の魔物を失いながら水晶を砕く一人になるよりも、あなたと協力して雑魚を倒したほうがいい。あなただって、三対一で僕らと戦うよりもずっと楽なはずだ。一応条件として、今後僕に【戦争】を仕掛けないことを約束してもらいますよ。それは、一年が経ち自由に叩けるようになっても」


【鋼】の魔王の提案。

 これは驚いた。俺の想定していた選択肢ではなく、第三の選択肢を用意してくるなんて。

 確かに理に適っている。俺もこの男も得をするのは間違いない。

【鋼】の魔王ザガンは、俺がこの提案を受けると確信しているのか、にやにやとした表情を浮かべている。


「そうか、わかった。【鋼】の魔王ザガン。おまえの提案を」


 利益だけを考えるなら断る理由がないだろう。だが……。


「断らせてもらう」


 すっぱりと拒否をした。

【鋼】の魔王ザガンはよほど意外だったのか、目を見開き驚いている。

 まったく、こんなもの受けるはずがないのに。

 この男は交渉においてもっとも大事なことを見落としている。

 さて、本当の交渉を始めようか。



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