第十六話:商人
街が出来てから一週間たった。
人がどんどん増えている。今のところ一日二〇〇人ぐらいは客が訪れているし、宿はだいたい五〇人ぐらいは毎日泊まってくれている状況だ。
DPも、どんどん溜まっていっている。
まる一日居座ってくれればそれだけで平均で5DPほどは入っているようだ。
五〇人居れば250DP手に入る。立ち寄るだけの客もなんだかんだ言って、一人あたり平均2DPは落としていくので、今の収入は一日500DPほど。
この街はいろいろと人間の欲を刺激しているらしく、想定以上に感情が揺れ動ているからこそのこの収入だ。
今はまだまだ、クイナたちと【紅蓮窟】に潜って狩りをしたほうがDPを稼ぐ効率がいいが、人はどんどん増えていく傾向だ。収入も上がっていくだろう。
安定した収入源が出来たので、安心して【戦争】に備えて、凶悪なダンジョンを構築できる。
いいかげん、【戦争】の準備を始めないとまずい。
他の魔王たちが、人間を接待することも考えてダンジョンを作っているなか、殲滅することだけを考えたダンジョンを作れるのは俺のアドバンテージだ。
「ようやく、ここまで来たな。頭痛の種は尽きないが」
……ただ、問題がないわけではない。
血の気が多い冒険者が数多くやってくる以上、当然冒険者同士のトラブルも多くなる。
それに盗難も。とくに剣を盗もうとするやからが多い。
ただ、どちらもゴーレムが力技で解決してくれている。
暴力行為が起こればとりあえずゴーレムが鎮圧するし、商店の商品を無断で持ち出そうとすれば監視のゴーレムが取り押さえる仕組みだ。
ほかにもリンゴ泥棒や、宿代を浮かせるために移民用の家に勝手に住み着こうとしたり、可愛らしい妖狐やハイ・エルフ、ドワーフスミスたちを性的な意味で襲おうとするものが後を絶たない。
……その全てをゴーレムが解決してくれているので問題はないのだ。ゴーレムは本当に便利だ。
「おとーさん、やっと落ち着いてきたの」
「結構、人を雇ったからね」
今は街長宅で、せっせと事務仕事をしている。
商店と宿屋のほうは、今十人ぐらい冒険者たちにバイトをさせているので、妖狐とワイト、そしてバイトの冒険者たちだけで回っている。
銀貨一二枚という、平均的な肉体労働者の二倍の給料は魅力的なようで、喰い詰めて底辺冒険者をしている連中の中には、ここでずっと働きたいと思っている連中もいるようだ。
どこかのタイミングで見込みがある冒険者たちには、宿屋の大部屋に雑魚寝のその日ぐらしではなく、移民用の家を与えて定住させるのもいいかもしれない。
バイトではなく、宿屋や商店には正社員を用意してもいいだろう。
そんなことを考えていると、扉が派手に開かれた。
エルダー・ドワーフとエンシェント・エルフだ。
「マスター」
「ご主人様」
二人がかなり真剣な顔で歩みよってきた。
「どうしたんだ、二人ともそんな顔をして」
「マスター人手が足りない。今すぐ増やして」
「こっちも、追いつきません」
かなり切羽詰まった様子だ。
まあ、無理もないか。
商店と宿屋のほうは専門知識があまりいらないので、冒険者のバイトに大部分を任せて、あとは監視をすればいいだけだ。
しかし、鍛冶や農業のほうはどうしたって専門知識が居る。
さらに両方とも、おそろしく注文が集中しているのだ。
どうやら、エクラバの街でこの街で買った剣を冒険者たちが自慢しているらしく、口コミでどんどん広まって日に日に剣目当てでやってくる冒険者が増えている。あまりに売れすぎるので値段を二倍にしてもそれは変わらなかった。
リンゴとパンも、並外れた美味さと不思議に疲れがとれるという評判が広まり冒険者たちに引っ張りだこ。
あたりまえだが、一日に作れる剣の数に限りがあるし、リンゴとパンの原料の小麦も、エンシェント・エルフたちの力で成長を促進させ、収穫しているもの。
かなりの負担になっている。
「わかったなんとかしよう。まず、エルダー・ドワーフ。剣の生産は一日二〇本に抑えるように命令しているが、それでもきついのか? 確か、今は一か月待ちぐらいに予約が入っているが無理なペースではないだろう?」
いわゆる品薄商法だ。数を絞って希少性を高めると共に、一度に売らず継続的に客を呼び続ける効果を狙っている。
それに、あまり数が多いと近く街の鍛冶屋たちや、転売目的の商人が本気で仕掛けてくる。これぐらいがちょうどいい。
ただ、全て予約待ちにすれば集客効果がなくなるので、二〇本のうち五本は店頭に並べて毎日抽選で購入者を決めていた。
加えて材料の問題もある。日夜ゴーレムたちがせっせと【鉱山】を掘り材料を集めているが、今のミスリル産出量とダンジョンの戦力を整えるための備蓄を考えると、そのあたりが限界だ。
「買えなかった客が、せっかくだからって武器・防具の修理と整備を山ほど頼んでくる。あとは、特注品のオーダーが多い、注文が細かくてしんどい。ドワーフ・スミスたちだけじゃ回らないから私も作業してる。人が増えて来たからインフラの増設も必要。今はぎりぎり回せてるけど、私の本来の仕事、私たちの武器の開発に手が回らない」
それはそうか。
販売はともかく、修理のほうは冒険者たちの街と言って客引きをしている以上、あまり待たせるわけにはいかない。
「わかった。それなら二体ドワーフ・スミスを新たに増員しよう」
「助かる。二体ドワーフ・スミスが増えれば問題ない」
一週間の街の運営でDPがかなり増えた。これぐらいの消費は問題ないだろう。
ランクBの魔物は戦力の増強にもなるので、一石二鳥だ。
「それで、エンシェント・エルフのほうはどうだ?」
「はい、私のほうは収穫が全然追いつかないんです。育てても育ててもどんどん食べられて。ハイ・エルフたちがかなりグロッキーになってます」
「リンゴはともかく、小麦はおまえたちの育てたものじゃなくて街から買ったものを使うか?」
「それはやめたほうがいいかもしれません。美味しいと評判のパンを目当てに来ているお客様も多いので、街の小麦なんて使ったら怒られちゃいます」
確かにそうだ。急にパンがまずくなれば怒るだろう。
小麦のうまさは、エルフの祝福を受けた豊かな大地と水源が関係している。
別にエルフが育てなくても、この土地でとれた小麦があればいい。将来的には移民たちが育てた小麦でなんとかなるが、それには時間がかかる。
「わかった。ハイ・エルフを二人増員しよう。そうすれば成長促進は間に合うだろう。あと、リンゴと小麦の収穫を人間にやらせれば負担は軽くなるか? 育てるのはともかく収穫は人間に任せられるはずだ。それに、なるべく早くバイト……いや移民を用意しないとな」
今はまだ、移民は集まっていない。
本格的に募集をかけよう。
「はい、もちろんです! 収穫のほうは任せられると思います。助かりました」
これでなんとか、凌げるだろう。
ほっとした様子のエルダー・ドワーフとエンシェント・エルフをクイナがうらやましそうに見ていた。
「おとーさん、エルちゃんと、ルフちゃんみたいに、クイナも妖狐を……」
「それは駄目だね。少なくとも今は。もう少しDPがあまり出したら、純粋な戦力増加のために考えるよ」
街を作ってからのポイントはほとんど、ドワーフ・スミス二体とハイ・エルフ二体で使ってしまう。
さすがに、今間に合っている妖狐までは増やせない。
「わかったの……残念なの」
これで話は済んだかと思うと、ベルの音が響いた。
扉に備え付けられている呼び鈴だ。
これを律儀に鳴らすのはあいつだな。いったい何の用で来たのだろう。
◇
「入れ」
「はっ、我が君」
やってきたのはワイトだ。彼の後ろには恰幅がよく、羽振りの良さそうな男と、細身に鍛え上げられた肉体をもった男が居た。
「どうしても我が君と話をしたいと、この紳士がおっしゃるので連れてまいりました」
ワイトがそう言うと紳士がワイトの隣に並ぶ。
「お初にお目にかかります。私は、エクラバで小さな商会を営んでいるコナンナ・クルトルードと申します。このたびは、この素晴らしい街、アヴァロンを治められている大賢者プロケル様に、是非お話ししたいことがございまして参りました」
金の匂いがするかと思ったらやはり商人か。
一緒にいる細見の男は彼の護衛だろう。
「これは御謙遜を、クルトルードと言えば、商業都市エクラバでも随一の大商会ではないですか。是非、お話を聞かせてください。立ち話もなんですのであちらの部屋で腰を落ち着けて話しましょう」
俺は、この家に用意されている応接室に俺は男たちを案内した。
◇
俺が席に座るように勧めると、恰幅のいい男……コナンナは感謝の言葉を放ってから座った。
「これはいい品ですな。これほど座り心地のいい椅子は初めてですよ」
「気に入っていただけて嬉しいです」
【創造】で作った、俺の記憶にあるもっとも上等な椅子。
エルダー・ドワーフに言わせれば、人間工学に基づいたとてつもなく理にかなった素晴らしい逸品らしい。
「調度品なども見慣れぬものが多い。失礼ですが出身は?」
「遥か極東、海を渡った場所にあるしがない村です」
「名はなんと?」
「それは秘密です。このアヴァロンの特産物として扱っている果実や剣は、その村由来のもので。あまり知られたくないんですよ」
あらかじめ決めていた方便。
海の向こうの技術を持ち込んでいるから発達しているというのは、それなりの説得力がある。
「なるほど、それは道理ですな。金の生る木は他人には触れさえたくないに決まってますからね」
「ご理解いただけて何よりです」
「一ついいですか? わざわざ魔物が蔓延る未開の地に、亜人の少女ばかりを連れてこのような街を作った理由をお聞かせいただきたい」
商人なのに金に直接結びつかないことを聞いてくるとは驚いた。
もしかしらたら、俺の弱みになるものでも探しているのかもしれない。
「ええ、いいですよ。私は見た目ではわかりませんが、亜人の血が入っておりましてね。迫害されて育ち、成人するとすぐに旅に出ました。旅をしていると、私と同じような悩みを持つものと出会うことが多くてね。どうにかしたいと思うようになりました」
俺は苦笑しつつ、作り話をとうとうと語る。
「どこに行っても亜人は迫害されるなら、国境の外に亜人が幸せに暮らせる街を作り、そこに希望者を集めようと決めました。幸い、そのために必要なものは揃っていましたからね」
ずぶずぶの嘘だが、一応の建前にはなる。
嘘と決めつけることはできない。
商人の目が、こちらの真意を見抜こうと鋭くなった。
「なるほど、それは素晴らしい。あなたはこのような街を一瞬で作り上げ、治める実力者というだけではなく人格者であらせられるとは」
本気で信じてはいないだろう。
だが、これ以上の追及はしてこないようだ。
「人格者と言うわけではありませんよ。ただのエゴです」
「なるほどなるほど、そういうことにしておきましょう。昨日、宿を利用させていただきましたが、いやはや、温泉というのは素晴らしいですな。疲れが吹き飛ぶ。熱い湯につかり、きんきんに冷えたリンゴという果実の酒の取り合わせの妙、最高でしたよ」
「喜んでもらえて何よりです。それより本題に入りましょうか? あなたは商談で来たわけでは?」
「ええ、その通りです。」
この街からは金の匂いがする。そしてこれからどんどん人間が集まってくる。そうなると、こういった人間が湧いてくるのも当然だ。
俺はむしろそれを歓迎している。
アヴァロンには足りないものが多すぎる。金のために、外の人間が自分から売れそうなものを持ちこんでくれるのはありがたい。
「最初に伝えさせていただきます。もし、その商売がこの街のものを卸し外で売ることや、技術提供、そう言ったものであれば全てお断りをさせていただきます」
「なっ」
目に見えて商人が動揺する。おそらく俺が言ったことがこの商人の目的だろう。
俺の目的は街にたくさんの人間を呼ぶこと。
金じゃない。いくら、この街で仕入れて売りさばかれてもなんの意味もない。
だから、剣などはお一人様一つなんて売り方をしている。
「ただ、この街の中で商売をするなら全力でご協力をさせていただきます。前置きが済んだことですし、さて、商談をはじめましょうか」
こうして、剣と剣をぶつけ合うのとは違う戦いが始まった。




