第十二話:マルコとのデートと開戦の匂い
【覚醒】の副作用を甘く見すぎて失敗し、おかげで、娘の前で倒れてしまった。
そのせいで……。
「おとーさん、お肉、美味しい」
「父さん、もっと撫でて」
二人の娘に両腕を抱き枕にされながら眠ることになっている。
ちなみに今のは二人の寝言だ。
元気になるまで、仕事は禁止となりクイナとロロノに見張られている。
まあ、この生活も悪くない。
きっと明日になれば体調も良くなっている。
アウラがマルコを呼んだみたいだが、マルコも健康だと太鼓判を押してくれるはずだ。
今はぐっすり眠ろう。それが回復への近道だ。
◇
目を覚ます。
相変わらずクイナとロロノは俺の腕を抱き枕にしている。
さて、どうせ仕事はさせてくれないだろうし二度寝しようか。
そんなことを考えていたのだが……。
扉が開かれ、白い狼の耳と尻尾を持つ褐色の女性が入ってくる。
その傍らにはアウラが居た。
「心配して、忙しい中必死に時間を作って来てみたら、いちゃいちゃと。元気そうで何よりだよ。ロリケル」
「マルコ、来てくれてありがとう」
俺の親である【獣】の魔王マルコシアス。わけあって創造主からもらった力【新生】により、俺の魔物となっている。
「ロリケルはいつも通りだね」
「そのロリケルというのは止めてくれ。やましいことはしていない。クイナとロロノは俺を監視するために、こうして傍にいるだけだ」
昔から、マルコはロリケルと俺のことを呼ぶが断じてロリコンではない。
「そういうことにしてあげる……それにしても、プロケルは命知らずだね。目の前で私が【覚醒】の副作用で消滅しかかったのを知っているくせに、こんな無茶をするなんて」
【黒】の魔王の策略によって、複数の魔王にマルコが攻め込まれたとき、マルコは【覚醒】の力を多用したせいで寿命が縮み、寿命の三百年の前に消滅しかけて、俺が【新生】で救った。
「一日に一度、数分程度なら問題ないかと思っていたんだ」
「それは甘いね。魂が万全の状態じゃないと使うべきじゃない。魔王によって個人差はあるけど、普通は一月に一度程度に留めるし。差し迫った状況でも三日は期間を置く……【覚醒】は諸刃の剣だ」
なるほど、安全に使える範囲はそれか。
だけど、個人差があるのであれば、俺ならもっと大胆に使える。
マルコに付き従っているアウラに視線を向ける。
「アウラは魂の状態を見える。これから毎朝、魂の状態を見てもらう。癒え切っているときだけ【覚醒】を使おう。それなら問題ないだろう」
「まあね、日数は見込みにすぎないよ。魂が万全の状態だけ使うっていうのは正しいね」
これからはもっと慎重に行くが、可能な限り【覚醒】はする。
魂の状態が重要であるならそちらを基準に行く。
アヴァロン・ジュエルは、アヴァロンにとって必要なものだ。
「かしこまりました。毎朝、このアウラが検診させていただきます。……ちなみに、今のご主人様は絶対にダメですよ。ボロボロですから」
「わかっているさ。俺だって死にたくない」
この子たちを残して逝けば死んでも死にきれない。
マルコが苦笑して口を開く。
「ふう、その結論が出るなら、私が来た意味ってあんまりないね」
「いいえ、マルコ様。魂が万全な状態であれば使っていいと答えてくださっただけでも前進です。助かりました」
「アウラはいい子だね。そこで眠っているクイナとロロノも。プロケルはいい【誓約の魔物】に恵まれた。魔王を活かすも殺すも、傍にいる魔物次第だ。アウラ、ボロボロってどれぐらい? 歩くのも厳しい感じ」
「いいえ、マルコ様。私の黄金リンゴのポーションのおかげで日常生活には問題ないと思います。ただ、【創造】をはじめとした魔王の力の類は一切禁止です」
【創造】だけでなく、魔王の力すべてか。
ラフェロウの二ランク下の魔物のテストは延期だな。
「プロケル、そういうことだよ。ちゃんと言いつけは守ってね。アウラ、プロケルが君のいうことを聞かなければ私を呼んで、殴りにくるから」
「俺にそんな信用がないのか」
「君は無茶が好きだからね。普段は冷静で慎重に行動するのに、たまにねじが吹っ飛ぶから。隣で見ているほうは心配だよ」
いろいろと反論できないことがあって辛い。
「ねえ、プロケル。アウラが日常生活はオッケーって言ってくれてるし、せっかくここまで来たんだから、デートしてよ」
「わかった。朝食が終われば付き合おう」
今日ぐらいは休むとしよう。
緊急の案件はなかったはずだ。マルコを忙しいなか呼び出した負い目があるし……何より、俺がマルコとのデートを楽しみたかった。
◇
着替え終わり、マルコも一緒に朝食をとってから街に出る。
クイナとロロノはベッドに俺を縛り付けようとしたが、アウラが【創造】と魔王の力を使わなければ大丈夫と太鼓判を押してくれたので、無事外に出ることが出来た。
「相変わらず、プロケルのダンジョンは賑やかだね」
「まだまだこれからだ」
新たに完成させた居住区もどんどん売れてきている。
商人向けのマンションはすでに完売し、商人が個室単位で一般市民に売っているし、一般向けの一軒家もすでに半分以上売れた。
土地も次々に買い手がついており、大工たちが忙しく働きまわっている。
それらを買っているのは外の人間が多い。
すなわち、これからさらにアヴァロンの住民が増えるということ。
DPと感情の量が増えて、魔王の力に直結する。
「街か、初めてプロケルから聞いたときは失敗するって思ったんだけどね」
「勝算はあったさ」
「実はね、こういうことをやろうとした魔王は他にもいるんだ。だけど、成功例はほとんどない。君と【黒】の魔王ぐらいかな」
「だろうな」
街を作っただけで人は集まらない。
資金力、何よりその街にしかない魅力が必要だ。
その魅力を作れる魔物がいないと話にならない。
俺にはロロノとアウラが居たが、他の魔王が運よくそんな魔物を生み出せているわけではない。
「マルコには、そのアヴァロンの魅力をデートで味わってもらおう。どこか行きたいところはあるか? ないなら、こっちで決める」
「そうだね。カジノに行きたいかな。前回は、あんまり遊べなかったし。その後はプロケルに任せるよ」
「わかった。なら、カジノに行こうか」
以前からカジノもパワーアップしている。マルコも喜んでくれるだろう。
◇
雑談をしながら、歩いているうちにカジノに到着した。
朝から盛況のようだ。
知り合いがいた。その知り合いはバニー姿の妖狐二人に拘束されて、追い出されるところだった。
「お客様は出禁です」
「もう来ないでください」
「そんな~。私ずるなんてしてない。だよ」
この独特の口調。
それは黒い翼の天使、堕天使ラフェロウのものだ。
「……いったい、何をやらかしたラフェ」
頭がいたい。
このカジノで、出禁になんてよほどのことをしない限りならない。
「聖上、ひどいんだよ。私はただ普通に遊んで勝って、勝って、勝ち続けただけなのに。このお店、今までの勝ち分は全部払うけど、もう二度と来るなって言うんだよ」
目に涙をためながら、ラフェが縋り付いてくる。
「ちなみにどれぐらい勝った?」
「えっと……これぐらいだよ」
ラフェの言った金額を聞いてさらに頭痛がひどくなった。
カジノの収益の一週間分だ。
それは店も出禁にする。こいつに好き勝手やらせていれば潰れかねない。
「いったい、何をやればそこまで勝てる?」
ここのカジノは一流のディーラーの眼が光っているし、不正防止のため魔力の使用が禁止、さらにロロノが開発した魔力検知器が配備されている。
動体視力や聴覚だけでどうにかなる類のものは置いていない。
ふつうはバカ勝ちなんてできない。
「普通だよ? カードとか、飛竜レースとかで元手を増やしてからルーレットで遊べばすぐだったよ。一回勝てば、三十六倍になるから、それで勝ったお金を全額次に回して、それを繰り返すうちに、すごい金額になったよ!」
ただの運か。
さすがはSランクかつ、幸運S+は伊達ではないらしい。
「ううう、休暇の憩いの場がとられちゃったよ」
ラフェがしょげている。
助けてやりたいが、この天然をカジノで好き勝手暴れさせると本当にカジノがつぶれる。
ただ、俺は魔物の楽しみを奪いたくない。
「遊ぶのは低レートのスロットと飛竜レース、一度にかけるチップを三枚までにするという条件なら、俺が口を利いてやる」
「大好きだよ! 聖上!」
ラフェが抱き着いてくる。
ラフェが身長が低いわりに、立派なものを持っている。
どうしても、その感触に意識が向く。
「うわぁ、ロリケル、また新しい子を作ったんだ。へえ、ロリケルってそういう趣味なんだ」
「だから、ロリケルって言うな」
マルコがジト目で俺を見ている。
とりあえず、ラフェが遊べるようにしよう。
ラフェが勝った分は俺に請求するように調整しておけば問題ないだろう。
苦労してラフェを引き離し、妖狐に声をかけて責任者を呼んでもらうとすぐに話は通った。
ラフェが鼻息を荒くしながら再びカジノに戻っていく。
休暇中は好きなだけ楽しめばいい。
「ねえ、プロケル。さっき話題になったスロットって何? 初めて聞く名前。面白そう」
「口で説明するのは難しいな。見ればわかる。一緒に行こう」
マルコを引っ張っていく。
あれは、最近導入されたばかりのアヴァロンの新たな目玉だ。
◇
異様な熱気に包まれた場所だった。
多数の筐体が設置されており、客たちが筐体を凝視している。
音楽が鳴り響き、ドラムが回り続けている。
「へえ、プロケル。これがスロットなんだ。あのぐるぐる回る絵柄が三つ揃ったら、勝ちって遊びなのかな」
「そうだ。絵柄に応じて出るチップの数が違う。例をあげると林檎で三十倍、宝石だと百倍、黄金リンゴだと三百倍だな」
レートも三種設定されていて、一番高いのだと金貨一枚と同額のチップが必要となる。
金貨一枚あれば、一般家庭であれば一月くらせる。
それをなんの躊躇もなくつぎ込む金持ちたちが多くいる。
一番低いレートであれば、一般人も普通に遊べるので、幅広い客層がいた。
スロットというのは都合がいい。
カジノでは押し寄せる客をさばききれなくなっており、対応に苦慮していた。コンテンツを増やそうにも一流どころのディーラーをこれ以上増やすのは難しい。
その点、スロットであれば人手がかからず、大量の客をさばける。
思いつきで、ドワーフ・スミスたちに開発を依頼したが、想像以上のものが出来た。
ちなみに電気なんて便利なものはないので、動力はゴーレムコアだ。
筐体十台に付き、一つの割合でゴーレムコアが使われている。厳密に言えば、このスロットはゴーレムだと言える。
マルコが金貨を渡して、チップを受け取る。
そして、なんの躊躇もなく一番高いレートの台に座った。
「いいのか、運が悪いと一時間もしないうちに金貨を三百枚ぐらい吸い込まれるぞ」
それは一家族が二~三十年暮らせるだけの金額だ。
「人間のお金はため込んでるしね。ちまちまかけても面白くないでしょ」
マルコは笑いながら、回転するドラムを見つめている。
……もしかしたらマルコはギャンブルで破滅するタイプかもしれない。
◇
スロットの後は飛竜レースやカードゲームを楽しみ、バーで酒を飲みつつ一休みしてからカジノを出た。
ついでに、カエル焼きも買っている。
【獣】の魔王というビックネームが来たことで、店主である【粘】の魔王ロノウェはカエル跳びで天井に頭をぶつけた。
マルコが美味しいというと何度も何度もロノウェは頭を下げた。
「う~ん、面白かった。いいね、スロット。今度、私のダンジョンにも送ってよ。私の魔物たちにも遊ばせてあげたい」
「わかった。ドワーフ・スミスに話しておこう。動力の都合で十台一セットでかなり場所を取るが、いいのか?」
マルコはスロットをいたく気に入り、二時間ほど遊び、ちょっとだけ買っていた。
「もちろん、そっちのほうが嬉しいぐらいだね」
スロットは、日々増産している。
ディーラーが要らないので、とりあえず空きスペースに置いておけば、客が遊べる。
ちなみにスロットは、ゴーレムの頭脳で制御されており目押しが通用せず、運のみが支配する。吸い込んだ金の八割を吐き出すようにしており、多くの客が勝てる。
そのまま俺たちは街のほうへ行き、特に買うものも決めず店を覗いて回る。
せっかく、来てくれたんだ。マルコが気に入ったものがあればプレゼントしよう。
「プロケル、今回痛い目を見たからわかったと思うけど、あんまり【覚醒】を甘く見ないほうがいい。それは諸刃の剣だ」
「……わかっているさ。娘に泣かれるのは、さすがに効いた」
「その気持ちを忘れないようにね。魂の消耗は、行くところまでいかないとわからないから、つい無茶をしちゃう。アウラが毎日見てくれるなら私も安心するよ」
魂までケアできる魔物は少ない。
あの子には頭が上がらない。
「それから、君の敵がそろそろ動くよ。私の情報網に引っ掛かってる。準備はできてる?」
「もちろんだ。いつでも出迎えられる」
倒れるまでは【創造】で、高性能爆薬に必要な希少な化学薬品やレアメタルを作り続け、地下の向上でスケルトンたちが爆弾へと加工している。
マルコの救援のために使い切った分はすでに補充しきったし、切り札の大量破壊殺戮兵器MOABも復活した。
欲を言えば、これもあのときのように【創成】で進化させたいが、それは完治してからだ。
これだけあれば国一つだって相手にできる。
「いい心構えだね。次の相手は油断ならないよ。入念に準備をして、油断なく君を倒すために試行錯誤している連中だ。……君は強がって私の力を頼らないつもりだろうけど。今回ばかりは私も手を出すよ。分が悪すぎる」
俺が【戦争】をするたび、俺の魔物となったマルコにも召集がかかっていた。
しかし、そのたびにマルコは拒否をしていた。
その理由は二つ。
一つ目は、俺が自らと魔物たちに経験を積ませるためにマルコに甘えられない状況が必要だったこと。
二つ目は、マルコとその配下が俺の支配下にあることを隠し通すため。
マルコの存在は切り札。
俺を確実に殺せるだけのカードを揃えて仕掛けてきた相手を返り討ちにできる。マルコのダンジョンごと白い部屋に現れれば、相手の計算を大きく狂わせる。
前回のような【豪】の魔王程度に使うような札ではない。
「マルコ、それについて話しがある。今回もダンジョンごとの招集は断ってほしい」
俺は自らの案を話す。
その案は、マルコの力に依存するわけではなく、かといってまったく借りないというわけではない手だ。
「へえ、面白いね。うん、賛成。君も魔王らしくなってきた」
「わかってくれてありがたい。次の戦争は、【風】の魔王ストラスだけじゃなく【絶望】の魔王ベリアルの手を借りる。だからこそ、マルコの扱い方は重要だ」
あのベリアルは本当に俺の味方か見定めなければいけない。
「じゃあ、固い話は終わり。宿に行こうか、この時間だと君の子たちが家に戻ってるだろうし愛し合えない。それとも、プロケルはあの子たちに覗かれながらのほうが燃える?」
「そんなわけあるか!」
マルコがくすくすと笑う。
相変わらず、主導権が持っていかれる。
俺たちはそのまま宿に行き、愛し合った。
敵が動き始めたのか……魂の傷を癒しながら、万全の準備を整えるとしよう。




