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第五話:【創造】と【粘】と

【絶望】の魔王にまた会って話をしたいと送っていた手紙の返事が来た。

 希望日は三日後。今回もアヴァロンに来てくれるとのことだ。


 今回は声から感情を読み取れるルーエも連れて行く。そのため、ルーエの教会巡りのスケジュールも調整した。

 そして、今は朝食の時間だ。

 食卓には俺の【誓約の魔物】たちが並んでおり、ティロは一足先に専用の餌入れでアウラが用意した食事をがっついていた。


「みんな、朝食ができましたよ! 新鮮な卵が手に入ったので今日はベーコンエッグです」


 アウラが食卓に料理を並べる。

 瑞々しいサラダにベーコンエッグ、コンソメスープ。簡単だが食欲をそそるメニューたちだ。


「やー♪ クイナ、これ好きなの」

「……ベーコンエッグのときはパンと米、どっちがいいか悩む」


 アヴァロンの主食は圧倒にパンの比率が高いが、米が空輸され始めて徐々に米食が増えつつあった。

 俺の屋敷ではそのときの気分によって使い分ける。


「アウラちゃん、クイナはごはんが欲しいの!」

「私はパン」


 クイナがごはんを注文し、ロロノがパンを頼む。


「ご主人様はどちらにしますか?」

「ごはんにしよう」

「では、用意しますね」


 アウラは手際よく俺とクイナの分のごはんを茶碗によそい、自分とロロノのパンをトーストする。

 配膳が終わり、全員が席についた。


「では、いただこうか」

「やー♪」

「ん。お腹空いた」

「お代わりもあるのでたくさん食べてください」


 楽しい食事が始まった。

 クイナはいきなりごはんの上にベーコンエッグを落とすと卵の黄身を潰してしまう。そして白身とベーコンをたっぷりと黄身にからめ、ソースをかけて米と一緒にかきこみ始めた。

 行儀は悪いが、すごく美味しそうだ。


 ロロノはパンにバターを塗り、ベーコンエッグとサラダを乗せて二つ折りにしてかぶりつく。こっちも美味しそう。

 アウラは上品にちぎったパンを卵の黄身にちょこちょこつけて食べていた。


 ベーコンエッグの食べ方一つで、娘たちの性格の違いがわかって面白い。

 食事が終わると、アウラがデザートにカットした桃を持ってきてくれた。


「そういえば、おとーさん。このまえ、デュークの家に遊びに行ったの!」

「ほう、クイナも行ったのか」

「私とアウラも一緒。デュークが誘ってくれた」


 話を聞いてみると、俺がドワーフ・スミスの用意した食事が美味しかったと言ったせいで、クイナがおねだりしたらしい。

 それで気を利かせたデュークがこの子たちを招待した。

 デュークには悪いことをしたかもしれない。


「それでね、赤ちゃんがすごく可愛かったの!」

「同意、小さくてぷにぷにで庇護欲がわく」

「母性本能がくすぐられましたね」


 クイナとロロノがデュークの子供、シーザーの話題で盛り上がる。

 シーザー、それは偉大な皇帝の名前であり、先代の【竜帝】の名前でもある。

 今はこうやって女の子にきゃあきゃあ言われるか弱い存在だが、いずれはデュークと同じく【竜帝】にたどり着くかもしれない。


「そうだな。シーザーは可愛い。将来、かなりの男前になると思うぞ」


 顔立ちはデュークに似ているし、まず間違いないだろう。


「おとーさん、お願いがあるの!」


 クイナが目をきらきらさせながら、こちらを見てくる。

 少し、嫌な予感がする。


「クイナも赤ちゃんがほしい! 赤ちゃんは可愛いし、ドワーフ・スミスは幸せそうだったの!」

「クイナ、抜け駆けはずるい。私も赤ちゃんがほしい。……そういえば、マスターのご褒美が残ってた。それを使って」


 冷や汗が噴き出る。

 二人とも本気で言っているようだ。

 クイナのほうは意味がわからず言っているだろうが、ロロノのほうは赤ちゃんの作り方ぐらいは知っている。


 ……【邪】の能力を使えば作れなくはないが、それは人としてどうだだろう。

 魔王は敵対魔王の水晶を砕くことでその能力を得ることができ、三つまでストックできる。


 俺は今のところ、下の三つの能力を保持し他は放棄している。

【粘】……さまざまな性質を持つ粘液を作り出す能力。硬質化させることも可能。

【邪】……ありとあらゆる種族の女性に、母体の能力に応じた子を孕ませる能力。ただし、母体には多大な負担がかかる。

【豪】……常時、身体能力・防御力の強化、瞬間的になら強化を強めることができる。さらに性交渉時に女性の支配が可能。


 他の能力を捨ててまで【邪】を残したのは、いずれ幸せな家庭を誰かと築きたいと思っているからだ。

 魔王は生殖行為で子供を作ることはできない。

 メダルでの魔物の創造ではなく、本当に子どもを望むのなら【邪】のような能力に頼るしかない。


【邪】は母体に多大な負担がかかるとはいえ、事前に念入りに検査し万全の体調であることを確認しておく。

 さらに出産時には強力な治療薬を用意し、優秀な回復能力を持つ魔物にサポートさせれば、母体を死なせることなく子供を為せる。


 愛し合って子供が生まれる。そんな家庭に憧れていた俺は、それが可能になる【邪】を失いたくなかった。

 ……とはいえ、子供は作れるとはいえ、間違っても娘たちに使うたぐいの能力ではない。


「すまない。それは俺にはどうしようもないんだ。俺は魔王だ。魔王はメダルで魔物を生み出せても子供を作る機能は持たない」

「うー、残念なの。クイナも赤ちゃんが欲しかったのに」

「やらないじゃなくて、やれないのほうなら、ご褒美のおねだりもできない。無念」


 クイナとロロノがうなだれている。

 アウラから視線を感じた。いつも通りにこにこ笑っているが、含みがある笑みだ。


「そろそろ、お仕事の時間ですよ。クイナちゃん、ロロノちゃん、片づけをお願いします」

「任せるの!」

「がんばる」


 クイナとロロノが皿をもって流し台に向かっていく。

 料理を作るのはアウラの仕事だが、片づけは二人の仕事だ。

 二人がいなくなるとアウラが近づいてきて、耳打ちする。


「ご主人様って嘘をつくときの癖があるんですよね。赤ちゃん、本当は作れちゃうんですか。……燃えますね」


 思わずむせそうになった。

 アウラはたまに鋭い洞察力を見せる。


「俺は娘とそういうことをするつもりはない」

「ふふふ、クイナちゃんはおとーさん、ロロノちゃんはたまに父さんって呼びますけど、私は常にご主人様って呼んでますよ。つまりはそういうことです」


 アウラはからかうように笑い、いってきますと言って仕事に出かけた。

 アウラには黄金リンゴの回復部屋への移植を頼んでいる。彼女の話ではあと二日ほどで、移植できる環境が整うようだ。


 娘たちは成長している。

 それは強さだけでなく、内面も。

 俺をからかうとは、なかなかやってくれる。


「さて、俺も仕事に行くか。……そろそろ、あいつの気持ちも確かめないとな」


 皿洗いをするクイナとロロノに一声かけてから出発する。

 出発先はカジノだ。

 そこで、大事な話をするつもりだ。


 ◇


 カジノの人気は留まるところを知らない。

 あまりの人気に二部制にして客を完全入れ替えしているが、それでも追いつかなくなってきた。

 ディーラーの数を増やすことでコンテンツを増やし、一度に対応できる客の数を増やした。

 他にもカジノ周辺にもさまざまな娯楽施設が立ち並ばせることで、客の不満解消を解消させている。

 こういった努力が結果に繋がっていた。


 風で紙が舞ってきる。

 それを手に取る。


「ルーエの、飛竜レース新聞か」


 ネタで始めた、ルーエの飛竜レース新聞はグラフロスの分析が的確なこともあり、今では大人気で週に一回千部ほど刷り、しっかりと完売しルーエのお小遣いになっていた。

 だが、ルーエはいつもすっからかんだ

 ……あいつの場合稼いだ金を根こそぎギャンブルにつぎ込んだり、酒にしてしまったりですぐにアヴァロンに還元してしまっている。いろいろと残念な奴なのだ。


 そんなことを考えながらにぎやかなカジノの中を歩いていく。

 バニー姿のキツネ耳美少女という、存在自体に矛盾を抱えている妖狐に控室に案内してもらった。

 店員は基本的にコナンナが手配しているが、奴に懇願されて妖狐を派遣している。なんでも、バニー・キツネ耳美少女が大人気で客の増員に繋がっているそうだ。

 妖狐に案内された部屋に待ち人がいた。


「悪かったな。待たせて」

「待ってないんだな。おいらも今来たところなんだな」


 俺の待ち人は【粘】の魔王ロノウェ。二足歩行のカエルのような姿をした魔王。

 彼の作るカエル焼きは今ではアヴァロンの名物になっており、街の中の本店もカジノ支店も大繁盛している。


「それで、話しってなんだな? ぷっ、ぷろける、まさか、おいらの店、出店取り消しになった?」


 ぎょろっとした目を、ぐるぐると不安そうに揺らしながらロノウェが問いかけてくる。

 急に呼び出したせいで、いろいろと勘繰っているようだ。


「そういうわけじゃない。ロノウェを追い出す理由はないさ。カエル焼きを目当てに来る客は多く、その旨さで人を感動させている。カエル焼きはアヴァロンの宝だ。おまえには感謝しているぐらいだ」

「よっ、良かったんだな。おいら、アヴァロンを追い出されたら行くところがないんだな」


 ロノウェの作るカエル焼きは美味だが、アヴァロン以外では二本足のカエルというロノウェの容姿がネックになってしまう。

 亜人と人間が共存する街だからこそロノウェは成功できているのだ。


「……今回、ロノウェを呼んだのは【水晶】が戻ってからの話をするためだ」


 かつて、【戦争】でロノウェの【水晶】を砕いた。

 本来、魔王は一度【水晶】を壊されると、魔王としての能力もダンジョンも魔物も失ってしまい再起はできない。


 だが、新人魔王だけは生まれて一年目、卒業のタイミングで【水晶】が復帰する。

 その日は遠くない。

 そろそろ、ロノウェもどうするか決めないといけない頃だ。


「おいら、ずっとこうしてカエル焼きを焼いていたいんだな……【水晶】なんて壊して、魔王をやめて生きていたい」


 それも一つの手ではある。

【水晶】がなくても能力が使えないだけだ。

 カエル焼きを食べた人の笑顔だけでも、生命活動はできる。


「それでいいのか? 止めはしないが俺が誰かに負けてアヴァロンが消えればロノウェも死ぬしかなくなるぞ」


 ロノウェがぎょろっとしたカエル目を見開く。

 考えもしていなかったという顔だ。

 アヴァロンは俺のダンジョン。【水晶】が砕かれれば消える。


「それは困るんだな……おいら、今がとっても幸せなんだな。アヴァロンになくなってほしくない」


 俺が思っている以上にアヴァロンに愛着を持っているようだ。

 ロノウェは今では人を多く雇って慕われているし、ロノウェ自身も従業員たちを家族のように思っている。

 その調査結果は手元にあるが、こうして話してみると理解が深まる。


「ここから本題に入る。アヴァロンが消えないように力を貸してほしい。ロノウェ、おまえがよければおまえのダンジョンをアヴァロンの近くに作り、そこで正統派ダンジョンを運営しながら戦力を蓄えてくれ」


 このことは【刻】の魔王には根回しはして、許可ももらっている。


「おっ、おいらが、また? でも、一からやり直すのはしんどいんだな」

「軌道に乗せるまでは協力する。アドバイスだけじゃない、DPもメダルも提供する」

「なんで、そこまでしてくれるんだな? 何が目的なんだな?」


 頬が吊り上がるのをこらえる。

 ロノウェも人を疑うようになったのか。

【鋼】の魔王にただ騙されていたときと比べて成長しているようだ。


「見返りはもらうさ。言っただろう。アヴァロンを守るために力を貸してほしいと。俺の派閥に入り、【戦争】が起きれば一緒に戦ってもらう」

「おいら、弱い。一からだから強くなるまでに時間がかかる」

「サポートを具体的に言わないとだめだな。もし、協力してくれるなら今までどおりアヴァロンでの商売も許すし、【創造】メダルを与える。ダンジョンの構築に必要なDPも五万ほど貸し出す。アヴァロン・リッターを何体か護衛用に手配してもいい。他には元がAランクのイミテートを百枚ほど手配する」


 破格すぎる条件だ。

 五万DPあれば、いっぱしのダンジョンが作れる。

【創造】のメダルがあれば切り札が作れるし、高ランクの魔物の【渦】が用意できる。


 アヴァロン・リッターが最奥に控えていれば【水晶】を砕かれることも少ない。

 イミテートとはいえ元がAランクのイミテートならBランク相当。それが百枚もあれば、三十を超えるBランクの魔物と二十のCランクの魔物が作れる。


【創造】のメダルの効果をロノウェに話すと、彼はその能力の強力さに言葉を失う。

 俺にとって、【創造】のメダルについて話すこと自体がリスクだが、仲間を得るためだ。これぐらいのリスクは負う。


「……条件が良すぎるんだな」

「それほど、俺が仲間を欲しているということだ。【創造】で最高の魔物を作り、高ランクの魔物を【渦】で生み出し続ければロノウェは並みの魔王とは比べ物にならない力を得る。強くなったロノウェに手助けしてもらえば俺も心強い。考えておいてくれ。これで話は終わりだ。俺は行く、返事は三日後までに出してほしい」


 あえて、断った場合の話はしない。

 たとえば、断ればアヴァロンから即座に追い出すと言えば、ロノウェは頷くしかないだろう。

 だが、脅しで出来た絆など一瞬で崩れる。

 ロノウェにここまで施しをしてまで戦力に加えるのは、彼が人を裏切れるような魔王ではないからというのもある。

 そんな彼も、自分が被害者だと思えば、必ずいつか裏切る。自分の意思で頷かさせないと意味がない。

 

 ロノウェが真剣な顔で考え込む。

 俺は立ち上がり背を向けた。


「待つんだな。プロケル。ここで返事をする。その話、受けるんだな」

「そんなに早く決めていいのか?」

「おいらには、プロケルに頼る以外の選択肢がないんだな。【水晶】を取り戻しても、すぐに誰かに目をつけられて砕かれるに決まってるんだな。なら、プロケルに助けてもらった恩返ししたい。それに、おいらはアヴァロンでカエル焼きを焼き続けたい! 美味しいって言ってもらいたいんだな」


 純粋な瞳だった。

 俺はルーエのように嘘を見抜くような特殊能力は持っていない。

 だが、この目を見て疑うほど性格がねじ曲がってはいない。

 口元が緩む。


「ロノウェ、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくなんだな」


 手を握り合う。

 これで正式に、ロノウェの派閥入りが確定した。

 ストラスに続いて二人目の仲間が加わったことになる。心強い。

 ロノウェがもじもじしだす。


「さっそくで悪いけど、お願いがあるんだな」

「なんだ?」

「……【創造】だけじゃなく、Aランクメダルも貸してほしいんだな。おいら、Bランクメダルだから、このままじゃAランクの魔物しか生み出せないし、そうしたら【渦】で作れるのもCランクだな。せっかくの【創造】がもったいないんだな」


 手間がかかる奴だ。

 だが、バカじゃないことがわかって安心した。


「そこまでさせるからには働きで返せよ」

「任せるんだな!」


 少々手痛い投資だが、俺がSランクの魔物を作るのも同盟者がSランクの魔物を作るのも戦力のトータルは変わらない。


【創造】と共に余っているAランクメダルを譲ろう。

 おそらく、【粘】ならスライムの可能性が高いし、スライムは強力な魔物だ。無数の可能性からロノウェはそれを選ぶだろう。

 Sランクのスライムがどんな存在なのかは少し気になる。生まれしだい、【粘】を使ったSランクの魔物を見せてもらおう。

 ロノウェと握手しながら、俺はそんなことを考えていた。

 

魔王様の街づくり 

このライトノベルがすごい2018 単行本・ノベルス部門(HP) 新作一位となりました。


皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます!

昨年発売されたすべての作品の中からもっとも面白い作品と読者の方々に選んでいただき嬉しく思います

これからも、魔王様の街づくりをお願いします。四巻はGAノベル様から冬発売予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >それが百枚もあれば、三十を超えるBランクの魔物と二十のCランクの魔物が作れる 確率の話を入れないとわかりづらいです どっかで1回出てきただけな気が
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