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第十三話:堕ちた魔王のなれの果て

~【豪】の魔王アガレス視点~


【豪】の魔王アガレスはアヴァロンの攻略に手ごたえを感じていた。

 アヴァロンの攻略のうちもっとも厄介と言われているのは第一フロアだ。

 今まで、プロケルと戦った魔王たちのほとんどは第一フロアでミスリルゴーレムと銃と呼ばれる謎の武器によって、戦力の大部分を失っていた。


 だが、自分は違う。

 敵の戦力を正当に評価し対策を立てた。

 変動で生み出したAランクという強力な戦力を使い潰してしまったが、大した痛手ではない。


【豪】のメダルはAランク、年間にAランクのメダルが十二枚手に入るのでAランクの魔物を年間四体は生み出せる。

 事実、生まれて五十年になる【豪】の魔王はこれまでの【戦争】で数多くの魔物を失いながらも百を超えるAランクの魔物を保持していた。


 さすがにレベルを上げるのは難しいので、変動でA生み出し鍛え上げたAランクはその中の二割程度だが、代えは利く。

 攻撃部隊には、鍛え上げた変動Aランクの魔物が十体。レベル固定で生み出したAランクの魔物が五十体が存在し、その数倍に渡るBランクとCランクの魔物がいる。


 生まれて一年もたたない【創造】の魔王プロケル相手には過剰戦力だといえる攻撃部隊を、ほぼ無傷で第一フロアの先に送り込めた。

 しかも、厄介な暗黒竜グラフロスの空からの大規模破壊魔術は同盟の魔王から預かっている聖鳥クレインを投入することで防げる。

 愚かにもプロケルは聖鳥クレインを始末しうる超遠距離攻撃能力を持つ高位のエルフたちをすべて攻撃に回してくれた。


 せっかくなので厄介なエルフは【転移迷宮】を使い孤立させ、大戦力を送り込んだ。

【転移】迷宮は入り口からはランダムにとばされるが、出口からなら強制転移は発動しない。六つのルートを好きに選べる。


「この戦い、オデの勝ちだ」 


 そう遠くないうちに勝てると【豪】の魔王は確信していた。

 魔物の数で圧倒的に劣る【創造】の魔王が勝つには速攻しかない。

 だからこそ、戦力のほとんどを攻撃に回したのだろう。それは奴の【誓約の魔物】すべてが【豪】のダンジョンに来ていることからもわかる。

 そこに付けこむ。


 ひたすら時間稼ぎをしながら、時には策をもって戦力を分断し確実に削る。

 そうしている間にアヴァロンの水晶を砕いて勝利するのだ。

 残念なのは、汚い罠を使ったエルダー・ドワーフを始めとしたプロケルの魔物どもを孕ませてやれないことだ。


 欲は言うまい。

 確実な勝利のためには水晶を砕くのが一番いいのだから。

 そんなことを考えながら、【豪】の魔王アガレスは水晶の機能を使い、戦いを見る。

 ちょうど、分断したエルフの一団とオークを主軸とした部隊がぶつかり合っているところだ。


「やっぱり、おでのおもっだどおりだ」


 エルフたちは謎の武器で超遠距離攻撃をし、一方的にオークたちを倒している。

 だが、所詮は単体攻撃だ。

 群れで襲い掛かれば怖くない。

 エルフたちはどんどん後退していく。追い詰めるまでさほど時間はかからなかった【転移迷宮】の効果で出口に辿りつくまで入り口は消失しているのだから。


 追い詰めた。

 オークたちは興奮しきっている。高位エルフの群れという上物を前にしたのだから当然だ。

 敵の遠距離攻撃力が止む。射撃武器である以上、弾切れは必然だ。

 弾は切れても、エルフたちは風の魔法を使えるが風は軽い。皮や肉を断てるだろうが骨まで叩き切ることは難しい。

 高位のエルフなら可能だろうが、炎などと比べて致命傷を与えるほどの威力を与えるために何倍もの魔力を消費する。

 ましてや、致命傷を与えうる範囲攻撃ともなればSランクですら放てて一、二発。

 オークの群れが怒号を上げて、エルフたちに迫る。


「がった」


 勝利の美酒を【豪】の魔王は味わおうとグラスを傾ける。

 Sランクの魔物、エンシェント・エルフが前にでて、翡翠色の風を纏った。

 その姿は【豪】の魔王の心すら奪うほどに美しかった。

 次の瞬間だった。


 非力なはずの風によって、【豪】の魔王の大軍勢が一瞬にしてすりつぶされる。

【豪】の魔王はグラスを落とした。

 ありえない。必勝のはずだった。分断に成功した時点で勝ったはずだった。


 わずかな生き残りたちは恐怖のあまり敗走を始めるが、背後から迫っていた【創造】の魔王の別部隊に殲滅される。


「おがしい、ごんなこと、許されない」


【豪】の魔王アガレスはソファーを蹴り飛ばす。

 必勝の戦略が覆されたことは彼のプライドをひどく傷つけた。

 そんな彼のもとに、部下が現れる。

 戦闘力は低いが頭が良く、情報分析に優れるため参謀にしているゴブリンの一体だ。


「報告します。アヴァロンに展開している主力部隊についてですが」


【豪】の魔王アガレスは深呼吸して耳を傾ける。

 彼は冷静さを取り戻そうと努力していた。

 エルフたちを仕留められなかったのは計算外だが、大局には影響がない。

 ようは、相手より先にアヴァロンを落とせばいい。ただ、それだけだ。


「……ほぼ壊滅しました。現状、第二フロア入り口に設置した【転移陣】をわずかに残された戦力で死守しております。【転移陣】を使い即座に増援を送るか、撤退し、再編成し、再度攻撃をし直すかを早急に判断願います」


 参謀のいうことはもっともだった。

【転移陣】を設置しているため、数体の魔物なら即座に第二フロアへと送り込める。

 だが、【転移陣】を壊されれば一からアヴァロンを攻略しないといけなくなる。


 第一フロアを突破するのに使った魔物はもいういない。

 第二陣で攻めたとしても、第一フロアで大打撃を食らうことは確実だ。

 一秒でも早く決断が必要な状況だった。

【豪】の魔王アガレスの中で、何かが切れた。


「なでだあああああああああああああ、おではちゃんとかんがえた、なんであの戦力でまげるううううう!!」

「……報告ですと、聖鳥クレインは非常に強力な風の竜の群れに倒され、警戒していた暗黒竜グラフロスの空からの超大規模攻撃魔術を受けたようです。それだけでなく、背後から突如現れた犬型の魔物の奇襲によって戦力を削られ、その咆哮を聞いたBランク以下の魔物が恐慌状態に陥り指揮系統が機能しなくなり、とどめとばかりにアンデッド化した人工英雄を含めた強力な軍勢に囲まれてしまったと。……それだけではなくゴブリン・ジェネラルとオーク・キングがアンデッド化し寝返ってしまいました。彼らより下位のゴブリンとオークが支配されつつあるとのことです」


 部下の報告を聞き、【豪】の魔王アガレスは頭を抱える。


「風の竜だど? 背後から現れる犬の魔物だど? アンデッド化した人工英雄だど? じらないいいいいいい、おで、そんなのきいでええない。ずるい!! ずるい!!」


 まるで子供のように【豪】の魔王アガレスはだだをこね始める。


「アガレス様、今は決断を! 今でなければ増援を送れません。送らないのであれば一体での多くの魔物を【転移】で戻ってこさせましょう。前線は限界です」

「おまえ、うるさい」

「ぎゃあああああああああああああ」


 参謀のゴブリンの右肩から先がなくなった。

【豪】の魔王アガレスが食ったのだ。


「命令だ。とっでおきをおぐれ。おでの秘密へいきだ。だれもしらない。プロケルがずるした。だがら、おでもズルする。ごれなら絶対がてる」


【豪】の魔王の秘密兵器とは、【豪】の能力で支配を奪った女性型の魔物たちだ。

【豪】の魔王アガレスは、犯した女を力づくで奪う。

 そして、奪った女を使い、その仲間をおびき出してさらに奪うという悪辣な方法で強力な魔物を奪ってきた。


 オークとゴブリン中心の【豪】の魔王アガレスの部隊の中で異色だが取り分けて強力な部隊。

 用心深い【豪】の魔王は味方にすらその部隊のことを隠していた。

【転移】で送る以上少数部隊であることは必須だ。

 さらに、ゴブリン・ジェネラルとオーク・キングが寝返った以上、ゴブリン種とオーク種は使いにくい。低級なら支配されるし、上級でも弱体化していまう。

 この判断は一見正しいように見える。


「わかりました。すぐにそのように」


 ゴブリンの参謀は右肩を手で押えながら部屋を出ていく。

 それは、魔王への忠誠のためではない。前線で戦う仲間を一体でも救うためだ。

 一見、正しい行為に思えるだろう。

 ……ゴブリンの参謀はここで主に忠告しなければならなかった。

 アヴァロンには化け物がいて、ただのAランクの魔物程度では何体いようが倒せず、それどころか敵に戦力を与えるだけになってしまうことを。


 ◇


~数分後アヴァロン~


 瘴気を纏う闇竜が咆哮を上げていた。

 死すら支配する最強の闇の竜にして竜の頂点へと至った【竜帝】。

 Sランクのさらにその先にいる超越竜。


 彼の足元には、女性型の魔物の死体がいくつも転がっていた。

 アビス・ハウルに経験を積ませるという目的を達成した彼は試したくなったのだ。自分の力を。


 そのために、真の【竜帝】となった己の力を全力で振るった。

 正直なところ、哀れなゴブリンとオークが必死に守っていた【転移陣】など壊そうと思えばものの数秒でいつでも壊せていた。


 だが、あえてしなかった。

 強力な増援を呼んでくれることを期待していた。そして、その期待通りに【豪】の魔王は切り札を使ってくれた。

 Aランクのみで編成された女性型の魔物の群れ。

 本来は【豪】の魔王の守りの切り札になるはずの彼女たちはデュークの罠によって釣り出され……ほんの僅か、デュークの魔力を削るだけで散っていった。


【強化蘇生】が発動する。

 足元の死体が動き出す。

 アンデッドと化した女性型の魔物が起き上がり、デュークに服従を誓う。

 無駄に散るどころか、【豪】の魔王の切り札はデュークのものになっていた。


「強くなりすぎてしまいましたな。この程度の魔物では私の強さを測ることすらできない……クイナ様やマルコ様と戦ってみたいですな。そうすれば、私も全力を出せるのに。もどかしい。いやいや、あの方々は味方だ。いったい私は何を」


 デュークは必要なくなった【転移陣】を砕く。

 ……デュークは気付いていないが、彼の心に初めて【創造】の魔王プロケルへの忠誠以外の何かが入り込んでいた。


【新生】に仕込まれた毒、それが徐々に染み込んでいる。

 創造主はいたずらが好きだ。面白いをすべてに優先する。

 魔王たちを苦しめて遊ぶ。褒美と言えども一方的に魔王を喜ばせるだけのものを与えはしない。罠が仕掛けられている。【新生】も例外ではない。


 とはいえ、創造主はただ絶望させるだけなんて興が覚めるような真似はしない。

 そんなものは面白くはない。


 いかなる毒も罠も魔王たちが間違いさえしなければ乗り越えられるようになっている。だからこそ、失敗し破滅した魔王たちは苦悩と後悔をする。そんな姿を見るのが創造主の何よりの楽しみだった。


【新生】に仕込まれた罠が試すのは魔王と魔物の絆だ。

 プロケルとデュークの絆が本物であれば、創造主は楽しませてくれた礼にとさらなる力を与えるだろう。

 だが、もしそうでなければデュークはただの化け物となりプロケルとアヴァロンに破滅をもたらす。

 ……そう遠くない未来。プロケルとデュークは決断を迫られるだろう。


 ◇


 数分後、【豪】の魔王のもとに女性型魔物が全滅したと連絡が行く。

 彼はこの時点でアヴァロンの水晶を砕くのは不可能だと悟る。

 かと言って、【豪】の魔王のダンジョンに入り込んだ魔物をすべて倒すのも難しい。


 ……だから、一つの覚悟をした。

 もし、この時点で自分の勝ちがあるとすれば【創造】の魔王プロケルを殺すことだけだと。


【豪】の魔王は自らの【誓約の魔物】をすべて呼び出し、【覚醒】を使い、さらに三体の魔物を食い始めた。

 化け物に勝つにはより強い化け物になるしかない。

【豪】の魔王はすべてを投げ打つ覚悟で禁じられた力を発動する。

 今ここに、醜悪で狂った……だが強大な力を持った化け物が生れ落ちた。

 


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