第十話:【誓約の魔物】の力
プロケル率いるアヴァロンの攻撃部隊が【豪】の魔王アガレスのダンジョンに突入した。
敵との衝突がないまま、順調にダンジョンを踏破していたのだが、【転移迷宮】に足を踏み入れたことで戦力が分断されてしまっている。
クイナ率いる妖狐たちとアビス・ハウルを引き連れた陸戦部隊。
ロロノ率いるティンダロスとゴーレムたちを引き連れた主力部隊。
オーシャン・シンガーとアビス・ハウルの異空間部隊。
そして、アウラ率いるハイ・エルフの狙撃部隊。
それぞれが別のポイントに転移させられていた。
「さて、困りましたね」
アウラは冷汗を流している。
どの部隊も襲撃を受けている。
その様子はロロノの作ったタブレットからリアルタイムで情報共有されていた。
それを見る限り、敵の主力がアウラたちのところへと現れたようだ。
アウラたち狙撃部隊は非常に強力だ。超遠距離から超火力の狙撃で一方的に敵を倒すことができる。
プロケルに狙撃部隊が命じられた役割は、空の敵を叩き落とすことと、敵のエースを仕留めること。
こういった仕事はアウラたちにとって得意分野だ。
だが、苦手なこともある。
それは大多数の敵の殲滅。風は重さと威力に欠ける。
自慢のアンチマテリアルライフルも弾数が少なく連射は利かないので殲滅力がない。
さらに、迷宮というのが最悪だ。射程距離というアドバンテージを失っている。
「私たちのところに一番の大部隊を差し向けられたのは偶然じゃないでしょうね。敵は思ったより私たちのことを知っています。他の隊のところには足止め程度の軍勢を派遣して合流を遅らせつつ、確実に私たちを潰すつもりでしょうね。割とピンチです」
だが、泣き言を言っている場合じゃない。
「みんな、後退です! さきほどの通路まで射撃をしながら下がりましょう。風の結界を忘れないで!」
アウラがハイ・エルフたちに指示を出す。
ハイ・エルフたちの半数がアンチマテリアルライフルでの射撃を始め、半数が風の結界を作る。
オークたちの前衛が突進を開始し、後方のオークたちは魔術や弓、投石などで攻撃を仕掛けてくる。
オークには様々な種族が存在し、それぞれが役割を持っており非常に厄介だ。
見えるだけでも、オーク・ウォーリアー、オーク・メイジ、オーク・アーチャー、オークキングが存在する。
それぞれ、戦士、魔法使い、弓使い、王だ。
役割分担がはっきりしているうえに、しっかりと王の指示のもと連携しており正面からやり合えば、狙撃部隊はひねりつぶされる。
「みんな、攻撃が来ます! 力を入れてください」
「「「はい!」」」
矢と石と魔法の雨が降り注いできた。しかし、ハイ・エルフたちの風の結界によれ逸れていく。
風は確かに攻撃力には欠けるが防御としては有用だ。
遠距離武器のほとんどは横からの力にはひどく弱い。
魔法も遠距離攻撃の代表格である炎などは質量を持たず、風で簡単に跳ね返せる。
アウラが下がらせたのは、開けた場所では不利だからだ。
この数の差、囲まれたら一瞬で終わる。
せまい通路へと下がることで敵の侵入方向を一か所にしぼる。
「さて、何分持ちますかね」
ハイ・エルフたちと合わせて、アウラも引き金を引く。
補給庫を兼ねたゴーレムたちと分断されたせいで、手持ちの弾丸が尽きたらアウト。一発足りとも無駄にできない。
アウラは一発の弾丸で三体の魔物を葬りさった。前の敵を貫通しつつ後ろの敵に当てる。それも急所にだ。
圧倒的な狙撃精度と風の魔法を併用して威力を引き上げられる彼女だからできることだ。
しかし、その程度で止まる勢いじゃない。
死体を踏みつけて後続がどんどん迫ってくる。
遠距離攻撃を風の結界で逸らせても、風の結界には屈強なオークの集団を止める力はない。
「みんな、どんどん下がっていって! 【転移迷宮】の性質上、敵は挟み撃ちしにくいです。どんどんさがっちゃいましょう!」
ここまでの道は一本道だった。背後を取られることはない。
入口から入ってきた敵は怖いが、六か所の転移ポイントに適度にばらけてくれるので数は少なくなる。
ここは逃げの一手が正解。
敵はどんどん通路になだれ込んできているが、道幅がせまく一度に相手をしないといけない数は少ない。
さらに、通路に入り込んだことで風の結界を展開する範囲を絞り、風の密度を上げられた。
厳しい状況ではあるが、アンチマテリアルライフルのけん制と速さで上を行く利点を生かして追いつかれずに確実にオークの数を減らしている。
だが、迷宮が一本道であることはオークたちにも味方する。。
【転移迷宮】は出口にたどり着くまで入り口が消えるという性質を持っているのだ。
逃避行の終わりはくる。
行き止まりだ。
前方にはオークの群れがひしめき、獲物を追い詰めた喜びで下卑た笑い声を上げた。
「アウラ様、もう弾丸がありません!」
「風の結界もそろそろ限界です!」
ハイ・エルフたちが悲鳴を上げた。
ここに来るまでに百体以上のオークを倒した代償に、弾丸も魔力も使い切っていたのだ。
だが、アウラだけは魔力を温存していた。
すべては勝つために。
「安心してください。……みんなが頑張ってくれたおかげでようやく準備ができました。私の必殺技には時間がかかるんです」
アウラを緑の風が包みだす。
そう、後退しながらアウラはとっておきのスキルを発動するために魔力を高めていた。
【誓約の魔物】。
それは魔王と深くつながった存在。比喩的な意味ではなく、魂の奥深くで繋がっている。
そして、Sランクの魔物ともなれば並みの魔物では持て余す魔王の力を余さずに受けきるだけの器を持ち、その恩恵を活かしきれる。
その結果、Sランクの【誓約の魔物】たちは魔王の力を色濃く受けたスキルを発現する。
天狐のクイナは、【変化】に影響を受けた。
プロケルの【創造】の力とは【星の記憶】にアクセスして、過去に存在したものを形造る能力だ。
【変化】は【星の記憶】にのみ存在する失われたはずの天狐の系統の最強種の情報を取り入れ、自らの体を媒体に変質する能力へと進化した。
エルダー・ドワーフのロロノは【創造】の力のうち、己の望む物質を実体化させるという点を引き継ぎ、自らが使用可能な魔術を機能として持たせて実体化する【具現化】という能力を発現させた。
三体のうち、クイナとロロノが【創造】の影響を受けたスキルを得たのだ。アウラが新たなスキルを得ていないわけがない。
Sランクにふさわしいレベルに到達したときに、アウラはしっかりと【創造】の影響を得たスキルを得ていた。
今まで使わなかったことに特に意味はない。
使わないといけないほど追い詰められたことがなかった。
これまでの敵はアンチマテリアルライフルの射撃だけで事足りていた。
加えて、アウラは魔物たちの中でも特に計算高い。
必要もないのに切り札を晒すような真似はしない。
だが、時は来た。
このままでは、自分だけではなく可愛い妹分たちまでがオークに蹂躙される。
エルフの本能が警鐘を鳴らしていた。
オークたちは、エルフを食い物にする、凌辱の限りを尽くし、繁殖の道具にし、子を産めなくなったら喰らう。
エルフは非力だ。風では巨大な肉塊を止められない。弓矢では致命傷を与えられない。オークにとっては格好の獲物だった。オークはエルフの村を見つければ仲間を呼び寄せ大群で蹂躙する。
……オークとエルフの双方の本能にこういう積み重ねは刻まれている。
アウラたちを始めとしたエルフたちはどこか無意識におびえ、嫌悪感があり、オークたちは逆に興奮している。
だからこそ、アウラはオークを許せなかった。
可愛い妹分たちを怯えさせ、今も股間を膨らませるゲスどもが呼吸をしていることすらおぞましい。
「星の化身たるエンシェント・エルフが願い奉る。星よ、どうか原初の風をお貸しください」
アウラが【誓約の魔物】となり、プロケルの力を得て開眼した力が発動する。
【創造】は、その力により生み出された物質に注目が行きがちだが、本質は別にある。
【星の記憶】にアクセスできることこそが【創造】の真の強さだ。
アウラの力はその側面を色濃く受けている。
本来、風を使う際には風のマナに働きかける。しかし、今のアウラはマナという末端ではなく【星】にアクセスし、その根源たる力、原初の風に触れていた。
アウラの周囲が翡翠色に染まる。
【翡翠眼】に契約の証たる紋章が刻まれる。
自然界には存在しない、星の息吹がアウラを包んでいた。
それは風というにはあまりにも力強かった。
それは風というにはあまりにも神々しかった。
言うならば翡翠の衣だ。
今のアウラはまるで翡翠のドレスを纏っているように気高く美しい。
「【星風の衣】」
たからかにアウラはそのスキルの名前を言う。
星と契約し、原初の風を操る力。
オークたちは恐怖を押し殺して突進する。
彼らの本能と理性の両方が叫んでいる。所詮はエルフ。非力でみじめな、子を孕ませる道具であり餌だ。
今感じている怯えなど気の迷いにすぎないと。
それが、逃げるチャンスを奪った。
どれだけ足に力を入れようと一歩も前に進めない。翡翠色の風が壁となり、前にいたオークたちは後ろから来たオークたちと壁に挟まれてつぶれていく。
「無駄ですよ。今の私の風を打ち破るなんて」
原初の風は質量を持った風だ。
矢も石も、屈強なオークの突進ですらアウラが定めた領域から一歩も進めない。
アウラがゆっくりと手をあげ……一気に振り下ろした。
翡翠の風に景色すべてが塗りつぶされた。
アウラの視界にいたすべてのオークが潰されている。
常識では測りきれない力。星の息吹そのもの。
ある意味当然と言えるだろう。
変動レベルで生み出されたSランクの魔物が、Sランクにふさわしいレベルまで育ち、【誓約の魔物】となって魔王と繋がり手に入れた力が圧倒的でないわけがない。
虐殺劇を見せつけられた後方に控えていたオークたちがなりふり構わず逃げ始めた。
ハイ・エルフたちがアウラの背後で歓声をあげて、彼女を褒めたたえる。
それにアウラは小さな微笑みを向け、崩れ落ちた。
ハイ・エルフの一体が慌てて支える。
「アウラ様、大丈夫ですか!?」
「ちょっと無理っぽいです。生身で星の力なんて振舞うものじゃないですね」
【星風の衣】は根源の風を扱う力。
根源の風はアウラが生み出したものではない、あくまで星からの借りものだ。
ただの一生物が使うには星の力は荷が重すぎる。
それは、Sランクにして最高位のエルフたるアウラでも例外じゃない。
【星の化身】【神の加護】【風の支配者】という三つの星と風を司るスキルを持っており、風と星との親和性が極限まで高まっているアウラだからこそ、精魂尽き果てるだけで済んだ。
他の魔物なら脳が焼け切れ、風に食い殺されている。
あと数秒【星風の衣】を発動していれば、そのアウラですら廃人になっていただろう。
「みんな、そんな顔しないでください。増援が来ました。どうやら、先に出口にたどり着いたクイナちゃんたちが出口からこちらに向かっているようです。……私はもう歩くことすらできません。肩を貸してもらっていいですか?」
「もちろんです。どうぞ!」
「ちょっと悔しいですけど、今回の【戦争】での役割はおしまいです。ご主人様に挨拶したら、アビス・ハウルに【転移】してもらいます。あとのことは、副隊長のあなたに任せます」
副隊長のハイ・エルフは一瞬不安そうな顔をして、それから毅然とした顔をして強く頷いた。
「任せてください!」
アウラは部下の成長を見て喜ぶ。
「ふう、【星風の衣】は凄まじい力ですが、使いどころは考えないといけませんね……魔力も体力も有り余ってるのに、心と脳が疲れ切るなんて。慣れたらもうちょいマシになる気はしますけど。クイナちゃんたちを見習って私も特訓しないと」
噂をしたらなんとやら、クイナたちが現れて手を振っている。
もう、オークの残党を狩り終えたようだ。
アウラは微笑んで、部下に肩を借りながらクイナたちのもとへ歩き始めた。




