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第九話:ティロの武器

【平地】を後にして、俺の屋敷に移動した。

 クイナとティロが戻ってくるのを待つためだ。

 彼女たちがレベル上げから帰ってくれば、ロロノの工房で新装備の性能実験を行う。


 何しろ、今回ロロノが作っているのは、かつてない設計思想の新兵器。まずはティロに使わせてみて方向性があっているかを確認し、使えると確信を得てから時間をかけて煮詰めていく必要がある。


 実はひどく嫌な予感がしていた。

 ロロノが作っているのはパイルバンカー、またの名を炸裂式杭打機。

 巨大な鉄杭を爆薬で押し出し対象を貫く近接武器。


 ぶっちゃけ、兵器としての実用性は皆無だと俺は思っている。圧倒的な質量をもつことにより規格外の破壊力という長所はあるが……銃に勝る点はほとんど存在しないのだ。

 ロロノことのだから、きっちり兵器として成立させるだろうが、ロマン武器であることは否定できない。


 ……思い出すのは、かつて【星の記憶】にアクセスし、とある炎に匂いが染みつきそうなロボットアニメを【創造】し、ロロノと鑑賞したときのことだ。

 劇中に登場したパイルバンカーをロロノがきらきらした目で食い入るように見ていた。

 必要性ではなく、あこがれで何かを始めたときには大抵ろくなことにならない。


「いや、きっと大丈夫だろう。あれに影響されたアヴァロン・リッターのツインドライブゴーレムコア、【バーストドライブ】は大成功だったし。今回もきっと……でも、ロマン武器だからな」


 一度思考を打ち切り、カジノ建設の視察結果を踏まえて今後のために必要なことを考える。

 さきほどまで【平地】で視察をしていたが、アヴァロンの街と同じように外壁を作りたい。そして、ミスリル・ゴーレムや【強化蘇生】した人工英雄たちを治安維持のために派遣させよう。

 強盗団や魔物の襲撃に備えないといけない。

 金のある人間が集まるというのは危険なのだ。


 そして、インフラも整えておかないと不便だ。

【平地】には、申し訳程度に井戸などを作っているが、それでは客に満足のいくサービスはできない。

 こちらもアヴァロンと同じように上下水道の設置を行いたい。

 カジノの建設が終わり次第、ドワーフ・スミスに取り掛かってもらおう。


「ようやく、クイナたちが帰ってきたか」


 強い魔力を感じる。

【転移陣】が起動しているのだろう。

 その想像は正しいようだ。二人分の足音が聞こえてくる。


「おとーさん、ただいまなのー!」

「ぐるぅ!!」


 キツネ耳美少女と、黒い大型犬が飛び込んでくる。

 クイナ一人なら受け止められるが、さすがに二人がかりだと無理だ。押し倒されてしまう。


 クイナとティロは俺の胸板に頬ずりをしてくる。

 苦笑してしまう。クイナとティロは似た者同士かもしれない。


「はしゃぎすぎだ。重くて立てないからどいてくれ」

「やー♪」

「ぐるぅ」


 やっと二人に解放された。

 魔王権限でティロのステータスを見る。


「一週間でレベルが三〇か。かなり順調だな」

「ティロちゃん、すっごく強いの。もう一人でも【紅蓮窟】の魔物に負けないし、鼻がいいから敵を見逃さない」

「それはすごいな」

「できる子なの!」


 レベリングが順調とは言え、目標地点は遥か彼方だ。

 変動レベルで生み出したSランクの魔物がその真価を発揮するのはまだまだ先だ。

 固定レベルで生み出せばSランクのティロはレベル71~80の間で生まれていた。

 変動の場合、一つ上のランクに匹敵する力を持つ。つまりレベル61になって、初めて固定Sランクと同じ力になる。そしてSランクの魔物たちは、相応のレベルになることにより解放されるスキルを持っていた。


 当面の目標はレベル61だ。

 ただ、ここからが長い。

 クイナ、ロロノ、アウラ、ディーク、ルーエは、偶然大きな戦いがあったからこそ短時間でレベル61を超えて、Sランク限定スキルも手に入れているが、ティロにはまとまった経験値を得られる機会はなかなか訪れないだろう。


 なにか、レベリングの手段を考えないとな。

 最悪でも、新人魔王を守るルールが終わったころには、Sランク相応の力を持った状態にしておきたいのだ。でないと切り札として機能しない。


 今のままではとてもそこまでレベルを上げれない。

 いっそのこと、適当な新人の魔王に喧嘩を売って滅ぼすか? 一人の魔王の魔物を皆殺しにすれば……だめだ。これは俺らしくない。


「クイナ、ティロ。おやつがキッチンにあるから、それを食べたらロロノのところに行こう。ティロの武器をロロノが作ってくれたんだ」

「さすがロロノちゃん、お仕事が早いの!」

「ぐるるぅ♪」


 二人とも、期待に目を輝かせている。

 きっと、その期待を裏切らないものをロロノは作っているだろう。……若干の不安はあるが。


 ◇


 おやつタイムを終えたクイナとティロを従えてロロノの工房にく。

 扉をノックするとロロノが出てきた。


 銀色の髪はぼさぼさで、目の下にクマができていた。どこからどうみても徹夜明けといった様子だ。

 最近、ようやく仕事が落ち着いてきており、ティロの装備開発も無理がない範囲でできると言っていたはずだが……。


「ロロノ、すまないな。また無理をさせたみたいだ」


 やはり、ロロノでも一週間で武器の開発は無理だったようだ。

 それなのに、できるといったロロノの言葉を真に受けて無理をさせてしまった。


「違う、マスターは悪くない。完全に自業自得。ちょっと欲をだした」

「欲?」

「実は昨日の朝には、ティロの試作武器はできてた。ただ、マスターに頼まれて、ヒポグリフ馬車の半重力プレートを作っているうちにパイルバンカーとは別に新たな武器のアイディアが浮かんだ。浮かんだのが昨日の朝で、間に合わせるためにちょっと無理した」


 ロロノは昨日の夜、夕食の時間にすら顔を出さなかったのはそれが理由か。

 夕食もとらず、一睡もしないで武器を仕上げてくれた。


「でも、おかげで間に合った。危ない。できたのが三十分前」

「まったく、一日で作り上げるとは驚きだ。がんばったな。今日はゆっくり眠れ」

「性能テストが終わったら休憩する。それに、今日は私が【おとーさんの日】。マスターと一緒にぐっすり眠る」


 照れくさそうに、でも期待を込めてロロノが言う。

 クイナたちは、日替わりで俺と一緒に眠る日を取り決めている。

 そして、今日はロロノの日だ。たっぷりと甘えさせてやろう。


「マスター、クイナとティロを連れて工房の庭に移動して。武器をもってくる。そこでデータをとる」


 ロロノが工房の奥に消えていく。

 二つの武器、どちらも非常に楽しみだ。


 ◇


「ロロノちゃん、まだかな、まだかな♪」

「がうがう、わう、わう♪」


 クイナとティロが声を合わせて怪しげな歌を歌っている。

 ……びっくりするほど仲がいい。

 今も、ティロの背中にクイナがまたがって走り回っている。


 そう言えば、ルーエはどうしたのだろう。アクセラ王国の各都市での礼拝巡りが終わってアヴァロンに戻っているはずだが、今日は見ていない。

 ティロには同じ異空間を主戦場にするルーエと仲良くなってほしいのだ。


「お待たせ。武器を持ってきた」


 ロロノが試作したティロの新兵器をもって現れた。

 一つ目は三連装のリボルバーがついた巨杭。

 異様にごつくてでかい。今は杭が出ている状態だがティロの倍の大きさはある。


 二つ目はティロに合わせて作られたブーツ。

 両前足には、三本の短刀が並べられた爪が付けられている。


「うわぁ、かっこいいの。この大きな杭、クイナも欲しい!」


 クイナはとくに巨大な杭のほうが気に入ったようだ。

 だが、ティロは巨大な杭は気に入らないのか顔をしかめて。ブーツの前にちょこんと座ると、尻尾を振ってうれしそうに吠えた。


「クイナはショットガンがあるから必要ない。ティロ、まずはブーツのほうから試験する。自分で履ける?」

「ガウ!」


 パイルバンカーじゃなくて、ブーツで良かったとばかりに、上機嫌でティロは吠えると、器用に犬形態のまま両手両足にブーツを履いた。

 両前足に三本ずつ、合計六本ならんだ短刀がきらりと光る。


 ティロが興奮して尻尾を振って、背を逸らしてポーズを決めると、クイナがティロちゃんかっこいいとおだてる。

 なかなか様になっている。あれで引っ掛かれたらただでは済まない。


「ん。さっそくだけど軽めに魔力を込めて。四つの足に均等に」

「がう!」


 ティロが吠えて、魔力をブーツに込めた。すると、ティロが吹き飛んだ。

 冗談ではなくロロノの工房と比べて三倍ほどの高さに跳んでいた。


「きゃうんっ!?」


 ティロは、驚いた様子だがすぐに我を取り戻し、空中でバランスをとり、華麗に着地する。

 ティロは恨めし気にロロノを見ていた。いきなり吹き飛んでかなり焦ったようだ。


「ん。ちゃんと機能してよかった。ティロ、これは斥力場生具足【タラリア】。昨日は見てのとおり、込めた魔力の強さに応じて、反発する力場を作ること。これを使えば、ゼロ距離からの急加速や、空に放り出されたとしても斥力場を蹴れる。やりようによっては空を駆けることができる」


 ほう、面白い。

 ティロには売ってつけの武器だ。

 ティロがまた魔力を込めた。今度はさきほどよりも低い跳躍、さらに空中でもう一段階跳んだ。

 今度は魔力の反発だけに頼らず、速度S+という規格外なティロの脚力で斥力場を蹴って、魔力消費を押さえつつも、さらに高く早く跳ぶ。

 ティロが着地し、得意げな顔をした。よほど気に入ったようだ。


「ん。斥力場のほうは問題ない。ただ、燃費の問題はまだまだ改善が必要。ティロの魔力波長の分析して最適化、あとは今回のテスト結果をもとに改善すれば、消費魔力を三〇パーセントは改善できそうだし、反応速度を上げられる」


 ロロノが持ち込んでいるノートPCに素早くデータ入力をしていった。


 ティロがきょろきょろと、周りを見て何か探している。

 工房の壁まで走っていく、すると両前足に取り付けられている合計六本の短刀がキィィィィンと甲高い音を立てながら光る。


 ティロが前足をあげて振り下ろした。

 壁がバターのように切り裂かれた。

 ティロは嬉しそうに吠えて、まるで猫が爪とぎするように、工房の壁に向かって二本足で立って、両前足を動かして大興奮。

 あっという間に壁がずたずたになった。


 すごいな、ロロノの工房はアヴァロンの重要設備なので、かなり頑丈に作ってある。……それこそ、Aランクの魔物の全力攻撃を受けても大丈夫なように。


 材質が優れているほか、魔術的な防御も施されているのだ。

 それをここまであっさり切り裂くとは。ロロノのこめかみに青筋ができていた。


「前足の六本の爪は一本一本がオリハルコン合金の魔剣。魔術付与エンチャントは【切断】。魔力を込めることで概念系の斬撃強化を実現する。オリハルコンの丈夫さと、細かい機能を抜いて斬ることだけに特化させた。見ての通り、凄まじい斬れ味を誇る。やりようによっては、アヴァロン・リッターだって斬れる」


 シンプルだが便利な兵装だ。

 斥力場を生み出すブーツとの組み合わせで圧倒的な速さと攻撃力を実現できる。


「……だけど、私の工房で切れ味を試すことはないと思う。いたずらっ子にはお仕置き。アウラに頼んで、ティロのデザートをしばらく抜いてもらう」


 爪とぎのような動作を繰り返していたティロの動きがぴたっと止まる。

 ティロは犬なのに、甘いものが大好きだ。

 デザート抜きと言われてしょげている。


「くうううん」


 ティロがロロノのほうに向かって情けない鳴き声をあげた。

 それだけでなく、ロロノの足元まで言って足に体を擦り付けて甘える。

 ロロノはため息をついて口を開く。


「……デザート抜きは今日だけにしてあげる」


 ティロは悲しそうに鳴き声をあげ続けるが、それ以上、ロロノは折れるつもりはないらしい。

 さすがにこれは自業自得なのでフォローはしない。


「六本の爪、今は片足三本だけど二本にしたほうがいいかも。魔力消耗を押さえるために、クイナの尻尾の毛のバッテリーを外付けにして、バッテリーとティロ自身の魔力併用に改良。他にも燃費の改善は……ん、いけそう。ティロ、斥力場の性能試験をもう少ししたい。さっきので感覚を掴んだはず。全力で使ってみた」

「ガウ!」


 ティロが再び跳んだ。魔力の加減を掴んだのか、さきほどより動きが滑らかだ。

 空中で何度も加速し方向転換を交えつつ加速、とんでもない変態軌道を見せる。

 見事なものだ。ティロはわずかな時間で、【タラリア】を使いこなしている。


 ティロは空を自由自在に駆ける。四本足、それぞれでベストなタイミングで斥力場を作りながら刹那のタイミングを見切り、斥力場を蹴り走っているのだ。

 おそろしいまでのバランス感覚とセンスだ。

 グラフロスにも匹敵するスピードを発揮しつつも旋回性能は大きく上回る。

 そんなティロに見惚れてしまっていた。


 そして、ティロが落ちた。

 ……ああ、魔力切れか。調子に乗りすぎたようだ。ただ、意識を失うほどには消費していないらしく、着地寸前で斥力場を発生させて衝撃を殺して見事に着地した。

 ただ、魔力切れの特有の倦怠感でティロはグロッキーになっていた。


「ん。性能試験は十分。改良点は見えた。【タラリア】は使える」

「だな。ティロの能力との相性は最高と言っていい。これがあればティロは無敵になる」


 これだけの性能がありながら、【タラリア】の飛行能力はおまけのようなものだ。

 どこだろうと足場が作れ、ゼロ距離からの強烈な加速も可能。【切断】を極限まで突き詰めた前足の爪も攻撃力の確保に役立つ。それでいて極めて軽量でティロの敏捷性を活かせる。

 ティロの武器として必要な要件をすべて押さえている。


「ロロノ、これを一晩で作ったとは驚きだ」

「ほとんどの機能は、私の【機械仕掛けの戦乙女】の機能をマイナーチェンジ。既存技術の寄せ集めだから新規開発なしで時間がかからなかった。あとは細かいところを詰めつつ、燃費の改善を目指す」

「ああ、任せた」


 一晩で作ったおまけである【タラリア】がこれほどの出来だ。

 パイルバンカーなんて必要なくて【タラリア】だけでいい気がしてきた。


「クイナ、ティロに魔力回復ポーション飲ませてあげて」

「やー。ティロちゃん、これを飲むの!」


 クイナがポシェットから魔力ポーションを取り出して飲ませる。

 魔力切れでぐったりしていたティロの顔色が良くなってきた。

 魔力を使い切るティロを見て、自制心が足りないのはティロの弱点だと改めて認識する。

 だれかが傍にいてセーブさせないと怖い。

 魔力が回復したティロが吠えて、元気になったとアピールする。


「ガウッガウッ! ガウゥゥゥゥ!」

「おとーさん、帰ろ。ティロちゃんお腹すいたって。それと、すごい武器をありがとうってロロノちゃんに言ってる。ティロちゃん、素敵な武器をもらえて良かったね」

「がるぅ♪」


 ケモ耳同士、なぞの意思疎通を二人がする。

 もう、完全に今日の仕事は終わって解散という空気だ。


「クイナ、ティロ。待って。【タラリア】は私が思い付きで適当に作った前座。本番はこれから……次のは、こっち。巨大炸裂式釘打ち機【モーテリウス】。我ながらすごいものを作った。はやく装備して」

「きゅううううん……」


 ティロが露骨に嫌そうな顔をする。

 獣特有の第六感で、俺と同じく何か悪い予感を掴んでいるのかもしれない。

 ロロノは巨杭を収納し、それでもティロの体長ほどもあるパイルバンカーをもって、ティロににじり寄ってきた。ティロが後退る。


 嫌な予感はするが、ロロノが自信作とまで言う武器だ。

 なにより、見るからにロマンあふれる兵器。ティロには悪いが、俺は実験が楽しみだった。

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