第七話:開催、飛竜レース
ドワーフ・スミスたちは無茶ぶりにも関わらず、急ピッチでカジノの開催に向けてがんばってくれていた。
なにせ、昨日依頼をしたにも関わらず、すでに設計が終わって構築に入ると連絡を受けている。
レースに出場するグラフロスたちの装飾具も完成し納品されており、デュークがグラフロスに身につけさせて、テスト飛行が終わっているようだ。
カジノの開催に向かってすべてが順調に進んでいる。
そして、俺は【平地】に来ていた。
ここにいるのは俺だけじゃない。コナンナ及び、彼のクルトルード商会の幹部たち。
加えてアヴァロンの商工会の重役たちが集まっていた。
昨日の夜に、大型カジノの設置と、その出し物のデモンストレーションをする。希望者は参加しろと回覧している。
そのときに、五百人規模から二千人規模のカジノに変更したことも伝えてある。
急な日程で開かれたデモンストレーションなのに、そうそうたる面々がそろっていた。
それだけ、俺のすることにみんなが期待しているのだろう。
カジノの建設予定地につくと、一同が目を見開いた。
「ほう、これほどの規模の建物を建設するとは」
「プロケル様の本気がうかがえますね」
「……いったい、金貨何千枚規模の施設になるのか」
すでにゴーレムたちが基礎工事に入っており、カジノの敷地を示すように看板がおかれていた。
ドワーフ・スミスたちが作るのは、二千人を収容する規模の建物なので、相応の敷地面積となる。
今回のデモンストレーションでは、実際の施設を使うことはできないので、建設予定地の近くに机と椅子が設けられており、実際のカジノでも使うとある装置と、簡易な機構を搭載した天井が存在した。
「みなさま、どうぞおかけになってください。酒と軽食も用意させていただきました」
コナンナ商会の面々と、商工会の重役たちは用意していた椅子に座るが、その視線は一点に集中していた。
視線が向けられているのは超巨大スクリーンだ。
カジノで一度に数百人がレースを視聴できるように、とてつもなく巨大なスクリーンを用意した。
【天啓】は空間転写以外にもスクリーン転写の機能がある。
レースの様子を空間転写することも考えたが、スクリーンに映すほうが、画質がよくなるし色彩が鮮明になるので、スクリーンを選んだのだ。
「プロケル様、これはいったいなんでしょうか」
だれもが気になっていることをコナンナが質問してくる。
「見ていればわかりますよ」
俺は、あえて勿体付ける。
直接見てもらったほうが感動があるだろう。
スクリーンの前に立ち、口を開いた。
「この度は、アヴァロンで新設予定のカジノ、その目玉である飛竜レースの体験会に参加していただき、ありがとうございます。ではさっそくご覧いただきましょう!」
スクリーンに光がともる。
それだけで、商人たちが身を乗り出した。
スクリーンに色とりどりの装飾具をつけたグラフロスが鮮明に映し出された。
商人たちが巨大スクリーンの鮮明な映像と、暗黒竜グラフロスの迫力に目を見開く。
「これより行われるのは賭けレース。ただの賭けレースではございません。世にも珍しい飛竜の賭けレースでございます。空を見上げてください。いろとりどりのバルーンがございます」
【平地】には、ワイヤー付きのバルーンがいくつも浮かべられていた。
バルーンも特別製で、丈夫かつ巨大。
ワイヤーも特殊な蛍光塗料が塗られており、昼でも夜でも周囲のマナを吸い込み発光するので目立つ。
これこそが、グラフロスが競い合うコースとなる。
「飛竜たちはバルーンの間を飛び、その様子はこちらの大スクリーンで臨場感たっぷりに映し出されます。全長百キロを超えるコースを飛竜たちが、五分もかからずに駆け抜けていくのです。これより、皆様に世界初の飛竜レースの観客となっていただく! ……とはいえ、ただ見るだけなのもつまらないでしょう。賭けていただきましょうか。今回はオッズは一律、五倍とさせていただきました」
本来なら、人気などで細かいオッズをつけるが、初回でデータがないので適当だ。
商人たちは目を見開き、童心に戻り、あこがれを込めた視線をスクリーンのグラフロスに向けた。
「では、レースに出場する飛竜たちの紹介を」
画面に、一体ずつアップでグラフロスが映し出される。
ドワーフ・スミスがそれぞれに名前をテロップでつけていた。それを見て、苦笑してしまう。
参加するグラフロスは六体。
赤のルージュ。
青のスカイ。
緑のウッド。
黄のゴールド。
銀のシルバー。
黒のダーク。
六体のグラフロスが装飾具の色に合わせて名づけられている。
商人たちは、顔つきや体格で、どいつに賭けようかと語り合う。その姿は真剣そのもの。
しばらくすると、お手伝いの妖狐たちがテーブルを回り掛け金を受け取り、賭けた金額に応じたチケットを渡していく。
集まっているメンツがメンツだけに、とてつもない金額が賭けられている。見栄もあるのだろう。
ここでケチな金額を書くことは、彼らのプライドが許さない。
「では、賭ける竜も決まったようですね。スクリーンに注目してください。いよいよ、レースの始まりです」
スクリーンのわきにあるスピーカーから音楽が流れる。
勇ましい曲だ。否応なしに血がたぎる。この曲はルーエが作曲したものだ。
BGMだけではなく、現地の風の音まで伝わっていた。
本番では、立体音響で臨場感を増す予定だ。それを想定した設計をドワーフ・スミスたちが行っている。
カウントダウンが流れ、破裂音が響きレースがスタート。いっせにグラフロスが羽ばたいた。
飛竜の羽ばたき、その雄々しい姿が画面の中で躍動する。
バルーンと光るワイヤーによって、空に作られたコースは入り組んでおり、いくつものコーナーを空に描く、そんなコースを曲芸じみた飛行でグラフロスが突破していく。
ダイナミックかつ繊細、そんなグラフロスの飛行は見るものを魅了していく。
みんなの目が釘付けになった。
レースの先頭は赤のルージュと黒のダーク。そこから一歩引く位置に青のスカイがいる。
グラフロスはみんな真剣だ。なにせ、森での肉食い放題がかかっている。
すでにレースが始まって三分で終わりが見えてきた。
誰もがまばたきすら忘れてスクリーンを固唾をのんで見守っていた。
「さあ、レースもいよいよクライマックス。連続カーブを抜けて、長い直線に入ります。皆様、間もなく我々の頭上を竜たちが通過します。十秒後に上を見上げてください」
俺の言葉と同時に、天井に仕掛けられた装置が起動する。
間に合わせだが、本番のカジノでも使われるギミックがこの天井にも用意されている。
天井が開かれ、日差しが差し込む。
商人たちが、天を見上げる。
すると……。
「うおおおおおおおおおお」
「いけええ、わしのルージュ!」
「負けるな、ダーク」
「まだまだ、逆転できるぞウッド!」
頭上を、グラフロスたちが通過していく。
直前に大きなカーブを設けて、グラフロスを減速させている。とはいえ、グラフロスの速度なら通過は一瞬だ。
だが、その一瞬には千金の価値がある。
雄々しく天を舞う飛竜を肉眼で見れるのは最大の贅沢だ。
【畏怖】が発動しない範囲でぎりぎりまで低く飛んでもらっている。直線なので、事故も起こりにくいし万が一に備えてハイ・エルフたちが待機していた。
商人たちは、間近で見た飛竜たちに興奮と感動を隠し切れない様子だ。
強いものは理屈抜きで、偉大で美しいのだ。
天井が閉じて、商人たちがスクリーンに視線を戻す。
残り三キロ。最後に残るのはテクニカルな連続カーブと長い直線のみ。
先頭を行く赤のルージュがコーナーで膨らみバルーンの外にコースアウトし、失格になってしまった。
赤のルージュにかけていた商人たちが、ああっと悲鳴をあげる。
そして、最後の長い長いストレートに突入した。己のかけたグラフロスたちに声援が飛ぶ。
赤のルージュが脱落したことで、単独トップに立った黒のダークが一位で通過すると誰もが思った。
しかし……。
「わしの青のスカイが来たぞ!」
一人の商人がチケットを握りしめて立ち上がる。
ずっと一歩引いた位置にいた青のスカイがラストスパートで黒のダークを抜き去ったのだ。
勝敗を分けたのは、青のスカイが体力を温存し続けてきたこと。
赤のルージュと黒のダークは、先頭集団で競い合ったせいで体力を消耗していたのだ。
逆に青は競り合いをさけて、したたかにチャンスを狙っていた。
そのまま、青が一位でゴール。黒が二位。続いて黄色と緑がゴール。赤と銀はコースアウトという結果になった。
勝者の雄たけびと、敗者の落胆が場に響く。
妖狐たちが賭けの勝利者に掛け金の五倍を払い戻しながら、テーブルを回って酒の追加を注ぐ。
「みなさま、お楽しみにいただけましたか? これこそがカジノの目玉となる。飛竜レース。大迫力の飛竜のレースを大画面で楽しめます。そして、天井の仕掛けもきっちりと、新設されるカジノでも導入する予定です」
拍手が響き渡る。
「素晴らしい、これは人を呼べる!」
「飛竜のレースなど、世界中でここでしか見れまい」
「ああ、あのスピードで、あのような飛行。さすがは竜だ」
「これは、賭けとしてではなく、見世物としても超一級品だ。一度見たら、忘れられない!」
商人たちが口ぐちに感想を言い合う。
贅沢に慣れて目が肥えた商人たちですら、これほど興奮するのだ。成功は約束されたようなものだろう。
そのあとは、いろいろと質問を受けた。
カジノが完成するタイミング。
カジノの中に飲食店や土産屋の開業をしてもいいか。
ほかの街と連携してツアーを行ってもいいか。
飛竜レースの開催頻度。
その他もろもろ、目の色を変えて聞いてくる。金の匂いを感じ取り、少しでも儲ける糸口を探しているのだ。
「コナンナさん。カジノの施設自体は一週間後に完成します。見取り図はこちらに。必要な人員の手配しだいで、開店時期を決めたいと思いますが、どれほどの期間が必要でしょうか」
施設と飛竜レースはアヴァロン側で準備するが、それ以外はコナンナが手配することになっているので、俺の一存では決められない。
飛竜レースのほかにも、世界各地で流行っているカジノの人気コンテンツを、ディーラーごと引き抜いて開催するとコナンナは言ってくれているが、それには時間がかかるだろう。
「プロケル様、二千人を収容できる大型カジノです。それも、客が雪崩のように押し寄せることが予想される。超一流のディーラーが最低二十人は欲しい。ディーラ以外にも百人を超えるのスタッフ。それも、一流どころでないと厳しいでしょうね。普通の商人なら最短で二か月と言うでしょうな」
妥当なところだ。
むしろ、二か月で集められるなら、一流と言っていいだろう。
「コナンナ、その言い方、おまえならもっと早くできるととっていいんだな」
だが、コナンナはあえて普通の商人ならといった。
彼は超一流の商人だ。
「十日で集めましょう。そして、四日ですべての準備を終わらせます。カジノの開始は二週間後と行きましょう! ははは、今日の飛竜レースを見て、期待値が三倍ぐらいに跳ね上がりましたからな。金貨を山ほど積み上げてでも、人を集めます。……そしてプロケルどの。十頭でもいいので、さきにヒポグリフを回せませんか。十日後に十頭あれば仕掛けられる。いくら人気コンテンツがあっても、人を運ぶ手段がなければどうにもならない。十頭を使って、世界各地の名士を招きますよ…そうすれば、彼らは必ず、知り合いに自慢し、口伝で爆発的にアヴァロンのカジノは広まっていくでしょう」
コナンナは確信と勝算なしにこんなことは言わない。
俺になにかを要求した以上、必ず利益を出す。
だからこそ、俺もリスクを負える。
「わかった。十日以内に十頭だけ先に手配しよう。その次の補充は順次行う。それでいいか?」
ヒポグリフの【渦】はいずれ作るつもりだった。
Bランクの魔物の【渦】の半額以下であり、今後の需要も見込めるし、今の手持ちでも購入できる。
「十分でございます。十頭いれば、影響力がある各地の名士を招き入れられますし、その後は集客が見込める大都市のうち、私の息がかかった街に先行して駅を設置できるでしょう。根回しが必要な街は、どっちみちもう少し後になりますからね。十頭先にあることが重要なのです」
そのためか。
カジノを開店のタイミングで、根回し不要の街から駅を先行開通させ、ヒポグリフの増産と合わせて、どんどんネットワークを広げていく。
さすがはコナンナと言ったところか。
「任せたぞ。コナンナ」
「ええ、これだけの武器があって人を呼べなければ私は商人失格だ。任せてください。そして、商工会の皆様。わたくしからも儲け話の提案を。このカジノ、を盛り上げるために力を貸してほしい」
俺はコナンナに運営を委託した。その気になればコナンナは利益を独占できるが、どうやら利権を独り占めするつもりはないらしい。
飛竜レース以外のコンテンツ作り、カジノの施設内の飲食店などのサービスの拡充。
さらには、アヴァロン内でのカジノ目当ての客を受け入れるための商店に、新たな宿屋の開設などのプランを次々にたて、他の商会に提案していく。
危ないところだった。俺が見落としていたところにコナンナは気付いている。
冷静に考えれば、今のままだと人を呼べても宿泊施設の数も、飲食店の数も足りない。アヴァロンがパンクしてしまうところだった。
そこまで頭が回っていなかった。
他にも、より観光客を満足させ金を絞り出すプランをコナンナは商人たちに説明し、商人たちもアイディアを出してカジノを中心にしたアヴァロンの発展プランが出来上がってくる。
こんなもの、俺と魔物たちだけなら絶対に作れなかっただろう。
コナンナに任せて良かったと改めて思う。
今から二週間後のカジノが開く。
空の駅の先行リリースと合わせて、商工会の力を借りて大規模に宣伝を打つ。
二週間後、このアヴァロンに無数の人々が押し寄せるだろう。
圧倒的なDPを得られ、すさまじい感情を受けて魔王の力が強化される。そのことが、楽しみで仕方なかった。
これでまた、最強の魔王に一歩近づくだろう。
おかげ様で、魔王様の街づくり 連載一周年!
定期更新が続けられたのは皆様のおかげです。本当にありがとう!
これからもがんばっていきますよ! 魔王様の街づくりは、まだまだ続くし、面白くしていきます!
GAノベル参加二巻まで発売されている単行本もよろしく! 九月には三巻も出るよ!




