第五話:アヴァロンの新たな魅力
歓迎会を終えて一夜が明けた。
ロロノは工房でティロの装備開発を始め、アウラは黄金リンゴの世話に出向いた。
クイナ、ルーエ、ティロの三人は今日もティロのレベルあげを行う。
そして、俺はというと魔王の書とにらめっこして愕然としていた。
「DPが足りない……」
計算を失敗した。
近頃、アヴァロンの発展と、マルコのダンジョンのおかげでDPの収入が跳ね上がっていた。
おかげで、Bランクとなり一体1,200DPもする高価な暗黒竜グラフロスの【渦】を二つも買えた。240,000DPもの大きな出費だったが、その価値は十二分にであった。
今まで、ほとんどDPを使ってなかったこと、マルコの救出戦ですさまじい数の魔物を倒したことによりボーナスもあり、【渦】を買っても、まだ130,000DPほどの貯金があった。
その貯金を使ってティンダロスの二ランク下の【転移】を持つ魔物、アビス・ハウルの【渦】を作れると思っていた。
だが……。
「最近、地下が手狭になってきて、いろいろと改装したからな」
階層を追加し、さっそく三フロア構築した。
その中には高価な【鉱山】も含まれている。
それに加えて、インフラ工事と教会の設置を短時間で終わらせるためにドワーフ・スミスを追加で購入したし、人間が増えたことで環境汚染がひどくなったうえ、アウラが二本の黄金リンゴの木で精いっぱいになり、ハイ・エルフたちのサポートができなくなったことから、ハイ・エルフを増員した。
それらの出費と、いざというときのための【階層入替】を行えるだけのDPの確保を考えると……。
「とてもじゃないが、【渦】は買えないか」
とういえ、【転移】と高い攻撃力を持つアビス・ハウルは数を増やしておきたい。
一日に一体魔物を生み出すという【渦】の性質上、一日でもはやく買いたいのだ。
となると……。
「まずは一体だけ購入して、アビス・ハウルの性能試験。それと並行してDPを大きく増やす方法を考えないといけないな」
それが第一だ。
DPを使って、一体ずつアビス・ハウルを購入するより、収入をふやして 一日でも早く【渦】を買うほうがいい。
今までは、直近で大きな戦いがあったため、そんな悠長なことを言っていられなかったが、次の戦いまで半年ある状況だと、【渦】の購入優先だ。
【渦】を買いたいという目的がなくても、DPの収入の底上げは絶対にやったほうがいい。将来的な戦力に大きな差が開く。
DPを増やす方法は二つ。単純に人口とアヴァロンへの滞在時間を増やす。
もう一つは、人間たちの感情の揺れを大きくすることだ。
事実、【礼拝】ある日はDPの収入は一割弱ほどDPの稼ぎが増えている。
一番即効性があるのは、【礼拝】を毎日やることだ。
だが、ルーエは明日、アヴァロンで【礼拝】を終えると、アクセラ王国の主要な三都市を回り、一日一回、【礼拝】を行う予定だ。
あちらはあちらで重要だ。向こうで信者を増やすことで、聖地アヴァロンへの巡礼者が増える。
「となれば、人を招く新しいコンテンツを作るしかないな。客を増やすだけじゃなく、感情のうねりも引き上げるものが望ましい」
それしかないだろう。
とは言ったものの、アヴァロンは税金を安くすることで商人たちを大量に誘致している。
彼らは、放っておいても次々と魅力的なコンテンツを作って金稼ぎに精を出しているのだ。商人は自分が設けるためにアヴァロンを魅力的な街に日夜作り変えている。
世界中の良品が安く集まる市場は常に賑わっている。
アヴァロンの飲食店ではありとあらゆる美食が味わえる。質も数もすでに世界有数だ。
客が多いおかげで、高名な劇団の一座も本拠地をこちらに移してくれた。酒場や見世物小屋、商館。ありとあらゆるものが次々と開店している。
そして、アヴァロン直営の熱心な信者を大量に抱えた教会まである。
今のアヴァロンにはたいていのものがある。
……いや、一つだけないものがあったな。あえて今まで俺がアヴァロンに作るものを許さなかったもの。
当時は、問題があったが今なら開店してもいいだろう。
よし、さっそくコナンナに協力を仰ごう。あれは俺と魔物たちの力だけではどうしようもない。
うまくいけば、DPの収入が一気に上がるだろう。
◇
コナンナは人間の中ではもっとも信頼している。
アヴァロンの最初期から、働いており、この街に本拠地を移して巨額の富を稼いでいる男だ。
彼の商会の本拠地を訪ねる。
……いつのまに、こんな立派な建物を建てたのだろうか。
アヴァロンの郊外に、俺の屋敷以上に立派な建物ができていた。ここがコナンナが作った商会の本部だ。
「よく、来てくださいました。プロケル様」
「相変わらず、景気が良さそうだな。こんな立派な屋敷を立てるなんて」
「おかげさまで。いやはや、アヴァロンに本拠地を移したのは博打でしたが、正解でした。こんな巨大な屋敷、維持費がかかるばっかりで実用性はないのですが、いかんせん景気の良さを見せるだけで、交渉がうまく進むので仕方なく作ったのです」
彼はほがらかに笑う。
紅茶と、お茶請けが出される。
もちろん、紅茶は最上のもの。そして、お茶請けの焼き菓子には、アルノルトの印が入っていた。王侯貴族すら通い詰める菓子店の焼き菓子だ。
これ以上はない歓迎だろう。
「プロケル様、此度は何用でしょうか?」
「アヴァロンで、公営の施設を一つ立ち上げようと思ってな。コナンナに一枚かんでほしい」
「ほう、これは金の匂いがぷんぷんしますね。いったい何をするつもりですか?」
アヴァロンに唯一ないもの。それは……。
「公営のカジノを建てたい。施設の建設は俺がやる。人員の手配と運営をコナンナに任せたい。ただし、いくつか条件を出させてほしい」
コナンナが目を細める。
カジノを作る。その意味は非常に大きい。
とんでもない金が動くのだ。
「今まで、プロケル様はカジノだけはアヴァロンに出店の許可を出していなかったのに、どういう風の吹き回しですか?」
「町が不安定な状態では、いろいろと危惧があった。だが、やっと治安も安定してきた。そろそろ頃合いだろう」
アヴァロンでは、かなり自由に商売できるが店を作る前に申請がいる。
たいていのものを通しているがカジノだけは禁じてきた。
個人や、小さな店でちょっとした賭けをするぐらいなら黙認しているので、陰でこそこそ賭場は開かれているのだが、カジノは一件も存在しない。
禁止したのにも理由がある。どうしてもカジノがあると治安が乱れる。
ましてや、当時のアヴァロンの人口のほとんどは気性の荒い冒険者たちだった。カジノで大負けした彼らが犯罪に走る危険性があった。治安が悪いとうわさが広まると人が寄り付かなくなる。
……だが、今は状況が変わった。
治安が整い、農民の移住や商人といったものたちが増え、それ以上に観光客などが増えてきた。定住者と金銭的に余裕があるものが大多数になった今、カジノを開くのをためらう必要はない。
「アヴァロンで初のカジノですか。これは……間違いなく儲かりますな。全力をあげて取り組ませていただきたい。条件を聞かせていただきたい」
コナンナが身を乗りだしてくる。
乗ってくれてよかった。
できるなら、俺と魔物だけで運営したいと思うのだが、カジノの運営は極めて高度な知識と、多種多様な雑務をこなすだけの人員が必要とされる。
大規模なカジノを魔物たちとだけで行うなんて不可能なのだ。
コナンナの商会がもつ人脈が必要となる。
「乗り気になってくれてよかったよ」
「プロケル様は断るとほかの商会にこんな美味しい話をもっていきますからね」
コナンナは俺のことがよくわかっている。
一番実務能力があり、一番信頼しているコナンナだからこそ話を振った。
だが、話を蹴ってくるなら代わりはいくらでもいる。
「なら、条件を出そう。カジノの敷地の広さは教会の半分ほど、収容人数は最大五百人規模にする。出し物についてはアヴァロン側で、アヴァロンでしかできない派手な催しを用意するが、それ以外の出し物はコナンナの裁量に任せたい。一流のディーラーたちを引き抜き、はやりのものをそろえてもらえると助かる。……そして、客への還元率は九割を維持すること。これを絶対に守ってほしい」
客への還元率が九割と聞いて、コナンナが眉を顰める。
「かなり無茶を言いますね。九割も客に掛け金を返すとなると、かなりぎりぎりの運営になるかと。一歩間違えれば赤字真っ逆さまです」
還元率は、客が払った金のうちどれだけを、報酬として支払うかの割合だ。
例えば、旧時代に流行った宝くじでは五割、馬や船のレースなら七割ほどだ。
そして、周辺の国々で開かれる賭場では六割強ぐらいだ。九割という還元率は客から見れば、圧倒的に美味しい賭場となる。
当然、還元率を上げれば上げるほど胴元は儲からない。
「たしかに九割も還元すれば厳しいだろう。その代わり、カジノの利益はすべて、コナンナの商会のものにしていいし、アヴァロンから支援金として、利益ではなく売り上げの一割を毎月支払おう」
「……プロケル様、それでアヴァロンにいったいなんの得が? てっきり、上納金を収めるように要求すると思っておりました。なのに上納金なくていいどころか、支援をいただけるとは。我々としては客から一割、プロケル様から一割をいただき、十分すぎるほどの儲けがでますが、プロケル様は一方的に損では?」
ぶっちゃけた話をすれば、金なんてまったく必要としていない。むしろミスリルやオリハルコンを狙った発掘のはずれで、金や銀が腐るほど余っている
俺がほしいのは、外からカジノ目当てに来る人間と、その熱狂だ。
還元率が百パーセントを超えてもいいとすら思っているのだが、それはそれで問題がある。カジノだけで生計を立てる人間が溢れるのは、アヴァロンの発展の足を引っ張る。
「カジノは儲けるために開くわけじゃない。客寄せの道具だよ。カジノ目当てにやってきた客が押し寄せ、アヴァロンで金を落とす。それでアヴァロンは活性化するだろう。そして、大型カジノを開くと、その従業員たちが外からやってくるだろう。そいつらに支払った給料はアヴァロンで消費される。アヴァロンから金は消えないよ」
それっぽいことを言う。
一応理屈は通っているはずだ。
「なるほど、これは投資ですか。アヴァロンという、世界最大の市場、ありとあらゆる美食と娯楽が集まった場所に、大規模かつ、客が勝てるギャンブル。これはすごいことなりますぞ。世界中からこぞって、アヴァロンに客が集まるでしょう」
コナンナが上機嫌になり、熱弁をふるう。
「期待しておけ、俺が用意するギャンブルは世界中でアヴァロンしかできない。派手なものを用意する。賭けに負けたものすら、満足して帰るだろう。ギャンブルをしにではなく、見世物を楽しむだけの客も押し寄せる」
「それは楽しみですな。私のほうも、可能な限り早急にディーラの数をそろえて、出し物を揃えましょう」
コナンナは上機嫌だ。
これなら、もう一つのほうもすんなり通るだろう。
「そして、もう一つ事業を任せたい」
「これ以上、私を喜ばせていったいどうするつもりですか? プロケル様」
コナンナの鼻が大きく膨らむ。
「アヴァロンは、たしかに魅力的なコンテンツはそろってきた。だが、交通の便が最悪でアヴァロンに来たくてもこれないものが多い。これをなんとかしたい」
なにせ、アクセラ王国経由ルートしか整備された道がなく、反対側は人間の支配していない領域で、どうしてもこれない人間が多い。
「それは、われわれも問題に思っております。ヒポグリフ便で商品を仕入れにいったかえりに、乗せてくれと、ねだられることが多いです。それぐらいに、来たくても来れないお客様が多い」
「……それを商売にするんだ」
どうやら、それだけでコナンナは俺の言いたいことを察してくれたらしい。
「調教済のヒポグリフを追加で百頭ほど仕入れることができる見込みがある。当然、空車も俺の配下に作らせる。荷物ではなく人間の輸送に特化したものだ。ここまで言えばわかるな。百頭のヒポグリフを使って、空の駅を作るんだ。今後は荷物だけでなく、ヒポグリフが人を運ぶ」
商品の仕入れに空を使うように、人の流れをも空を使う。
百頭のヒポグリフがいればそれも不可能ではない。
だが、その最大のハードルは、各都市への駅の配置の根回しだ。
これも商人のネットワークが最大限に生きる案件であり、俺と魔物たちでは、どうしようもない問題だ。
わなわなとコナンナが震え始めた。
「それはいい、すさまじいことになりますぞ。私にとって、カジノなどよりよっぽどいい。成功すれば、アヴァロンに訪れう人の数が、今までの三倍、いや、五倍になる! アヴァロンを中心にして空で繋がる駅、ははは、なぜ、今まで思いつかなかった!? 私は間抜けだ。ありがとうございます。プロケル様! 三か月……いや、二か月で、手配をしてみせましょう。私の商人としての誇りにかけて!」
コナンナは、張り切っている。
すごいはしゃぎようだ。
……冗談抜きで、各地の都市を空でつなぐ駅なんて作れば、歴史に残る商人になりえるからな。
「根回しや調整に金がいるだろう。これはアヴァロンの政策だ。支援金を用意する。あとで取りに来てくれ」
適当に、この前アクセラ王国に支援した金額の半分ほどを記載した契約書を渡す。
世界各国の都市に駅を設置するのだ。それぐらいは金がいるだろう。
「非常に助かりますね。私の商会の貯蓄だけでは、足りないと思っていたところです。これだけあれば、やりようはいくらでもある。それからプロケル様、ヒポグリフ百頭と空車の使用量は?」
「無料でいい。言っているだろう。俺の目的はアヴァロンの繁栄だ。金じゃない。とはいえ、儲けた分、規定の税金は払ってもらおうがな」
コナンナはにやりと笑い手を伸ばしてきた。
その手をしっかりつかむ。
「ははは、プロケル様は、神だ。まちがい、私にとっての神ですよ。あなたに出会えてよかった」
コナンナに任せた最後の理由。
それは、俺を崇拝していて裏切らないこと。
【礼拝】の影響を受けてくれている。
さて、これで種は撒いた。
カジノというコンテンツを増やし、さらに人がやってくるための交通手段が整備される。
アヴァロンのDP獲得率は一気に跳ね上がるだろう。
人間は便利だ。俺や魔物たちにできないことを、あっさりと実現してくれる。カジノも、空の駅も、コナンナの協力なしでは不可能だった。
さて、カジノの中身をさっそく用意しようか。
アヴァロンでしかできない、最大級に派手なギャンブル。
有事以外は遊んでいるあいつらを使うのだ。
俺は、秘匿されている地下へと足を運んだ。
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