第十七話:【戦争】放棄
【黒】の魔王の奇襲を躱し、逆にやつを追い詰めた。
新人魔王を保護するルールが守っているはずの俺を、躊躇なく奴が先制攻撃したにもかかわらず、ペナルティが発生していない。
さらに、やつのほうから宣戦布告ができたことを考えると、マルコを救出する際に蹴散らした無数の魔物の中に、【黒】の魔王の魔物が紛れ込んでいたのだろう。
そうして、知らずのうちに俺から奴に攻撃を加えてしまっていたのだ。
……その手は予想していたが、本当にやっているあたりがあいつらしい。
「うまくいったな」
【黒】の魔王を逃がしたものの、当初の目論見は達成させた。
やつの地盤を揺るがすためのカードが欲しかった。
そのために一芝居打ったのだ。
この街で手に入れた映像は、やつの息がかかった街で繰り返し放送させてもらおう。
「クイナ、レナード王子たちと合流しようか」
先に王族たちはアウラを護衛につけて、逃がしてしまった。
追いついて、当初の予定だった会談を続けないといけない。
「やー♪ これでこの街もおとーさんのものなの!」
「はは、そういうわけでもないけどね」
俺は苦笑する。
リグドルド教という心の支えを失ったものの多くは聖杯教に入信するだろう。
古来からそうだ。宗教で痛い目を見た人間は、宗教不審になるわけではなく、代わりの救いを求める。
信じるものをなくして生きていけるほど強くない。
聖杯教は凄まじい勢いで広まるのは間違いない。
それだけでなく、アクセラ王国との交渉もずいぶんと楽になるだろう。
なにせ、国王たちは気付いていないが、どんどん俺への依存が増している。根本的には、彼らも代わりの宗教を求める心の弱い人間と一緒だ。
「アヴァロンリッター。死体を一か所に集めコンテナに詰めておけ」
俺の命令で、アヴァロンリッターたちがテキパキと死体を集め始めた。
魔物の死体は時間が経つと光の粒子になって消えるが、人工英雄どもはそうではない。
きっちり持ち帰って、デュークの【強化蘇生】で手駒にしよう。
もとがAランクの魔物と同等の使い手たち、それが一回り強化されて蘇ると強力な戦力になる。
しかも、アンデッドは【死の支配者】による軍団強化の対象だ。
Aランク以上の戦力がただで手に入る機会を無駄にしてなるものか。土産にさせてもらう。
「さて、クイナ、急ごうか。残りの仕事を終わらよう。全部終わったら、レナード王子が楽しいところに連れて行ってくれたり、美味しいものをご馳走してくれるらしいぞ」
「やー♪ 楽しみなの!」
クイナがキツネ尻尾をぶんぶん振った。
この子が楽しそうで何よりだ。死体を回収し終わったアヴァロンリッターたちに、教会に戻るようにと指示を出し、俺とクイナは歩き始めた。
◇
事前に決めておいた予備の会場で合流した。とんとん拍子で話は進み、無事に会談は終わった。
教会の設置と宗教活動の許可を得ている。王都だけではなく、アクセラ王国の主要都市に対してだ。聖杯教が広まれば、聖都となったアヴァロンには、強い感情をもった信者たちが旅行に来たり、移民も増える。これは美味しい。
ルルたちが回れる街の数に限度があるので、教会を設置する街は厳選する必要がある。
加えて、教会が増えるなら、神父も増やさないといけない。コナンナに頼んで、また詐欺師か劇団員を紹介してもらおう。本物よりもよっぽど能力がある。
ただ、どうにも苦笑してしまう。
……【黒】の魔王のリグドルド教で痛い目を見たばかりなのにすんなりと、王都以外にも教会の設置を許すとは。
あるいは、聖杯教を受け入れてくれたのは、礼拝の力も大きいかもしれない。
交渉が完了したので、資金援助の残りを引き渡し、さらに【竜】の魔王との戦いで傷ついた兵士たちの受け入れスケジュールの詳細を決める。
千人ほどをアヴァロンで受け入れることになった。
完治までは、二~三か月。
三か月もの間、千人も人口が増えるのは魔王としてはかなり美味しい。
DPも喰らえる感情も、すさまじい量になるだろう。
そして、アヴァロンリッターを三機貸し出すことにした。
追い詰められたリグドルド教が暴動を起こすことが想定されるからだ。
アヴァロンリッターなら、ほとんどの状況に対応できる。
「プロケル殿、これで議題はすべて終了だ。この度は実りのある交渉ができた。感謝する」
「こちらこそ。アクセラ王国とアヴァロンの友好が結べたことに感謝をしております」
立ち上がり、握手をする。
基本方針が、人間と魔物の繁栄なので、こうして友好を結べた国ができるのは嬉しい。
殺して、DPと感情を得るより、仲良くなって互いに利用し合うほうが長期的には利益が大きくなる。
「それから、プロケル殿。一つ厚かましいことを頼みたい。あの空に姿を映し、声を届ける神秘。あれを今後も使わせてもらえないだろうか。声をすべての民に余さず伝える。その有用性は凄まじい。王の声というのはなかなか民まで伝わらないものだ。だが、あれを使えばきちんと届く」
為政者なら、【天啓】に魅力を感じるのは当然だ。
この時代に、強制的に声を伝達するのは反則じみた技だ。
「かまいません。ただ、これは聖杯教の神秘。高位の信徒しか扱えません。依頼があれば、信徒を派遣しましょう。その際には、我らが聖杯教の奇跡によるものと明言してください。その条件を呑んでくださるならお貸ししましょう」
「プロケル殿は謙虚だな。あれだけの神秘なら、もっと様々なものを要求してもいいのだぞ」
「いえ、友好相手に求めすぎるのは不和のもとです。私は良好な関係を築きたいと考えているので。これは友情の証ととってください」
棚ぼただな。
これで、信者集めがより捗るし、民たちも【天啓】が声を伝える奇跡だと広く知ることとなる。【黒】の魔王の失言のダメージが広がる。
さて、これで、最低限の目標は果たせたと言えるだろう。
会談の終了間際、レナード王子が口を開いた。
「プロケル殿、明日もよろしくお願いします」
明日もと言っているのは、【竜】の魔王との会談のことだろう。
報復はしないと【竜】の魔王に確約してもらえないとアクセラ王国側は安心できない。
「もちろんです。【竜】の魔王には話を通しております。明日もがんばりましょう」
こっちはもめる要素はほとんどない。
たんたんと進むだろう。
「相変わらずプロケル殿は頼もしい! そして、これで仕事は終わりだ。友として余がこの王都を案内させてもらう。アヴァロンで楽しませてもらった分、今度は余がプロケル殿を楽しませるのだ!」
それは楽しみだ。
王子の接待なのだから、最上のものが用意されているだろう。
アヴァロンの外の文化に触れる機会は貴重だ。
たっぷりと楽しませてもらおう。
「ええ、喜んで」
「うむ。では早速用意をしてくる」
そう言って鼻息を荒く王子が出て行った。
【黒】の魔王がこのまま終わるとは思えない。用心は絶やさないようにしよう。
◇
その後、たっぷりと王都を楽しみ一晩過ごし、翌日には【竜】の魔王とレナード王子を交えた交渉を行った。
【竜】の魔王は何も要求せずに、軍を引くなら報復はしない。むしろ、帰ってしまって残念だ。たっぷりと稼げていたのに、なんて笑いながら言った。
レナード王子は引きつった顔をしていた。気持ちはわかる。滅ぼすつもりで軍を率いて攻めたのに、ただの餌でしかなく、助かったなどと言われたのだ。
何はともあれ、これで軍を待機させる意味もなくなり、【竜】の魔王のダンジョン前に待機していたアクセラ王国軍は撤退する。
そして、すべての仕事を終えた俺はアヴァロンに戻った。
アクセラ王国にいた間、なにも起こらなかった。
……それが逆に不気味に思えてならなかった。
◇
アクセラ王国から帰還してから、さらに三日経った。
その間は、【戦争】に備えてアヴァロンでは戦力の拡充に努めていた。
ため込んでいるDPを惜しみなく使っているし、俺の【創造】もフル回転だ。
まだ、ろくにストックが溜まっていない黄金リンゴのポーションを併用してまで、魔力の回復量を高めていろいろとこの世界では手に入らないものを【創造】している。
そして、今日は【獣】のダンジョンに来ていた。
マルコの配下に、客を歓迎するための特別なフロアに案内されている。
「おとーさん、ここに来るのは久しぶりなの!」
クイナがきょろきょろと周りを見渡しながら、明るい声を上げる。
「だな。俺も久しぶりだ。マルコが元気でやっているといいが」
マルコは、俺に【覚醒】の使い方を教えるとすぐに、【獣】のダンジョンに帰っていった。
ちょこちょこと手紙でやり取りはしているが、直接会うのは久しぶりで、少し緊張する。
「むうー。おとーさん、マルコと会うのが楽しそうなの」
クイナはやきもちを焼いて頬を膨らませていた。
ちなみに、クイナの姿はある程度成長した姿ではなく、幼いものに戻っていた。
クイナ曰く、この姿のほうが低燃費で魔力が溜まりやすいらしい。
尻尾の毛、9999本に魔力をためて進化することを目標にしているため、少しでも魔力を節約しているようだ。
「楽しみだよ。でも、マルコだけが特別ってわけじゃない。仮にクイナとしばらく離れていて、やっと会えるってなったらそのときの俺は、スキップするぐらいにわくわくしてると思うんだ」
そう言うと、クイナは目を輝かせ……。
「クイナもなの!」
胸に飛び込んできた。
相変わらず可愛い奴だ。
そんなふうにしていると、コツコツと足音が聞こえてきた。
そちらを向くと、褐色の肌に白い狼耳と尻尾をもった大人びた少女がやってきた。
「やあ、プロケル。久しぶりだね」
「久しぶりだ。会いたかったよ。マルコ」
マルコが元気そうでよかった。
【新生】の影響がないか不安だった。
「そっちこそ元気そうで良かったよ。元気すぎて、いろいろと大変なことになっているみたいだけど」
「まあ、今回もなんとかするさ」
俺がそう言うと、マルコが笑いながら手を差し出してくる。
その手をぎゅっと握る。
手から、魔力と……とあるものが流れ込んでくる。
「はい、今月の稼ぎだよ。やっと客入りが戻ってきたね」
「ありがたい。助かる」
受け取ったのはDPだ。
【獣】のダンジョンはアヴァロンとは完全に独立させたまま、マルコに管理を任せている。
そして、一月に一回、稼いだDPから維持管理費を抜いたものを上納してもらっている。
そのほうがいろいろと都合がいいのだ。
「新人魔王で、文字通り魔王の頂点クラスのDPを稼いじゃうなんて、このチート魔王」
「それに関しては何も言えないな」
今では、マルコの稼ぎそのものを得ている状況だ。
アヴァロン+マルコのダンジョンのDPを得ている俺は、全魔王の中でもトップクラスにDPを稼いでいるだろう。
実を言うと得ているのはDPだけではない。
マルコのダンジョンで力尽きた冒険者たちの死体も定期的に運んでもらっている。
それらは、こまめにデュークによって【強化蘇生】されている。おかげで、地下墓地フロアは大盛況だ。
さらに、マルコのダンジョンの【鉱山】フロアには、戦力にするには心もとないシルバーゴーレム、ゴールドゴーレム、アイアンゴーレムたちを大量に派遣して、採掘をし続けていた。俺のダンジョンよりも高位の素材がとれるため非常に助かっていた。
マルコのダンジョンを得たことにより、俺の戦力とDPは日に日に増しているのだ。
「プロケル、それだけDPがあったらなんでもできるんじゃない?」
「実はこれでも、ちょっと足りないんだ。【黒】の魔王に勝つために、でかいことをやりたくてね。今は、少しでもDPを稼ぐために手を尽くしているところだ」
旧い魔王との【戦争】だ。
いくら用心をしてもし足りない。
だから、ため込んでいるDPをすべて、いやこれから稼ぐ分もつぎ込んで、最高の守りを作り上げる予定だ。
「うーん、なんだったら私の貯金をあげようか」
「それはいい。そういうことはしたく無い」
今のマルコは俺の魔物なので、何を受け取ってもルール違反にはならない。だが、受け取るDPはあくまで、マルコが俺のものになってから稼いだものに限定している。
俺なりの意地だ。
マルコの力を借りずとも、なんとかする算段はつけていた。
「そういう、男の子の意地は好きだな。応援してるよ」
「意地を張れなくなったら終わりだ」
DPを受け取り、用事は済んだ。
久しぶりにマルコに会えたんだ。
少しぐらい会話を楽しもうと雑談を始める。
やっぱり、マルコとの会話は盛り上がる。
ちょうど、会話がひと段落した時だった。
『星の子らよ。【創造】と【黒】の【戦争】について重要な通達がある』
頭の中に声が響く。
創造主の声だ。
重要な通達? まだ戦争の開始まで日はあるはずだ。
この時点で変更なんて通常ではありえない。
『この戦争は開催されない』
「なっ」
思わず声をあげる。
それはありえないことだ。一度、【戦争】を始めた以上、誰にも止めることができないはずだ。
いったい何が起こっている?
『開催されないというのは正しくない。正確に言うのであれば、開催できない。本日、【黒】の魔王が死亡した。これにより、【戦争】の開催が不可能になった。以上で通達を終える』
【黒】の魔王が死んだ? あのしぶとく、腹黒い、【黒】の魔王が?
「ありえるはずがない! 必ず、何か裏がある!」
常に保険を残して、うまく立ち回った男だ。
そいつが、あっさり殺されるはずはない。
……この死はフェイクだ。
そう考えるといろいろとつじつまがあう。奴が【戦争】を仕掛けてきたのは、あの場で確実に逃げるためだったのではないか?
【戦争】が成立した以上、【戦争】からは絶対に逃げられないと安堵したから、俺は無理をして追わなかった。
あのときの俺には、街に犠牲を出していいなら、やつを追い詰める手はあった。だが、【戦争】で勝てばいいという考えから、アクセラ王国を犠牲にしてでも奴を追い詰めるという手を放棄した。
それこそが、奴の狙いだ。
逃げたあと、【戦争】を回避する手を持っていたからこそ、【戦争】をちらつかせることで油断させ、確実にあの場から離脱する手を打った。
「やってくれる」
さすがに、これは完全に想定の上をいかれた。
……あいつがただ死ぬわけがない。
別のやり方で、せめてくるだろう。
「プロケル、大変なことになったね」
「ああ、そうだな。だが、やることは変わらない。アヴァロンを強くしていく。……むしろありがたいことだ。アヴァロンを強くするための時間ができた。この時間は一切手を緩めず、アヴァロンを最強にしよう」
時間は俺の味方だ。
俺の成長速度、アヴァロンの発展速度は他のどの魔王より速い。
やつの時間稼ぎが逆効果だと思い知らせてやろう。
その決意を胸に俺はクイナと共にアヴァロンに戻る。
これから、やることは無数にあるのだ。
想定外な攻めをされても、跳ね返す力を身に着けるとしよう。




