第十六話:剥がれ落ちた神の仮面
ルルによって水の檻に閉じ込められた【黒】の魔王が憎悪を込めた目で俺たちを見ている。
「華麗に逆転されてしまいましたね」
「狙いは良かったな」
【黒】の魔王は、王族との会談中に建物ごと吹き飛ばすという荒業に出てきた。
建物内で襲撃者を警戒しても、普通は建物ごととは思わない。なかなか良い手だった。
この王都に三つ建てられている【黒】の魔王の教会をうまく使っている。
ずいぶん前から用意しておいた術式だろう。各教会で信者と奴の天使型の魔物が祈ることにより、魔力を引き出し、それを束ねて放つ儀式魔術だ。
この王都だからこそとれる手段。
惜しむらくは、今日はいつも以上に教会に人を集めようとしており、不自然だったこと。
そして、事前に王都に来ていたアウラがその仕掛けを読み取っており儀式魔術の存在を知っていたこと
俺は【黒】の魔王が儀式魔術を発動させるのであれば、どこか? それをずっと探り続けていた。
奴の立場になれば、俺がもっとも”ありえない”と思っているところを狙う。
だからこそ、やつの仕掛けてくるタイミングはここだと疑った。
「随分と演技がうまいんだね。気付かなかったよ」
「お前が殺した俺は、なにも知らなかったからな。意図的に情報を絞った」
さらに言えば、やつの情報源はただの人間。
どこから情報が洩れているかわかっているものじゃない。常に見張られていると想定するべきだ。だからこそ、”何も知らない”俺とクイナを囮に使った。
「【黒】の魔王、おまえが狙ったのは俺の幻影だ」
もっと正確にいうと、ストラスの作った【偏在】。
かなり前から、俺とクイナ、王族たちは【偏在】と入れ替わっていた。本人に自覚がないまま。だから、やつらは騙された。
……もっとも、【偏在】でランクが下がっていたからこそ、クイナの【朱金】も不完全であり、彼女の特性である【全魔術無効】も劣化しており、儀式魔術を防げなかった。
本来の天狐の力があれば、あの状況でも切り抜けられていただろう。
「ほう、騙されたのはこの【黒】の魔王バラムというわけか。一つ聞きたい。なぜ僕を生かしてる? 僕ならそのエルフとやらに殺害を命じていただろう。この僕がわざわざ、狙える位置に来てやることなんてめったにないぞ?」
やつの言う通り【黒】の魔王が表にでることは少ない。やつが出てきたのは、俺を手に入れるために仕方なくだ。
【黒】の魔王の奥の手、心を塗りつぶすための支配は本人でないと使えない。あの状況では俺を攫って連れ去る手もあったが、それだと途中で奪還されるリスクがあった。
速やかに、操り人形にして、俺ごと俺の魔物を手に入れるほうがリスクが少ないと奴は表に出てきたのだ。
「殺すなんていつでもできる。おまえと話をしたい人がいるからな」
「はっ、つまらない理由だ。第一、もう勝った気か……ここは僕の庭だぞ」
周囲に、無数の冒険者たちが現れる。
その一人一人が、Aランクの魔物に匹敵する力を持つ。
おそらくは人工英雄。
「そうだな。だが、あいにくと俺の庭でもある」
指を鳴らすと、空から十体の巨大な影が降りそそぎ、轟音を立てて着地する。
土煙を上げながら、立ちあがったのはアヴァロンの誇る決戦兵器、アヴァロン・リッター。
改良型の【バースト・ドライブ】を搭載し、短時間であればSランクに匹敵する存在。
今、【黒】の魔王が見せている人工英雄どころか、周囲に潜ませている【黒】の魔王の魔物の戦力をまとめて相手ができる戦力。
「プロケルご自慢の最上級ゴーレムか、いやはや、参ったね。力押しは無理そうだ」
そう言いながらも、余裕のある口ぶりで【黒】の魔王は笑う。
「バラム、ちょっとした余興を用意したんだ。手荒いことはお互い後にしよう」
俺の言葉を受けて、【黒】の魔王バラムの前に、国王がやってきて口を開く。
「バラム殿、あなたとはうまくやってきたつもりだ。……なのに、なぜ我らごと殺そうとした。プロケル殿の策がなければ、我らは死んでいた」
国王を前にして、【黒】の魔王は嘲笑する。
「切るべきときが来たから、切るべきカードを切った。だいたい、貴様は何様のつもりだ。たかが手駒のくせに、まさか僕と対等とでも思っていたのか? 王であろうとなんであろうと、人間である時点で僕にとっては等しく家畜だ!」
やけになったのか、本音で話してくれた。
あるいは、ここから逃げるための方法があるから強気に出ている。
王が激高しかけるが手を出して遮る。
「【黒】の魔王、おまえの考えはよくわかった。だから、それをみんなに知ってもらおうと思うんだ。ようやく余興が始められる。」
準備は十分だ。さて、始めよう。
小型カメラと収音機を取り出して操作する。
【創造】で電子機器はいくつか作っていたが、ダンジョンではそれらはあまり意味がない。
フロアごとが独立した異界であり、魔術的なもの以外はフロアを跨げない。そのおかげで、無線やデータ通信といったものは限定的にしか効果を発揮しなかった。
しかし、ここでならその威力を存分に発揮できる。
小型カメラで映像を取り、収音機で音を集め、それらを送信した。
そして、送信したデータはしかるべき場所に届いている。
ほら、始まった。
「なっ、なんだこれは!? プロケル、貴様の仕業か!?」
「もちろんだ。偉大な神とやらの素顔を、この国民の方々に知ってもらおうかと思ってね」
「貴様!」
空に、【黒】の魔王の顔が浮かんでいた。性格の悪さがにじみ出ているいい表情。
人間は家畜だ。王家ですら利用するための駒と、自分は魔王であると繰り返す。
俺の集めたデータを別の場所に待機していたドワーフ・スミスに送り、彼女が画像を編集し、【天啓】を使って流している。
【黒】の魔王は王都で神として君臨している。
その信仰を地に落とす。
熱心な信者はこんなものを信じはしまい。だが、大多数の熱心でないものを切り崩すには十分だ。
この街に、聖杯教を広めるためには、既存のリグドルド教は邪魔だ。第一、俺は【黒】の魔王が大嫌いだ。
「ご主人様、風で街の様子を見ていますが、みんな夢中でくいつくように見てます。リグドルド教の人たちは半狂乱ですね」
やはり、映像の力はすごい。この拡散力と説得力。この世界ではまさに【天啓】。ロロノはいいモノを作ってくれた。
一瞬でこの王都中の住民が、【黒】の魔王の本性と残虐さを知った。
さて、止めを刺そう。
「国王陛下、話していたとおりに」
カメラとマイクを国王に向ける。
空に映される映像が、【黒】の魔王から、国王のものになる。
国民たちも驚いているだろうな。
「親愛たる、我が民よ。空を見て、みな驚いていると思う。これは聖杯教の御業。国中に姿と声を届けることができる神秘の業だ。諸君に聞かせたいことがある」
そう言って、王は一呼吸置く。
さすが、国王だけあって間の取り方がうまい。
「長く、この国の国教として崇めてきたリグドルド教、その神たるバラム様、いやバラムは神などではない、人々を利用し、我ら王族を殺して、この国を我が物にした……やつはただの悪魔だ! 我はアクセラ国王として宣言する。今日をもって、リグドルド教と決別する」
ほう、まさかこの場でここまで言い切るとは思わなかった。
リグドルド教を利用しての統治を進めてきたはずだ。
それを捨て、さらにリグドルド教を敵に回すリスクを背負ってでも、決別を決意した。
……さすがに、王族を殺すような連中とは手を組めないということだろう。
国王の言葉が終わり、【天啓】が終了した。
ずっと黙ってみていた【黒】の魔王バラムが口を開いた。
「なるほど、どうして殺さないかと思ったら。僕から失言を引き出すためか。やってくれたな……このクソガキ」
「いや、やるのはこれからだ。まさか、この街だけで終わると思っているのか?」
ちょうどいい映像が集まった。
たっぷり加工して、よりショッキングに仕上げて、こいつのおひざ元で流し続けてやる。
映像と音を使った情報戦。
無知なこの世界の人間にはよほど効く。
どんな噂よりも、本人のご尊顔と声という説得力は大きい。それを突きつけられれば気持ちは揺らぐ。
「このままで終わらせない。プロケル、おまえの罪を絶対に償わせてやる」
その言葉がトリガーになった。
人工英雄たちが一斉に襲いかかってくる。
「クイナは俺を守れ。アウラは王族たちを連れて離脱」
クイナはショットガンを構え、アウラは王族たちを馬車の中に案内し、そのまま自らが護衛となり、御者に馬車を走らせて距離をとる。
そして、俺はもう一つの命令を下す。
「ルル、奴を殺せ」
「おっけー、パトロン」
ルルが手を伸ばし、手を開き、握りしめた。
水の檻がくしゃっと潰れ、中身ごと圧縮した。
水の檻は角砂糖一個分まで小さくなり赤く染まる。
あれでは、中の【黒】の魔王は一たまりもない。
「パトロン、ごめん。逃げられた。肉体は潰したけど魂がどこかに引っ張られてる」
「【黒】の能力は応用が利くと聞いていたが、こんなこともできるのか」
ルルの話から推測できるのは、死ぬことで能力が発動し、別の肉体に魂を移すなんて芸当をしたようだ。
おそらく、【黒】の魔王も無傷とはいかないし、魂を移すなんて芸当をする以上、距離にも制限があるはずだ。
その証拠に、空からは天使が陸からは人工英雄たちが次々に襲い掛かってくる。
アヴァロン・リッターとクイナは一方的に敵を倒している。
能力が違いすぎる、勝負にすらなっていない。
普通ならとうに諦めて被害を抑えるために逃げているはず。
それをしないのは、きっと【黒】の魔王が逃げる時間を稼ぐためだろう。
そんなことを考えていると、俺の影から気配を感じた。
「よくもやってくれたプロケル。ここまで思いっきり、僕の顔に泥を塗ってきたバカはさすがに初めて見たよ」
こんどは影を使って声を届けるか。
本当に多芸なやつだ。
「それは何よりだ。言わなかったか。俺はおまえが嫌いだ。第一、嫌がらせを先に始めたのは貴様だろう?」
アヴァロンに信者を送り込んで妨害を始めたのはやつだ。
俺のシマを荒らしたのだ。自分のシマを荒らされて文句を言えるはずもない。
付け加えて言えば、あのがばがばの契約書で一応は戦闘行為を禁じたはずなのに、予想通り抜け穴を突いて儀式魔術をぶっ放してきた。
「……プロケルには先輩に対する敬意が足りないんじゃないか」
「そっちはちゃんと持ち合わせている。おまえに尊敬する価値がないだけだ」
こんな小物を誰が尊敬するというのか。
【黒】の魔王の声が途切れていく。
影を通じて声を届けられないところまで離れたのだろう。
「もう、中途半端な結末は認めない。ここまでくれば。最後まで……僕かプロケルかどちらかが倒れるまでやるしかなさそうだ。ここからは本気だぞ」
「上等だ」
それは本物の宣戦布告。
やつは、本気で攻めてくるだろう。
だから、こちらから提案しようか。
「【黒】の魔王。お互い、そろそろ面倒なのはなしにしようか。魔王らしい【戦争】しようじゃないか。それとも怖いか? からめ手なしで真っ向勝負は」
「下手な挑発だ。だが、乗ってやろう。ただし期日は僕が決める。今から九日後だ。ルールはどちらかの水晶を砕くまで。僕かプロケル。確実にどちらかが魔王として終わる……いや条件を加えよう。君は新人魔王の救済がある。フェアじゃない。僕が勝った場合、君を支配させてもらう。水晶が戻っても、一生僕の奴隷だ」
「それだと俺が一方的に不利だ……だから、こちらからも条件を付け足す。こういうのはどうだ?」
そして、俺は一つの罠を仕掛けた。
やつはきっと了承するだろう。
「いいだろう。九日後、【戦争】だ」
【戦争】を始めれば、もう引き返せない。
【戦争】が終わるまで俺たちは白い部屋から出られないのだから。
頭に声が響く。創造主の声。
『【黒】の魔王バラムの申し出を【創造】の魔王プロケルが受け入れたことにより、九日後に【戦争】の開催が決定した。さあ、輝きを見せてみよ。星の子らよ』
周りを見ると、天使型の魔物と人工英雄は残さず狩られ、立っているのは、クイナとアヴァロン・リッターだけ。
「おとーさん、クイナ大活躍だったの!」
「偉いぞ、クイナ」
クイナの頭を撫でながら、九日でどれだけ強くなれるかを考えていた。
九日というのは偶然じゃないだろう。ぎりぎり、新しい【創造】のメダルが間に合わないタイミング。よく俺のことを知っているようだ。
「まあ、普通は間に合わないよな。普通ならな。……俺のことを知っているとするなら、弱点の異空間を攻めるな」
異空間側は、ルルだより。しかも、ルルの切り札はもう使えない。
次に異形に身を落とせば、帰ってこれないかもしれない。そんな真似をルルにはさせられない。
そこを奴はついてくる。
……だからこそ、嵌める。やつの想定外となる【戦争】の褒賞を使って。
さて、急いで戻って準備をしよう。
【黒】の魔王は、強敵だ。
九日という短い時間でベストを尽くさないと勝てないだろう。
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