第十四話:【創造】の魔王は王都にやってくる
【刻】の魔王のところで情報を得て、無事帰ってくることができた。
そして、今日は外出せずに、はじまりの木の近くの居住用の馬車で仕事をしていた。
どうしても、外出できない理由があった。
「アウラ、今日ストラスが目を覚ますのは間違いないんだな」
「ええ、体は完全に癒えています。意識のほうも安定していて、たぶんゆすったら起きるかと。私の懸命な治療のおかげです! 褒めてください!」
ドヤ顔でアウラが豊かな胸を張る。
えらいえらいと頭を撫でてやると、えへへと笑った。
実際、アウラはよくやってくれた。あとでアウラが好きなケーキを買ってこよう。
今のアウラの言葉を聞いて、動き出した者がいる。
「がうううぅぅぅ」
ストラスと一緒にやってきた嵐騎竜バハムートのエンリルだ。
ぺろぺろと主の頬を舐め始めた。ご主人様を起こそうとしているのだろう。
竜人形態をとれるデュークのように、エンリルは子猫サイズになることができる。
アヴァロンに来てからというもの、可愛らしい姿になったエンリルはストラスの枕元で眠り続ける彼女を見守ってきた。
ストラスの瞼がぴくぴくと動く。
そして……。
「ここはどこ、私は、いったい何を」
ようやく眠り姫が目を覚ましたようだ。ストラスは一週間以上眠り続けていた。
彼女は見慣れない部屋で戸惑っている。
「がうううぅぅぅ」
エンリルが感激の声をあげて、ストラスの頬に頭を擦り付ける。
ストラスはエンリルを抱き寄せた。
「エンリル、くすぐったいわ。私は……、あのときエンリルに名前を与えて気を失って……それから」
そうして、周囲を見渡し俺と目があった。
「そう、プロケルが助けてくれたのね。この子がいるということは戦争にも勝ったの。良かった。プロケルには大きな借りを作ってしまったようね」
「そうだな。いつか返してくれもらえると助かる」
冗談めかしてそう言った。
そっちのほうがストラスも気を使わずに済むだろう。
「ねえ、プロケル。状況を教えて。まずはここがどこかもわからないの」
「おまえは自分が倒れたところまでは覚えているな。その後が大変だった。魔術回路がぐちゃぐちゃで、一生、魔力も魔王の力も戻らないぐらいにボロボロだった」
それほどまでにエンリルの力が強く、名前を与える負担が大きかった。
アウラでないと治療は絶望的だっただろう。
「……そこまで。想像以上に危なかったのね」
「ああ。だから、治療が得意なアウラがいるアヴァロンで療養した。それに感じるだろう? 優しくて温かい気の力を。アウラが育てたはじまりの木、世界樹にも匹敵するほどの神木の気が溢れるここなら回復が早くなる」
「そうなの。私はずっと、アヴァロンでお世話になっていたというわけね。本当にありがとう」
「気にするな。俺たちは友達だからな」
もし、ストラスが同じ立場でも、俺を助けるために手を尽くしただろう。
「ストラス、まだ魔力と魔王の力は戻っていないか?」
「そうね、いくら集中しても魔力も魔王の力も集まってこないわ。……不安になるわね。ずっと、このままじゃないかって」
その気持ちはわかる。俺も一緒だったから。
アウラのほうを見る。
そうすると彼女が口を開いた。
「心配しなくてもいいですよ。私の治療と、黄金リンゴのポーション、そして、はじまりの木のおかげで快復に向かっています。そうですね。私の見立てでは十日もすれば力は戻りますよ」
ストラスがほっとした顔をする。
あと、十日か。
その間、治療だけで終わらせるのはもったいない。アヴァロンで精一杯もてなしてやろう。
「あと十日ね。わかったわ。悪いけどこのまま、治療をお願いしてもいいかしら。それと、どこで一日だけ帰らせて。みんなに無事な姿を見せたいし、ダンジョンのことが気になるの」
ストラスがそわそわしている。
気持ちはわかる。俺もアヴァロンを一週間も留守にしていれば落ち着かないだろう。
「アウラ、それぐらいなら大丈夫か?」
「はい、この時点で帰られてしまうと、治療が大幅に遅れますが、あと三日ほど安静にしていただければ一日ぐらいなら外出許可が出せます」
「わかった。というわけだ。ストラス、四日後に一度【風】のダンジョンに戻ろう」
きっと、ストラスを妹扱いしているローゼリッテあたりは、気が気ではないだろう。
「ええ、お願いするわね。……大きすぎる借りね。これだけの大きな借りをどう返せばいいのか見当もつかないわ」
こちらから、適当なお願いをしてもいいが、ストラスの性格だ。
あまり軽いものでは、納得してくれないだろう。
そうだ、いいことを思いついた。
「じゃあ、一つお願いがあるんだ。ストラスには俺の切り札になってほしい」
【黒】の魔王との戦い、ストラスの力を借りよう。
しばらくは水面下の戦いが続く。ストラスの力が戻るまでの間に正面衝突が起こることは考えにくい。
ストラスの回復はおそらく間に合うだろう。
だからこそ、彼女の力を借りる。
いくつ、相手の想定外の手札を出すか。
それこそが、戦術の基本だ。ストラスの力は相手の不意をつくのにもってこいなのだ。
◇
ストラスが目覚めてから十一日が経っている。
今は空の旅を満喫していた。
たっぷりと金銀財宝が詰まったコンテナごと、暗黒竜グラフロスに運ばれていた。
六日ほど前に、レナード王子から話がまとまったと連絡を受けている。
その時点で、支援金の半分を送付済だ。
今日は残りの半分を届けるとともに、一度王都で話し合う予定だ。
今回の話し合いには、レナード王子のほかにも国王も出るらしく気合が入る。
アクセラ王国の【竜】の魔王の襲撃も今は中止されている。ただ、報復を恐れて未だ【竜】の魔王のダンジョンの近くに陣を作り兵たちが待機しているようだ。
その翌日、【竜】の魔王とレナード王子の対談も予定されており、その対談終了後、陣から撤収する予定だ。
「クイナ、楽しみだな。王都で建てられた教会は見たことがないからね」
「やー♪ クイナも楽しみなの」
当然、俺の護衛であるクイナも同行している。
六日前に、教会の建設許可が出たので、ドワーフ・スミスたちを先行させることで、たった三日で教会を建てることができた。
さらにその隠し地下室にアヴァロン・リッターを配置している。街の郊外に埋めるより、もしものときに駆け付けやすいので移動させた。
その他にも隠し地下室は武器が運び込まれている。
今は金で雇った牧師たちが礼拝の準備を行い、大工たちが内装の準備をしているところだ。今日の午後にはすべての準備が終わると聞いている。
ちなみに、コナンナに紹介してもらった雇われ神父の正体は、詐欺師と劇団員だ。本物よりも神父らしい所作が徹底している。
さすがはやり手の商人だ。そういう伝手もある。非常に助かる。
もちろん、神父となる詐欺師や劇団員にも礼拝を受けてもらった。
裏切ることはありえない。命がけで聖杯教を広めてくれるだろう。
「さて、いったいどんな出迎えをしてくれるかな」
【黒】の魔王は必ず仕掛けてくる。
これだけ自分の庭で好き勝手されて、何もしないはずがない。
レナード王子を守らせているルルの話では、今のところ人間の暗殺者ぐらいしかレナード王子を襲撃に来ていない。
さらに、疑って当然である俺の力を借りて、【竜】の魔王との和解という、レナード王子の提案を、国王や兄たちが受け入れ。淡々と通っている時点で怪しい。
さらに不可解なのは、【黒】の魔王の精神干渉がレナード王子の持ち帰ったアウラの祝福を受けたワインで浄化されているのに、何の手も打ってこないこと。
いくらなんでも怪しすぎる。何か仕込んでいると見るべきだ。
……だから、やつが仕掛けやすい餌をくれてやった。
俺自身という、もっとも美味しい餌を。
仕掛けるなら、今日しかないだろう。
ちゃんと歓迎の準備もしてある。うまくいけば【黒】の魔王をはめることができるだろう。
「クイナ、王都は楽しみだな。レナード王子が招いてくれたんだ。ご馳走がいっぱい食べられるぞ」
「おとーさんの旅行、最高なの!」
さて、楽しい旅行だ。……いろいろな意味でな。
そうこうしているうちに王都にたどり着いた。
暗黒竜で城壁の中に入るわけにはいかないので、あらかじめレナード王子より指示された場所に着陸し、出迎えに来てくれた馬車の荷台に、ミスリルゴーレムたちが積み荷を移していく。
クイナのキツネ耳が小刻みに動く。
「おとーさん、魔物の気配。遠くからクイナたちを見てる。クイナじゃないと気付けないほど、気配を消すがのうまいの。かなり強い」
「警戒を怠るなよ。王都は敵地だ。そのつもりでいろ」
「わかったの。最悪、クイナだけだと手に余る。おとーさん、そのつもりでいて」
早速、監視者が現れたようだ。
それもクイナが手に余ると言い出すほどの連中。
予想通り。さて、王都での仕事を進めるとしようか。




