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第十三話:クイナの可能性

 クイナが完成させた必殺技を見るために【刻】の魔王の闘技場に来た俺たちは、夕食の招待を受けた。

【刻】の魔王が夕食に招いてくれたのは、先日、アヴァロンに招いた礼と、フェルの成長を促してくれたクイナへの礼を兼ねたものらしい。


 さきほどのクイナとフェルの戦いでは、俺と【刻】の魔王ダンタリアンは一つの賭けをした。

 その賭けとは、クイナとフェルのどちらが勝つかを賭けたものだ。勝者は何でも一つ質問を行い、敗者はその質問に答える義務を負う


 俺たちはそれぞれの娘の勝利に賭けた。その結果、クイナが奮闘し勝利したのだ。


 少し気になったのは、【刻】の魔王は俺に何を聞くつもりだったかだ。

 あの賭けを持ちかけたのは【刻】の魔王からだ。俺に何かを答えさせたくてあの賭けを持ちかけてきたと考えるべきだろう。


「おとーさん、クイナの必殺技どうだった!?」


 今は【刻】の魔王が用意してくれた賓客用の部屋で休ませてもらっている。

 クイナが俺のところまで駆け寄ってきて、上目遣いになって見上げてくる。フェルに勝てたのがよほどうれしいのかキツネ尻尾を振って上機嫌だ。


「ああ、すごかったよ。驚いた。あそこまですごい技を身に付けているとは思ってなかったよ」


 クイナの魂の色を反映させた美しい朱金の炎。

 それはただの炎ではなく、燃やすという概念そのもの。

 フェルとの戦いでは、光や時間。通常の炎であればどうすることもできないものを燃やすというすさまじい力を見せた。

 おそらく攻撃力という一点であれば、すでに全魔物の中でも最強クラスだろう。


「クイナ、がんばったの!」


 クイナはいかに苦労してあの朱金の炎を身に付けたかを熱く語る。

 そうか、この子はもっと褒めてとおねだりしてるんだ。

 その意図をくみ取って、撫でてやるとうれしそうに目を細めた。髪の毛の感触もキツネ耳の感触も気持ちいい。


「クイナ、おいで。久しぶりにブラッシングしてあげる」

「やー♪」


 ベッドが部屋に備えつけられているので、そこに腰かけてぽんぽんと膝を叩くと、クイナがお腹から膝の上に飛び乗って、もふもふのキツネ尻尾をぶんぶんと振っていた。


 そのキツネ尻尾を掴んで、クイナのために特別に作った専用ブラシでブラッシング。

 絡まった毛がまっすぐになり、入り込んだゴミが取り除かれていく。

 毛穴が刺激されて血行がよくなり、クイナは気持ちよさそうだ。いつもなら高級香油や石鹸などを使うのだが、あいにく持ち合わせがない。


「おとーさん、きもちいいの。あっ、そこ、最高なのー」


 どこか眠そうにクイナは間延びした声を上げる。

 相変わらず、この子は可愛らしい。

 ブラッシングもはかどるというものだ。俺は夢中になってクイナの尻尾をブラッシングしていく。


 カチャカチャと音がする。

 この部屋にはロロノもいる。

 ロロノはクイナの新型ショットガンEDS-05 クラウソラスを分解し、パーツごとに細かく分析して、ノートPCにデータを入力し、クラウソラスの図面を開いていろいろと書き足していた。


「ロロノ、クラウソラスの調子はどうだ」

「おおむね想定通り。机上計算通りのスペックを発揮した。クイナの力に耐えられて安心してる。……実戦データがとれて良かった。改良点がいくつか見つかった。やっぱり使ってみないとわからないことはある」


 ロロノは完璧主義者だ。

 だから、こうして問題点の洗い出しと改良に余念はない。

 そうして得られた経験は、すべての発明品に反映される。

 持って生まれた才能と種族の恩恵も大きいが、彼女が世界一の錬金術士なのは、こういった地道な努力が大きい。


「クラウソラスに欠陥が見つからなくて良かった。ロロノの作ったクラウソラスは傑作だ。これから、クイナの戦いを支えてくれるだろう」


 口にすればロロノは怒るだろうが、クラウソラスはショットガンとしては一つの到達点だと俺は思っていた。


「そうなの! 今までのショットガンよりずっと使いやすかったの! 最高なの!」


 まどろんでいたクイナも、キツネ耳をピンと立ててクラウソラスをべた褒めする。

 よっぽど気に入ったのだろう。


「ただ……切り札の【魔術弾】。あれの負荷が想像以上だった。一発撃ったら、その都度、メンテナンスしたい」

「ロロノちゃん、それって【魔術弾】を使ったら、クラウソラスはメンテするまで使っちゃだめってこと?」


 クイナは心配そうに問いかける。

 朱金の炎には射程が短いという欠点がある。

 その欠点をロロノが作った、魔術を込められる弾丸、【魔術弾】を使うことで補っている。

 だが、一発撃てばクラウソラスがおしゃかになるのであれば、使い勝手は一気に悪くなる。


「違う。そこまでやわじゃない。念を入れてメンテナンスしたほうがいいってレベル。三発なら耐えられる。二発目撃ったあたりで性能が低下して、メンテナンスせずに四発目を撃てば、かなりがたがたで故障の危険性が高くなる」

「なら、大丈夫なの! 全部燃やす炎、すっごく魔力使うから二発が限界なの!」


 クイナの魔力は規格外もいいところだ。

 そのクイナが二発しか打てない。ありえないほどの魔力を使用しているのだろう。


「そんなこと言って、クイナは尻尾の毛に魔力をため込んでる。その気になればもっと撃てるはず」

「そういえば、クイナはそんな能力があったな」


 クイナの尻尾の毛一本一本に、魔術をメインに戦うBランクの魔力総量にも匹敵する魔力がストックできる。


 暇さえあればクイナは尻尾の毛の一本一本に魔力をため込んで、もしものときのためのストックにしている。

 さらに、その優れた魔力バッテリーとしての特性に目をつけられて、たまにロロノに武器の材料にするためにむしられていた。

 そうやって集められたクイナの尻尾の毛は、アヴァロン・リッターたちの魔力コンバーターになったり、アウラの新型アンチマテリアルに活かされたりと大活躍してる。


「貯金はしてるけど使わないの! レベルがたくさんあがってクイナは新しいスキルを手に入れたの! クイナは天狐だけど、尻尾の毛、9999本に魔力を貯めたら、【空弧】になれるの!」


 まて、今さらっととんでもないことを言わなかったか?

 種族そのものが変わる。進化する魔物なんて聞いたこともない。

 

「クイナ、初耳だぞ。それ、かなり重要な情報じゃないか」

「言ってなかった?」

「聞いてない」


 俺は慌てて、魔王権限でクイナのステータスを見る。

 すると、クイナを【誓約の魔物】に選んだときに出現したスキル。今までは????となっていた未解放スキルが表示されている。

 そのスキルは……。


「【空狐転召】?」

「そうなの! レベルがあがって手に入れたクイナのスキルなの! 発動条件は、9999本の尻尾に込めた全魔力を使うこと! だから、がんばって貯金してるの!」


 空狐になれば爆発的に強くなる。

【世界の記憶】にも情報があった。

 野狐は妖狐に至り、妖狐は九尾を経て天狐にいたる。

 そして、力をつけた天狐はやがて空狐へと生まれ変わる。

 空狐は、もはやただの魔物ではない。神の領域へと足を踏み込んでいる存在。


「……まだ強くなるのか。楽しみだな」


 さすがは、Aランクメダル三つで合成された頂点の魔物。

 そんなクイナが【誓約の魔物】となったことでのみ身に付けることができるスキルだけはある。

 今から【空狐】となったクイナが楽しみだ。


「ちなみに、今どれぐらい尻尾に魔力が溜まってる?」

「今ちょうど、五十本なの! まだまだこれからなの!」

「気長に待つよ」


 さすがのクイナと言えど、時間はかかりそうだ。

 焦らずにじっくり待とう。

 ……いや、いくつか魔力を貯めるのを早める裏ワザがある。

 積極的に協力さえてもらおう。

 いざというときの切り札となる。


 ◇


 しばらく経ってから、【刻】の魔王の魔物に呼ばれて彼の待つ部屋へと移動する。

 貴族の一部が愛用している、冗談のように長い机に無数のご馳走が並んでいた。

 変な魔王が使えば滑稽に映るが、【刻】の魔王にはよく似合っていた。


「おとーさん、美味しそうなの!」

「でも、どこかで見たことがある食材たち」


 クイナとロロノがそれぞれ別の反応をする。

 ロロノがどこかで見たことがある食材と言ったが、その意味がよく分かった。

【刻】の魔王が口を開く。


「さすがにわかるか。これらの食材は僕の魔物たちにアヴァロンで買わせたものだ。アヴァロンはいいね。なんでも揃うから、ついつい無駄遣いしてしまうよ」


 一流の魔王たちは人間の文化を楽しむことが多いので、人間が使う通貨をため込んでいたりする。


 ダンジョン内で死んだ冒険者が落とした装備や金品が自然と集まるのだ。


「ダンタリアン、俺の街のお得意さんになってもらえて嬉しいよ」

「便利な街があるから使っただけのこと、これからもひいきにさせてもらうさ」


 俺たちは笑い合う。

 食卓にはすでに【刻】の魔王側の魔物たちがいた。


【時空騎士団】の人型になれる魔物数名とフェル。

 フェルは俺を見たとたん、手招きした後、ぽんぽんっと隣の席を叩いた。


 そこは誰も座っておらず、おそらくあそこに座れと言っているのだろう。

 ……フェルの好意には甘えたいが先日の一件がある。【刻】の魔王の前では遠慮をしたい。


「どうした、プロケル。フェルのとなりに座ればいい」

「いいのか?」

「ああ、一線を超えないのなら文句は言わない。フェルが喜ぶなら僕も嬉しい。それとも、君の魔物たちのことを気にしているのか? 君の魔物たちも君の近くで食事をしたいだろう」


【刻】の魔王は少し考え込んでから再び口を開いた。


「フェル、反対側に移動しなさい。そこならクイナやそこのエルダー・ドワーフも一緒に座れるだろう」

「わかったのです! お父様」


 たまに思うが、わりと【刻】の魔王は気を使うタイプだ。

 お言葉に甘えて席に着くと、フェルが抱き着いてきた。

 尻尾を振って上機嫌だ。


「ううう、フェルちゃん、おとーさんはクイナのおとーさんなの」

「フェルのご主人様でもあるのです!」


 クイナとフェルがにらみ合っていて微笑ましい。

【刻】の魔王もそう感じたらしく、微笑んで口を開く。


「では、食事にしよう。うちの料理長は魔物だが、なかなかの腕前だ。期待していいよ」

「この料理を見ればわかる」


 どれもうまそうだ。

 香りもいい。味も期待できるだろう。

 そうして、食事会が始まった。


 ◇


 なかなか楽しめた。

 こういう、いかにもなごちそうはたまにしか食べないので、新鮮でいい。

 アウラは家庭料理が得意だし、俺も好んで行くのは酒場や大衆食堂が多い。


 金がないわけではないのだが、時間がない。

 こういう料理は出るのを待つのにも、食べるのにも時間がかかるので特別な事情がない限りは口にしない。


 最後のデザートを食べ終えたあと、飲み物が出された。

 アヴァロンで最近広まりつつ、ココアという飲み物を楽しみながら歓談する。


 さすが【刻】の魔王、お目が高い。

 ココアは、海を渡った国から仕入れ始めたばかりで、アヴァロンの主力商品として押し出す予定のものだ。

 間違いなくココアと、同じ原料で作ったチョコレートは飛ぶように売れる。これだけはアヴァロンで独占して、他の街からの客寄せに使うように手配していた。

 ココアとチョコレートが楽しめるのは、この大陸でアヴァロンだけとなれば、大陸中から人間たちが集まる。


「では、プロケル。そろそろ賭けの精算をしようか。なんでも聞いてくれたまえ。【刻】の魔王の名にかけて、嘘偽りのない回答をしよう」


 何気ない仕草、表情。なのに空気が変わった。

 超一流の魔王……大魔王と呼ばれるものだけがもつ威厳。

 それは俺にも、もちろん【黒】の魔王にもなかったものだ。


「俺が教えてほしいのは、【黒】の魔王についてだ。【刻】の魔王ダンタリアン、あなたほどの人が【黒】の魔王を見くびるなとわざわざ忠告したその理由を答えてほしい」


【刻】の魔王は腕を組んで、考え込む。


「ふむ、そっちか。いいだろう。答えよう。あの男の危険性について。僕はあの男と直接ぶつかるのは避けている。基本的に僕ら魔王の能力というのは、いくつかの”例外”を除いて、汎用性が高い能力ほど弱く、逆に何かに特化しているほど強い。マルコの【獣】なんてその最たる例だね。身体能力の強化以外、なんの力もない。その代わり、魔王個人の戦闘力としては全魔王最強と言っていい」


 そのことについては俺も気付いていた。

 一部の例外を除いて、便利な力ほどいろいろなことができる代わりに威力が弱くなっている。


「【黒】の魔王は汎用性の鬼だ。他の魔王と同じように多数の能力があるが、一つ一つの能力は低い。だけど、ただ一つ奴の奥の手、それだけは例外的に強い……それこそが僕が恐れるもの。その能力は……」


 そうして、【刻】の魔王の口から【黒】の魔王の奥の手を知らされる。


「なるほど、だからこの銀時計か」


 かつて、【刻】の魔王に褒美として贈られた銀時計。

 ただの銀時計ではない、【刻】の魔王の力が込められた最高級の魔道具。


「それだけでなんとかなるほど甘くないけどね。その程度でどうにかなるなら、能力の持ち主である僕が恐れるはずがない。だが、突破口にはなるだろう。さて、プロケル、君の手腕を楽しみにしているよ」


 そう言って彼は笑った。

 これはいい情報だ。

 もし、知らなければ手も足も出ずに敗北をしていただろう。

 それほどまでに【黒】の魔王の切り札は厄介だ。


 だが、同時にも恐ろしくもなった。

 この情報を知れたのは、【刻】の魔王の善意と偶然が重なった結果だ。俺が勝機を掴めたのはたまたまに過ぎない。

 これが、旧い魔王と戦うと言うことか。


「ありがとう。この情報を絶対に無駄にはしない」

「礼を言うことはない。賭けの精算をしただけだ」


 それからはまた雑談に戻った。

 遠回しにマルコのことを聞いてくる【刻】の魔王を見て、少しくすっとした。


 また今度、マルコも呼んでみんなでご飯を食べよう。

 そんなことを考えながら、【刻】の魔王に礼を言って路に就いた。

 敵の手の内を知れば対策を立てれる。

 当然、向こうも俺の手を知り尽くしているだろう。

 これで同じ土俵にあがった。

 さあ、これから本当の戦いだ。

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