第十一話:【刻】の闘技場
レナード王子たちを送り出してから数日が経った。
もしものときのために、異空間にひそめるルルイエ・ディーヴァとその配下であるオーシャン・シンガーを二体を護衛兼監視として派遣している。
さらには王都郊外には空輸で届けたアヴァロン・リッターを土の中に隠し、ルルの合図一つで救援に向かえるように手配していた。これでよほどのことがない限りレナード王子が謀殺されることはない。ルルの報告では順調にレナード王子の手回しは進んでいるらしい。
何度か暗殺者が差し向けられたが、誰にも気付かれずに始末したとのことだ。
そして、俺はというと……。
自室でクイナと出かける準備をしていた。
「今日はフェルちゃんと戦う日なの!」
「昨日も言ったけど、今日は俺も同行させてもらうよ」
「やー♪ おとーさんにかっこいいところを見せるの!」
今日は【刻】の魔王の闘技場に、クイナの特訓を見に行く予定だ。
アヴァロンの最高戦力であるクイナが身に付けた新たな力をしっかりと見ておかおく必要がある。
クイナは近頃、定期的に【刻】の魔王の魔物であるフェルと決闘をしている。
【刻】の魔王の闘技場なら、決闘のあとに時間を巻き戻せるので、命がけの真剣勝負をノーリスクで行えるのだ。
強すぎるせいで、互角に戦える相手がいないクイナとフェルにとって、全力で戦うことは大きな成長へと繋がっている。
「今まではクイナが一勝だけ勝ち越してるの! 今日、負けちゃったら追いつかれちゃうから絶対勝つの!」
やる気の表れか、自慢のキツネ尻尾が天を向いている。
微笑ましく苦笑してしまう。
そうこうしているうちに、馬車の扉が叩かれた。
「クイナ、迎えにきてやったです! 感謝しやがれです」
待ち人がきた。
クイナに似た真っ白な少女。
狼の尻尾と耳を持つフェルだ。
俺に気付いたフェルが、ぱーっと弾けるような笑顔を見せた。
「ご主人様、久しぶりなのです! クイナから話は聞いてるです! 今日はフェルのかっこいいところたくさん見せるのです!」
クイナと同じようなことを言うものだから笑いそうになる。
二人は姉妹のようにそっくりだ。
「はは、期待しているよ」
俺としてはクイナに勝ってほしいところだが、それを口にだすほど野暮じゃない。
フェルに毎週渡しているアヴァロン・ワイン。それもはじまりの木のリンゴを使った超一級品を渡す。
今日はワインを渡す日でもある。
【刻】の魔王ともたまに手紙でやりとりをしているが、きっちりと贈ったワインを飲んでくれているらしい。
とはいっても、最近頻繁に遊びに来るようになった【竜】の魔王に半分以上飲まれてしまっているらしいが。
さて、行こうか。
フェルと一緒にきたカラスの魔物に俺も【刻】の魔王の闘技場まで連れて行ってもらう予定だ。
「待って、クイナ、フェル。今日は私も一緒に行く」
そこにもう一人やってきた。
ロロノだ。
「ロロノちゃん、お仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。でも、今日クイナについて行くのは重要な仕事。クイナ、受け取って」
ロロノがクイナに手渡したのは、布に包まれた長い筒だ。
クイナは布を引きはがす。
「これ、もしかして……」
「完成した。クイナのためだけの最新型ショットガン、ED-05S クラウソラス。クイナにしか使えない、クイナに特化した武器」
ロロノ差し出したのはショットガンだ。
それは今まで大型化を続けていたEDシリーズのショットガンと違い、スラっとしている。
材質はオリハルコンとミスリルの混合。白銀色の美しい銃だ。
「ロロノちゃん、この子からすごい力を感じるの」
「成長しているのはクイナだけじゃない。たくさんの戦いを繰り返して私も強くなった。強くなってできることが増えた。その力を全部込めた。……そして、汎用性を全部捨てて、クイナのことだけを考えて作った専用武装。強力な分、扱いづらい。でも、クイナなら使いこなせる」
「やー♪ ロロノちゃん、ありがとうなの!」
クイナがロロノに抱き着いた。
体格が違うので、ロロノがバランスを崩して倒れそうになった。
「礼を言うのはあとでいい。今日はついて行って実戦の中で問題点を洗い出す。クイナ、その子を存分に使って」
「わかったの! クイナにお任せなの!」
「説明はいる?」
「だいじょうぶ! 手にした瞬間、この子の声が聞こえたの! この子の望むように暴れるの!」
「ん。なら任せる」
ほう、これでより楽しみになった。
ロロノの作った新武装。それがいったいどんな効果を持つのか。ぜひ、この目で見せてもらおう。
フェルが、羨ましそうに見ていた。
フェルを甘やかしてやりたいが、さすがに新武装を作ってやるわけにはいかない。
さて、新武装を得たことで、二人の決闘はかなりクイナが有利になったようだ。
◇
フェルと一緒に来たカラスの魔物に、【刻】の魔王のダンジョンにある隠し部屋の転移陣へと跳んでもらった。
そこからさらに【転移】され、闘技場へとたどり着く。
そこはまさにコロシアムだ。
巨大な石のリングが用意され、その周囲には観客席が用意されている。
リング内には強大な結界が張られ、その結界を起動することで記憶以外のすべてを戦う前に戻す。
そうすることで、命がけで戦いつつも、絶対に死ぬことはない。死闘の経験を得ることができる。
これこそが、クイナとフェルが特訓に使っているものだ。
「相変わらず、うらやましい」
アヴァロンにも導入したいが不可能だ。この結界は【刻】の魔王の能力だ。
けっして真似できるものでもない。
「クイナ、さっそく行くのです!」
「おとーさん、行ってくるの!」
そうして、キツネ色の尻尾と白い狼尻尾を揺らしながら、姉妹のような二人は闘技場に向かっていった。
今から本気の殺し合いをするというのにずいぶんと仲がよさそうだ。
「マスター、私たちも観客席に行こう」
「だな、クイナの雄姿とロロノの武器、その両方をちゃんと見ないとな……それにしても、いっぱい魔物が見てるな」
観客席は【刻】の魔王の魔物たちで埋まっていた。ここまでのギャラリーが集まっているのは想定外だ。
中には、フェルの顔が描かれた旗を振りながら、フェルを応援している猛者もいる。
「フェルたん、がんばれ!! おじいちゃん、応援しているからな! 勝ったら飴玉あげるぞ!」
どこかで見たことがある気がする……ああ、思い出した【時空騎士団】の一員で、フェルにうぜえと言われていた老竜だ。
フェルがそっちを見て、すごく嫌そうな顔をしている。気持ちはわかる。
この老竜はいろいろと残念な奴だが、とんでもない力を秘めている。
他にも観客席には、見ているだけで圧倒されてしまうほどの強大な力をもった連中がいた。
おそらく、【時空騎士団】の面々が総出で応援に来ているのだろう。
もう、こいつらは【時空騎士団】とでも名乗ったほうがいいのではないか?
そんなことを考えていると背後に気配を感じた。
「プロケル、驚いたか? フェルシアスは人気があるし、君のところのクイナも最近人気が出てきた。二人とも可愛いだけじゃなくて、戦い自体にも見ごたえがあるし、勉強にもなる。僕の魔物たちが二人の戦いに夢中になってもおかしくないだろう? 二人はお互いをすごい勢いで高めあっているよ。フェルシアスを成長させてくれたことについては、僕は少しだけ感謝をしている」
声が聞こえたほうを向くと【刻】の魔王ダンタリアンがいた。
いつもよりはラフな格好で、黒い洒落たシャツとズボンを着こなしている。
「ダンタリアンも見にきたのか?」
基本的に目上の魔王には敬語を使っているが、かつて【刻】の魔王本人から、マルコをめぐるライバルである俺に敬語を使われると、違和感があると言われて以来、こうして普通に話すようになった。
「こんな楽しい余興は見逃せない。君が来ると聞いて特別席を用意した。愛しい娘たちの戦い、特等席で楽しもうじゃないか」
そう言うと彼は微笑んだ。
◇
観客席の最上段、そこには特等席が用意されている。
リング上の音を魔術で拾って臨場感たっぷりで観戦できる。
貴重な双眼鏡も容易されていた。
「さてと、プロケル。どっちが勝つか賭けでもしようか。そうだね、勝ったほうが負けたほうになんでも質問できるというのはどうだい?」
願ってもないことだ。
もとより、俺は【黒】の魔王について、どこかで【刻】の魔王に話を聞くつもりだった。
「それは面白い。乗った」
「僕は当然フェルシアスに賭ける」
「俺はクイナにだ」
それ以外の選択肢はない。
【刻】の魔王ダンタリアンもそれは同じだ。俺たちは娘を信じ、期待をしている。
ふと、今まで気になっていたことがあったので問いかけてみる。
「フェルは【時空騎士団】に入れないのか?」
【時空騎士団】はいろいろと残念なフェル応援団に見えるが、本来は【刻】の魔王の最強部隊。
フェルはそこに入るべきだと考えていた。
「もう少し先になりそうだ。【時空騎士団】になるには、既存のメンバーを倒してその座を奪わないといけない。フェルシアスは一度失敗しているんだ。よりにもよって自分から最強を指名したせいでね。一度挑戦すると半年は挑戦権を失う……フェルシアスはきっと半年後にまた最強を指名して、そして勝ってくれると僕は信じている」
【刻】の魔王は戦いに向けて集中力を高めるフェルを見ている。その目には優しさと愛情と期待がこもっていた。
この親バカ。そう言いたくなった。
……俺も人のことは言えないか。
「【時空騎士団】にフェルシアスが任命されたら教えてほしい。俺も祝いたい」
「わかった。フェルも喜ぶだろうし許そう。……それを口実に変なことをしたら今度こそ殺すがな」
その目は本気だ。
かつてやらかしてしまっているので、何も言えない。
「プロケル、そろそろ戦いが始まるね。さて、僕のフェルシアスと君のクイナどちらが強いか勝負だ」
彼の言う通り、クイナもフェルも戦闘準備ができていた。
闘志と魔力がすでにぶつかり合っている。
二体ともAランクメダル三つを重ねた特別なSランクの魔物たちだ。
最強の魔物同士と戦い。
人知を超える戦いが繰り広げられるだろう。
俺自身、興奮が抑えきれなくなっていた。
そして、【刻】の魔王の魔物がゴングを鳴らす。
世界最強の姉妹たちの戦いが、今始まった。




