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第九話:王子の陥落

 俺の提案を聞いてレナード王子の顔色が変わった。

 彼の国、アクセラ王国は危機的状況にある。


【黒】の魔王にそそのかされ、【竜】の魔王のダンジョンを軍を率いて襲ったものの、返り討ちにあって日々被害を増やし続けている。

 正規軍の消耗というのは大きい。

 治療費、遺族年金、補充兵の訓練費、失った武器の購入、そもそも何千人もの人間を養う補給線の構築維持だけでも相当のものだ。


 なによりも、たとえ勝ったとしても得られるものがない。

 だが、戦いを止めるわけにはいかない。


 今、止めれば【竜】の魔王を怒らせただけで終わり、報復で街を焼かれかねない。

 そもそもの話をすれば、アクセラ王国は利益がないことなど百も承知。それなのにリグドルド教の言うがままに戦うしかないという現状そのものが絶望だ。

 だから、救いの手を差し伸べてやる。


「本当なのだな。本当にプロケル殿なら、【竜】の魔王の報復を止められるのか?」

「もちろん。これについては信じてくれとしか言えませんが。私と【竜】の魔王が約束をたがえることはありえません」


 報復がないのなら戦いを終えることができる。

 もちろん、問題がないわけではない。


「……その提案は非常にありがたい。だが、聖都を襲った神の敵を野放しにして、リグドルド教徒が納得するかが心配だ」


 もともとはリグドルド教の聖都を襲った邪悪な神敵を討つための戦争だ。

 レナード王子の心配もわかる。


「そんなものは言いようですよ。聖戦で十分に痛めつけた。重傷を負って悪魔どもは巣に逃げ帰った。嘘でもなんでもいいから景気のいいことを言えばいい」


 現実の戦争もそんなものだ。

 たとえ、負けたとしても馬鹿正直に言う必要なんてどこにもない。


「だが……」

「それとも、レナード王子はこのままで良いと? 勝ち目のない戦いで兵を見殺しにし、無駄なことに金と資源を費やし続ける。それこそ馬鹿らしい」

「余とて、それはわかっている」

「いや、わかっていない。だから、そうやって悩む。あなたが悩んでいる、この一分一秒の間にもあなたの愛する国民が無駄死にしている」


 ノリと勢いで適当なことを言ってみたが、生真面目なこの王子にはかなり有効な手のようだ。


「……プロケル殿の案に乗りたいのだが、プロケル殿はさきほど条件を飲めばと言った。その条件を教えてほしい。でないと判断はできぬ。」


 ほう、だいぶ前向きになってきたか。

 ならば、ここで畳みかけよう。


「そもそも、レナード王子。一国がたかが宗教一つに振り回される。この現状は問題があるとは思いませんか?」

「むろん、それは余も常々問題視しておった」

「その原因は国教としてリグドルド教を特別視しているからです。一つの宗教に国が染まりすぎている」


 そう、やつらの強みはその数と団結力。

 そこを崩すには、一つでなくすればいい。

 

「すまない、プロケル殿。理解が追いつかない」

「順を追います。まずは提案をさせていただきます。国教という考えをなくし、宗教の自由化を宣言してください。そして、アヴァロンの宗教である……聖杯クリス教の導入を認めるのです!」


 レナード王子は高速で頭を回転させる。

 俺の言っている意味がきちんと理解できているようだ。

 国に主要な宗教が二つあれば、やつらの影響力はがくんと落ちる。

 そうなれば、リグドルド教の思うがままに国を操られることはなくなるだろう。


「プロケル殿、二点確認したい。一つは宗教というものはよほどのことがない限り乗り換えたりするものではない。聖杯クリス教を王都で認めたからと言って、リグドルド教に染まってしまった我が国の現状を変えることができるのか?」

「ご心配なく。亜人と人間が手を取り合って幸せになる。教えが正しく清い我が聖杯クリス教は広く受け入れられるでしょう」


 まあ、実際のところ金や物をばら撒いて強引に新設した教会に人を集めて【神の微笑】とルルたちの歌のコンボで心を縛るのだが、それを馬鹿正直に言う必要もない。

 教会に常時いる牧師は雇い、週に一度だけルルたちを出張させて信者の確保をするというのが現実的だ。

 王都だけではなく、できればあと三つぐらい大都市に教会を設置し、それぞれをローテーションで回ってもらうのが理想だ。


「そううまくいくとはとても思えないが、プロケル殿ができるというのならできるのだろう……二つ目だ。ただでさえリグドルド教で困っているのに、これ以上、宗教を取り入れて毒を増やしてどうするというのだ? 余にはわからぬ」

「リグドルドだけだから、結託されるのです。リグドルドに対抗しうる別の宗教があれば、やつらが国民を自由に操ることはできない」


 俺の言った意味を理解したようだ。

 ただ、利点もあれば問題点もあることもまた事実。


「……今までリグドルド教のおかげで助かっていた部分もある」

「それに依存するからこそ、いいようにされているのでは? 今回のようにね。今後よりひどくなる可能性もある。私たちの聖杯クリス教を受け入れたほうが得策だと思いますよ。少なくとも当面の危機は避けられる。ついて来てください」


 俺は立ち上がり、とある馬車に向かって歩き出す。

 レナード王子は慌てて立ち上がり、配下と共に後をついてきた。

 目指す先は蔵だ。

 厳重に管理されている蔵がアヴァロンにはいくつかある。


 その一つ一つがまるで巨大な屋敷のようだ。

 その一つを開錠し、見張りのミスリルゴーレムに挨拶をして中に入る。

 そこにあったのは……。


「なんという、金銀財宝の山!? たった一都市にこれほどの財産が」

「これだけではありません。この蔵と同じ程度の財産が詰まった蔵があと三つほどあります。この蔵の中身すべてを聖杯クリス教を受け入れてくれるなら支払っても構いません」


 普段から二十四時間、ゴーレムにて【鉱山】発掘をしている。

 はっきり言って、ミスリル以下の素材である金や銀は外れだ。


 だが、捨てるのはもったいないのでこうして保管してあった。

 さらに、アヴァロンは他の都市に比べれば極めて安いが税もとっている。安い利率でも、稼ぐ額が圧倒的に多いので多額の税を徴収できていた。


「どうですか、レナード王子。これだけあれば今回の戦費と、遺族年金をまかなえるのでは?」


 ごくりとレナード王子が生唾を呑んだ。

 やっぱり、実弾は効く。それも言葉だけでなく実物を見せつけることで威力は何倍にもなるのだ。

 なら、もうひと押しだ。


「それだけではありません。我が街の特産であるゴーレム。戦闘用ではなく運搬用のものを百体、専用馬車とセットでお貸ししましょう。その実力、街道でごらんになったのでは」

「……我が国自慢の馬車をどんどん追い抜いて行った疲れ知らずの魔法の馬車。これがあれば、流通において他国を圧倒できる……それが百台」

「さらに、最初に申し上げましたが負傷兵はすべてアヴァロンで引き取り、治療して見せましょう。医療費もバカにならないですし、今回の戦争の負傷者すべてを癒すだけの設備もそちらにないのでは? 優秀な兵士の損害を減らすチャンスです」


 アヴァロンでは、馬なんて非効率なものを使わずに、馬車を引くのはゴーレムたちだ。

 Cランク……つまりは一流冒険者たちレベルの強さがあり護衛いらず、馬と違って疲れずに二十四時間走り続けるし、餌も水もいらないという、まさに夢のような存在だ。

 喉から手がでるほど欲しいだろう。その価値がわからないほどアクセラ王子はバカではない。

 さすがにミスリルゴーレムやアヴァロン・リッターは渡せないが、シルバーゴーレムぐらいなら、懐は痛まない。

 さらに、負傷者治療の全額負担と、早期の回復。

 自分で言うのもあれだがいたれりつくせりだ。


 ……まあ、最後のものについては王国兵という高レベルな連中を大量にアヴァロンに長期間招くことができるので、感情とDPがたっぷりもらえて俺が潤うのでむしろプラスだ。

 アヴァロンの良さを知れば、移り住んでくれるかもしれないし、ここで長期間暮らせば聖杯クリス教に染まる。そして聖杯クリス教に染まった連中を大量に王都に送り返せば、そいつらが精力的に聖杯クリス教を広めていってくれるだろう。


「レナード王子、決断のときです。ただ、聖杯クリス教を受け入れるだけでいい。そうすればこれだけのものが手に入る」


 奴の心は揺れている。

 支援すると言われても、ピンとこないがこれだけの現金と、ありとあらゆる利権を積まれれば選択肢はない。

 戦費で国庫が尽きかけているアクセラ王国にはアヴァロンから支援を受けるか、他国から略奪かの二択しかないのだから。


「……その、提案を余は受けようと思う。だが、それをしてアヴァロンになんの得がある」

聖杯クリス教を世界中に広めるために必要なことです。それに【黒】の魔王の影響力を少しでも削りたい」


 そして口には出さないが、聖都であるアヴァロンの巡礼をするように将来的には仕向ける。世界中の信者たちの純度の高い感情が定期的に得られるようになるし、アヴァロンに住むことが信者たちのあこがれになり、間違いなくアヴァロンの人口は増える。


「……【黒】の魔王とは敵対しているのか」

「ええ、隠しても無駄ですから伝えます。やつは私の敵です」


 きっとした表情でレナード王子は俺の顔をまっすぐに見つめる。


「一つだけ約束してほしい。けっして我がアクセラ王国を戦場にしないと。それを守るなら許そう。余の誇りに賭けて父君たちを説得してみせる」


 なるほど、彼は彼なりに自分の国を心配しているようだ。

 もし、俺と【黒】の魔王が本気で街中で戦争を起こせば国一つ滅びかねないだろう。


「約束します。ただ……向こうが仕掛けてきた場合は反撃をしますよ。なるべく被害を抑えるように配慮はしますが」

「それでよい。では、資金援助、ゴーレムの貸与、さらに怪我人の療養をよろしく頼む」


 第三王子は頭を下げる。

 王子という身分でありながら、こうして頭を下げる姿には好感を持てる。

 その後は、細かい条件を煮詰めた。


 本筋は今まで話したままだ。

 少しずつ、王都に俺の勢力を潜ませていこう。

 これからのこと、具体的に計画を立てなければいけない。

 さてと、これからどんどん忙しく、そして楽しくなるぞ。

 笑いが止まらない。俺たちにとって、どうでもいいものを差し出すだけで多数のものを得たのだから。

 人間と魔物共存を行う理想都市、その夢へ着々と近づいていた。

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