第五話:【刻】の魔王の忠告
【黒】の魔王との交渉を終えて、アヴァロンに戻ってきた。
話し合いだけで終わったのでクイナは少し不満そうにしている。
だいたい、予想していた通りに話は進んだ。
もう後戻りはできないし、する気もない。
【黒】の魔王か俺かどちらかが倒れるまでこの戦いは続く。
もちろん、負けるつもりは微塵もない。アヴァロンも大事な魔物たちも俺が守るのだ。
◇
クイナと一緒にはじまりの木のそばに置いている馬車に向かった。
俺はこれから、王家の方々を出迎えるための準備をするし、クイナは着替えて特訓に向かう。
クイナが扉に手をかける。
すると、クイナのキツネ耳がぴんっと伸びた。
「おとーさん、中に誰かいるの」
クイナは感覚が鋭い。
扉を開け無くても中に人がいるか、そしてそれがロロノたちではないかを感じ取ることができる。
侵入者を警戒したクイナはショットガンを構えて、扉を勢いよく開けた。
「ご主人様、待ちくたびれたのです。フェルはずっと会いたかったのです」
白い狼尻尾をぶるんぶるんっと振りながら一人の少女が飛び込んできた。
クイナによく似た白い狼の少女……フェルだ。
彼女は、【刻】の魔王が【創造】【獣】【刻】で作り出した、クイナと同じくオールAランクメダルによって作れた特別なS魔物だ。
「フェル、久しぶりだね。今日はワインを取りにくる日だったのは知っていたんだけど、どうしても外せない用事があったんだ。ちゃんとワインは妖狐たちに渡すようにお願いしていたはずだけど」
【刻】の魔王には週に一度ワインを贈ることになっており、今日はその第一回目だ。
フェルの肩でには【転移】の能力を使えるカラスが居て羽を休めていた。彼に送り届けてもらったのだろう。
「ううう、ご主人様ひどいです。せっかくアヴァロンに来たのに、ご主人様にあえないなんて寂しすぎるです。だから、ここで待たせてもらったです」
フェルの後ろで、ぺこぺこと妖狐が頭を下げている。
なるほど、ワインだけ渡して帰ってもらおうとしたが押し切られて、ここに案内させられたようだ。
仕方ない……。短い間だったがフェルは俺の配下として戦ってくれたし、なにより俺になついてくれている。
少しぐらい、サービスしてもいいだろう。
「何はともあれ、よく来てくれたな。また会えてうれしいよ」
フェルの頭を撫でてやると、尻尾の揺れがさらに激しくなった。
少し微笑ましい。
「ご主人様のなでなで気持ちいいのです」
「ご主人様と呼ばなくてもいいよ。もう、俺の配下じゃなくなったしね」
「配下じゃなくても、ご主人様は、フェルのご主人様なのです」
ここまで懐かれると悪い気がしない。
念入りに撫でてあげよう。
そんな俺たちのところにクイナが近づいてきた。
「フェルちゃん、久しぶりなの!」
「クイナにも会いたかったです」
フェルは目を輝かせてクイナのほうを向き、クイナとフェルはハイタッチ、相変わらず姉妹のように仲がいい。
その二人を見て一つ名案を思い付いた。
「そうだ。クイナの特訓、フェルに付き合ってもらったらはかどるんじゃないか? クイナと互角に戦える魔物はなかなかいない、いい経験になると思うけど」
ふと思いついたことを言ってみる。
アヴァロンでクイナと真正面から戦えるのは、デュークぐらいだが、デュークは全力戦闘時にデメリットがあるので気軽には戦わせられない。
だが、フェルが相手なら思う存分暴れられる。
「それはいい考えなの! フェルちゃんが良かったら、クイナと特訓して! 新しい必殺技を編み出したの!」
「面白そうなのです。久しぶりにクイナと遊んでやるです。ご主人様、クイナを父様のダンジョンに連れて行っていいです? どうせやるならとことんやるです。【刻】の闘技場なら、最悪殺してもかまわねーです。必殺技を身に着けたのが自分だけだとは思わないでほしいのです」
少し考え込む。
【刻】の魔王が作り出した闘技場。
そこは時間回帰の仕掛けが施されており、戦いを終えたあとに、リング内のすべてを巻き戻しつつ、なおかつ戦いの経験だけを残す。
これにより、命がけの戦いの経験値をノーリスクで得ることができる。非常に羨ましい設備だ。
フェルという強敵相手の死闘は、格下の相手とばかり戦ってきたクイナにとって非常にいい経験になるだろう。
「フェルの申し出は嬉しいけど。そこまで甘えていいのか?」
「きっと、父様は許してくれるです。フェルが友達を連れてきたら喜ぶです。それにクイナと戦えばフェルも強くなるです! クイナのためだけじゃないのです」
たしかにその通りだ。フェルにとってもクイナとの戦いはいい経験になるだろう。
なら、お言葉に甘えよう。
「クイナもいいか」
「やー♪ フェルちゃんと本気で殺しあえるなんてさいこーなの。お姉ちゃんの威厳を見せつけるの!」
さすがはアヴァロン最強の魔物だ。
なかなか怖いことを心底楽しそうに言う。
俺は苦笑してしまう。
「妖狐、アヴァロンワインを包んでおいてくれ。それから、クイナとフェルの二人にお願いがある。クイナがお世話になるから、【刻】の魔王へのお土産を持たせたい。お小遣いをあげるから、【刻】の魔王が喜びそうなのを買うといい」
そういって、金貨を二人にそれぞれ持たせる。
金貨があれば、たいていのものは買えるだろう。
「うわあ、これだけあったら、時空騎士団のみんなの分もお土産が買えるのです。ありがとうです!」
「フェルちゃんと一緒に最高のものを選ぶの!」
「余ったら、お小遣いにしていいからな」
「わかったのです!」
「やー♪」
二人が勢いよく飛び出していく。
慌てて妖狐がアヴァロンワインを持って追いかける。
元気なのはいいことだ。
さて、俺は俺で仕事をしよう。
そんなことを考えていると息を荒くしてフェルが帰ってきた。
「ご主人様、忘れてたです! 父様から伝言なのです。『【黒】の魔王を甘く見るな。最後の最後には銀時計を使え』。ちゃんとフェルは伝えたです。……あっ、クイナ、待つのです」
言うだけ言ってフェルは去っていった。
銀時計か。
首元に手を入れて、鎖つきの懐中時計を取り出す。
細緻な細工を施した麗しの銀時計。
ただの銀時計ではない。
かつて、俺は【刻】の魔王の試練を受けた。
アウラのおかげで、試練を乗り越え、その褒美として彼から直々にもらったのがこの銀時計だ。
この銀時計には【刻】の魔王の力が込められている。
今まで温存してきた切り札の一枚。
あえて、【刻】の魔王がこれを使えと言ってきたのだから、必ず何か意味がある。【黒】の魔王の能力が関係しているのかもしれない。
「【黒】の魔王、能力の幅が広いのは厄介だな」
魔王はその名でだいたい、能力や魔物の傾向が読める。
だが、【黒】は漠然としすぎて予想がしずらい。
漠然としているのなら考えうるすべてを想定して動こう。
俺の【創造】も対応力では劣らないのだから。
その対策を実行しつつ、目先の問題を解決しよう。わずらわしい、王族とやらの相手をしないといけない。
◇
それからクイナはちょくちょくフェルのところに特訓しに行くようになった。
本人談では完全に必殺技をマスターして、フェル相手に勝ち越しているらしい。あの【刻】の能力をどう突破しているのか少し気になる。
数日後、下見とやらに来た使節団の連中をたっぷりもてなして送り返した。
世界中の美味と、ルルたちの歌、夜には最上級の娼婦を抱かせてやり、お土産をたっぷり持たせた使節団の連中はほくほく顔だ。
前回、戦争になり一つの街が一方的に負けたことを知っているおかげで、ずいぶんと行儀がいい連中だった。まともな友好関係を築いた手ごたえがある。
奴らの話では一週間もしないうちに王族とやらが来るらしい。
それとなく探りを知れていたが、使節団のトップ、そいつはほぼ間違いなく、自分たちがあがめる神の正体に気づいているし、利用されていると感ずいている。
そのことに関しては、ルルの諜報部隊で裏をとっている。
王族たちは【黒】の魔王の宗教を疎ましく思いつつも、あまりにも権力が強く苦々しい想いをしている。
万が一、教会から破門されようものなら国民からの支持を失ってしまうような有様で、教会に好き勝手されているらしい。
これなら……つけ込める。
その苦しみから解放してやる。
そして、もう一つ変化があった。
やつが動きだしたせいか、アヴァロンで暮らしている信者たちが動き出していった。
連日連夜、俺に対するイメージダウン戦略を繰り広げている。
こっちも早急に対処しよう。。
ここ、アヴァロンで新たな宗教を立ち上げる。
俺をあがめる集団を作り上げ、【黒】の魔王の宗教に汚染される余地をなくす。
意識してではないが、アヴァロンは神に愛された街であると言い切れるだけ仕込みはたっぷりと行われているのだ。
あとは高らかに宣言すればいい。俺が神であり、この街が聖都であると。
このアヴァロンは神の国となる。
……そういえば、宗教の名前を考えていなかったな。
あとで、みんなと相談しよう。そうすればきっといい名前が決まるだろう。




