第四話:【黒】の魔王との交渉
暗黒竜グラフロスに乗ってアヴァロンを飛び立った。
一緒に乗っているのはクイナとルルだ。
俺の護衛であるクイナと、異空間へ忍べるルルのコンビなら大抵のことに対処できる。
保険として【収納】してきた魔物たちも頼りになる奴らばかりだ。
「おとーさん、今日は戦っちゃだめなの?」
「そうだね、こちらから仕掛けるわけにはいかないかな。でも、向こうが手を出してきたときはその限りじゃないよ。そのときは、クイナの出番だ」
「がんばるの!」
クイナが握り拳をつくる。
やる気になってくれるのはいいが、今日はクイナが頑張るような事態にならないことを祈っている。
「パトロン、前から気になってたけどマルコ様と、その仲間たちはアヴァロンに呼ばないの? あの人たちが来てくれたら、アヴァロンはすっごく強くなるよ」
ルルが外の景色を楽しみ鼻歌を奏でながら問いかけてくる。
マルコは一度、【獣】のダンジョンに戻したし、借り受けていたタルタロスのクラヤミも送り返している。
もともと、【獣】のダンジョンの再建で忙しい中、俺に【覚醒】を教えるために、無理をして抜け出してきたのだ。
「それなんだけどね、マルコたちは再建で忙しい。なにより、マルコたちをアヴァロンに迎え入れると、アヴァロンがそれ以上成長できないようになる気がする。アヴァロンはアヴァロン、【獣】のダンジョンは【獣】のダンジョンで個別にやっていきたいと思う。もちろん、それぞれがピンチになったときに戦力を素早く送れるようにしておくけどね」
いろいろと考えてそうした。
アヴァロンは、俺の色で染め上げていく。
【獣】の魔物たちという、母体以上の戦力を引き入れれば、それはもうアヴァロンじゃない。
「僕は賛成だね。良かった、アヴァロンでいきなりよその魔物たちが大きな顔をし出したら、なんかもにゃってするもん」
「クイナもそれがいいの!」
二人が同意見でうれしい。
ただ、アヴァロンと【獣】のダンジョン、お互いの刺激と活性化のために、たまに何体かの魔物を期間限定で交換するのは面白いかもしれない。
暗黒竜グラフロスが減速し始めた。
雑談の時間は終わりだ。そろそろ目的地に着く。
【黒】の魔王が指定したのは、北の大国の一都市、ノースクル。
やつはお互いの影響力が及ばない場所を選んでいた。
そろそろ到着だ。さあ、どんな手を打ち出してくるのだろうか。
◇
約束の時間の三十分ほど前、指定された店についた。
洒落たバーといった趣の店だ。
照明の一つ一つにまで気を配り、独特の雰囲気を醸し出している。
その店の中に、漆黒のローブを着た細身の男がいた。
「よく来てくれたね。後輩君」
親し気な声が響いた。
【黒】の魔王、その人だ。
どこか、【刻】の魔王に似ている。
具体的にはナルシストで、無意識に人を下に見るところがそっくりだ。
だが、どこか視線にねちっこさがある。
一目見てわかった。俺が嫌いなタイプだ。
「あんな風に脅されれば、嫌でもくるしかない」
基本的に、先輩たちには敬語を使うようにしているが、こいつとは敵対している。そんな相手に敬語は必要ない。
【黒】の魔王の背後には黒い甲冑を纏った騎士が二体。
今の俺なら、その魔物の力を見抜ける。変動レベルで生み出され極限まで鍛え上げられたAランクの魔物。
だが、普通に強いだけ。
クイナたちやエンリルのような規格外でない。
もし、戦いになれば一瞬でクイナは蹂躙することができるだろう。
しかし、本能が告げている。あれは見せ札に過ぎず、本命はどこかに潜んでいる。うかつには手を出せない。
「脅したのは悪かったよ。いや、どうしてもプロケルと話がしたくてね。ああでも言わないと君はこないだろ? 僕のこと誤解しているようだしね。まず話をして誤解をとかないと。わかってると思うけどあの脅しは、冗談だよ。本気で【風】の魔王に手を出すつもりなんかなかった」
にこやかに笑うがしらじらしいことこの上ない。
もしかしたら、こいつは俺をいらだたせるためにわざとこんな態度をとっているのかもしれない。……乗せられては駄目だ。冷静になろう。
「あれが冗談だと?」
「まあまあ、立ち話もなんだし座ってよ。ここのマスターのカクテルは絶品なんだよ。特に僕が特別に作らせている【黒の魔王】なんて天国に上るぐらいにうまいんだ。というわけで、マスター、【黒の魔王】を二つ」
「……いい加減にしろ。おまえは俺の敵だろ。なんだそのなれなれしい態度は」
乱暴に座る。
苛立ちが隠せない。
「敵? それこそ冗談だろ。プロケル、僕は君の理解者で同じ道を目指している同士だ。僕も君もかしこい。人間と殺し合いを喜んでするほかの魔王どもと違う」
「おまえと一緒にするな不愉快だ」
「はは、そこまで嫌われると傷つくな……まあ、まずは自己紹介。僕は【黒】の魔王バラム。よし、信頼の証に僕の能力を教えよう。本来は絶対に人には話さないけど、プロケルだから特別に話しちゃうよ。僕の能力は【黒】。おおよそ、【黒】を連想させるすべての力を使える。ちなみに、君と同じAランクメダル。つまりは選ばれた側だ」
Aランクメダルであることを特別視する魔王は多いが、こいつもその一人か。
今まで出会ったAランクを持つ先代の魔王、【獣】【刻】【竜】には威厳と確固たる根っこを感じたが、こいつには感じられない。
「……【創造】の魔王プロケルだ」
「親愛を込めてプロっちって呼んでいい?」
「ふざけるな。改めていう。マルコを傷つけ、ストラスを殺そうとしたおまえは俺の敵だ」
そういうと、【黒】の魔王バラムは小さく笑う。
そして、ちょうどマスターが運んできた【黒の魔王】を口にして、ゆっくりと口を開く。
「それはプロケルの勘違いだよ。いいかい、【獣】の魔王を倒そうとしたのは僕の個人的な信念によるもの。君と敵対する意思があったわけじゃない。むしろ、僕の戦いに君が勝手に割り込んだ。被害者は僕だ」
「親を助けるのは当然だろう」
「そうでもない。むしろ、親殺しなんてことだって普通にあるのが魔王だよ。君が特別なだけだ」
「なら、ストラスのことはどう説明する。俺とストラスが友好関係にあると知っていたからこそ、ストラスを消滅させると脅し、実際に【刃】の魔王を操り、殺そうとした」
もし、俺が手助けをしていなければ悲惨なことになっていた。
エンリルの覚醒は、デュークの手助けがなければ発生しなかっただろう。
「僕には君が何を言っているかわからない。脅しはしたけど、あくまでプロっちを呼び出すための方便だよ。僕は何もしていない」
「ふざけるな! 【刃】の魔王は死の間際、命がけで黒幕を伝えた。それがおまえだ」
利用され、踊らされ、最後は黒幕に口封じのために仕掛けられていた呪いによって【刃】の魔王は殺された。
【刃】の魔王は死の間際、その無念を晴らすために血文字で黒幕の名を伝えてくれた。
それが【黒】の魔王だ。
「ふむ、そう言われても僕は知らないな。きっと誰かが僕を嵌めようとしているんだよ。僕とプロっちが組んだら最強だから恐れた魔王がいるんだね。怖い怖い。ほら、僕が操っている大国は三大国ある。三大国がプロっちのアヴァロンの技術支援を受けて急激に発展してさらに一つにしたらどうなると思う?」
少し考えてみたが、悪夢のような光景しか浮かばなかった。
人間に過剰なおもちゃを与えればどうなるか、それを俺は【創造】の力の一つである、【星の記憶】へのアクセスでよく知っている。
「答えはね、最強の大帝国になるんだよ。その大帝国はあっという間にすべての国を飲み込むだろう。すべての国を一つするなんてこともできる。国教も統一するんだ。完全な世界征服というやつさ! 僕が神になり、プロっちが皇帝になる。そうなれば僕たちに誰も手が出せない。手に入る感情も、DPも何万倍にもなる! すごいとは思わないか」
さぞ楽しそうに、【黒】の魔王は己の野望を語る。
こうして話していて気づいた。
「よっぽど、人間を支配して楽しみたいようだな。コンプレックスでもあるのか?」
笑顔が張り付いた【黒】の魔王の表情に罅がはいる。
どうやら、突かれたくないところを突いたようだ。
「そうだね、コンプレックスというより。すべての魔王のために、魔王に課せられた悲劇にあらがっているんだよ。君は考えたことがないか? 人間より圧倒的に優れている僕たち魔王は、人間がいないと生きていけない。考えれば、考えるほどね、魔王は人間を強くし発展させるために作られた存在としか思えない。僕たちは、人間のために作られた装置だよ」
「似たような話は創造主に聞いたことがある」
魔王の存在意義、それは失われた文明を段階的に取り戻させること。
星のステージを上げる。ゆえに創造主は魔王たちを【星の子】と呼ぶ。
「なんだそれ、くそくらえだ。僕たちは人間たちのおもちゃじゃない。僕の目標はね、すべての人間を家畜にすることさ。人間を成長なんてさせない。惰眠をむさぼらせて、すべての脅威から守って、ただ喰って死ぬだけの豚にしてやる。僕たち魔王が、その家畜を管理する。僕は優れた存在である魔王が、人間のための便利な玩具であることに耐えられない。正しい姿に戻す」
その声に込められている熱い想いが伝わってくる。
今までの会話で唯一の本音が聞けた。
これが【黒】の魔王の信念だろう。
だから、人間を利用することにこだわる。
「そんなことに興味はないな。別に俺たちの行動が人間のためになろうとなるまいが、どうでもいい。俺は俺が満足できる生き方ができればそれでいい」
利用したければ利用しろ。
そして、人間と魔王と魔物、みんな幸せになれればいうことはない。
俺自身が、人間のために作られ、その通りに動いたとしても、俺の意思で俺の道を進めていれば、神様の掌で転がされているなんて思わない。
「……ちっ、【竜】の魔王と同じようなことを言うんだな」
「あの人のことは尊敬しているんだ」
【黒】の魔王のいら立ちが大きくなってきた。
そして、冷めた目で俺を見る。
「プロっちは、こっち側に来ると思っていたんだけどね」
「最初に言っただろう。俺はおまえの敵だ。だいたい、おまえがしらばっくれようが、ストラスのことも、そしてアヴァロンにやってくる王家の連中のこともすべて、【黒】の魔王バラム。おまえの敵対行為だと確信している。おまえが何を言おうと、俺の中でそれは真実だ」
これは話し合いではない。
ただ、事実をぶつけあっているだけ。
「なら、【創造】の魔王プロケル。この【黒】の魔王に戦いを挑むのか? 前回の【獣】の魔王の襲撃。僕だけがほとんど戦力を残しているんだ。君は前回の戦いで切り札を使い。補充もままならず、そして今現在魔力を失っていることを知っている」
内心で笑う。
やはりそうか。俺の魔力が戻っていることは気付いていないらしい。
ストラスのダンジョンで【収納】を使ったのは、水晶の部屋でだけだ。
まだ、こいつの中では俺の魔力は失われていることになっている。
そして、マルコが俺の魔物になったことも情報が漏れていないようだ。
「【黒の魔王】。おまえが挑んでくるなら、俺は受けて立つ。切り札が一枚だと思うなよ。MOABは数ある手札の一枚でしかない。俺は平和主義者だが、非戦闘主義ではない。降りかかる火の粉は払う。さて、次はどの切り札を切ってやろうか、目移りしてしまうよ」
すごんで見せる。
戦場という場に限定すれば、MOAB以上の切り札は存在しない。
だが、はったりにはなる。
「怖いね、とても怖い。でも、プロっち。君は僕を舐めすぎだ。三大国を動員した僕の本気なら、君の街を破たんさせることはたやすい。直接戦わなくても、僕は君を殺せる」
「それは怖い。そんな動きを見せれば、俺は殺されるまえに、おまえの本拠地を全力で潰そう。バラム、おまえの大嫌いな、最強の三柱に協力を取り付けてな」
俺たちはにらみ合う。
しばらくすると、【黒】の魔王バラムは降参とばかりに手をあげた。
「負けたよ。いや、プロっちは可愛くない後輩だ。降参、降参、僕とプロっちが潰しあったら、お互いにシャレですまなくなりそうだ。僕としてはそれは避けたい。そこで提案だ。同盟を結ぼう。なーに、お互い手を出さないと誓いあうだけだよ」
「……それは悪くないな。バラムを潰したところで俺になんのうまみもない」
バラムは鞄から契約書を取り出す。
そして、さらさらと条文を書き、歯で指をかみ切る。そして拇印を押した。
俺も内容を確認して、同じようにする。
面白いように穴だらけで、いつでもなんくせをつけて相手を襲えるがばがばの契約書。
こいつは、いつでも契約を破れるようにわざとがばがばにしている。
「これで、顔合わせは終了だ。プロっちは結局、【黒の魔王】を飲んでくれなかったね。こんなに美味しいのに」
「ああ、たとえ美味しくても健康が第一だからな」
俺は立ち去る。
背中を襲う気配はない。
この同盟は、ただのポーズ。
【黒】の魔王は俺を潰すために、水面下でさまざまな動きを見せるだろう。
やつはそのための時間稼ぎがしたかったに過ぎない。
だが、それはこちらも同じだ。
やつの足元を崩すための時間がほしい。
俺も、【黒】の魔王も準備ができたらお互いの喉元にかみつくだろう。
こうして、平和のための同盟に見せかけた……準備ができてから思う存分戦おうという宣戦布告が完了した。
さて、どちらの下準備が早く終わるか勝負と行こうじゃないか。
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