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第一話:前哨戦

 屋敷に戻り手紙を回収して、はじまりの木に横付けされているゴーレム馬車に移動する。

 ただのゴーレム馬車ではない。ロロノ謹製の、住環境に最大に配慮し飛空艇にもなるすぐれものだ。


【創造】を取り戻したとはいえ、本調子ではない。まだまだはじまりの木の黄金の気に満ちているここで住む必要があるだろう。


「戻ったよ。今日は疲れた」


 馬車の中に入るなり、俺は目を見開いた。

 馬車の中では、ベッドにストラスが寝ている。これはいい。そうなるように家政婦の妖狐たちに頼んだ。

 ……アウラが口づけしていた。ストラスの喉が動いている。

 長いキスのあと、アウラが口を離す。

 美少女同士の口づけは妙に背徳的で、ふしぎと興奮する。


 アウラは可愛い女の子が大好物だ。そして、ストラスも文句なしの美少女だ、まさか早速、襲っているのか!?

 アウラが俺に気づいて振り向く。


「あの、ご主人様。顔を見れば考えていることはだいたいわかります。言っておきますが、これはただの治療です。粘度の高いポーションなので、意識がないストラス様に飲ませるにはこれしかありません」

「何を言っているのかわからないな。俺もそうだと思っていたよ。アウラ、治療ご苦労様」


 眠っているストラスに、治療薬のポーションを飲ませるために口移しをしているだけのようだ。

 自分で飲み込む力がなければ、こうして飲ませるしかない。

 ストラスの騎士であるバハムートのエンリルは子猫サイズになり、彼女の枕元にちょこんと座って主の顔を心配そうに見つめている。


「エンリル、おまえにだけ褒美をやっていないのは可哀そうだと思っていいものを買ってきたんだ。こっちにおいで」


 ロロノへのお土産のシュークリームのほかに、エンリルのために骨付きの巨大な肉を買ってきた。

 なんの肉かはよくわからないが非常にうまい。

 酒の肴にたまに買っているおすすめの逸品だ。


 巨大な骨付き肉を口元にもっていくが、エンリルはふんっと顔を逸らした。

 今のエンリルは子猫サイズな上にデフォルメされていて可愛い。

 そっけなくされても不思議といらつかない。

 むしろ撫でたい。

 頭を撫でようとすると、手を尻尾ではたきおとされた。


「もう少し、仲良くしてくれてもいいと思うんだがな」


 エンリルは俺を無視して背中を向けてストラスの寝顔を心配そうに見ている。

 どうやら、俺になつくには時間がかかりそうだ。

 猫のようなものだ。時間をかけてゆっくりエンリルを懐かせよう。


「アウラ、ストラスの容体はどうだ? ここの設備なら【風】のダンジョンより詳しく診察できただろう?」

「はい、いろいろ試して、ストラス様の症状に適したポーションは調合済です。この調子でいけば、一週間ほどで目を覚まします。魔王の力や魔力が戻るのはまだまだ先になりそうですが」

「それを聞いてほっとしたよ」


 眠り姫がちゃんと目覚めるようで一安心だ。

 友達として心配だし、ライバルがこんなところで脱落するのはあまりにも寂しい。


「ご主人様も気を付けてくださいね。おそらくですが、ご主人様でもマルコ様に名前を与えたらこうなりますから。もし、マルコ様に名前を与えるのであれば、そうしないとすべてが終わるとき。それぐらいの覚悟で名前をつけてください。……これ、本気で言ってますからね」


 いつにもまして真剣な表情でアウラは念を押してくる。

 俺への信用がなくて悲しい。


「心得ておくよ」


 さすがに完全に意識を失うのはまずい。

 俺は多数の魔王の嫉妬も恨みも買っている。

 マルコに名前を与えるのは、もっと強くなってからでいい。


 ただ、約束をしたルルヘの名づけは早いうちに済ませたい。

 ルルが相手だと、そこまでダメージは受けないが、ちょっとタイミングを見計らう必要がある。


「アウラ、ベッドって余っていたかな?」

「本宅のほうにありますけど、解体しないと扉を通れないので時間がかかります」

「いっそ、【創造】で。……いや、今は少しでも爆薬がいるか」


 ロロノの趣味で、この部屋にはベッドが一つしかない。

 あの子はわざと、ここでの共同生活で毎日みんなで眠れるように特大のベッド一つという配置としている。

 本宅と違い、ここでは毎日みんなで一緒に眠っている。

 この大きなベッドなら、クイナ、アウラ、ロロノ、四人で寝ても問題ないし、ストラスが一緒でも寝れはするが、それをやっていいのかという問題があるかもしれない。


 少し悩んで、結論を出した。まあ、いいだろう。

 一緒に眠るだけならセーフだ。なにも襲うわけじゃない。それに、俺の両隣は絶対にあの子たちが陣取る。物理的にストラスに手を出せない。

 明日にでも、街の業者に頼んでベッドを運び込ませよう。


「クイナもロロノも遅いな」

「クイナちゃんは特訓中ですね。新しい必殺技が完成していたとは言っていましたが、まだまだ改良の余地があるらしくて帰って来るなり、【紅蓮窟】に行って、今もがんばってます。ロロノちゃんのほうは、ずっとデスマーチ進行中ですね。すごく仕事を抱えていて心配です」

「二人ともがんばってくれてるな。もちろん、アウラも」

「二人とご主人様ほどじゃないです。でも、褒められるのは悪くないですね」


 こんなにも配下の魔物が頑張ってくれているんだ。

 俺もがんばらないと。

 さっそく、さきほど回収した俺あての手紙を読む。

 たいていは、街の商人たちからのものだが、外からのものもあった。

 目を通しながら、アウラに話しかける。ちょっとした雑談だ。


「そういえば、今日アヴァロンを見ていてね。おもしろいことを思いついたんだ。まず、その一手として直営店を増やそうと思う」


 今のところ、アヴァロンの直営店はロロノの鍛冶屋と妖狐の商店、デュークの宿屋の三店舗だけ。

【黒】の魔王への嫌がらせ兼、アヴァロンのさらなる発展のために新たに店を増やす。


「どんなお店を開くんですか?」

「それは」


 言葉の途中で、思わず読んでいた手紙を握りつぶしてしまった。


「どうかされたんですか? ご主人様」

「いや、ちょっと。不快な手紙が混じっていてね」


 一通、洒落にならない手紙があった。

 封筒にアクセラ王家の家紋が入っている。

 読む前から面倒で嫌な予感しかしなかった。

 読んでみて、やっぱり最悪の内容だと気付き、うっかり握りつぶしてしまった。


「そこまで悪い内容なんですか?」

「ううん、ちょっとね。とりあえず、国一つ滅ぼしたくなった」

「いいですね。ただ、そうなると弾丸の数が全然たりません。ロロノちゃんにがんばってもらわないと」

「アウラ、たまに思うが、おっとりしてるように見えて、うちで一番血の気が多いよな」

「そんなことないです。私は自然と平和をこよなく愛するエルフです」


 思わず、黙れこのハッピートリガーと突っ込みたくなったがぐっとこらえる。


「滅ぼしたいっていうのはただの冗談だよ。この辺境の一都市でしかないアヴァロンにアクセラの王族の方が直々に遊びに来てくださるらしい。友好を結びたいだとさ」


 これを額面通りに受けるバカはいない。

 そのアクセラ王国の都市とは先日、戦ったばかりだし、なにより国教が【黒】の魔王のたちあげた宗教。


 あの国は今、【竜】の魔王のダンジョンを攻めてあっさり返り討ち、甚大な被害を受けているはずだ。


 アヴァロンに近づいてくるのは、先の戦いで見せたゴーレム部隊と空爆部隊、そして莫大な資金。それらを【竜】の魔王を倒すためにほしくてほしくてしょうがないといったところだろう。

 友好なんていいながら、ゆすってくるのがわかり切ってる。


 なんで、俺が恩のある【竜】の魔王討伐に手を貸さないといけないのか。

 しかも、このタイミングで。


「いや、このタイミングだからか。本当にいろいろとやってくれるな」


 これも【黒】の魔王の仕込みだろう。

 ここで、協力を突っぱねれば、国という巨大な組織を相手取る。アヴァロンは商業の街だ。国を敵に回すとそこで商売する商人たちが被害を受ける。


 かといって協力すれば戦力を削られるし、【竜】の魔王と敵対することになる。

 なかなか、痛いところをついてくる。

 だが……。


「【黒】の魔王は俺を舐めすぎだ」


 この手は利用できる。

 やつへの罠に仕立てあげてやろう。

 なにより二日後の【黒】の魔王が交渉で持ち掛けてくる内容が読めた。十中八九、相互不干渉の緩い同盟だ。


 直接手をくださない戦いなら、圧倒的にアドバンテージがあると向こうは思いこんでいる。

 アクセラ王国はやつの駒の一枚。だが、その駒の行先が不変だとでもやつは思い込んでいるのだろうか? その油断を突かせてもらおう。

 しばらくは、【黒】の魔王の思惑に乗ってやる。

 明後日の交渉の場でも同盟に乗ってやろう。

 同盟とは相手を油断させ、寝首をかくために存在する。

 そんなことを考えながら、俺は返事の手紙を書き始めた。

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