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エピローグ:クイナとの約束

【風】のダンジョンの水晶の部屋に来た。

 目的は、水晶の守りを任せていたクイナたちを迎えに来るためだ。


 この水晶の部屋には、最強の守りとしてクイナ、そして異空間からの襲撃に対応するためにルルイエ・ディーヴァと、その配下を配置していた。

 ルルイエ・ディーヴァたちは二体の配下たちと仲良くカードゲームに興じており、クイナは部屋の隅で膝を抱えて座りぷくーっと膨れていた。

 ルルイエ・ディーヴァは蒼い髪が美しい中性的な美少女。

 水と音を使いこなす異界の歌姫にして、アヴァロンの諜報部隊の長だ。

 クイナはすねて、ルルイエ・ディーヴァはとくに気にしていない。予想通りの反応だ。


「クイナ、ルル、お疲れ様。【戦争】は無事終わったよ。そろそろ帰ろうか」


 にこやかに話しかける。

 ルルというのはルルイエ・ディーヴァの愛称だ。ルルイエ・ディーヴァというのは呼びにくい。

 愛称で呼ぶぐらいなら名づけにはならない。


「あっ、パトロン待ちくたびれたよ」

「……ルル、まさかとは思うが【戦争】中もそうやって遊んでいたんじゃないだろうな?」

「そんなわけないじゃん。【戦争】中は、ちゃんと裏から見張ってたし、今だって勝って油断した隙をつこうとする不埒ものがいるかもしれないから、あえて隙を見せながら水の網を張ってる。表だろうが、裏からだろうが、私の耳はごまかせないよ」


 力強くルルは言い切った。

 こいつはからかいはするが嘘はつかないし、仕事に手を抜いたりはしない。

 安心してもいいだろう。


「クイナ、ルル、オーシャン・シンガーたち、お疲れ様。お前たちがいたから安心して攻めにまわれたよ」


 それは本心からの言葉だ。

 魔王同士の【戦争】で一番厄介なのは、隠密に優れ、機動力のある魔物。

 いくら、主戦力同士のぶつかり合いで優位にたとうが、たった一体の侵入を許し、水晶を砕かれればそれで終わりだ。


「まあ、僕はなんにもしてないけどね。【風】の魔王やるじゃん。デュークがちょっぴり背中を押したとはいえ、僕たちがこなくても勝ってた」


 その通りだ。ストラスと、その魔物たちの奮戦はすさまじいものがあった。

 ルルは、今回ここで何もせずに終わったことを楽できたぐらいに思っている。

 問題はクイナのほうだ。


 さきほどから、頬を膨らませて俺を睨んでいる。

 ここまで拗ねているクイナは久しぶりだ。


「クイナ、その、なんだ。そんな目で見ないでくれ」


 いたたまれなくなって声をかける。


「……おとーさん、なんでクイナを連れて行ってくれなかったの? クイナは戦うだけがとりえなのに、ロロノちゃんやアウラちゃんと違って、それ以外できないのに。こんなときに見てるだけなら、クイナがいる意味がないの。クイナがデュークやアウラちゃんより弱いから使ってくれないの? せっかく特訓して、強くなって、すごい技を編み出したのに」


 拗ねているを通りこして、涙声になっている。

 そういえば、ロロノから最近クイナが不安定だと聞いていた。

 クイナにとって最大の存在意義は、アヴァロン最強の魔物であることだった。

 それが最近、デュークやマルコの存在によって揺らぎつつある。


「クイナのことは信頼している。信頼しているからここを任せたんだ。たしかに、デュークは一瞬の強さならクイナを上回る。だけど、【狂気化】は不安定な力だ。安定して最強のおまえのほうが、最重要拠点を守るのに適している。アウラを連れて行ったのは、攻めもあるがむしろ、俺の安全のためだ。彼女の風はすべてを捉えてくれる。ただの適材適所だよ」


 この言葉に嘘はない。

 デュークに水晶の部屋を任せることは不可能だったし、たとえマルコを連れてきていようが、戦場に連れていくのはアウラにしただろう。


 今回、ストラスとの【戦争】に連れてきたのは、クイナ、アウラ、デューク、ルル、それに三体のオーシャン・シンガーにマルコから借り受けている黒い体毛の人狼であるタルタロスという種族のクラヤミ。暗黒竜グラフロス二体の合計十体。


 あまり連れて来すぎると短時間とはいえアヴァロンが無防備になる。

 ストラスが餌で、加勢に来させてアヴァロンを手薄にすることこそが敵の狙いである可能性があった。

 最強戦力であるマルコ、デュークの副官のドワーフ・スミス率いる空爆部隊、再建が済みつつあるロロノ率いるゴーレム部隊を中心にアヴァロンの精鋭が残っていれば、そうそう落ちはしない。


「でも、クイナは戦えなかったもん」


 たぶん、クイナは頭ではきっちり俺の考えを理解しているのだろう。

 だけど、感情のほうが納得していない。

 ……この子は見た目だけが急激に成長したが、まだ精神面は子供だ。

 魔物たちは、生まれたときから心が成熟しているものもいれば、幼いものもいる。それぞれの違いを俺は愛おしく思っていた。

 クイナのところまで行き、お姫様だっこをする。


「クイナ、帰ろう。俺たちのアヴァロンに」


 すねて、動こうとしないクイナを強引に抱き上げる。

 クイナはびっくりして腕の中で暴れるが、すぐにおとなしくなった。

 せめてもの抵抗とばかりに顔を逸らす。


「おとーさんはひどいの」


 それは無理に抱き上げたことを言っているのか、それとも今回の采配について言っているのか、あるいはその両方か。


「クイナ、さっきも言ったけどおまえのことを信じている。あんまり、ほかの魔物の前でこんなことを言いたくないが、俺がすべての魔物の中で一番頼りにしているのはおまえだ」


 クイナを一番と言えば、逆に言えばほかの魔物はそうではないということだ。

 それを聞いて、デュークも、アウラも、ルルも不快な顔をしない。

 クイナの力を認めているからだ。


「クイナ、今回の件を謝るつもりはない。それが魔王として必要な采配だからだ。……ただ、一つ約束する。次の戦いで、クイナには必ず活躍できる舞台を用意する。一番激しく危険な戦場におまえを送ろう。そのときは、特訓で得た力を見せつけてくれ。期待しているぞクイナ。次の主役はおまえだ」


 クイナの逸らした顔がこっちに向く。

 その表情は笑顔。

 ようやく、機嫌を直してくれたようだ。


「わかったの、おとーさんのためにがんばるの!」


 お姫様抱っこされたまま、俺の首の後ろに手をまわしてぎゅっと抱きしめてくる。

 ……それにしても成長したな。こう押し当てられると、いやでもそんなことを考えてしまう。父親としては反省しないと。


「みんな、帰ろう。アヴァロンに戻れば、今回の戦いに参加したみんなにご褒美だ。予算はつけない。商店で好きなものをなんでも買ってやる」


 デュークが薄く笑って頷き、アウラは何をねだるか必死に考え込み、ゲンキンなところがあるルルは部下たちと何が一番アヴァロンで高い買い物かを相談し始めた。

 愛しい俺の配下たちが喜んでくれて何よりだ。

 だが、クイナはあまり喜んでない。


「クイナ、ご褒美はうれしくないのか」

「……うれしいの。でも、大活躍したら別のご褒美をおねだりしようと考えていたの。それが手に入らなくて残念なの」


 クイナがわざわざ、【戦争】のご褒美にほしがるもの?

 考えてみたがなかなか思いつかない。

 クイナのほうを見ると、少し恥ずかしそうに彼女は言葉を続けた。


「おとーさんを一日独り占めにしたロロノちゃんがずっとうらやましかった。だから、クイナも大活躍して、それでおとーさんに一日、ずーーーっとクイナだけのおとーさんになってほしかった」


 そうか、この子はそんなことを考えていたのか。

 魔物が増え、街が大きくなり、どんどんクイナたちとの時間が減っている。

 人一倍、甘えん坊のクイナがそう思うのも無理はない。


「そうだな。今回の働き程度だとロロノと同じ褒美はやれない。だから、次の戦いで大活躍してくれ。そしたら、クイナに俺の一日をあげるよ」

「わかったの! ぜったい、ぜったい大活躍するの! だから、おとーさんも約束守ってほしいの」

「ああ、約束だ」


 二人で指切りをした。

 よほどうれしいのか、クイナのもふもふのキツネ尻尾がさっきから激しく揺れている。

 ……本当は、一日時間を作ってあげるぐらいなら、ご褒美じゃなくてもしてあげたいが、それだとロロノがかわいそうだ。

 クイナだけじゃなくて、いろんな魔物に気を回さないといけない。魔王というのはなかなか難しいものだ。

 それから、ストラスの魔物に【転移】をしてもらって【風】のダンジョンの入り口から離れた人気のない場所に出た。


 ◇


【風】のダンジョンに来るときは、俺が助太刀に来たことを気づかれないようにストラスの魔物を使って、しかも高高度を飛び【収納】を使って魔物たちを隠し目立たないように注意したが、帰りはその必要がない。

 暗黒竜グラフロス二体を【収納】から取り出す。これなら、【収納】を嫌がる魔物に無理強いさせる必要もない。

 眠ったままのストラスはすでに、バハムートのエンリルの背中に固定されていた。


「ローゼリッテ、そして【風】の魔物たち見送り感謝する。きっとストラスも喜んでいる。おまえたちの主は必ず元気にして返すからな」


 ここには、俺とストラスを見送りに来た多くの魔物たちがいた。


「なにとぞ、ストラス様をよろしくお願いします。もし、ストラス様が目覚めたら、ダンジョンは私たちが守るから心配しないで治療に専念してと伝えてください」

「わかった。ちゃんと伝えよう」


 そのあとも、ストラスの魔物たちが何体か話しかけてくる。ストラスはずいぶんと慕われているようだ。

 しばらくしてようやく、落ち着いた。


「じゃあ、行こう」

「やー♪」

「はい、帰りましょう」


 俺の乗っている暗黒竜グラフロスの背中にはクイナとアウラも乗っていた。クイナは後ろから俺にぎゅっと抱き着いていて上機嫌だ。クイナが上機嫌だと俺も嬉しい。次の戦争は彼女のための戦争にする。俺のために特訓で身に着けた力、存分に披露してもらおう。

 ちなみにデュークはエンリルの背中だ。同じ竜同士話したいことがあるらしい。

 暗黒竜たちとエンリルが羽ばたく。

 心地よい風がほほを撫ぜた。

 しばらく飛んでいると、どくんっ。心臓が高鳴り、熱が帯びた。懐かしい感覚だ。そして、ずっと待ちわびていたもの。


「おとーさん、手をじっと見てどうしたの」

「……やっと、魔力がもどったみたいだ。【創造】の力、これでまた使える」

「やー♪ 良かったの! これでまたすごいのが作れるの!」


 いくらロロノと言えど、無から何かを生み出すことはできない。

 火薬の原料となる特殊な化学薬品、今の世界で発掘できないリブジウムやレニウムなどのレアメタル。

 それらは【創造】での生産に依存していた。


 そのせいで、ロロノの研究が進まなかったし、武器の生産、爆薬の補給が滞っていた。

【創造】を取り戻したことで、それらが動き出す。


「いいタイミングだ。二日後の【黒】の魔王との交渉。それまでにカードを追加できそうだ」


 愛しい半身である【創造】。その確かな力を感じながら俺はにやりと笑う。

 今まで一方的に好き勝手やられてきた。借りはしっかりと返させてもらおう。

 俺に手を出したことを後悔させてやる。



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