第二十話:眠り姫とプロケルの決心
【刃】の魔王が死の間際に残した血文字、それには【黒】と書かれていた。
これで確定だ。今回の件を仕込んだのは【黒】の魔王だ。
【刃】の魔王が、俺と【黒】の魔王との関係を知っていて、嵌めるとは考えにくい。疑う必要はないだろう。
【黒】の魔王はここまでやる奴なのか。それならばこちらもそれなりの対応を取ろう。
今回のやり方はひたすらうまい。【鬼】の魔王に新人から喧嘩を売らせて、そこに助力するのであれば、新人魔王同士の戦いに介入してはいけないという制限にひっかからない。
さらに、【鬼】の魔王の魔物を奪ったのはあくまで【刃】の魔王だ。魔物を譲ることのペナルティも受けない。
さらには、口封じのために【刃】の魔王になにか仕掛けていたが、……これは推測になるのだが【刃】の魔王に自らの魔物をなんらかの手段で襲わせた。あるいは襲うことを協力の条件に入れているのだろう。その状況なら、【刃】の魔王を害しても正当防衛であり【黒】の魔王はペナルティを受けない。
「まったく、やってくれる。必要以上にルールの穴を突きやがるな。ここまでくると趣味でやっているとしか思えない」
ルールを破るためにルールを破る。そんな人種でないとここまでのことは思いつかないだろう。
◇
その後、俺たちは【戦争】を終わらせた。
【戦争】の勝利条件は、魔王の降伏。もしくは【水晶】の破壊だ。魔王が死んだところで戦いは終わらない。
魔王という統率者を失った【鬼】の魔物たちはろくな抵抗も見せなかった。そのおかげであっさりと水晶を砕くことができた。
水晶を砕くのはストラスの魔物に任せてある。
これはストラスの戦争だ。もともと彼女の力だけで【刃】の魔王を詰ませていた。ここで水晶を砕いて【刃】のメダルをかっさらうのは、俺の良心が許さない。
水晶を砕いて数分後、創造主の声が脳裏に響き渡った。
『勝利条件が満たされた。【風】と【刃】の【戦争】を終了する。勝者は【風】の魔王ストラス。今後も星たちの輝きを期待する』
通常空間への転移が始まる。
これで俺はちゃんと役目を果たしたことになる。
少々意外だった。俺のときは、相手が三人がかりかつ親の世代の魔王の力を借りているという圧倒的に不利な状況で勝ち、その戦いを楽しんだ創造主から特別な褒美をもらっている。
……その褒美はまだ温存している。
温存しているというのは正しくない。”怖くて使えない”その一言に尽きる。
ストラスも俺と同じぐらい不利な状況で戦っていたから何かしら褒美があると思っていたが、予想が外れた。
もしかしたら、俺が手を貸したことが問題だったかもしれない。
「何はともあれ勝てて良かった。それなりに危ない橋を渡ったしな」
腕の中で眠っている少女に話しかけても返事はない。
今回の主役である、ストラスはまだ眠っている。
【戦争】が終了したので、ストラスが作戦会議に使っていると言う広めのフロアに移動した。
ストラスの魔物たちは心配そうにストラスを取り囲む。
一番ストラスにべったりしてるのは、バハムートのエンリルだ。
彼は猫ぐらいの大きさになり、愛らしくデフォルメされている。まるでぬいぐるみだ。
思わず撫ぜたくなるが、そんな外見で内なる力は変わらないのだから恐ろしい。
なんでも、デュークが人型になれるように、彼は小さくなれるようだ。おそらくだが、一緒にいやすいようにストラスとエンリルが選んだ可能性だろう。凶暴な嵐の竜も、こうなると可愛らしい。
【戦争】に勝ったというのに、ストラスの魔物たちはどんよりと暗い。勝利の喜びより目を覚まさない主の心配が勝るのだろう。
今は、アウラに診察をしてもらっていた。
アウラの一挙一側に周囲の視線がくぎ付けになっている。
「ご主人様、かなりまずいですね。あのときのご主人様より、ずっとひどい状態です。自然治癒は絶望的ですね。放っておけば、一生魔力と魔王の力が戻ることはありません。それどころか治療しない限り昏睡状態のままでしょうね」
周囲がざわつく。
彼女を慕う魔物たちからすれば最悪の事態だろう。
エンリルなどは【翡翠色】の目を振るませて、悲し気な鳴き声をあげた。
……仕方ない。
「貸しをストラス一つ作っておくか。……ローゼリッテ」
「なんでしょうか、プロケル様」
「ストラスが目を覚まさない状況だ。おまえが【風】の魔王の代理だと認識したうえで問いかけよう。俺を信じてストラスをアヴァロンに預けられるか? 俺は先日まで、今のストラスと同じ状況だった。しかし今は力を取り戻しつつある。アヴァロンという環境と、アウラの力があればストラスも時間がかかるが治せるはずだ。アウラ、完治までにどれだけかかる」
「もっと詳細に時間をかけて調べないと正確なことは言えませんが、おそらくは一か月ほどです。でも、いいんですか? 黄金リンゴの在庫が全然たまりませんよ」
俺の治療に加えて、【刻】の魔王への定期的な黄金リンゴのワインの送付で、少しずつしか黄金リンゴは溜まっていない。
俺の治療が回復すれば、また在庫がたまり始めると思ったが、その分をストラスに使うことになりそうだ。
「構わない。黄金リンゴの補充よりも友を優先する」
「かしこまりました。私は私で、収穫が増やせないか、手を考えてみます」
「ありがとう。……そういうわけで、ローゼリッテ。俺を信用して、ストラスを一か月ほどアヴァロンに預けられるか?」
これは難しい問題だ。
ストラスと俺は親しいとはいえ、ローゼリッテからすれば、よその魔王のところに自分の主を預けることには抵抗がある。俺がその気になればあっさり始末ができるのだ。
さらに、一か月も主が不在になって、このダンジョンが運営できるかどうか。
ストラスの代理としてローゼリッテの判断力が求めらている。
「こちらからお願いしたいぐらいです。……ですが、対価に何を求めますか? 答えはそれ次第です」
対価か、考えていなかった。
少し考えてみよう……決めた。
「俺に借りを作ったことをちゃんと覚えておいてくれ。それでいい」
「本当にたったそれだけで!?」
「ストラスは友達だからな。それに、ストラスが呼んでくれたおかげで、Aランクの魔物が十五体も手に入った。ある意味、それが報酬だ」
Aランクメダルを二つ使って生み出す貴重な存在を、まとまった数、手に入れる機会は少ない。
今回の【戦争】は大黒字だ。ちょっとぐらいサービスしてもいいだろう。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。ささやかながら、お礼を出させてください。……報酬はストラス様の体です。ストラス様は見た目もいいですし、性格もいい。なにより尽くすタイプです。是非、弄んであげてください。戻ってくるころにはお世継ぎを宿すようにしていただけると非常に助かります」
「できるか!」
いったい、ローゼリッテは俺のことをなんだと思っているのだろうか。
「ふふ、私たち、【風】の魔物一同、あなたへの感謝は生涯忘れません。あなたが窮地に陥ったときには命を賭けてはせ参じます。きっと、ストラス様もそれを望んでおりますから」
ローゼリッテが笑う。
彼女はいい配下だ。
「それと、プロケル様。一体、ストラス様に同行させてよろしいでしょうか?」
「お前が来るのか?」
「いいえ、ストラス様不在時に私が離れるわけにはいきません。連れて行ってもらいたいのは、エンリルです。小さくなれば邪魔になりませんし、プロケル様の力にもなるはずです」
『僕はストラス様の傍にいる』
子猫サイズのエンリルがべったりストラスにくっついている。あれを引きはがすのは無理だろう。
というか、引きはがしたら暴れる。文字通りに、【狂気化】の副作用で理性をなくして。下手をすればエンリルに【風】のダンジョンが滅ぼされかねない。
それに、ローゼリッテの言う通り、アヴァロンに襲撃があった際には、ストラスを守るためにともに戦ってくれるはず。
「わかった。一人と一体、ちゃんと面倒をみよう」
「よろしくお願いします」
こうして、ストラスの【戦争】は終わった。
念のため、デュークに話して今回得た【鬼】の魔物だったAランクの十五体はストラスのダンジョンに残していく。
【黒】の魔王の襲撃に備えるためだ。
直接的な戦力の支援ができない以上、【刃】の魔王の一団に【黒】の魔物が紛れ込んでいることは考えにくいが、いぜんとして人口英雄は使った攻めは警戒しないといけない。
ストラスの魔物に加え、Aランク十五体もいれば時間は稼げる。時間を稼ぎさえできれば救援が間に合うだろう。
では、帰るとしよう。
ストラスの治療はなるべく早いほうがいい。
「なにか、忘れている気がするな」
「ご主人様、水晶の部屋の守りにクイナちゃんたちを配置したまま、ほったらかしです」
アウラに言われて思い出した。
水晶の部屋を出るときにクイナたちを置いてきた。
気配を消すことに長けた魔物の奇襲を防ぐための保険だ。
「……あっ、そうだ。ずっと待機させたままだったな。クイナがすねてなければいいが」
【収納】ぎらいのクイナは、出発直前になって【収納】されてでもついてくると覚悟を決めてくれた。
クイナは、特訓で得た新必殺技を披露するいい機会と鼻息を荒くしていたが、見せ場を作る前に戦いは終わった。
「我が君、クイナ様の性格を考えると、確実にすねていますな。帰ってからお菓子をたくさん買ってあげることをお勧めします」
「私もそう思いますね。クイナちゃんは成長して今まで集めた服が着れなくなって、新しい服が欲しいと言っていたので服を買ってあげても喜ぶと思いますよ」
クイナのふくれっ面が脳裏に浮かんで、おかしくて笑ってしまう。
クイナは怒っても可愛い。
「だな、今回のご褒美にいろいろと買ってやろう。デュークとアウラも欲しいものがあれば買ってやるから考えておけ」
怒っているクイナのことを考えながら、俺たちは水晶の部屋に歩き出した。
【刃】の魔王の最後の意地により、黒幕が【黒】の魔王だとわかった。
マルコだけでなく、ストラスまでもこうして手にかけようとした。
この時点で、平和的な解決ができるなんて希望を捨てる。
あいつは敵だ。次の交渉でやつがどんな甘い餌を垂らしてこようが叩き潰す。
そう覚悟を決めて、強く拳を握りしめた。
防戦は趣味じゃない。次の交渉では可能な限り油断をさせて寝首を掻いてやろう……きっと、向こうも同じ考えだろう。




