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第十話:ワイトの名前

 ロロノと二人で地下迷宮に向かう。

 今からワイトに名前を与えるのだ。

 ワイトの名前はすでに決めてある。ずっと彼に与えたい名前があった。


 今回の会場は地下の墓地エリア。

 会場はすでに準備が終わっている。街を出る前に配下に命じていたのだ。

 しばらくして、会場に到着した。


「アヴァロン中の魔物が集まってるな」

「ワイトの晴れ舞台。みんなくるにきまってる」


 ロロノがいう通り、ワイトはよく慕われている。集まりがいいのも納得だ。

 俺が命令した以上に会場は飾り立てられ、有志によって酒や食べ物も大量に運び込まれていた。


 ドワーフ・スミスを始めとした鍛冶師たちが設営を行った。

 ルルイエ・ディーヴァとオーシャン・シンガーたちは音楽と歌を提供。

 アウラとハイ・エルフたちは自慢の野菜や果物を使った料理をふるまう。

 クイナと妖狐たちは進んで給仕役を行う。


 直属の配下であるスケルトンたちは忙しく働きまわり、暗黒竜グラフロスたちは忠犬らしく厳かな顔もちで鎮座していた。

 人だかりができており、その中心にはワイトがいて照れくさそうに話していた。

 俺はそちらに向かう。


「ワイト、まるでお祭りのような騒ぎだ」

「これは我が君。このように盛大に祝っていただき感謝の言葉もありません」

「勘違いするなよ。俺はあくまでワイトにこの場で名を与えると周知して最低限の場を設置しただけだよ。それ以外はみんなが自発的に行った。ワイトの人望があるおかげだし、感謝は俺ではなく盛り上げてくれたみんなにするべきだ」


 相手がワイトでなければ、魔物たちはここまでしなかっただろう。

 そういうと、ワイトは微笑んだ。


「ですな。あとで一人ひとりにお礼を言ってまわりましょう」


 この丁寧さと気配りがワイトが慕われる理由だろう。

 ワイトは優秀なだけではなく、その人柄で魔物たちをまとめ上げている。

 彼がいるから、俺は安心してアヴァロンを留守にして外にいけるのだ。


「ワイト、名前ありの魔物になるお祝い。全身全霊を込めて作った。受け取って」


 俺についてきたロロノが綺麗に梱包された細長い箱を渡す。

 いつの間にこんなものを用意したのだろうか? それにしても自発的に贈り物をするとは……娘の成長が嬉しい。


「至高の鍛冶師たるロロノ様の作り上げた逸品をいただけるとは、恐悦至極です」

「謙遜はしない。それだけの価値があるものを作った。……ワイト、おめでとう。あなたは名前を付けられて当然の魔物。これからも一緒にマスターを守り、アヴァロンを盛り上げよう」

「当然ですな。我が君を支え、守り、ともに覇道を行くことこそ我が本懐。ロロノ様、この場であけていいですか」

「ん」


 ロロノが頷くと、ワイトが包みを開けた。

 そこにあったのは美しい首飾りだ。

 オリハルコンとミスリルの合金でできた品のいいチェーンに、金細工のふちに紫色の宝石がはめ込まれている。

 金細工は派手さはなく、控えめだがさりげない美しさで紫色の宝石の魅力を引き立てていた。


「これは……美しい。そして強い魔力を感じますな」


 ロロノは、名前を与えられ【誓約の魔物】になったとき、新たな能力に目覚めた。

 それは、魔力の物質化。自らが実行可能な魔術を一つだけ内包した物質の【具現化】。

 それにより、この世界には存在しない物質を生み出すことができる。

 今回の首飾りもその力が使われている。


「私の力で作った魔道具。常に身に着けておいて。きっと、ワイトを守ってくれるから」

「大事にさせていただきます」

「ワイトに何かあったら、あの子が悲しむから。体は大事にすること」


 あの子と言っているのは、ワイトの恋人のドワーフ・スミスのことだろう。あの子はロロノの部下でもある。

 ロロノが背を向けて去っていく。

 彼女が去っていくと、次はクイナが現れて、これを食って力をつけろとアヴァロンの商店で買ったらしい巨大な串焼きを押し付けていった。


 その次はアウラだ。アウラは特別な花だと言って、いろとりどりの見たこともないような……おそらく彼女が魔術によって品種改良した特別な花を贈った。


 その外にも入れ替わり、立ち代わり、ワイトに祝いの品を押し付けていく。

 きっと、ロロノが最初に首飾りを贈ったことがきっかけになったのだろう。

 ひと段落ついたころには約束の時間になっていた。


「じゃあ、ワイト。始めようか」

「かしこまりました。我が君」


 ワイトと二人で、墓場の中央に設置した一段高い舞台に上がる。

 魔物たちの視線が集まってきた。


 舞台の上から彼らに視線を送ると、いよいよ名づけが始まるのだと魔物たちが理解し、会話が止んで静かになる。

 ルルイエ・ディーヴァがオーシャン・シンガーたちに指示を送り、会場に鳴り響いていた音楽の質が変わる。

 明るい曲調から、厳かな曲に。

 よし、これで舞台は整った。あとは名前を与えるだけ。


「ワイト、今まで俺を支えてくれてありがとう。至らない魔王が勝ち続けられたのは優秀な参謀がいたからだ。ずっと感謝してきた」

「もったいなきお言葉です。我が君だからこそ、私はここまでやれました。さきほどの言葉を返すようですが、私の力を引き出したのは我が君です」


 なかなか、口が回る。

 さっきの俺の言葉を使って持ち上げてくるとはやってくれる。


「ワイト、おまえの働きに報いるために、これより名前を与える」


 さあ、集中だ。

 名前を与えると決めた瞬間、スイッチが切り替わるのを感じた。

 体の奥から魔力と魔王の力が沸き上がっていく。


「俺がお前に与える名。それは……デュークだ」


 その一言を発した瞬間。

 俺の中の魔力、魔王の力が一気にワイトに吸い込まれていく。


 魔力と魔王の力が闇色の粒子となり俺から吹き出てワイトのほうに向かう。

 とんでもない喪失感。立っていることすら難しい。


 冷たい。寒い。力が吸われ続ける。

 名前を付けてわかった。消耗する力は名前を付けた相手が強ければ強いほど大きい。


 ワイトは特別なSランクの魔物である黒死竜ジークヴルム。

 消耗する魔力と魔王の力は、想像を絶する。

 膝が笑う。だが、絶対に膝をつくわけにはいかない。


 ワイトの晴れ舞台なんだ。ワイトに気を遣わせてたまるか。

 光が止んだ。

 ようやく、名づけが完了したのだ。これでワイトにデュークという名が刻まれた。

 ふらつきそうになる体を意志の力で無理やり支え、まっすぐにデュークのほうを見る。

 彼は陶酔した顔で、俺のほうを見てきたのでうなずく。


「デューク、それが私の名前」

「そうだ。俺がおまえのために与えた名だ。これより、ワイトとはもう呼ばない。デュークと呼ぼう。おまえたちもこれからは奴をデュークと呼べ」


 観客の魔物たちに呼びかけると、いっせいにデュークコールが始まった。

 デューク、デューク、デューク。

 その名が響くたび、デュークは誇らしそうにして、その名をかみしめた。


「デューク、この名の意味は失われた言葉で公爵を意味する。貴族の最上位であり、王位に次ぐ称号だ。王と共にあり王に並ぶ権力を持つ。その名は重い。権力を与える代わりに義務と責任も負う。そして、おまえに望むのは、魔物たちを取りまとめるだけではなく、模範となることだ。誰よりも正しく理想の魔物として振る舞え。できるか?」

「我が君が望むのであればやり遂げて見せましょう。私は今まで、そうあり続けました。そしてこれからも。わが身が朽ちるまで御身と共に」


 ワイト……いや、デュークが膝をついて、忠誠を誓う。

 相変わらず、美しい所作で絵になる。


「期待しているぞ、デューク。お前は名実ともに幹部となった。これまで以上の働きを期待する」

「はっ」


 いい返事だ。

 これで名づけは終わり。

 魔物たちが拍手をして、祝福をした。


「じゃあ、デューク舞台を降りようか、せっかくこれだけのごちそうと酒があるんだ。今日は飲み交わそう。おまえとゆっくり飲むのは久しぶりだ。いろいろと近況を教えてくれ」

「我が君……のろけになっても構いませんか」


 俺はきょとんとした顔をしてしまった。

 そういえば、こいつはドワーフ・スミスと付き合い、ついに妊娠させたんだった。

 それはのろけたくもなるだろう。


「ああ、存分にのろけてくれ。子供のためにも頑張らないとな」

「ええ、胸を張れる父親でありたいと思います」


 デュークが微笑む。

 その微笑みは、いつも俺に向ける尊敬と憧れではなく、子を思う父親としての優しい微笑みだった。


「よし、今日は飲むぞ!」

「とことんやりましょう」


 そうして、俺たちは徹底的に飲み明かした。

 いい酒だ。

 いつもよりずっとうまく感じる。

 ようやく、ワイトにデュークという名前を与えてやれた。

 こいつとは、これからも、ずっと共にいる。そう強く信じられた。

 宴は朝になるまで続き、魔物たちの笑い声がいつまでも絶えなかった。 

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