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第九話:ロロノへのご褒美

 いろいろと、ハプニングはあったが無事に食事会は終わった。

 俺が造り上げたアヴァロンの魅力を存分に味わってもらっている。

 ……そして、不誠実なことをしてしまった【刻】の魔王に許してもらえた。

 彼のやさしさに甘えてしまった形だ。

【刻】の魔王はこれは貸しだと言った。いずれ、彼の優しさに報いるために全力を振るおうと思う。


「だいたい、こんなところだ。ストラス、参考になったか?」


 そして、今は客間でストラスに今までの戦いの経験を話していた。

 新人魔王たちは一年以内に【戦争】を経験して魔王の水晶を砕かないといけない。

 俺はすでにクリア済だが、ストラスは初の【戦争】がすぐそこまで迫っており俺にアドバイスを求めた。


 ここにいるのは三人だ。俺とストラス。そして、ストラスから借り受けているラーゼグリフのローゼリッテ。


「ありがとう、プロケル。参考になったわ」


 ストラスが伸びをする。

 妙に白い首筋に目が吸い寄せられる。

 今、彼女はシルクのパジャマに着替えていた、アヴァロンの街で買ったものだ。

 肌ざわりがよく、文句なしに一級品。ストラスは試着して気に入り、代えのものまで買っている。


「どういたしまして」


 俺が礼を言うと、家政婦をやってくれている妖狐の一人が紅茶を持ってきてくれた。


「いい茶葉ね。心が落ち着くわ」

「俺のお気に入りだ。いろいろと魔王は気苦労が多いからね。お土産に包ませておくよ」

「うれしい。ふふ、プロケルって優しいのね」


 ストラスが微笑みかけてくる。

 こうしてゆっくり話すのは初めてで、妙に緊張していた。


「こういうことでしかストラスに恩を返せないからな。少しでもストラスが喜ぶことはしてあげたいんだ」


 かつて、三人の魔王に挑まれたときにストラスは保険として水晶の部屋に待機してくれた。

 そして、今回も【戦争】直前という重要なタイミングで切り札の一枚、【誓約の魔物】であるラーゼグリフのローゼリッテを貸し出してくれた。

 俺がマルコの救出に失敗すれば、ローゼリッテを失う可能性すらあったにもかかわらずだ。


「ねえ、プロケル。私は」


 ストラスが何かを言いかけてやめる。

 それをごまかすために彼女は紅茶に口をつけた。

 そんなストラスを見て、ローゼリッテはやれやれと肩をすくめる。


「甘酸っぱくて煮え切れない。そんなのだから横からプロケル様をかっさらわれちゃうんですよ。さあ、押し倒して合体しましょう」

「ぶっ、あっ、あなた。何を言っているのかしら」


 ストラスが顔を赤くして紅茶を噴いた。


「これだからうちの主人は。まあ、そこが可愛いところですけど」


 この二人はまるで姉妹のようだ。

 思わず小さな笑いが漏れた。


「ローゼリッテ、お別れだ。短い間だったが楽しかったよ」

「こちらこそ、いろいろと勉強になりました。実はちょびっとワイトさんに弟子入りして教わっていたんです。よりいっそうストラスの力になれますよ」


 ちゃっかりしている。

 頼もしいやつだ。ローゼリッテが居ればストラスは安泰だろう。

 俺は魔物の委譲の手続きを終えストラスに向かって手を伸ばす。この手をストラスが握ればローゼリッテの支配権はストラスに戻る。

 フェルに続いて、ローゼリッテともお別れだ。


「プロケル、ローゼリッテを育ててくれて感謝するわ。いつか、後悔するかもね。ライバルを強くしてしまったってね」


 恩を着せないように、こういう言い方もするのもストラスのいいところだ。


「そうならないように気を付けるよ。俺とストラスは一流の魔王になるのを競うようなライバルでいたい。血なまぐさいのは嫌だな」


 彼女と命の奪い合いは避けたい。

 勝っても負けても、後味が悪い。


「そうね、私も競争はしたいけど、殺し合いはしたくないもの。……手を握るわね」


 その気持ちはストラスも同じようだ。

 俺の伸ばした手をストラスが握る。

 そして、魔物の移譲が成立しローゼリッテがストラスの魔物に戻った。


「ストラス様、ただいま戻りました」

「おかえりなさい。ローゼリッテ」


 二人が抱き合った。

 ローゼリッテとの別れは寂しいが、やはり彼女のいるべきところはそこだ。


「プロケル、そろそろ部屋に戻る。今日は本当に楽しかったわ」

「あれ、ストラス様。今日の寝床はプロケル様の部屋じゃないんですか」

「そういうのはまだ早いわ。別に、いつかそうなるというわけじゃないけど、ともかく、私たちは行くわね」

「プロケル様、また明日! うちのストラス様に手を出したほうがいいですよ。はやめに性癖を矯正するためにストラス様はうってつけです!」

「「余計なお世話だ」」


 俺とストラスが二人同時に突っ込む。

 ストラスとはそういう関係ではないというのに。


「ねえ、プロケル。もし、時間があれば【戦争】のときに見守ってくれないかしら。今回は戦力的に負けるわけがないわ。でも、少しだけ勇気がほしいの」

「かまわない。ストラスがそうしてくれたように俺も水晶の部屋でストラスの戦いを見守っておく。俺のプラスにもなるかな。ストラスの手の内を見せてもらおう」


 いつかのストラスが気を使わせないように俺に向かって放った言葉を返す。

 ストラスが苦笑した。


 ストラスは新人魔王の中では頭が一つ抜けている。

 何よりもAランクメダルの保持者。まず負けるはずがない。

 より、勝利を盤石にするために俺の魔物を貸し出すのも一つの手だが、それは彼女のプライドが許さないだろう。


 俺はただ静かに彼女の戦いを見届けよう。

 もし、ストラスの相手が俺と戦った魔王たちのような卑劣な手を使ったとき、そのときだけは助けようと思う。そのための準備はしておくつもりだ。


 ◇


 部屋で一人になる。

 ベッドの上に突っ伏す。

 今日は本当に疲れた。肉体ではなく精神的にだ。


「マスター、入る」

「ああ、入ってきてくれ」


 エルダー・ドワーフのロロノが部屋に入ってくる。

 毎晩、俺は【誓約の魔物】たちと一緒に寝ている。クイナたちはおとーさんの日と呼んでいる。

 もちろん、寝るというのは文字通りの意味だ。俺はロリコンではないし、彼女たちは娘だ。アブノーマルな嗜好は持ち合わせていない。


「今から、ご褒美スタート。明日の夜まで私だけの父さん。今からご褒美が終わるまで、ずっと父さんって呼ぶ」


 ロロノがいつもの控え目の笑顔を浮かべる。

 この笑顔を見ると疲れが取れそうだ。


「わかった。約束通り明日はストラスたちを見送ったら、二人きりで外にいこう。ロロノだけを見るよ」


 ロロノが望んだご褒美は俺の時間。

 一日、ロロノのためだけに俺の時間を使う。

 ワイトに名前を与えれば、魔力を失う。その状態で外には出られないため、今から明日の夜までロロノのご褒美の時間にし、明日の夜、ワイトに名前を与えることにした。


「ん。楽しみ」

「それにしても、本当にあそこで良かったのか」

「旅の人が言ってた。鍛冶技術がすごく発展してるって」


 行先もロロノの希望で決めている。

 そこは、鍛冶師を志すものの聖地とされている場所で、鉱山のふもとにあり、素材が手に入りやすいこともあって鍛冶師たちが切磋琢磨していた。


「今更、人間の鍛冶技術をロロノが見てもあまり意味があるとは思えないが」

「ううん、人間は技術がぜんぜん未熟。だから、未熟な技術でなんとかするためのアイディアをひねりだしてる。新しい考え方に出会えることがある。けっこう楽しみ」


 ロロノは遊びに行くときまで鍛冶のことを考えている。

 本当に鍛冶が好きなのだろう。

 ロロノがベッドに横たわったので抱きしめる。

 娘たちを抱き枕にするのが、俺の最大の楽しみの一つ。優しい体温と甘い香りで、体の疲れも心の疲れも癒えていく。


「ねえ、父さん」

「なんだ、ロロノ」

「なんで、父さんはフェルにしたようなことを私たちにはしないの? フェルのほうが好きだから」


 思わず、変な声が出そうになった。

 落ち着こう。娘の前では恰好をつけたい。


「違う、娘だからだ。もちろん、フェルにもあんなことをするつもりはなかった」

「ん。わかった。なら娘とお嫁さんと他人。どれが一番大事?」

「娘かな。今の俺にとってロロノたちより大事なものはないよ」


 ロロノが俺の胸板に顔を埋めた。


「そう聞いて安心した。最近、クイナが悩んでる。おとーさんをとられちゃうって。マルコシアス様やフェルに夢中で自分たちのことを忘れるって」

「クイナがそんなことを。そんなことは絶対ないのに」

「私たちはそれを言葉や態度にしてもらわないとわからない。クイナがそういうから、私も少し不安になった。だから、たくさん可愛がって」


 甘えた声だ。

 俺はロロノの頭を撫でる。言われて初めて気が付いた。たしかに以前に比べるとクイナたちとの時間は減った。クイナが気にするのも無理はない。ちゃんと父親として考えてあげないと。


「そうしよう。教えてくれてありがとう」

「ん。でも、クイナには態度だけで示して、言葉はまだはやい」

「どうして?」

「今、クイナは自分より強いマルコシアス様が現れて、父さんの魔物の中で最強だから一番愛されているって自信が崩れてる。それを取り戻すために特訓中。その特訓はクイナのためにも父さんのためにもなる。クイナの弱点を克服させたい」

「クイナに弱点?」

「ん。すごい炎の力があるのにそれをほとんど使わない。身体能力と魔力量、私の武器。それだけあれば困ることはなかった。でも、クイナの最強の力は炎。炎を使うことを覚えさせたい。そのための武器も作る」


 確かにクイナは最上位の炎の使い手なのに炎を活かしてない。

 もし、炎を使いこなせればクイナはさらに強くなるだろう。それこそマルコに並ぶような。


「ロロノのためだけの時間なのに、クイナの話ばっかりだな」


 少し、微笑ましい。ロロノはクイナの前ではそんな仕草はあまり見せないが、かなりのお姉ちゃんっ子だ。


「クイナが落ち込んでるとこっちまで落ち込むから。……この話はおしまい。父さん、前話してくれた特別な銃の話をして。なかなか面白い機構で気になる」

「ああ、いいよ。ついでに【創造】しておくよ。ワイトに名前を与えたら、しばらく魔力が戻らないからね」


 同じ名づけにも、【誓約の魔物】とそれ以外は違う。

【誓約の魔物】は魔物と繋がり一つになる。だから魔力消費はほとんどない。


 だが、名付けは限界を超えた魔力と魔王の力を名前と共に与える。一方的にこちらが与えるので一月近く魔力が回復しないほどのダメージを受ける。


 当然、魔力がなければ俺の【創造】は使えない。

 そのリスクを抱えてでもワイトには名前をつけてあげたい。ずっと俺を支えてくれた大事な臣下だ。

 それから、ロロノとたわいのない話をして眠りについた。

 ロロノの小さな体と温かさが心地よい。今日はよく眠れそうだ。


 ◇


 翌日、ストラスを見送ったあと、鍛冶で有名な街に来て散策を始めた。

 ロロノは嬉しそうだ。


「父さん、見て。この剣、焼くときの独自の工夫がある。薪に何かを混ぜ込んでいるみたい。そっちの防具は皮のなめしかたが綺麗」


 彼女は人間の発想力がすごいと褒めている。


 服やアクセサリーを買ってあげてもロロノはあまり喜ばないが、研究のためにロロノが興味深そうに見ていた武器や防具を買ってあげると、すごく嬉しそうにする。


「じゃあ、買って帰ろう。ロロノの腕があがるならアヴァロンに必要なものだ」

「父さん、ありがとう!」


 俺の【誓約の魔物】たちはそれぞれ喜ぶものが違う。


 クイナは食べ物が一番で次が可愛い服やアクセサリー。最近、体が成長したせいで可愛い服が着れなくなったと涙目になっていた。今度、たくさん服を買ってあげよう。


 ロロノは変わった武器や防具、その変わったというところが難しい。ありきたりなものだと逆に不機嫌になる。次点で鉱石類で最後に食べ物。

 アウラはなんでも喜ぶが、化粧品などいかにも女の子が喜びそうなものが好きだ。


 こうやって買い物で喜んでくれるならいくらでも買ってあげたい。

 町中の鍛冶屋を見て終わり、食事を楽しんだころには夕暮れ。

 大量の荷物を抱えて俺たちはアヴァロンに戻る。

 ロロノはすごくいい顔をした。

 その顔を見れただけで、ここに来た甲斐があった。


 ◇


 アヴァロンに戻り、お菓子とお茶を楽しんでいた。

 もちろん、ロロノと二人きり。


 ロロノは楽しそうに、ここ最近のことを話す。

 きっと、俺に聞いてほしいことがたくさんあったのだろう。会話の中身は七割は開発中の武器のこと、二割はクイナたち、そして一割は配下のドワーフ・スミスたちのことと、実にロロノらしい。

 そして、からくり時計の鐘がなる。


「……もう、時間。名残惜しいけど、ロロノだけの父さんになってくれる時間は終わり」


 どこかロロノは寂しそうだ。

 ほとんど無意識に彼女の頭を撫でる。


「ロロノ、たしかにご褒美は終わりだ。今日は俺も楽しかったよ。また、こんな時間を作ろうと思う」


 そう言うとロロノが笑った。

 ロロノだけではなく、クイナやアウラのためにもこんな時間を作ってあげたいと思う。


「じゃあ、俺は地下に行く。そろそろワイトとの約束の時間だ」

「私も行く」


 ロロノはいつも俺の裾や袖をつかむが、今日は俺の手を握った。

 何かしら心境の変化があったのだろう。

 これから、地下でワイトの名づけだ。

 一応、魔物たちには見届けるのは自由参加と告げているが、ワイトの人望だ。

 きっと、ほとんど全員が集まっているだろう。

 気合を入れて、名前を与えてやろう。

 ワイトが喜んでくれるといい。そんなことを考えながら二人でワイトが待つ地下へ向かった。

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