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第三話:賢狼王マーナガルム

 ロロノの工房を後にし、食事会の準備を進めていた。

 この街の最大の商会であるクルトルード商会の主人であるコナンナに食事会のすべてを任せた。


 貴人を呼び最上級のもてなしをすると伝え、金に糸目をつけずに最高のものを用意すること、加えて世界中の素晴らしいものが手に入るアヴァロンの強みを強調しろと依頼した。


 コナンナは実力のある商人だ。条件さえ伝えればあとは最高の結果を提供してくれる。

 世界中の美味を集め、料理人も一流どころを手配してくれるだろうし、店も申し分ないところを選ぶだろう。


 俺は料理が得意だ。手料理を振る舞うことを検討したが、専門家に任せたほうがいい結果になると判断した。


 他にもエンシェント・エルフのアウラには黄金リンゴを使った特製のワインと、シャーベットの手配を頼んであった。これらを届けることはコナンナにも共有してある。


 黄金リンゴははアヴァロン以外では絶対に食べられないうえに極上の美味だ。

 前回の戦いで使いつくした黄金リンゴのストックを回復させたい気持ちもあるがそれ以上に今回協力してくれた人たちをもてなしたい気持ちが勝った。


 そのほかにも、この街の娯楽施設をいくつか回っていき予約をしておく。

 せっかくアヴァロンに来てもらったのだ。食事だけで終わらせるのはもったいない。

 さあ、手際よく行こう。

 食事会は二日後だ。


 ◇


 一通り準備が終わった。

 何気なく空を見上げると、暗黒竜グラフロスがコンテナを抱えてこちらに向かってくるのが見えた。


「来たか」


 俺は暗黒竜グラフロスと妖狐たちにマルコのダンジョンで破壊されたゴーレムの残骸を取りに行かせていた。


 ちょうどいい。彼らを出迎えてロロノの工房に直接届くように指示を出そう。

 ロロノが首を長くして待っているはずだ。


 ◇


 アヴァロンの門の周辺で待っていると妖狐たちがゴーレム馬車でやってきた。

 先の戦いでゴーレムが全滅したといっても、街に輸送用のゴーレムたちは残しており、彼らは無事だったのでこうしてゴーレム馬車は使えていた。


 違和感がある。妙に妖狐たちがかなり緊張していた。表情が固い。


「妖狐、お疲れ様」


 彼女たちに挨拶をすると御者をしていた二人の妖狐が会釈をする。

 妖狐たちが落ち着くのを待ってから、彼女たちにロロノの工房に向かうように伝えた。

 二人は頷き、口を開く。


「かしこまりました。ロロノ様の工房に送り届けます。それとお伝えしないといけないことがあります」


 それが妖狐たちが緊張している原因だろう。


「言ってみろ」

「お客様が一人いらっしゃいました」

「客?」


 少し嫌な予感がする。

 というか、一人しか思い浮かばない。マルコのダンジョンからの帰りで妖狐たちに緊張を強いるほどの相手。


 御者の妖狐たちの後ろからひょっこりと一人の美少女が顔を出した。


 白い狼の耳と尻尾。長い白髪、美しい褐色の肌。頭には小さな王冠を被り、上品な白いドレスを纏った十代後半の少女。

 ……生まれ変わった【獣】の魔王マルコシアス。


 今では【新生】により俺の配下の魔物となっていた。

 魔物としての名は、賢狼王マーナガルム。

 そのステータスをあらためて確認する。


種族:賢狼王マーナガルム Sランク

名前:未設定

レベル:90

筋力S+ 耐久S+ 敏捷S+ 魔力S+ 幸運S+ 特殊EX

スキル:魔王権能 月の女神 獣神化 獣の王 全魔術無効 未来予知 創造主の嘲笑


 マルコがメダルに変化した【獣神】。通常のメダルよりも優れた力を持つ創造主からの褒美でしか手に入らない【王】。さらに三つのメダルを使用可能とし、無数の可能性から最上の可能性を選択できる【創造】。


【創造】でのみ許される三つのメダル合成だけで強力な魔物が生まれるのに、使用したメダルすべてがAランクのオリジナルメダルすら超える力があった。


 これで最強でないはずがない。

 ステータスはすべてがS+。レベルは変動Sランクに許された極致である90。

 スキルの一つ一つも強力だ。


 魔王権能……魔物でありながら魔王としての性質を併せ持つ


 月の女神……月を統べる女神の力。月の光を受けることで全ステータスに上昇補正(極大)、月の神殿から魔力供給を受けることができる。また月光結界の展開ができ、特殊系統である月魔術が使用可


 獣神化……獣神への変身能力。筋力、耐久、敏捷が2ランクアップし各種ボーナスを得る


 獣の王……獣属性の魔物に対する絶対の支配力。同一フロア内の獣属性の魔物に上昇補正(大)


 全魔術無効……全属性の魔術に対する無効耐性


 未来予知……数瞬先の未来を見ることが可能。能力発動中は極度の集中を必要とする


 創造主の嘲笑……枠の外にある力の代償。特定条件下で能力保持者及び、被支配者が破滅しうる災いを引き起こす。加えて低確率で反転し制御を離れる。魔物との絆が深いほど災いの危険度が下がり反転が起きにくい


 月の女神、獣神化の二つを併用した賢狼王マーナガルムは元のステータスの異常さと相まって無敵に近い戦闘力を発揮する。


 俺の見立てでは、完全武装した天狐のクイナ、エルダー・ドワーフのロロノ、エンシェント・エルフのアウラ、黒死竜ジークヴルムのワイトの四人がかりで挑み、ようやく勝ち目が生まれる。


 ここに天狼のフェルと異空間からサポートができるルルイエ・ディーヴァが加わってはじめて五分の戦いに持ち込める。


「プロケル、じろじろ見ないで。恥ずかしいじゃないか」

 

 マルコが自分の体を抱きしめて、恥ずかしそうに文句を言ってくる。

 俺をからかっているのだろう。


「マルコ、今のおまえは強すぎる。反則だろ。その気になればほとんどの魔王のダンジョンを単騎で踏破して水晶を砕ける」


 それぐらいの強さだ。

 究極にして絶対の単体戦力。

 今のマルコに襲われたらと思うとぞっとする。


「私も驚いちゃった。今の体になって、魔王だったときより強くなったしね。だけどプロケル。過信は禁物だよ。私の最大の強みの月の女神はダンジョン内じゃ使えない」


 月の光が届かない場所では能力を発動できないというのが月の女神の欠点。

 それはステータスが見られる俺もわかる。


 だが、月光結界がある。この結界は距離や時間を超えて月とつながった世界を作ることで強引に月の力を得ることを可能とする。


 消費魔力はとてつもないが、二分間は月の女神の力が使える。

 そして、今のマルコ相手に二分も耐えられる魔物なんて存在しない。


「ここまで強いと笑うしかないよ。Sランクの上にマルコのためだけのランクを作るべきだ」


 Sランクというのは最高のランク。

 Sランク内でも魔物の強さに格差はある。だが、一定値を超えればすべてSランクとなるのだ。賢狼王マーナガルムはSランク内でも間違いなく最上位の魔物だろう。

 とはいえ、見落とせない一文があった。


「くどいようだけど、私に頼りすぎないでね。目に見える地雷もあるから」

「……創造主の嘲笑は気になるな」


 枠の外にある力の代償。

 おそらくだが、黒死竜ジークヴルムの未開放スキルもこれだろう。

 魔物と、それを統べる魔王を破滅させる力。


「うん。でもね、ちょっとひっかかるんだ。創造主らしくない」

「創造主らしい能力だと思うけど」


 魔王を困らせて喜ぶ愉快犯。実にあいつらしい落とし穴の仕掛け方だ。


「引き起こされる結果だけ見ると実にらしいんだけど。ここまでわかりやすくするなんて信じられないんだ。これは本命を隠すための囮に見える」


 言われてみればレベルを上げればスキルが解放され確認できる落とし穴なんて親切すぎる。


「それには同意だな。怖いのが特定条件下としか書いてないことだ。もしかしたら食事をしたらとか、そういう避けようのないことが条件かもしれない。十分すぎるぐらいに性格が悪いよ」


 これから何をするにも注意が必要だ。

 その心労は計り知れない。だけど、その心労もマルコを救えた代償と思えば耐えられる。


「そっちのほうは安心できるかな。あの人、本当に性格が悪いよ。プロケルが理不尽とか思うようなことをトリガーにしない。君がその行動をとったことを心の底から後悔するようなことをトリガーにしてるはず。君が君らしくしているうちは大丈夫かな」

「俺が、俺でいるうちは大丈夫か。気をつけておく。条件がわかるまでマルコに頼るのは最後の最後にしないとな」


 自分を絶対に見失わない。

 そう俺は自分に誓う。

 我を失って、非道なことをするようなクズには成り下がらない。


「うん、いい覚悟だね。私に頼ると君の魔物たちが成長できない。……というわけでさっそく特訓だ」


 マルコが俺の首根っこをもってアヴァロンとは逆方向に引きずっていく。

 妖狐たちに手を振り、君たちは仕事に戻ってねと送り出す。


「いきなり、特訓と言われてもわけがわからないんだが」


 やばい、力が強すぎて抵抗できない。

 魔王権限での命令なら従わせることはできるが、それを使うのは俺の主義に反する。


「君、【覚醒】したよね。あれさ、君が思っているよりずっと怖い力だから、先輩として使い方を教えてあげようと思って」

「ありがたい話だが、別の日にしないか? 明後日の食事会の準備とかしたいんだ」


【覚醒】を使いこなす必要性はあるが、今日でなくてもいい。


「うーん、そっちより、こっち優先かな。なんで私がダンジョンの立て直しほっぽりだしてまで来たかって言うとね。アヴァロンに仕掛けていた目が、君の【覚醒】を感知したからだ」

「配下の魔物に頼まれて仕方なく使ったんだ」


 おかげでフェルがすごく喜んでくれていた。あんなに喜んでくれるなら、またフェルのために【覚醒】するのも悪くない。


「びっくりしたよ。死にたいのかな? 【覚醒】を無意味に使う魔王なんて初めてだよ。私の寿命を延ばしておいて、すぐに未亡人にするつもりなの」


 マルコの口調事態は柔らかいが、有無を言わせない迫力があった。

 そして、なぜか思いっきりほほを膨らませている。


「何をそんなに怒っているんだ」

「一応言っておくけど、嫉妬したわけでもないし、あんな小さな子に先を越されて焦ってるわけでもないから。心の底から君を心配しているだけだよ」

「わかるように言ってくれ」

「うーん、わかりやすく言うと。このままだと君という存在は消し飛ぶ」


 その一言で、ぬるい空気が吹き飛ぶ。


「クイナたちから聞いた話で確信したんだけど、プロケルは根本的に勘違いしてない? 【覚醒】ってもう一人の自分が目覚めるとか、そんなふうに考えてるよね」

「そうじゃないのか?」


【覚醒】のたびに内側から黒い俺が暴れだし。俺の意識が飲み込まれる。

 あれは俺の別人格だと思っていた。


「違う。【覚醒】するとさ、理性がなくなって心の底で願っている素の自分がでてくる。まあ、かなりはっちゃける部分はあるけど、まぎれもない自分だよ。それも本心の部分」

「……嘘だ」


 そんなことはありえない。

 俺は黒い俺のように血に酔ったり、クイナやフェルに欲情するわけがない。


「嘘じゃないよ。君が心の奥底で願っていることだよ。まあ、誰しも醜い部分がある。それがおもいっきり強調されて出てきてると認めたくない気持ちはわかる」

「信じたくはないな」


 自身のことを聖人なんて思ってはいない。とはいえ、あれはない。


「信じなさい。問題はね。その自分を認めないこと。これは俺じゃない。別人だ。正気に戻るためにはいい手法だけど、結局は自己否定だから繰り返すと本当に自分が二つに分かれちゃう。そうなるとね【覚醒】してようがしていなかろうがもう一人の自分に殺されちゃうよ?」


 黒い俺に殺される。

 その未来はどこまでもリアルに感じられた。

 そしたら、俺はああなるのか。


「大事なのはさ、黒い自分を認めてあげること。こういう面もある。認めて受け入れたうえで、黒い感情すら御する。すべてを飲み込むのが魔王の器というやつだ。まあ、やってみようか。安心していいよ。とち狂ったら殴り飛ばすから」

 

 信じたくはない。

 だが、強くなるために先人の言うことは受け入れないといけない。


「わかった。信じよう。俺は自分の感情と向かい合って。制御してみせる」


 さあ、やろう。

 覚悟を決める。


 最大限の安全を求めるなら、今後【覚醒】を使わないという選択肢もある。しかし、それは逃げだ。より強くなる道があるのにリスクに怯えて逃げる。

 それで最強の魔王になれるものか。 


 さあ、【覚醒】をしよう。

 マルコが見守ってくれている。


 今回は【覚醒】するだけではない。同時に新たに得た魔王の力である【壊死】の実験をする。

【弓】の魔王レラジェの能力だ。


【弓】の魔王レラジェは、自軍の放つ矢に傷を腐らせ、なおかつ癒しを妨害する【壊死】を付与する能力をもっていた。

 その力を【覚醒】状態の俺は使える。


 もし、俺の魔物たちすべての放つ銃弾が、傷口を壊死させることができれば攻撃力はかなり上昇する。

 銃弾の一発一発が即死攻撃へと昇華するのだ。


「【覚醒】」


 俺は力ある言葉を放つ。

 そして、マルコの前で黒い俺を呼び覚ました。

 さあ、来い。俺は黒い俺すらしたがえより強い魔王になる。

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