プロローグ:アヴァロンへの帰還
【黒】の魔王の策略により窮地に陥ったマルコのダンジョンに向かい、なんとか彼女を救うことができた。
マルコを襲撃していた魔王とその配下たちを撃退しただけでなく、消滅寸前だったマルコを【新生】させることで延命に成功したのは大きい。
【新生】の際には、【刻】の魔王が創造主から与えられた特殊なメダルである【王】を使った。
なおかつ俺の【創造】の力で必要な未来を選び取ったおかげでマルコは魔王としての能力を持ったまま生まれ変わっている。
その上で彼女のダンジョンや配下の魔物たちは俺の所有物となっていた。
今、彼女は【獣】のダンジョンの戦力の立て直しを行っている。
今回の襲撃でマルコのダンジョンが受けたダメージは少なくない。三日ほどかけてしっかりと立て直しを行い指揮系統を配下の魔物に引き継いでからアヴァロンに来ることになっている。
マルコと別れることは名残惜しかったが、アヴァロンを留守にし続けるわけにはいかない。俺は魔物たちを連れてアヴァロンに帰ってきていた。
暗黒竜グラフロスたちが巨大なコンテナを抱えて飛翔し、俺のダンジョンの【平地】エリアに着地した。
コンテナから俺の魔物たちが出てきてアヴァロンの方を見て目を輝かせる。
「やっと帰ってこれたな」
「やっぱり、アヴァロンが一番なの!」
「ん。落ち着く」
「私は、はやく果樹園に行きたいです。あの子たちが心配です。たっぷりお世話をしてあげないと」
真っ先に俺のところに駆け寄ってきた俺の【誓約の魔物】たち。天狐のクイナ、エルダー・ドワーフのロロノ、エンシェント・エルフのアウラがそれぞれに感嘆の声をあげる。
一日ほどしか留守にしていないが、懐かしく感じる。
俺の魔物たちもみんなそうだ。
それぞれにこの街での生活も仕事もある。
「マスター、頑張ってくれたこの子たちを直してあげないと」
エルダー・ドワーフのロロノが巨大なリュックを背負って気合を入れていた。
その中には、たくさんのゴーレムコアが入っていた。
今回の戦いで、切り札であるMOABを輸送してたゴーレムを除いて全機破壊されてしまった。
彼らが壁になってくれたから俺の魔物たちに死者が出なかったのだ。
体が壊れても心臓部のゴーレムコアさえあれば作り直すことができる。なんとかゴーレムコアだけは回収してきている。
「ロロノ、大変だけどがんばってくれるか」
「当然、この子たちは私にとっても大事な子たち。……ただ、オリハルコンが全然足りない。アヴァロンリッターを作るときに全部在庫を使い切った。みんなを直せるだけのオリハルコンが集まるまで時間がかかりそう」
【鉱山】で採掘できる金属の質と量は、支配者である魔王の力量に比例する。
俺では、オリハルコンは少量しか採れない。マルコのダンジョンにいた頃に採掘したものと、少量しか採掘できないオリハルコンを大事に貯蓄してきたものを使って、なんとかアヴァロンリッターたちを作り上げた。
だが、そのオリハルコンをすべて失ってしまった。
ミスリルゴーレムたちはともかく、アヴァロンリッターたちに新しい体を用意してやれるのは随分先になるだろう。
今までの俺なら……。
「今回の戦いで俺も強くなった。オリハルコンの採掘量も増えると思う。それに、マルコのダンジョンの鉱山もまた掘らせてもらえるだろうから、今までよりずっとたくさんのオリハルコンが手に入るよ。ロロノ、そんな悲しそうな顔をしないでくれ」
俺の言葉を聞いたロロノが目を輝かす。
彼女はゴーレムたちを愛している。早く直してやれるのがうれしいのだろう。
アヴァロンリッターを始めとしたゴーレムたちは大事な戦力だ。早く直してもらうのはアヴァロンの利益にもなる。
さて、これからみんなにご褒美をあげたいところだが、今はみんな疲れている。
なるべく、早くみんなを自由にしてあげよう。
俺は魔物たちのほうを向き直る。
彼らはきちんと並んでいた。
「我が親愛なる魔物たちよ。今回もおまえたちのおかげで勝てた。おまえたちだからこそ、この戦力差の中勝利を掴めた。おまえたちのことを誇りに思う。何より、誰一人欠けずに戻ってこれたことがうれしい。みんな、ありがとう」
魔物たちが歓声をあげる。
今、ここにはアヴァロンを出たときとまったく同じメンバーが並んでいた。
これだけの戦いで誰一人死ななかったのは魔物たちの頑張りによるものだ。
「感謝の気持ちだけではなく、きっちりと褒美を出そうと思う。今日と明日はどうしても仕事を離れられないものたちを除いて休暇を与える。さらに十分な報奨金を出そう」
そう言うと、魔物たちの歓声がさらに大きくなった。
仲のいい魔物たちと遊びの予定を立て始める。
俺の魔物たちはほとんどが人型であり、金銭が使える。今のアヴァロンには世界中の酒や食べ物があり、金さえあれば魔物でもたっぷりと楽しめるのだ。
今日と明日、たっぷりと休んで贅沢をして羽を伸ばしてほしい。
「そして、特に功績が大きい二人には特別な報酬を与える。一人目は命がけの戦いで異空間を死守し、マルコの魔物と最初に合流し俺たちを勝利に導いたルルイエ・ディーヴァ。二人目は今回の戦いの切り札であるMOABと最前線で戦い続けたアヴァロンリッターを作り上げたロロノ」
俺がそう言うと、魔物たちが異界の歌姫ルルイエ・ディーヴァとエルダー・ドワーフのロロノの背中を押して俺の目の前に連れてくる。
二人は照れくさそうにしながら、それでもうれしそうに胸を張る。
「まず、ルルイエ・ディーヴァ。おまえには名前を与えたい。幹部として、これからもずっと俺の傍にいてほしい」
ルルイエ・ディーヴァは名前と聞いた瞬間、ぱーっと花が咲くような笑みを浮かべた。青い髪までふわっと広がる。
でも、すぐにその笑みを必死に隠してなんでもないふうを装う。
「まっ、まあ、パトロンがくれるって言うならもらうよ。僕がついていないと駄目だからね」
顔を逸らしているが、照れているのが丸わかりだ。
ルルイエ・ディーヴァはひねくれているが根は真面目で仲間思いだ。
だからこそ名を与えることに決めた。
「ああ、駄目な魔王を支えてくれ。名前を与えるのは一月後だ。前々回の戦いの功労者であるワイトの次になる。ワイト、ずいぶんと待たせたな。三日後に名前を与えよう。俺の右腕としてこれまで以上の活躍を期待する」
竜人であるワイトがにやりと笑って敬礼する。
そのことを他の魔物たちも祝福する。あいつは優秀だし人望がある。
ワイトに名前を与えることに反対する魔物なんていない。
本当はもっと前に与えたかったが、名前を与えると半月ほど俺は魔力を失う。
魔力を失えるような状況が今まで来なかった。
マルコと合流すればとりあえずは落ち着く。そうすれば名前を与えよう。本心を言うと守りの切り札たるMOABを完成させてからにしたいが、それよりもワイトを優先したい。
そしてワイトに名前を与えて魔力が回復すれば次はルルイエ・ディーヴァだ。
「ありがたき幸せ。我が君、この身のすべてを捧げましょう」
俺は頷く。
さて、次はもう一人だ。
ずっと頑張り続けてくれた最大の功労者。
アヴァロンは彼女がいないと成り立たない。それほど大きな存在である彼女に褒美を与えよう。
「ロロノ」
「ん」
ロロノが誇らしげに胸を張る。
そんな仕草が微笑ましい。
「ロロノには、前にも言ったけどおまえが望むことで俺ができることならなんでもしてやるつもりだ。なのに返事がない。照れているのか、遠慮をしているのかわからないが、功労者に褒美一つ与えられないのであれば魔王の名が廃る。だから、こうしよう。今日と明日は休日だ。そこで答えを出してくれ。もし、答えを出さないようなら……ロロノが恥ずかしがるようなご褒美にしよう」
「なっ、なっ、父さん、何を言って」
よほど驚いたのか、ロロノは甘えるときだけ使う父さんという呼称で俺を呼んだ。
「それを言ったら面白くないだろ? 嫌ならちゃんとしたご褒美を決めることだ」
ロロノが顔を赤くして口をぱくぱくさせる。
他の魔物たちが彼女をからかいだした。
微笑ましい光景だ。
ここまで言えば、彼女も遠慮をせずに欲しいものを言ってくるだろう。ロロノには彼女が望む褒美を与えたい。
さて、これ以上みんなを拘束するのはかわいそうだ。
そろそろお開きにしよう。
「報奨金はあとで届けさせる。というわけで、みんな解散だ。今日と明日は存分に楽しんでくれ!」
魔物たちが騒ぎ出した。
その場で、休日は何をしようと魔物たちで語り合うもの。急いでアヴァロンに戻るものさまざまだ。
そんな中、一人の少女が近づいてきて俺の手をぎゅっと掴んだ。
「……もっとすごいこと楽しみなのです」
真っ白な狼の耳と髪をもった美少女フェルだ。【刻】の魔王から預かったよそのうちの娘さんだ。
俺は冷や汗を流す。
そう、俺はうっかり【覚醒】で我を失ったときにそんな約束をしたのだ。
「フェル、今日がいいのです。今晩、ご主人様の家に行くのです。フェルのことを可愛がってほしいのです」
「あ、ああ、楽しみにしていてくれ」
あまりの剣幕に思わず頷いてしまう。
「絶対なのです!」
そうするとフェルは満足そうに頷いて去っていく。
さて、どうごまかそう。今日の夜まで時間がない。
それまでにこっちはこっちで答えを出さないと。
なんとか良識のある対応で満足してもらわないといけない。
俺はある意味、今回の戦い以上に頭を回転させ、夜に備えて策を練り始めた。




