第十八話:世界最強の姉妹
~プロケル視点~
ルルイエ・ディーヴァから報告を受けた。
どうやら、なんとか異空間での戦いには勝利したらしい。犠牲者はゼロと聞いてほっと胸を撫でおろす。
彼女は、傷ついた仲間たちとポーションを飲んで休憩を終えて先に進んでいるらしい。
旧い魔王の連合軍相手に、あの少人数で勝てたのは僥倖だ。
だが、無傷とはいかなかった。彼女の話では封印していたスキル。【邪神の祝福】を使ってしまったとのことだ。
邪神の祝福を受けることでステータスを二倍にする力だ。
だが、その代償は重い。使えば使うほど邪神の力に犯されて、やがては別の魔物に変質する。
ルルイエ・ディーヴァの話では、二回目はたぶん大丈夫。三回目は確実に自分が自分じゃなくなるとのことだ。
彼女には二度と使わないように話しておいた。
「……あとで謝らないとな。あれを使わないといけない戦場に送り込んだことを。それに、帰ったらアウラに治療ができないか見てもらおう」
異空間で戦う部隊の強化を必須だろう。
切り札を使わずに勝てるように異空間組の戦力を強化してやらないと可哀そうだ。
そして、もしかしたらアウラの力で若干汚染を解呪できるかもしれない。黒死竜の瘴気に犯された白虎のコハクすら癒したのだ。まったく望みがないわけじゃない。
「おとーさん、ちゃんとクイナの戦いを見てる?」
「あっ、こら、クイナ。よそ見するなです!」
「フェルちゃん、クイナみたいなおねーちゃんになると、よそ見しながらでも。大丈夫なの!」
今、地上部隊は戦闘中だ。
今まではゴーレムたちを盾にして後方から銃撃と魔法によってリスクを避けて戦うことで消耗を押さえていた。
だが、そのゴーレムたちは”切り札”の輸送に使っているものたちを残して全滅した。
だから、突破力のある天狐のクイナと天狼のフェルシアスが最前線に出てもらっている。
ようやく、思う存分暴れられるとクイナは上機嫌だ。
彼女がトリガーを引くたびに、何体もの敵の魔物が吹き飛ぶ。
クイナのショットガンは一回り大型になっていた。
ロロノが作ったオリハルコン合金製の新型ショットガンだ。ミスリルで作られていたものよりも性能が大きく向上している。
EDS-05 カーテナ・アヴァロン
アウラの新型アンチマテリアルライフルはツインドライブのゴーレムコアを搭載したが、接近戦で重量を気にするクイナのショットガンを重くしすぎるにはいかない。
そのため、クイナの尻尾の毛を使った軽量のバッテリーを搭載し、一撃に込められる魔力量を大幅に向上するように改造されていた。
クイナの膨大な魔力を全力で込められるようなったことで威力は飛躍的に増している。
他にもミスリルパウダーを使った超大口径の弾丸そのものも技術革新を経て基礎性能があがっている。
威力があがれば、当然反動もあがるが、オリハルコン合金という素材の優秀さと、反動吸収のための新機構のおかげで銃身が耐えられる。
さらに、魔術付与は、前の型でも使っていた【爆裂】。散弾がばらける瞬間に、弾丸が爆裂することで反動を増やさずに威力をあげる優秀な術式だ。
それに加えて、ロロノが成長することによって新たな魔術付与が可能になった【軟化】を使っている。
通常、銃弾というのは敵にぶつかった瞬間に弾かれ逸れるか貫通することで運動エネルギーが分散する。だが、【軟化】は違う。弾丸が潰れて張り付き逸れず、全運動エネルギーを相手に叩きつける。
それにより、今まで発生してた運動エネルギーのロスがほぼゼロになり威力は倍以上に上がっている。しかもこの魔術付与は反動を増やさないので取り回しを悪くしない。
EDS-05 カーテナ・アヴァロンはクイナが使うことで、ただの散弾の一発一発がAランクの魔物すら屠りえる超兵器となる。
「マスター、今のクイナはすごい。魔力量も、動きも。全部、前までと別次元」
となりで、ロロノが呟く。
彼女はすでに切り札たる【機械仕掛けの戦乙女】を纏っている。
ロロノが誓約の魔物になって目覚めた【物質化】にって生まれた武装だ。
【物質化】とは、ロロノの全魔力の半分を消費し、自らが使用可能な魔術を機能として持たせた物質を作る、俺の【創造】の影響を受けた能力だ。
【機械仕掛けの戦乙女】は、本来単一機能をもったものしか【物質化】できない欠点を欠点で無くすために、ロロノが考えうる最強を目指して数十個のパーツを組み合わせることを前提に設計し、その設計に必要なパーツすべてを【物質化】で賄う万能兵器。
ロロノという、最強クラスの魔力を持つ魔物の魔力の半分を使って生み出すパーツを数十個使うようなものが規格外でないはずがない。
【機械仕掛けの戦乙女】を装備したロロノは戦闘向けではない自らのステータスを補ってあまりある戦闘力を発揮する。この状態なら、クイナやアウラに引けをとらない。
【機械仕掛けの戦乙女】の主武装である、超大出力コイルガンが火を噴く。
超加速の弾丸が、進路上の敵を纏めて貫通し、そのまま消えていく。
冗談のような威力だ。携帯火力ではなく戦車の砲撃と言った方がいい威力。
よほどのことがない限り、ロロノは切り札としている【機械仕掛けの戦乙女】を使うことはない。そんな切り札をロロノが取り出しているのも当然の状況が目の前に広がっている。
なにせ、見えているだけで二百を超える軍勢。それもAランクの魔物がなん十体も展開されている。変動Aランクで生み出された魔物も少なくない。
けして油断できる状況ではない。
その状況でロロノがここで待機し、砲撃によって後方支援しながら、俺の護衛として張り付いている。
それはなぜか? 戦況が優勢であり、俺の守りを優先できるからだ。
「たしかにそうですね。……今のクイナちゃんに勝てる気がしません」
エンシェント・エルフのアウラは休みなく、空中から最新型のアンチマテリアルライフル。デュランダル・アヴァロン……ツインドライブゴーレムコアを搭載したことで、本人の魔力消費なく超火力の弾丸を吐き出せるようになった新兵器で狙撃しながらつぶやく。
装甲車を撃ち抜く超大型ライフルであるアンチマテリアルライフルを超絶魔改造したデュランダル・アヴァロンに、エンシェント・エルフのステータス、【魔眼の射手】という、最強クラスの遠距離攻撃補正をもつスキルを乗せた一撃は、どんな魔物でも一撃で屠る。
それを【翡翠眼】という最強の魔眼を持ったアウラが、風を操り敵の動きを制限し、弾丸の空気抵抗を無視して放つ以上、狙いを外すことはありえない。
アウラは絶対に敵には回したくない。戦場において大火力のスナイパーは何よりも恐ろしい存在だ。
そんな、アウラを相手に、勝てる気はしないと言われたクイナ。
その力は……すさまじいなんて言葉では言い表せないものがあった。
「おとーさん、すごいの。クイナ、大人になって、もっと強くなった」
クイナは舞うような動きで、軽やかに敵の中央で暴れまわる。
彼女はミリ単位の見切りですべての攻撃をさけ、容赦なく散弾をばらまく。
もともと、天狐のスキルとして、数瞬先を読む【未来予知】。その先読みを最大限に生かす極限の反射神経【超反応】。さらに回避が難しい魔術に対しても【全魔術無効】が存在し、圧倒的な戦闘力を持っていた。
とはいえ、彼女には明確な欠点として、あくまで【未来予知】できるのは数瞬先が限界で、先を読んでどんなに早く反応しようが避けられない攻撃は存在した。
さらに、【未来予知】はひどく集中力を消耗し、数分程度しか維持できない。
だが、今はどうだ。もう戦闘がたって一時間経過しているのに【未来予知】は展開し続けられている。
なにより、圧倒的な速さのおかげで、四方を囲まれAランクの魔物複数を相手にし、詰む状況がない。
「ううう、大きくなって余計にうざくなったです。サポートをするこっちの身にもなれです」
「フェルちゃんにできることしかクイナは要求してないの。クイナが怪我したら、フェルちゃんのミスなの」
それどころか、自分のことだけではなく。背中を預ける天狼フェルシアスの能力を前提にした無茶を平然とするぐらいに周りが見えている。
今までのクイナでは考えられない戦い方だ。
この成長の秘密は、ついにSランクの魔物を固定レベルで生み出したときの基準値であるレベル70に到達したことにある。
その際に、クイナは成長した。今までは12、13歳程度の幼い容姿だったが、今は16、17歳程度の美しい少女に。
変わったのは見た目だけではない。すべての能力は飛躍的に上昇し、新たな特殊能力を身につけた。
その力は、かつて【風】の魔王ストラスの切り札、【狂気化】したAランクの魔物エメラルド・ドラゴンを倒す際に【変化】で大人の姿になったときと同等。
それを平常運転で出せている。
天狐はもともと大器晩成型の魔物。正しく言えば、彼女はパワーアップしたわけじゃない。ようやく本来の力を引き出せただけにすぎないのだ。
もはや、ただのAランクの魔物なんて歯牙にもかけない。
真の意味でのSランク。その力をクイナは見せつける。
「ロロノ、クイナもすごいが、それについていってるフェルもすごいな」
「ん。クイナは【全魔術無効】があるけど、それすらなしにあの乱戦の中、クイナの背中を守ってる。あの子もすごい」
そう、クイナとフェルはツートップで戦っている。
もし、フェルがいなければ、あそこまでクイナは暴れられなかっただろう。背中を任せられるからこそ自由に戦える。
クイナとフェルに向かって魔術の雨が降り注ぐ。魔術無効を持っているクイナは無視し、フェルは手を掲げる。魔術の雨が見えない壁に阻まれた。
Aランクの魔物を含めた絨毯爆撃を防ぐ結界。そんなもの、ロロノやアウラにも作れない。
あれの秘密は時間操作能力だ。周囲の空間を数ミリだけ時間をとめた。
時間が止まった空間は無敵の壁となる。なにせ、時間が止まったということは変化がないということだから。
たった数ミリだからこそ魔力消費は最低限で済んでしまう。
最強かつ効率が良い反則じみた結界だ。
「ああ、もう。うっとうしいです! フェルに近づくな!!」
フェルが手に持った剣を振るう。
その剣には刀身がなかった。剣を振るう瞬間だけ、光の刃が発生し刀身が数十メートル伸びた。
その薙ぎ払いの切れ味は抜群。近接攻撃でありながら範囲攻撃だ。
「ロロノ、あれ。やっぱりアヴァロン・リッターに使えないか? すごく便利そうだが」
そう、あの刀身のない剣はもともとはアヴァロン・リッターのために作られた武器だ。だが、使いこなせずにお蔵入りして試作一本で終わってしまった。
「無理。あの刃の形成自体は武器の能力だけど、望んだ形、望んだ出力での刃を作るのは術者の魔術制御能力に依存する。すごく難しいし、時間がかかる。あの子だから一瞬でそれがやれてる。しかも刃がを形成している間はずっと魔力を垂れ流しにする欠点もある。斬るその瞬間だけ瞬時に最適な刃を形成して振るうなんて、とてもアヴァロン・リッターにはできない。すごいセンス。ちょっと嫉妬するレベル」
フェルの戦いもクイナに劣らないものだった。
レベルが高いAランクメダルを三つ使った魔物ということもあるが、戦闘技術と魔術精度が群を抜いている。
おそらく、徹底的に【刻】の魔王によって鍛えられたのだろう。
あれは、才能だけでできるものではない。
【刻】の能力も、防御だけに留まらない。時折、瞬間速度でクイナすら上回る。
おそらくだが、自分の時間を加速している。神速すら超えた領域にある誰も立ち入れない領域。比喩ではなく住んでいる時間が違う。
天狐のクイナと天狼のフェル。
最強の二人の姉妹によって、戦況は一方的に進む。
だが、あまり油断はできない。
魔力も銃弾も有限だ。ポーションも、在庫の底が見え始めていた。
とはいえ……ここさえ、抜ければ。
「おとーさん、敵が逃げていくの」
「ふん、逃げるぐらいなら。初めから挑んでくるんじゃねーです」
天狐と天狼が追撃をしながら、声をあげる。
……ここまで抵抗が激しかったのも、劣勢になった瞬間敵が引いたのも理由がある。
ここは、マルコのダンジョンの最終階層の一つ前の階層だ。
敵の本陣がこの先にある。
無理にここで戦わず、本陣に合流しようという判断だろう。
ここから先、敵は死にものぐるいだ。
目に見える形で、俺の軍勢とマルコの軍勢に挟み撃ちにされるのだから。【誓約の魔物】すら注ぎ込んだ全力で襲ってくることが想定される。
挟み撃ちにされた場合、弱いほうを全力で潰して二面攻撃が必要な状況を改善するのがセオリーなのだ。
間違いなく、敵にとって弱いほうとは俺をさす。
「みんな、最後の休憩だ。ポーションを使い切ってもいい。万全の体調を整えてくれ」
さあ、気合を入れよう。
このまま、誰一人失わずにマルコを救う。
そして、ルルイエ・ディーヴァの情報で敵の本陣の位置が判明次第、いよいよ、”切り札”を切ろう。
ここまで勝ち続けたとはいえ、敵の本陣はその戦力の桁が違う。
そんな状況で、まともにぶつかればクイナとフェルを始めとした俺の戦力でも押しつぶされるのは明白だ。
『パトロン、【獣】の魔王の魔物と合流できたよ。なんか、さっきすごい数の敵が襲ってきた理由がわかった。挟み撃ちにされるのがいやで、【獣】の魔王の軍勢相手には最低限の守り残して、速攻僕らを殺して、後顧の憂いを絶つつもりだったみたい。ずいぶん舐めてくれるよね。でも、そのおかげであっさりと敵の残党を、挟み撃ちにして壊滅できた』
最高の朗報だ。
ここから先は、異空間を完全に制圧したおかげで情報のアドバンテージを常に確保できる。さらに、マルコと意思疎通できるのだ。
「でかした、ルルイエ・ディーヴァ。二つ頼みたい。一つ目は、敵の本陣の位置。そしてマルコの魔物にマルコ宛のメッセージを……」
これで、まともに戦う必要はなくなった。敵の本陣の位置は筒抜けだ。確実に”切り札”を有効活用できる。
それは戦闘とすらいえないものになるだろう。だが、躊躇いはない。
俺はここに戦いに来たわけではない。マルコを助けたいだけなのだから。




