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第十七話:完璧な魔王と甘い魔王

 圧倒的な戦力差の中、ルルイエ・ディーヴァは孤軍奮闘していた。

 すでに、魔力は尽きかけ、魔歌を奏でる喉は枯れ、血を流しすぎて意識は朦朧としている。

 アサルトライフルのトリガーを引くことすら困難に感じる。

 そんな状況でルルイエ・ディーヴァは少し前のことを思い出していた。

 彼女は、まるで走馬燈だと自嘲する。


---------------------------------------------------

【獣】の魔王のダンジョンに向かって出発する際に、プロケルは自らの魔物たちに誰一人欠けずに戻ってこようと言った。

 それは、戦意向上のためのお題目じゃなくて本気だと言うのが伝わってくる。

 ルルイエ・ディーヴァは新入りで、かつての戦いを経験していない。だが、聞いた話では、プロケルは今までも、そうしてきてらしい。


 彼女は、その姿勢はご立派だが魔王としては失格と判断した。

 ときに非情になり、部下を捨て駒にするのも魔王として重要な資質なのだ。

 その点、プロケルは甘すぎる。それにどこか詰めまで甘いところがある。


 そのことをルルイエ・ディーヴァはワイトに愚痴った。

 魔王はもっと合理的であるべきだ。あれではいざというとき、少数の魔物のために、自軍すべてを危険に晒すといった内容だ。

 愚痴ってからやらかしたと後悔した。


 ワイトは、プロケル信者の筆頭だ。そしてアヴァロンの実質的なナンバー2でもある。【創造】の魔王のダンジョンで楽しい生活をおくりたいなら、ワイトの不興は避けるべきだった。だが、ルルイエ・ディーヴァの愚痴を聞いてもワイトは怒らなかった。


「確かに我が君は甘いでしょう。ルルイエ・ディーヴァ。あなたが言う通り、魔王としては完璧ではない。犠牲を容認するのであればもっと楽な方法をとれた戦いもありますし、我が君の甘さが原因で窮地に陥ったこともあります」

「さすがはワイトだね。よくわかってる! だから君から言ってよ。もっとちゃんとした魔王になるようにって。僕は新入りだから立場が弱いけど、君の話ならパトロンも聞くでしょ」


 そこでワイトは微笑む。


「いえ、我が君はあれでいいのです。甘くて、不完全で、だからこそ我が君は完璧を越えたその先にいるのです」

「意味がわかんないよ」

「ルルイエ・ディーヴァ。あなたの言う完璧な魔王のどこが魅力的なのでしょうか? 私は我が君の甘さが好きだ。その甘さがあるから、心の底から主と仰ぐことができる。全力以上の力が出せる」

「つまんない精神論だね」

「そうでしょうか? 私はまだBランクだったころ、Aランクの頂点とも呼べる魔物を喰いとめることができた。クイナ様は、まだレベルが低く未熟なときに限界を超えた力を発揮し、風の暴竜を打ち破った。ロロノ様の作る武器やゴーレムは、我が君への強い愛情があってはじめて、あの領域に達した。アウラ様の【はじまりの木】だってプロケル様と仲間への愛情から生まれたものです」


 それは、言い訳ではなくワイトの中の絶対的な真実として語られていた。


「まだ、我が君との付き合いが薄いあなたにはわからないでしょうが、我々は我が君のことが大好きです。だから、限界を超えられる。もし、あの方があなたの言う完璧な魔王なら、言われたときに言われたことを、たんたんとするだけだったでしょう。魔物に惚れさせるあの方のような魔王だからこそ、我々は常に自分の意思で我が君のために何ができるか考え行動し、限界を越えられるのです」


 ルルイエ・ディーヴァは思い出す。

 彼の魔物はみんな、プロケルを愛していた。そしてプロケルのために行動し続けている。


「だから、私はこう言いましょう。我が君が、甘さゆえに完璧でないというのなら、我々が我が君の甘さを与えられたことで得られた力を振るい完璧を超えさせてみせる。我が君に何があろうと自らの甘さを後悔させない。ゆえに、我が君こそが最高の魔王です」


 曇りのないワイトの笑顔。

 その表情をみて、”いいな”って思ったんだ。

 羨ましくて、そうなりたくて……こころがきゅんとした。

---------------------------------------------------


 それでも、そのとき納得しきれていなかった。

 今もまだ、納得しきれていない。

 自分はリアリストだ。計算に合わないことは嫌いだ。


 だけど、それでも。


「やっぱり、切り捨てたくないよね。誰も」


 部下を壁にして逃げれば、自分だけは生き残れる。

 なんだそれ、くそくらえ。


 ああ、自分も甘い。甘いと笑ったプロケルと同じ行動をとる。全員で生き残るために分の悪い馬鹿なことをして、死にかけている。

 だけど、それでいいと思った。少なくても今、この瞬間、後悔しないで済んでいる。


 定期連絡の時間だ。


「パトロン、定期報告。今、戦闘中。ちょっとやばい。部隊の半数が重症で部隊として機能してない。今、僕がカバーしてるけどまずいな。敵の総数は百体超えてる。しかもAランクが十体も見えてる。死ぬかも」


 プロケルへ、現状の窮地を報告した。

 その報告に対して、彼は逃げてこいと言った。

 地上の本隊が不利になるのを承知で、自分の命を優先しろと言った。

 やっぱり甘い、彼らしい。

 だけど、そんな彼の甘さにすがりついたら、あまりにもかっこ悪いじゃないか。

 

 ああ、そうか。ワイトがあの日言った意味がわかった。

 あの人の甘さが、完璧な魔王では引き出せない力を出させてくれる。もし、ただの合理的な魔王が相手なら自分は命令通り、すべてを諦めて逃げただろう。

 そうできない。したくない。

 なんだかんだ言って、自分もプロケルのことが気に入っていたんだ。

 彼の作った街が好きだった。自分の部下も、他のみんなも好きだ。


 だから……


「僕は、僕をやめてでも。守りたい」


 自ら禁じていたスキルを使用する。

 ここまで追い詰められても、なお温存しているスキル。

 敵の上位火炎魔術が直撃し、吹き飛ばされ無様に転がりながら、精神を集中し始める。


・邪神の巫女:常時発動として魔力上昇補正(大)。魔力回復量補正(大)。その他上昇補正(小)。さらに力を求めることで、邪神の祝福のろいを受けることが可能。能力発動時、全ステータスが二倍。精神汚染が蓄積。精神汚染が一定値以上で別種の魔物へ変質


 力が満ちてくる。

 邪神の力、自分じゃない黒より黒い何かが魂の中に注ぎ込まれ、自分が汚れていく。その代償に人知を超越した力が体内で脈動する。


 通常、強力なスキルですら一ランク上昇がせいぜい。リスクのあるワイトの【狂気化】ですらそれだ。

 だが、邪神の巫女は二倍にする。

 Sランクである自分が二倍のステータスになる。もはや止められるものは誰もいないだろう。


 そんな力が無償なはずがない。

 精神が汚染され続け、一定値を超えれば別種の魔物になる。禍々しく忌まわしい何かに。

 そのとき、今の自分の人格は消えてなくなるだろう。

 怖かった。

 精神汚染は時間が経てば回復するなんてものではない。一生消えない。使えば使うだけ、確実に自分がなくなる。


 だけど、それでも、ここで使いたいと思った。

 部下を助けたい、地上で頑張っているみんなの邪魔をしたくない……あの人の力になりたい。

 だから、穢れをまとって歌おう。


 仲間たちにとっての祝福の歌を。

 敵にとっての破滅の歌を。


 ルルイエ・ディーヴァは吹き飛ばされて、負傷して下がり傷を癒していた部下の近く来ていた。


「それ、もらうよ」

「隊長、その傷、その姿、それに、その声」

「大丈夫、僕は、まだ僕だ」


 部下に微笑みかけ、銃を握れなくなった部下からアサルトライフルを奪う。

 両手にもったアサルトライフルに黒い線が走り血管のように脈打つ。

 そして、向こう側の力を経て禍々しいシルエットに生まれ変わる。

 無機物であるはずの銃には似つかわしくない有機的なフォルム。きっと、ロロノが見たら卒倒するだろな。

 それにしても、今は鏡を見たくないな。きっと、この銃みたいに自分の体も変わっているだろうから。


「さあ、行こうか。僕が、僕でいられるうちに」


 ルルイエ・ディーヴァは飛び出す。かつてない速度で敵の中央に向かって。

 もはや、味方の弾幕には期待できない。

 魔法の雨のなか、ただまっすぐ突っ込む。

 身にまとう黒い何かが敵の魔法を打ち消し、圧倒的な防御力がブレスや矢を弾き飛ばす。


 さきほどまで血が出るほど掠れていた喉の調子がいい。

 今なら、最高の歌を披露できそうだ。

 敵の中央に進むにあたり、邪魔をした魔物はすべて弾き飛ばす。今のステータスならそれが可能だった。

 たどり着いた敵の中央で、ルルイエ・ディーヴァは歌い始める。ここなら、可愛い部下たちに歌はとどかない。


 奏でるは破滅と暴虐の歌。

 こうならないと歌えない。この世ならざる異界の魔歌。


 聞いた魔物たちは例外なく、発狂し、ただ暴れまわる。それはさきほどまで奏でていた歌の比ではない。

 抵抗しようという意思さえ一瞬でうばう。自分から耳を澄ませて聞き入って、身をゆだねて狂う。音楽に身を任せて、ただ快楽のために無差別に暴力を振るう。

 もはや、彼らは敵ではない。魔歌に身をゆだね、踊って狂うだけのオーディエンス。

 魔物によっては自我を失い、別の魔物に変質する。

 それをみて、ルルイエ・ディーヴァはそれが自分の末路だと小さく笑った。


 敵の中にはそもそも聴覚を持たない魔物もいる。

 歌に魔力を乗せてを魂に届ける、聴覚がなければ、魔歌の効果を抑えることができる。


 だが……。


「僕の、コンサート。居眠りするような子は死んでいいよ」


 黒く脈打つ変質したアサルトライフルが敵の魔物を撃ち抜く。

 向こう側の力を得たアサルトライフルは、ただでさえ強力な弾丸を別次元にまで引き上げた。

 吐き出されるのは、黒い光。吐き出される弾丸が向こう側の黒い何かになっている。黒い何かに触れた瞬間、敵の魔物は風船のように膨らみ異形の姿になり味方に襲い掛かった。


 歌が響く、銃声が鳴り響く。

 戦場はもはや、ルルイエ・ディーヴァのステージ。

 歌姫は熱唱し、観客は狂おしい叫びで答える。

 ネオンの代わりに血しぶきが舞い散る。


 狂気的で、破滅的で、どこか美しい鮮血のコンサート。


 終わりのない快楽、終わりのない熱狂。

 誰もが時を忘れた。だが、何事にも終わりが来る。

 歌が、叫びが、銃声が消える。

 たたずんでいるのはルルイエ・ディーヴァただ一人。


 彼女の体から、黒い何かが消えていく。


 だが、完全に消えたわけじゃない。彼女の左半身には烙印が刻まれた。

 黒い紋章が幾重にも。

 それが全身に回った時、彼女は終わる。それを理屈ではなく、ルルイエ・ディーヴァは感じ取っていった。


「まったく、たった一回戦っただけでこれか。次は怪しいし。三回目は確実にないかな」


 彼女は自分の体を抱きしめる。

 感覚でわかった。何かに自分を奪われる。

 もう、この力は使えない。


 一人になったステージに来客が現れた。

 彼女たちの部下だ。

 心配した、正気にもどって良かったと彼女を抱きしめて泣き、はやくポーションを飲んでくださいっと手に持ったポーションを押し付けてくる。


「みんな、怖くないの? かなーり、あれなところ見せちゃったと思うけど」


 魔物の目から見ても、さきの戦いは尋常なものではなかったはずだ。

 それに、変な黒い紋章が体に刻まれちゃっている。

 部下に嫌われ、距離をとられる覚悟を彼女はしていた。


「怖くなんてないです。私たちのために、命がけで戦ってくれたんだから。体、大丈夫ですか? 私たちのせいで、無理をさせてごめんなさい。まだ、力足りないけど、精一杯支えますから」


 部下たちが次々と駆け寄り抱き着いてくる。

 ルルイエ・ディーヴァは本心から微笑んだ。


「ありがとう、みんなのおかげで後悔しないで済んだ。もう少しだ。がんばろう。この戦いが終わったら、パーッとやろう。僕たちを過労死させようとしたパトロンに思いっきりたかってやろうぜ」

「「「はい!!!」」」


 さあ、先に行こう。

 まだ、仕事は残っている。


 だけど、いくらなんでもパトロンは無茶ぶりがすぎる。帰ったら、あの甘い魔王に。人を甘くした魔王にたっぷりとボーナスをせびってやり、みんなでバカ騒ぎするんだ。

 ……まあ、パトロンも参加したいっていうなら参加させてやるし。どうしてもって言うなら、僕の歌を聞かせてやってもいい。

 そんなことを考えながら、歌姫は笑って先を目指す。そろそろ【獣】の魔王マルコシアスの異空間で戦う魔物たちと合流できるはずだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いやーいいですな。ルルの新しい一面。 泣ける。。。
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