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第十四話:【竜】の魔王の蹂躙劇

~【竜】の魔王視点~


【竜】の魔王アスタロトは、竜に乗り空を駆けていた。

 派閥の魔王たちに、【獣】の魔王を狙った連中のダンジョンの襲撃を任せており、彼は首謀者を叩く。


 率いるは選び抜かれた二十体の竜たち。一体は特別で残り十九体は変動レベルで生み出され、極限まで鍛え上げられたAランクの魔物。

 とある竜は闇を纏い、とある竜は紫電まとう。

 タイプはそれぞれ違うが、例外なく恐ろしい力を秘めた竜たち。


 竜のメダルはAランクの中でも極めて強力なメダルだ。

 その特徴は圧倒的な力。

 竜たちはすべてを押しつぶす。

 真向勝負で【竜】と戦うような命知らずの魔王は存在しない。


【竜】の魔王が目指しているのは、敵の本拠地である聖都だ。


 今回の黒幕は一人しか考えられない。

【黒】の魔王バラム。

 最強の三柱の次に強いのは誰か? そう話題になった際に必ず名前があがってくる強力な魔王。


 色の名を冠する魔王は【黒】の魔王バラムのみ。

 彼の能力は圧倒的な汎用性をもつ。

【黒】を連想する能力を多数使用できるのだ。その代償として、一つ一つの能力は魔王の能力としては極めて弱いし、魔力の消費も激しい。


 メダルの性能も変わっている。合成時に【黒】を連想する他のメダルにランダムで置き換わる。非常にギャンブル性が高いメダルだ。


【黒】の魔王は宗教を利用し、人間に取り入った。

 さらには、己のダンジョンを聖地とすることで効率よく感情を集めている。


 彼の真似をしようとした魔王もいたが、成功した魔王は一人としていない。

 人間を意のままに操るのは難しい。できたとしても、軌道にのる前に【黒】に叩き潰される。

 商売敵を絶対に許さない冷徹さ。そして、それを実現するだけの力がある魔王。それが【黒】の魔王バラムだ。


 ◇


 竜の軍団が聖都に到着する。

 街についた瞬間、住民たちはパニックになり、兵士や冒険者たちが迎撃を行う。


 聖都を攻めた魔王は今まで一人として存在しなかった。

 さまざまな国が主教として【黒】の魔王を神とあがめる宗教を採用し、聖都をあがめていた。


 つまるところ、この聖都を襲撃した瞬間、その魔王は人類の敵となって攻め滅ばされる。


 普通の魔王なら躊躇い、行動に移せないだろう。

 だが、【竜】の魔王は違う。

 その胸にあるのは不遜なまでの自らの力への信頼。


 たかが人間ごときがいくら束になろうと自らのダンジョンを攻略することができるものか。

 むしろ、いい”宣伝”になる。

 客が山ほど来てくれる。接待の必要もない。存分に暴れ続けて蹴散らしてやろう。


 老人の顔に獰猛な笑みが浮かんでいた。

【竜】の魔王アスタロト。

 普段は、物静かだがその本性は一皮むけば暴虐そのもの。誰よりも激しく容赦がない。


 彼だけはけっして怒らせてはいけないと、彼を知る者は口を揃えてそう告げる。


「さあ、聖都に入るぞ」


 人間が攻めてくることを想定して作られた城壁など天空を舞う竜たちにはなんの障害にもならない。

 軽々と、飛び越そうとしたとき見えない障壁にぶつかった。


 魔物の特殊能力ではない。

 聖都にいる人間たちが、必死に防御結界を張っていたのだ。


【竜】の精鋭たちを阻む結界。

 そんなものを人間が使えるはずがない。

 だが、数十人がかりの神官が命を燃やしているのなら話は別だ。


 彼らは脅されているわけでも、操られているわけでもない。

 ただ、信じる神のために自発的に命を燃やす。


【竜】の魔王アスタロトは、彼らを見て憐れむ。

 あの【黒】の魔王は、彼らに対する慈悲の心など持ち合わせていない。

 ただの家畜としか見ていないというのに。

 せめて、少しでも苦しまないようにしてやろう。


「狂え、我が眷属たち」


 その一言で、二十体のうち、十九体の【竜】たちが【狂気化】で黒いもやを纏う。

 

【狂気化】。

 それは【竜】のメダルで作られた魔物が持つ凶悪な能力。

 知性・理性と引き換えに幸運を除いたすべてのステータスのランクが上昇する。

 Aランク変動で作られた魔物たちが【狂気化】すればその力はSランクの魔物にも匹敵する。


 本来、この力は一部の特殊な魔物を除いてオン・オフできるような便利な力でもないし、狂気に染まった魔物は制御不可能だ。


 だが、【竜】の魔王の精鋭たる二十体の魔物のうち十九体の【暴竜師団】は平常時【狂気化】を抑え込み、十五分程度であるなら【狂気化】したまま制御ができる。

 

 それを可能にするのは……。


「シーザー、どうだ。わしもおぬしも久しぶりの戦場じゃ。鈍ってはないだろうな」

『……』


 白銀の竜……皇帝竜テュポーンが静かな眼差しを主に送る。

 どの竜よりも気高く、美しく、力強い。

【竜】の魔王の三体目の誓約の魔物にして、彼がもつ唯一のSランクの魔物だ。


【創造】の魔王以外はSランクの魔物を作れない。

 だが、創造主からの褒美を使うことにより例外的に可能になる。

 皇帝竜テュポーンはその一体だ。


 皇帝竜は竜の王。

 その能力は、竜族すべてを従える【竜帝】。

 たとえ、狂気に堕ちようが、狂気ごと従えてしまう。支配するだけではない。竜帝に率いられた軍勢は極限まで力を引き出される。


【創造】の魔王プロケルが作り出した黒死竜ジークヴルムも【竜帝】を所持しているが、皇帝竜のそれは比較にならないほど強い。


 なぜなら、【竜帝】は他の竜を喰らうことにより高められる成長するスキルだ。真の意味で竜の王になって初めて花開く。

 皇帝竜テュポーンは幾千、幾万の戦いを経て竜の頂点になった真の王者だ。


「覇道を征け。わしの【暴竜師団】よ。立ちふさがる者はすべて踏みつぶせ」


 今や【竜】の魔王の軍勢はすべてがSランクの魔物……いや、それ以上の力を持った規格外という言葉すら生ぬるい悪夢の軍団。


 命を燃やして作られた結界をガラス細工のように砕き、聖都に入ると縦横無尽に暴れまわる。


 聖都を守る人間たちの抵抗はまるで無駄だ。無数の矢と魔術が竜たちに襲いかかるが当たらない。当たったとしても意味がない。


 逆に竜たちの一撃はかするだけで人間の命を奪う。


【暴竜師団】は、全員がおとぎ話に出てくるような最凶最悪の魔物。


 何百人もの騎士団と数十人の英雄たちが命を賭してようやく倒せるような魔物が同時に二十体。勝てるはずがないのだ。


 皇帝竜テュポーンに統べられた【暴竜師団】はついに目的地についた。


 そこは表向きは学校とされ、選ばれたものだけが入学でき、中の様子は秘匿されていた。

 その正体は、人工的に英雄を作るための養殖所。


 その門の前に一人の魔王がいた。

【黒】の魔王バラム。

 黒く優雅な貴族服を纏う美しい青年だった。


 体面を気にしてか、従えているのは人間と、天使型の魔物のみ。

 周りの人間は『教主様、お救いください』と跪き、祈りを捧げている。


「【竜】の魔王アスタロト。よくも私の庭で好き勝手してくれたな。だが、これ以上は許さない」

「ふむ、許さないか。では、わしに教えてくれないか。 どう許さないのかね?」


 その問いかけと同時だった。

 竜たちがそのアギトを開く。

 竜の必殺技。ブレス。

 雷撃が、炎が、氷が、闇が、光が、風が、ありとあらゆる属性の、人知を超えたブレスが一斉に放たれる。


 もとから用意されていた結界。天使たちの防御術。

 それらは紙切れのように貫かれ、【黒】の魔王が守ろうとした養殖所は地上から消えた。

 あまりの威力に痕跡一つない。


「さて、わしはこうして壊してしまった。おぬしはどうする? どう許さないのか教えてもらおうか!!」


【竜】の魔王アスタロトは嗤う。

 声を上げ、しわくちゃの顔をゆがめ、楽しそうに。

 彼の内なる暴虐性が前面に出ていた。

 彼の後ろの竜たちもつられるように咆哮をあげた。

【黒】の魔王の顔が引きつり、怒りに染まる。


「創造主のおもちゃ風情が私の夢を。何も考えず、ただおろかに消費されていく、歯車ごときが!」


 発せられる言葉は侮蔑そのもの。

 だが、【竜】の魔王は嗤い続ける。 


「よくぞ、抜かした小僧。よう言うわ。歯車から外れようと暴れることすら、予定調和だと気付かない小物が」


 彼らはお互いに視線をぶつけ合う。

 その間にも竜は暴れ、人と天使は死んでいく。


「……貴様は何も思わないのか。私たち魔王は、人間のために存在している。私たちは人間を強く導くことを強いられている。そんなルールに縛られた存在だ。これだけ強く全能でありながら、人間の奴隷であることに耐えられるのか!」


【黒】の魔王の言うことは正しい。

 人間の感情を喰らうには、人間に利益を与えないといけない。

 人間を滅ぼすために動いたとしても、それは人間を強くするための試練として機能する。

 魔王という存在は人間を強くし、文明を発展させてきた。

 ゆえに星の子。この星を次のステージに導くための歯車。


【黒】の魔王も、宗教という形で人間を利用しているように見えて、人間に宗教という概念を与え、人類の発展に貢献したにすぎない。

 魔王が魔王である限り、このルールからは逃れられない。


「だからなんだというのだ。そうであることに何の問題がある。そのルールの中で己の道を選べばいい」

「私はごめんだ。私は、人間に尽くして死ぬなんて。貴様だって知っているだろう!? 人間を呼ぶために魔物を餌にすることに傷付き、食事を絶って死んだ魔王を。人間との共生を夢見て、食い物にされた魔王を。私は、すべての魔王を解放するために、大義を持って行動している。そのために、この場所は必要だった!」

 

 すべての魔王のためと【黒】の魔王は叫ぶ。その言葉は彼の本心のものだ。

 だが、それが【竜】の魔王に届くことはない。

 理解していないわけではないのだ。


【竜】の魔王も、魔王という存在に疑問をもち、もっとも正解に近づいた魔王の一人。

【黒】の魔王が知らない、真実のさらに奥まで知っている。

 ただ、一切の共感がないだけだ。


「おかしなことをいう。魔物を餌にすることの罪悪感だと? それがいやなら、お主や、【創造】のような手を使えばいい。人間に食い物にされた? そいつが間抜けなだけじゃ。おぬしもわしも、数え切れぬ人間を食い物にしてきただろう。間抜けが食われる。人も魔王も同じだ。だいたい、他の魔王は解放など望んでおらんぞ?」


 そもそも論として、人間のための存在であること、それの何が悪いのかが【竜】の魔王にはわからない。

 だからこそ、この二人は議論にならない。


「【竜】の魔王アスタロト、魔王として強く、正しくあり続けた貴様にはわからない」


【黒】の魔王は【竜】の魔王を説得することを諦めた。

 この男は老人だ。外側だけではなく頭も価値観も旧い。

【黒】の魔王がここに来たのは【竜】の魔王を止められると思っていたからではない、時間稼ぎだ。


 ろくに時間を稼げたなかったとはいえ、わずかにだが種は残した。


「ああ、わからん。わしがわかるのは。おぬしごときが、調子に乗って喧嘩を売ってきたということだけじゃな。どれだけ大義があろうが関係ないのだ。だから死ね」


 竜たちが再びブレスを放つ。

 その瞬間、【黒】の魔王が消えた。


 彼の【黒】の能力。発動させたのは影を通じて異空間に潜む能力だ。


「いい気になるなよ。私たちはまだ負けてない。【獣】の魔王を殺して、次は貴様だ。貴様だけは絶対に許さない!」


【竜】の魔王は追わなかった。

【黒】の能力は、多様性はあるが弱い。そう遠くには逃げられないだろう。


 追わなかったのは、彼独自の線引きだ。

 ここからさきは、【創造】の領分だ。

 過保護になってしまう。


 そして、彼は竜に乗って自らのダンジョンに戻りながら考える。

【黒】の魔王が【獣】を狙った理由。

 それは自らの力の誇示もあるが、一番は今の魔王の象徴である最強の三柱を打倒することで、新たな時代と価値観をアピールしたかったのではないか?


 そんな彼の元にテレパシーができる竜から、【刻】の魔王が【創造】の魔王のダンジョンに現れたという報告が届いた。

 彼は柔らかな笑みを浮かべる。


「ふむ、ダンも動いたか。【創造】の魔王はおもしろい。この戦い、あいつを中心にマルコもダンもわしも動いとる。懐かしいのう。まったく、過去に浸るほど老いたつもりはないのだが。もし、【創造】が生きて帰れば、そのときは。ストラスに花嫁衣装でもこしらえるか。婿として認めてやろう」


 そう呟いた表情は、暴虐さは微塵もない。穏やかな老人のものだった。

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