第十三話:【刻】の魔王の力
~【刻】の魔王視点~
「ふん、まさかこの僕が生まれて間もないひよっこにいいように使われるとはね。長生きはしてみるものだ」
【刻】の魔王は単身、転移陣を使って【創造】の魔王のダンジョンに【転移】した。
彼が【転移】した先は、【創造】の魔王プロケルが人間の街との戦いに使用した平地。
この平地が、【創造】の魔王プロケルのダンジョンの入り口に設定されている。
ここを通らずに街に潜入するのは、あらかじめ転移陣が仕込まれていない限りは不可能だ。
【刻】の魔王が【創造】の魔王に与えたカラスの魔物には仕掛けがしてあった。委譲を行っていながらなお、【刻】の魔王の支配下にある。
いわゆるスパイだ。
カラスの魔物はいざというときのためにアヴァロンに【刻】の魔王のダンジョンに繋がる転移陣を仕掛けていた。
それも、新人魔王では絶対に気付かない方法で。
「【収納】」
彼は【収納】で異空間に待機させていた魔物たちを呼び出す。
その数、総勢五〇体。
通常、魔王に許されている【収納】の数は一〇体のみ。
だが、【刻】の魔王だけは、【収納】の術理を理解し改良に成功している。
【収納】の半分は時間操作魔法の領域だ。それぐらいの改良は造作もない。
ゆえに、【刻】の魔王はどの魔王よりも最速で大量の戦力を展開できる。それは魔王同士の戦いにおいては圧倒的なアドバンテージだった。
『ダンタリアンよ。珍しいではないか。無能と若者ぎらいのおぬしがここまで肩入れするとはのう。自分の子はそうそうと見切って捨てたくせに』
呼び出された魔物の中でも、一際巨大な肉体をもった竜が思念を【刻】の魔王に送る。
その魔物は東洋の竜のように長細い体躯をもつ老龍。
体表に紫電をまとう姿は他の魔物と隔絶した力を感じさせた。
「僕は使える者は使う。マルコシアスとの時間がほしかったんだ」
それは、【創造】の魔王との契約。自分が手を貸す代わりに【創造】の魔王は【獣】の魔王マルコシアスを延命すると約束した。
三百年という寿命にしばられた魔王たち。
それは、【刻】の魔王が愛する【獣】の魔王マルコシアス……マルコも変わらない。
【刻】の魔王本人は、常に自分の時間の流れを制御していた。彼の時間は他者の半分で流れている。
もちろん、ロスや力を発動していない時間もあるので寿命が二倍というわけではない。
だが、少なくても百年の延命には成功していた。
彼は何度もマルコを説得したが彼女は一度も首を振らなかった。
「【獣】の魔王と共にいられる時間か。どうして、そんな不確かなもので満足したのだか。時間があっても、彼女を手に入れられるとは限らんぞ」
「それで十分。マルコの心を射止めるも、射止めないも、己次第。【創造】の魔王も口では恋ではないと言っているが、マルコを懸想している。それを含めて僕は楽しむさ」
【創造】の魔王が約束したのはあくまで【獣】の魔王の延命に過ぎない。その先は自分次第。
それで、十分だと思った。
己一人では、マルコの終わりはどうしようもできなかった。口説く時間。過ちを取り戻す時間。時間がほしいと願い続けていた。
【創造】は自分が出来なかったマルコの延命ができると言った。だから、奴に賭けた。
「ふむ、重傷じゃのう。いつものおぬしなら、もっと足元を見ただろうに。さまざまな要求を呑ませていたはずだ。対等な、いや、相手に利する交渉で終わるなんて、初めてじゃ。だからわしはおかしいと言っている。おぬしらしくない」
「……ラグナ。たまにおまえが自分の魔物だということを忘れそうになるよ。たしかにおまえは正しい。認めよう。今回の僕は甘い。甘すぎる。ただ、……あいつを見ていると【炎】が生きていたころに戻れるんじゃないかって。そんな夢を見た。それにな、もう後悔はたくさんだ」
黄金世代。長い魔王たちの歴史でも四人ものAランクメダル保持者が同一世代に現れたのは初めてだった。
【獣】の魔王マルコシアス
【刻】の魔王ダンタリアン
【竜】の魔王アスタロト
……そして、【炎】の魔王アモン。
競い合い、次第に友情が芽生え、生涯ともに笑いあおうと誓った四人。
【刻】の魔王は懐かしむ。楽しかった日々を。
マルコが無茶なことを言い出して、アモンがその無茶に悪ノリして、自分が問題点を指摘するも、アスタロトが解決案を出してしまう。
そして、最後にはアモンがみんなをまとめあげ、一つになって動き出す。
四人ならなんでもできた。四人なら無敵だった。
だけど、あまりにも目立ちすぎた自分たちは旧い魔王に目をつけられてしまう。
四人の気持ちが一つなら負けなかっただろう。
だが、四人の心には亀裂が入っていた。マルコを巡っての自分とアモンの対立。戦いの中、マルコにいいところを見せようとした。アモンに対して優位に立とうととした。
それが隙を生んだ。
今でも悔やみ続けている。自分の若さと愚かさが、友であるアモンを見殺しにした。四人の友情を引き裂いた。
「もし次があるなら。再び友に危険が迫るなら、僕は迷わない。ただ、大事な人を失わない。そのことを第一にすると、あの日に誓った」
その気になれば、交渉でアヴァロンの独占しているいくつかを奪えたとは思う。あれは最強の魔王である自分から見ても喉から手がでる宝の山だ。
いっそのこと、マルコを拒絶しろ。恋敵になるな。そんな条件すら彼は飲んだに違いない。
【創造】の魔王は、要求すれば迷わずにすべてを差し出すだろう。マルコを助けるために。
それは目を見ればわかった。だから協力すると決め、娘たる天狼のフェルを託した。
【創造】の魔王プロケルは、かつての自分と同じ過ちを犯さなかった。そんな彼に付け込むなんてかっこ悪すぎる。そんなかっこ悪い男が最高の女を口説けるものか。
『かっかっか、いい顔をするようになったではないか。ようやく仕えがいがある男になったのう。ずいぶん待ったせてくれたものだ』
配下にありながら、好き勝手言ってくれるラグナの言葉、それを聞いて【刻】の魔王は笑う。
時空竜ラグナリート。名をラグナ。
【刻】と【竜】を使用して生まれたAランクの魔物。
フェルを除けば最強で、もっとも信頼する誓約の魔物。
四人でともに歩むと誓ったあの日、お互いのメダルを与え合った。そのときのメダルで作った魔物だ。
ラグナは【竜】の魔王アスタロトによく似ている。
酔っぱらうと【竜】の魔王アスタロトはこんな感じになる。
「そろそろ、敵が来るぜ。いい加減、昔話はやめときな、大将」
「悪いな、テフレール」
いつの間にか、炎色の麒麟が鬣を揺らしながら彼の傍にいた。
【炎】と【刻】で生まれた魔物。
誓約の魔物ではないが、彼がラグナの次に信頼する名前付きの魔物の一体だ。亡き親友の忘れ形見。
鍛え抜かれた彼の信頼できる部下たちはすでに、全員隊列を組み、臨戦態勢。
感知能力の優れた魔物たちが敵の魔物が現れたことを察知し、全軍に通達。
そらに、異空間に監視の目を配置する。
いつでも戦う準備は万全だ。
「先陣を切るのは、【時空騎士団】のみ。残りのものは戦いを見て学べ、そして最終防衛線の死守を命じる」
【刻】の魔王の魔物たちは、頷く。
【時空騎士団】は、【刻】の魔王の十二体の魔物からなる最精鋭部隊。
時空竜ラグナリートを筆頭とし、全員が時空操作の能力を持ち、さらにそれを別の属性と組み合わせて昇華させた恐るべき異能の持ち主。
その強さは、一体一体が並みのAランクの魔物数十体に匹敵する。
なにより、すさまじいのはお互いの連携と能力のシナジー。全員が揃った【時空騎士団】は、その力が何十倍にも膨れ上がる。
【刻】の魔王の力を知る魔王は口を揃えて言う、【時空騎士団】が出た時点で降伏しろ。戦うのは自殺行為だ。
「敵の襲撃はおそらく、数百から千の規模。僕たちの戦力は五十。つまりは、余裕だ。【創造】の魔王プロケルのダンジョンには指一歩触れさせるな。僕の魔物ならそれぐらいはできて当然だろう?」
鍛え抜かれた魔物たちは、余裕しゃくしゃくと言った様子だ。
二流以下の魔王の魔物の千や二千、おそるるに足りない。
「大将、やけに熱が入ってますね。なにかあるんですかい」
「マルコを助けようとしている【創造】の魔王の邪魔をさせるわけにはいかない……それに、今、水晶が砕かれるとフェルが消滅するんだ。フェルの支配権は【創造】の魔王にあるからな」
【刻】の魔王の配下の魔物たちがここに来て初めて動揺する。
天狼のフェルはいつのまにか、【時空騎士団】のアイドルになっていた。
【刻】の魔王の指示で戦闘技術を教えたりレベリングをしているうちに、その可愛さと無邪気さにみんなが夢中になっている。
『敵はわしの孫を、可愛いフェルを殺しにくるわけか。よかろう。塵も残さず殲滅してくれる。おじいちゃん、本気出しちゃう』
時空竜ラグナリートのラグナは、フェルにぞっこんな魔物の筆頭だ。よく竜人形態になって、勝手にお菓子をフェルにあげて怒られている。
とはいえ、フェル本人には、父だけの特別な名であるフェルを気安く呼んでくるので嫌われている。それでもめげずに、おじいちゃんはお菓子を与え続ける。
「いつから、フェルはラグナの孫になったんだ」
【刻】の魔王はこめかみを抑える。
「うちの姫に手を出そうとは、ふてえやろうだ。燃やし尽くす」
炎の麒麟テフレールも似たようなものだ。彼はまるで妹のようにフェルを可愛がっていた。そんな彼らに全魔王から恐れられる最強最悪の【時空騎士団】の面々が続いていく。
フェルは、【時空騎士団】にとって、孫で娘で妹で姫君で……大事な家族だ。
ここまで、戦意に燃えている【時空騎士団】は【刻】の魔王も初めて見た。
「おまえたちは……まったく、知らない間に毒されていたものだ。いや、この僕もか」
【刻】の魔王は苦笑しながら、これは他の魔王に見せられないな。クールなイメージが崩れる。そんなことを考えていた。
◇
そして、ついに戦闘領域に【創造】の魔王の街を狙った軍勢の第一陣が現れる。
その数、推定三百。
巨鳥や風使い、悪魔。
足が速い航空戦力が中心の部隊。
一際、巨大で派手な色をした巨鳥の上に一人の魔王がいた。
【鳥】の魔王アンドラス。
鳥の頭をして、だらしない体をした男の魔王。
「【刻】の魔王ダンタリアンよ。貴様が【創造】の魔王に手を貸すとは驚きだ! だが、見よ、この六大魔王の力を終結した、三百を超える軍勢を! いかに強力な魔王の魔物とはいえ、その程度の数で」
【鳥】の魔王の言葉はそこで途切れる。
首が落ちた。
声が聞こえるぎりぎりまで離れていたはずなのに、【刻】の魔王の魔物たちはすでに、敵の中に飛び込んでいた。
不意を突かれたとか、動きが速いとか、そんなレベルではない。
まるで時間が切り取られたみたいに不可思議な現象。
「君は、知らないだろうね。まだ百と少しの魔王だから。君が生まれた頃には、この僕に戦いを挑む愚か者は消えていた。教えてやろう。この【刻】の魔王ダンタリアンの軍勢は時間を支配する」
魔王は後方に控える。そんなセオリーを完全無視し、【鳥】の魔王が乗っていた鳥の上に【刻】の魔王がいた。【鳥】の魔王の首を携えて。
その言葉はもう【鳥】の魔王には届かない。
彼の時間は終わった。
【刻】の軍勢相手に、姿を見せた。その瞬間に彼の時間は終わっていたのだ。
一方的に襲撃者たちの血だけが噴き出る。
悲鳴すらあげられない。
六人の魔王の連合部隊は大混乱だ。
巨大な時空竜が突如現れたと思えば、消える。
襲撃者の魔物たちは見えない壁にぶつかったり、体の半分だけが動かなくなり体が引き裂かれる。
あるいは、突如体が燃え出す。雷に打たれる。
気が付けば方角すらわからず、同士討ちを始める。
何も理解できないまま、三百の魔物の時間が終わっていく。
これこそが、【刻】を支配するものの戦い。
「さあ、【創造】の魔王プロケル。僕は君の望みどおりの働きをしてやった。貴様がしくじったら、僕が貴様を殺してやる」
【刻】の魔王は微笑む。
一方的な蹂躙は続く。
第一陣はもちろん、第二陣、第三陣、どれだけの襲撃があろうが、【刻】の魔王は魔物一体すら消耗することすらなく、その襲撃を退けた。
彼は最強の三柱。その称号が伊達ではないことを証明したのだ。
「アスタロトが動いたか」
部下からの連絡を受けて、【刻】の魔王は眉を動かす。
自分だけではなく、あの【竜】の魔王を動かすとは……いや、驚きはしまい。
あいつなら、そうするだろう。
【刻】の魔王は空を見上げる。
こんなに青い空はいつぶりだろうか。
もし、あいつが約束を守れば、そのときは若造呼ばわりは止めだ。一人の男して認めてやろう。




