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第七話:ストラスからの贈り物

【竜】の魔王アスタロトの説得を終えたあと、一度、アヴァロンに戻ることを決めた。


 彼と話して感じたのは、彼は本心としてはマルコを助けたいと考えており、助ける口実をほしがっていたということ。

 だから、あれだけあっさりとマルコを助けると決めてくれたのだ。そして、ストラスが隣にいてくれたことも大きい。最後に、彼女のために何かを残したい、そういう親心を利用した。いや、利用してしまったのだ。


 アヴァロンに戻ってあとは【刻】の魔王からの手紙が返ってくるのを一日だけ待つ。

 もし、手紙が来ない場合は直接出向こうと決める。

 今は時間がないのだ。


「プロケル、やっぱり私も手伝うわ」


 ストラスと二人で【竜】の魔王のダンジョンを出て、ストラスのダンジョンに繋がる転移陣にたどり着いたとたん、彼女は突然そんなことを言い出した。


「ストラス、自分が何を言っているのかわかっているのか?」


 思わず聞き返す。

 ストラスの能力そのものは非常に強力であり、助力してくれるのはうれしい。

 だが、彼女にはそれをする理由がないのだ。

 そして、実行した場合彼女まで一緒に旧い魔王たちに攻められる口実を作ってしまう。


「マルコシアス様は私のあこがれの魔王なの。それに……」


 ストラスが俺の方を見た。

 きっと、俺のことが心配なのだろう。

 俺がマルコを助けたいと思ったように、ストラスも俺を助けたいと思ってくれたようだ。

 ストラスの頭にぽんと手を置く。


「ありがとう、その気持ちだけ受け取る。ストラス、おまえは自分の【戦争】のことだけ考えておけ」

「プロケル、私だって戦えるわ」

「それは知ってる。だけど、俺はマルコを助けるので精一杯だ。ストラスまで気を回す余裕がない」

「私が足手まといだというの?」


 ストラスが若干すねた表情で聞いてくる。


「そうだ。相手は歴戦の魔王たち。新人魔王として優秀な程度のストラスでは歯が立たない。……それに、俺はストラスが傷つくのを見たくないんだ」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ストラスは怒りで震える。

 だが、すぐに俺の言葉の正しさに気付き悔しそうな仕草を見せる。


「……わかったわ。確かにプロケルの言うとおりね。今の私じゃ、プロケルほど突き抜けた力はないもの。でも、忘れないで、私だってプロケルのことが心配なの」


 ストラスが諦めてくれて助かった。

 もし、彼女が俺に手を貸してくれたせいで破滅したら俺は俺が許せない。


「ついていくのは諦める。でも、せめてもの応援をさせて」


 ストラスは【収納】していた魔物を呼び出す。

 それは、彼女の誓約の魔物。切り札にして代名詞とも呼べる魔物。


 軍団全体を強化という規格外の強化能力

 全魔物とテレパシーによって瞬時にネットワークを構築する能力。

 その二つを合わせもった最強の指揮官になりえる魔物……風の天使ラーゼグリフ。純白の翼が生えた麗しい女性型の魔物だ。


「ローゼリッテ。あなたはスパイとして【創造】の魔王プロケルの配下の振りをして情報収集をしなさい。必ず、私の軍団の強化につながる情報を持ちかえることを命じるわ。【創造】の魔王プロケルに疑われないように、彼の言うことは忠実に守りなさい」

「かしこまりました。ストラス様。このローゼリッテ、一次的に【創造】の魔王プロケルの配下の振りをします」


 俺の目の前でどうどうとストラスは、自らの切り札であるはずのローゼリッテに命令を出した。


「ありがとう。ストラス」

「何のことかしら、私は私のためにスパイを派遣しただけよ」


 そう言いつつ、ストラスは魔物の移譲の処理を終えて俺に手を差し伸べる。

 その手をとり、承認すると彼女のローゼリッテは俺の魔物となる。


 魔物を移譲してしまえばローゼリッテは俺の魔物だから、ストラスが旧い魔王との戦いに参加したことにはならない。

 この状態で、ストラスが俺を助けようとするなら、これしかない。

 だが、移譲であるため、俺がその気になれば戦いが終わっても返さないなんてこともできる。


 ストラスのこの行動は魔王としては甘い。

 だけど、友としては最高のエールだった。


「なら、ストラスの策略に嵌った俺は、獅子身中の虫を身に宿すとしよう」


 俺は微笑み、ストラスのローゼリッテを受け取る。

 彼女の軍団強化能力と、情報伝達能力は、必ず今回の戦いで役に立つだろう。


 ストラスは背を向ける。これ以上、何も言うことはないとばかりに。

 だから、俺はその背中に声をかけることにした。


「ストラス、いずれ、おまえはいい女になるよ」


 なぜか、自然にそんな言葉がでた。

 ストラスは一瞬肩を震わせる。

 そして、黙って転移陣までたどりつくと、転移で消え去る間際、大きく口を開いた。


「プロケルのマザコン!」


 まったく意味がわからない。

 だけど、おかしくて俺は笑ってしまった。


 ◇


 ストラスと別れたあと、アヴァロンに戻った俺は、ロロノに差し入れをしてから部屋に戻る。


 そのあとは、自室で紅茶を飲みながらローゼリッテと話をしていた。

 彼女の能力をフルに活かすためには彼女のことをよく知る必要がある。

 ステータスを見るだけではなく、彼女自身の言葉が必要だ。

 それと合わせて、彼女のステータスを見てみる。



種族:ラーゼグリフ Aランク

名前:ローゼリッテ

レベル:69

筋力C 耐久C+ 敏捷A 魔力A 幸運B 特殊S

スキル:広範囲感応 光天使の後光 風の担い手 上級補助魔術 光の担い手


 筋力と耐久力は低いが高水準のステータスだ。

 クイナたちSランクの魔物が持つ、支配者のスキルはないものの、支配者の一ランク下の担い手を風と光でもっており、汎用性が高い。


 さらに、広範囲感応は自軍限定での距離に関係ないテレパシーという、全魔王が喉から手がでるほど欲しがる能力だ。

 なにせ、ローゼリッテを経由することで、リアルタイムで広範囲に展開した魔物の情報が得られる。最強の能力の一つと言っていいだろう。


 そして、もう一つの光天使の後光。これも強い。

 ダンジョン内の自軍に全ステータス上昇補正(小)。


 何も考えずに、自軍に一体はほしい魔物だろう。


 この魔物はストラスにとって絶対に必要な魔物だ。

【戦争】時に不在であればストラスは窮地に陥る。

 それがわかっていて、貸し与えてくれた。

 彼女の心遣いに報いなければならない。心の底からそう思う。


 しばらくして、彼女との会話が終わる。

 くせのない能力で、運用しやすいという結論が出た。


「プロケル様」


 沈黙を破ってローゼリッテが言葉を投げかけてきた。


「なんだ、ローゼリッテ」


 相手が魔物でも、天使型だと妙に緊張する。そういう意味でも天使型は有利かもしれない。


「一つ、お聞きしたいことがございます。此度の戦いとは関係ないことになりますゆえに、質問の許可をいただきたい」

「それぐらい別に構わないが」


 俺そう言うと、ローゼリッテはにっこりと微笑む。


「ストラス様の好意に気付いていて、あえて気付かない振りをしている理由を答えてください。女の敵」


 俺は口に含んでいた紅茶を吹き出しかけた。

 図星だけに性質が悪い。魔物にすら気付かれていたのか。


「どうなさいましたか、プロケル様。ストラス様の恋心に気付いていないとは言わせませんよ? ストラス様は、あれだけわかりやすく好意を伝えていますし、あなたがわざとその好意を避けているのは見てとれます」


 そこまで言われるとごまかしようがないか。

 俺は観念して本音で話すことにする。


「友達でいたいからだよ。俺はストラスの気持ちには応えられない。そのことを言ってしまえば友達ですらいられなくなるのが怖い。これで満足か? 一応、言っておくがストラスに言うのは禁止する。なんなら魔王権限で絶対遵守にしてもいい」


 俺がそう言うと、ローゼリッテは若干表情を柔らかくする。


「かしこまりました。プロケル様。少なくとも、ストラス様に好意をもっていることはわかり安心しました。ストラス様にはもっと、強引にいけと戻り次第伝えます」

「俺の話を聞いていたか?」

「もちろんでございます。好きの種類はどうあれ、好意さえあれば、あとはどうにでもなります。一発既成事実さえ作れば。このローゼリッテ、さりげなく後押しを」


 そこまで言いかけて、俺の冷たい視線を感じて、ローゼリッテは咳払いをする。

 なんというか、この子は配下というよりはまるでストラスの友人のようだ。

 そういう魔王と魔物の在り方も、またいいと俺は思い苦笑してしまう。


 既成事実か。ストラスがそういうことをするのはまったく想像がつかない。

 だけど、そうするように言われて、狼狽しているストラスは少し見てみたいかもしれない。

 少しだけど張り詰めていた気が緩む。

 もしかしたら、こうするためにローゼリッテは話を振ったのかもしれない。


 何気なく窓の方をみると、待ちわびていたものが帰ってきたようだ。


【刻】の魔王に送っていた、カラスの魔物。

 彼がもってきた【刻】の魔王の手紙をみる。

 そこには、今すぐ来いとだけあった。


 俺は、あとで交渉しやすくするようにあえて【刻】の魔王を怒らせる内容の手紙を書いている。

 きっちり乗ってくれたようだ。


 いや、違うな。【刻】の魔王は俺の思惑にすら気付いて、あえて乗った。俺もあいつも、マルコを助けたいという想いは同じだから。


 今回の交渉、【竜】の魔王のものよりもずっと楽だとみている。

 なぜなら、【刻】の魔王が絶対に無視できない最強のカードが手の中にあるのだから。



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