第19話
ポンッ
エレベーターが最上階と思われる場所に着いた。
スッと静かに扉が開くと、目の前にはスーツ姿の初老の男が立っていた。
「お待ちしておりました。」
お爺ちゃんの幻のレコードを奪還するためと意気込んで乗り込んだものの、何だか拍子抜けするほど丁寧に案内される。
周囲を見渡すと内装は豪華だったけど質素で落ち着きがあった。
絨毯がびっくりするほどふかふかで、雲の上を歩いているみたい。
いや、歩いたことはないのだけどね。
お洒落な廊下を通り、突き当りの部屋へと案内された。
「どうか、内藤 翔輝さんの幻の新曲を持ち帰ってください…。」
案内してくれた人はそう言って扉を開けた。
何かある!
そう確信するには十分な言葉だった。
ガチャッ…
大きい両扉が開く。
部屋には…。
ピッ…、ピッ…。
「え!?」
部屋の一角にはベッドが置かれている。
それも病院のやつだ。
心電図からの音が生々しい。
ここまで案内してくれた初老の男性が、中へとジェスチャーした。
想像していなかった状況に、別な意味で緊張しながらゆっくりとベッドに近づいていった。
「こんな格好でごめんなさいねぇ…。」
ベッドには老婆が横たわっていた。まさか…。
「こちらが日の出レコード会長、兵藤 晴海様でございます…。」
初老の男が紹介してくれた。
「わ…、私は、内藤 翔輝の孫の、あ、歩と申します。」
「初めまして。名前は存じております。」
しかし、初老の男は私達を疑っていた。
「会長…。僭越ながらこの御方が本人だという証拠は…。」
「証拠ならあるわ。」
そう言われて直ぐにピンときた。
「この帽子?」
晴海会長は微笑みながら小さく頷いた。
「それは私が美里さんにプレゼントしたものなの。まさか、その帽子をかぶってきてくれるなんて思ってもみなかったわ。」
「いえ、お婆ちゃんのお気に入りの帽子だったから…。」
「あらそうなの?嬉しいわ。」
噂を調べていて、お婆ちゃんと晴海会長はお爺ちゃんを取り合ったみたいな感じだったけど、そうではなさそう。
まぁ、会長さんは結婚していたしね。
どちらにせよ、仲が良かったのなら、その方が話しをしやすい。
今の今まで恋敵だと認識されていたなら話はややこしいよ。
「それで…、あの…。きょ、今日はお爺ちゃんの新曲を吹き込んだレコードをもらいに来ました!」
晴海会長は聞き知っていたのか、特に反応はなく静かに頷いた。
「勿論私もそのつもりです。」
「じゃぁ…。」
「だけど残念なことに、レコードの入っている金庫の番号が分からなくなってしまったの…。」
「そんなぁ…。」
絶望した…。
折角ここまできて…。
でも、どうして最初に金庫が開かない事を私に伝えなかったのかな?
それは…、やっぱり…。
「私に開けさせてください!」
晴海会長はちょっとビックリしたような表情のあと、嬉しそうに微笑んだ。
「そう言ってくれると信じていたわ。まるで美里さんみたい。」
えっ?お婆ちゃんってそんな熱い感じだったの?
「金庫はこちらです。」
初老の男性についていく。
晴海会長の机の隣に、つまり毎日目にする位置に金庫は置いてあった。
ベッドからも視界に入る。
毎日これを見て、さぞかし晴海会長は悔しかっただろうと思った。
いつ取りに来るかわからないレコードだったけども、もしも来たなら直ぐに渡したかったはずだよね。
そうじゃなきゃ、こんな目立つ位置に置いたりなんかしないよ。
まず私は、金庫自体にヒントがないか調べた。
前面に1から100まで書いてあるダイヤルが1個と、扉を開ける為のレバーがあるだけで古い物だが傷一つついてない。
「何かヒントのようなことは覚えていらっしゃらないのですか?」
「ごめんなさい…。病気で忘れ物が酷くて…。」
そういう事ね…。
だけど、これは本格的にヤバイ状況だと理解した。
金庫が開かなければレコードは持って帰れない。
「当時のお話しをしてもらっても宜しいでしょうか?その中にヒントが隠されているかもしれません。」
「そうね…。何故金庫にレコードを入れたかは覚えているわ。息子がね…、翔輝さんのせいで会社が傾きかけたとずっと思っているの。彼の歌は過激だったわ。当然、そんなレコードを販売する私達にも白羽の矢はたったの。笑っちゃうようなものから刑事事件になるほどの、ありとあらゆる妨害を受けたのは私達も同じだったの。」
「………。」
言葉は出なかった。
考えてみればそうなるよね。
「だけど私も翔輝さんも、もちろん美里さんも、歌を辞めるという選択肢はなかったの。だけどね、とうとう不買運動にまで発展しちゃって…。でも私達はレコードを出し続けた。息子には、それが強烈に印象に残っているのでしょうね。悪いことをしたと思っているわ。でもね、翔輝さんの主張には日本の将来がかかっている、そうとまで思っていたから、私は絶対に引くことは出来なかった。」
帽子の中から小さくすすり泣く声が聞こえた。
お婆ちゃんだ…。
「きっと、お婆ちゃんも会長さんに感謝していると思います。」
「そう言ってくれると救われた気持ちになるわ…。そして美里さんが襲撃される直前、翔輝さんが隠密に新曲の収録をしたいと電話があったの。美里さんにも伝えてないって言っていたわ。信頼出来る部下に収録室を開放させておいて、深夜に翔輝さんが一人でこっそりと歌った。そのレコードは密かに私の手に持ってこられた。」
新曲を作り出す為だけに、こうも情熱や信念を傾けていた時代があったと私は感じた。
「でもね、会社の経営が傾き始め、それを機会に密かに反対派が結成され、ついにはそのレコードの存在が反対派にバレてしまったの。私は危機感を覚え、番号が自分で決められる金庫を買ってこさせて、そこに収めた。それがその目の前にある金庫よ。」
改めて金庫を見た。
この金庫は、今や日本を代表するレコード会社にまで成長した日の出レコードの陰と陽が詰まっている。
「今でも反対派はその金庫を狙っているわ。我が社の唯一の汚点を消し去ろうと思っている…。」
「お爺ちゃんは汚点なんか残していない!」
「ふふふ、私もそう思っているわ。現にね、翔輝さんが引退を表明してから、それまで守ってきてくれたと言って、ファンの人達は私達を応援してくれたの。業績は一気に回復し、そのまま右肩上がり。それでも反対派は自分達が信頼を回復したからだと言い張って、決して翔輝さんの事を認めなかった。」
「心労…、お察しします…。」
「いいの、自分で選んだ道だもの。けどね、時間がないの。私は癌なの。もう余命もわずかと言われているわ。私が死んだら、その金庫は間違いなく破壊されてしまう…。その前に、どうかその前に中のレコードを翔輝さんに返したいの。だから待っていた。翔輝さんが欲しいと言うまで…。もしも来なかったら、一緒にお墓に持っていくつもりだった…。」
会長は涙ながらに訴えてきた。
私は心の奥底からカーッと熱くなっていくのが分かった。
「絶対に開けてみせます!」
今までの話しを聞いて、金庫自体にはヒントは無いと結論をだし、晴海会長の机周辺を見渡した。
自分で番号を決められると言っていた。
これが大きなヒントになるはず。
机の後ろには本棚と大きなガラスケースがあり、ケースの中には自分でプロデュースした歌手達の写真が飾ってあった。
何十人もの写真の中心には、若かりし頃のお爺ちゃんの写った写真があった。
その写真を見ると、左にお爺ちゃん、中央に晴海会長、そして右側にお婆ちゃんがいた。
3人は若々しくエネルギッシュな雰囲気の中、楽しそうに笑っていた。
私はその写真から何か感じ取った。
色んな思いが流れ込み、色んな景色が浮かび上がり、そして私は一つの結論に達した。
直ぐに金庫の前に行き、ふかふかの絨毯の上に座る。
そしてダイヤルに手をかけた。
「歩…。」
お婆ちゃんが心配そうな声をだしていた。
「大丈夫、絶対に大丈夫!」
一度ダイヤルをゼロに合わせる。
慌てないでゆっくり右側へ「16」を基準に5週回す。
5回目の16から今度は左に「30」ピタッと止めて、今度は右へ「18」を基準に5週回す。
5回目の18で止めると、ハンドルに手をかけた。
そしてハンドルに力を入れる。




