第17話
「色々聞きたいのだけども…。」
私は右肩にちょこんと乗っているハムスターのショウちゃんこと、お婆ちゃんに話しかけた。
耳元で話してくれると、ちょうど聞こえる程度の声の大きさだった。
「そうね、私もどうしてこうなったかは、よく分かっていないの。気が付いたら回し車が目の前にあって、カゴの中から家の中を見ていたって感じかな。」
「へー。」
「それとね、他の動物達とはお話し出来るの。」
「あぁ…。やっぱり…。」
「やっぱり?」
「うん、だってね、何だか出来すぎなの、うちの家族達はね。」
そう、大学入学前に、実家に来てダイちゃんに散歩お願いした時も、お爺ちゃんが凹んでいると猫ちゃん達は必ず甘えてくるし、オーちゃんはいっつも人と会話しているみたいな事を喋るし…。
そりゃぁ、愛情を注いだからって言葉で済ませられれば簡単なのだけど、今回の件でかなり疑っちゃった。
そんな事を伝えると、お婆ちゃんは「ちょっとやりすぎだったかしら?」と言いつつホホホと笑っていた。
「でもね、このまま翔輝さんが頑固なままだったら、歩とはお話ししようかと思っていたの。でも良かった。その気になってくれて。」
「うん!後はレコードの回収だけだよ。」
「翔輝さんが密かに収録していたなんて、今の今まで知らなかった…。ちょっと聞いてみたいかも。」
「だよね!だよね!!それも、当時の想いだもん。きっと熱い心の叫びのようなメッセージが歌われていると思うよ!」
「…………。」
お婆ちゃんは空を見上げて色々と想像していたみたい。
その空想を邪魔しないように静かに帰宅する。
「そう言えば、今年の夏までに新曲を歌ってって言っていたけど、どうして?」
「多分だけど、ショウちゃんの身体が限界だと思うの。ハムスターの寿命ってだいたい2年ぐらいでしょ?言われてみれば2年経つのよね…。もしもショウちゃんが死んじゃったら、私はどうなるかは分からないから、ああやって言ったのよ。」
「うん…、分かった。私も全力で頑張る!」
「ふふふふふ…。」
ハムスターの表情は分からなかったけど、嬉しさと寂しさが垣間見えた。
急がなくっちゃ…。
家に入ると、ダイちゃん、リクカイクウちゃん、オーちゃん達が出迎えてくれた。
お婆ちゃんがお爺ちゃんは元気だと伝えると、皆喜んでいた。
いくつか会話しているのを聞いていると、どうやら皆して新曲を楽しみにしているみたい。
動物達も音楽に惹かれるんだね…。
軽く夕食を済ませて、カズちゃんに電話した。
『とりあえず良かったね。』
「うん、ありがとう。色々と気を使わせちゃってごめんね。」
『何を言っているんだ。翔輝さんは俺達の憧れだし、そんな人が困っていたら助けるのは当たり前さ。それに、俺からすればお隣さんだしね。固い事は言いっこ無しだ。』
「うん…。」
カズちゃんの優しさが嬉しかった。
「そうだ。それとね、実は、お爺ちゃん新曲出来ているんだって!」
『マジかよ!!!』
「本人に聞いたから間違いない。一人でこっそり収録したみたい。」
『最高にクーーーーーールな情報だよ!』
「でもね、一つだけ問題があるの。」
『えっ?なになに?』
「歌手の時に所属していたレコード会社に置いてきたままで、今はあるかどうか分からないんだって…。」
『マジか………。』
カズちゃんの落胆している様子が目に浮かぶようだった。
「だけど私、今度アポを取って行ってみる。」
『俺も行く!』
「えっとね、一人で乗り込むつもりなの。」
『え?どうして?二人の方が良くないか?』
「気持ちはとてもありがたいのだけど、これは本来、内藤 翔輝が行くべきだと思うの。だから私はその代理。相手の出方もわからないしね。」
『分かった。だけど、東京までは一緒に行ってあげるよ。そのぐらいは手伝わせてくれよ。』
「うん…。ありがとう…。」
その後は新曲の予想とかして盛り上がった。
この報告は部長さんと姫さんにも伝えてくれるというので任せることにした。
翌日。
さっそくアポを取ってみることにした。
電話をかける。緊張の瞬間だ…。
ガチャ…
『はい。こちら日の出レコードです。どのようなご用件でしょうか?』
とても事務的な受付のお姉さんの声が受話器から聞こえてきた。
「あ…、あの…。私、内藤 歩と言います。内藤 翔輝の孫です。」
『はぁ…。それでどのようなご用件でしょうか?』
ちょっとイラッとした感じで、とても印象が悪かった。
「あの…。そちらに内藤 翔輝の幻のレコードが置いてあるはずなのですが、それを返して欲しいのです。」
『………。』
あれ?もしかして無いのかな?
「あの…。」
『申し訳ございません。内藤某というアーティストは在籍しておりません。もう一度確認してから…。』
「あなたのようなヒヨッコじゃ話になりませんわ!早く上司に変わりなさい!」
見守るつもりで肩に乗っていたお婆ちゃんが受話器に向かって怒鳴った。
おーコワッ。
お婆ちゃん怒ると怖いんだよなぁ…。
『………。少々お待ちください。』
取り敢えず保留したようね。
どこかで聞いたことのある音楽の電子音が聞こえる。
どのぐらい待たされただろうか。
もしかして放置プレイだったりする?
そう思うほど待たされた。
電話を切ろうか迷った時、やっと誰かが出た。
『もしもし!翔輝さんのお孫さん!?』
受話器からは年のいった男性が慌てた様子で話しかけてきた。
「はい。歩と言います。」
『先に言っておきます。時間がありません。早く会社に来てください!翔輝さんのレコードが破棄されようとしています!一刻を争います!』
え?え?
何が何だか分からない会話が続く。
『後で着信履歴からあなたの携帯にメールします。なのでその時に…プツッ…プー…プー…プー…。』
「切れちゃった…。」
「とても慌てていたわね。受付の人から変わるまでに時間がかかったし、何かあったようね。」
「私、今から行く。」
「え?今から?」
お婆ちゃんが心配そうにたずねてきた。
「だって、急いでくだしさいって言っていたし…。かなり切羽詰まってたし…。だから今から行く!」
「もう、歩の性格は誰に似たのかしら?」
「お婆ちゃんかもね。」
そう言って二人で笑った。
一応カズちゃんに連絡する。
だけど電話には出られなかったみたい。
仕方がないから一人で行く事にした。
「待って。それなら私も付いていきましょう。」
「一緒に行って大丈夫かな?」
大丈夫かと心配したのは、ハムスターと一緒で大丈夫か?とか、道中を考えると小さな身体なだけに心配してしまう。
もしもラッシュに出くわせばバックが潰れて…。
それ以上は想像したくない。
「大丈夫。ちゃんと策はあるわ。」
そう言ってお婆ちゃんの自室に連れていかれ、言われた通りタンスを開ける。
中にはワインレッドの婦人用の帽子があった。
「私のお気に入りなの。」
そう嬉しそうに言っていたけど、どう考えても私には不釣り合いだよ…。
でも、まっいっか!
帽子は頭にピッタリとかぶるタイプではないので帽子の中には空間がある。試しにお婆ちゃんが私の頭に乗って帽子をかぶってみたけど、小さな破れた穴から外の景色が見えるみたい。
これなら何とかなるかもね。
こうして、人生初の東京への旅が始まった。
お爺ちゃんの車を借りて、一番近い新幹線の駅を目指す。
古臭くて小さくて真っ赤な車は、昔はラリーで名を馳せたとかって聞いたことがある。
でも古いから心配…。
お願いだからトラブルなく走ってね…。
「歩!これギア車(マニュアル車=MT車)だけど大丈夫?」
「何言ってるのお婆ちゃん!農業と言ったら軽トラ!オートマなんか乗っていられないよ!!」
ブォオオオオン!
軽快にエンジンが回ったのを確認し、クラッチを踏んで1速に入れる。
クラッチをゆっくり戻しながらアクセルを踏み込んでいく。
すると車は前に走り出した。
何とかエンストしないで済んだ。
「よーし!出発!!」
赤い小さな車は、色んな不安を乗せながらも勢い良く走っていくのだった。




