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046-3

 Rudiblium本社勤務、役職は部長の大叢(おおむら)は今までにない感情の高まりを覚えていた。いろんな感情がない()ぜになっている。

 歓喜、渇望、それに怒り。そして一番大きな感情は『憎悪』だ。

 その感情の渦、うねりが大叢を前に()き立てる。


 今朝がた、黄金色に塗装されたヒュージティングを見て、大叢はこれまでにない高揚感を覚えた。

 これこそ自分が操縦するに相応しい機体だ。心の底からそう思えた。

 だが、芹沢を初め作業に携わった連中は誰一人自分を褒め称えたりしない。

 なぜだ? と思ったがこいつらは誰もこれから自分が起こすであろう偉業に興味が湧かない。地べたを這いつくばる虫と同じなんだ。そう思ってその場を後にした。


 その後のことはよく覚えていない。確か天野だとかいう本社勤務のグランスタフに社長からの辞令と名刺を渡された。それと同時に精神が拡張されるような気分を味わう。

 気が付いたら車に乗っていた。はっきり覚えているのは胸ぐらをつかんだ子供らにまっすぐ見つめられたことだ。

 自分の子供よりも小さい子が『ソーイングフェンサーはこの世界(Rudiblium)の救世主だ』とはっきり言った。


 そんなバカな、大叢はアクセルを踏む足に力を込める。

 そんなことがあるはずがない、あってはならない。今自分が、そして義父(ぎふ)がやっていることの真逆、完全否定だ。


 『大消失』、あれはこの世界と我々に対する試練だと義父(ちち)は言った。

 旧来のスタフ族は淘汰され我々グラン・スタフが生き残る、それこそが救済だと。


 大叢はルームミラー越しに後部座席に目をやる。そこには本社ビルで受け取ったアタッシュケースが二つあった。

 一つは芹沢から受け取ったヴァイスフィギュア、ヴァイスアロイが入っている。これらは倒したい相手を念じながら投げるだけで巨大化し周囲の悪意を吸収してエネルギー源にする。


 もう一つは天野から渡された。中身は確認していないが進化型のヴァイスフィギュアだという。

 普段ならそれなりにいるはずのグランスタフや車型のティング族が全くいない。 アナウンスをしてから本社の周辺はゴーストタウンのようになってしまった。赤信号でも構わずに大叢はアクセルを踏み続ける。


 欲のないバカな連中だ、と大叢はハンドルを拳で叩く。ここで自分に協力すれば勝者に貢献できて昇進が確約されているのに。

 さっきから些細なことで心がささくれだし、何かに当たらずにはいられない。そんなさなかに携帯電話のコール音が鳴った。


【なんだ、芹沢か。何の用だ?】

 数秒間があって電話の相手が話し始める。

【本社ビルにあるムーバブルティングを輸送するトレーラーが伍番街のRudibliumの入り口に来ているのですが、ゲートが閉まっていて入れません】


【なんだ、それぐらいそっちで処理しろ!】


【ですが、大叢部長がゲートを閉めるよう電話で指示したので、我々ではゲートを開けられま――――】


 大叢は一方的に通話を切り、運転を続けたまま連絡先をスクロールしてゲートに電話をかける。


【はい、伍番街ゲートです】

 物腰の柔らかい声が聞こえてくる。大叢にとってこの緊迫した状況にあってそれすら不快に思えた。


【Rudiblium本社前に重機搬送用のトレーラーが待機しているようだが】

 大叢は守衛に名乗らず用件だけ告げる。


【はあ、ですが先ほど大叢部長の指示でゲートは閉めて、車両型ティング族の出入は別に指示があるまで開けられません】


【俺がその大叢だ! なら今すぐ指示を、いや命令する! 今すぐゲートを開けてトレーラーを本社ビルに入れろ!

 それからすぐにムーバブルティングを輸送する! ゲートはそのまま開けておけ!】


【は、はい、解りました! でもトレーラーはどこに向かわせるんですか?】


【決まっているだろう! 連中が『ウェイストランド』を拓いて作っている開拓村だ! そこをムーバブルティングで完膚なきまで叩き潰す! 従わないならお前も敵だ!】


 乱暴に通話を切り、携帯電話を助手席に投げつけた。大叢はハンドルを握り直す。

 大叢は運転しながらこれからすべきことを考えるが、思考はまとまるどころか煮詰まるばかりだ。


 極東支部の面々、特に皆川部長、それに部長である自分を前にして全く動じないセーラー服を着た双子のガキども。

 それに天野から告げられた、ネコのスタフ族になりすましたソーイングフェンサー。

 最後に自分を差し置いて『縫神(ほうしん)の主』になる可能性があるというはりこグマ。

 社長の次に縫神の主になるのは自分のはずなのに、ぽっと出の頭身の低い丸い一般スタフが自分より優れている。

 それを考えただけで頭が熱を持ち、クラクションを拳で殴り何十秒も鳴らし続けた。


 荒い息をしながらクラクションから手を離すと、また助手席に置いている携帯電話が鳴っているのに気付いた。


【あーー、ようやくつながりましたーー。お疲れさまです、天野でーす】

 携帯電話からは間延びした能天気な声が聞こえてきた。本社ビルで監視カメラのオペレーター役を買って出た天野だ。


【……なんだ?】


【あーーはい、部長が今追っている皆川部長が近くにいるんでそれを伝えよーと思って。

 それにソーイングテンダー(・・・・)が後ろから迫って来てるんでそれもコミコミで連絡しよーと思って】


 それを真っ先に言えと言おうとした瞬間、ルームミラーを何かが縦によぎるのが見えた。

 気がつくと大叢の運転している車の前方50mほどに、この世界では見慣れないニンゲンの姿があった。

 いつの間にか本社ビルに直行する幹線道路を大叢は走っていた。小柄なニンゲンは明らかに自分の進行方向をふさいでいる。

 怒りで反射的にアクセルを踏んだ。車道にいたニンゲンは膝を曲げ真上に跳びあがる。

 大叢は即座に急ブレーキをかけた。20mほどアスファルトにブレーキ痕を描き赤いスポーツカーは車道に斜めに停車した。大叢はアタッシュケースを二つ持ち車を降りる。

 車道にいるニンゲンは右腕を高く挙げていた。片足立ちで右足のつま先でアスファルトを何回も軽く蹴っている。


「今、明らかにアクセル踏んだじゃろ。まあいいけど、どうせそのくらいスピードじゃ目つむっててもよけられるし」

 大叢が相対するニンゲン、ソーイングフェンサーりおなは持っている剣を軽く何度も振るう。

 その剣は細長く(きら)めく剣針(けんしん)を持ち、拳の上、柄の部分はミシンの形をしていた。



   ◆



 りおなは目の前に相対する大叢を遠巻きに観察する。

 以前のような根拠のない自信に満ち溢れていた表情とは違い、飢えた猟犬が獲物を横取りされたかのような顔つきをしている。


 ――近寄ったら唸り声まで聞こえてきそうじゃな。

 大叢は車道をゆっくりと歩いてきたが、りおなとの距離が20mほどになると立ち止まり声を張り上げる。

「皆川部長にガキども、それにはりこグマはどうした? なぜ一緒に行動しない?」


「さーー、みんな忙しいからのう。あんたのことはりおな一人で相手しちゃるわ」


「ふん、お前ごとき小娘、俺が相手するまでもない。Rudibliumの技術、それに異世界から取り入れた能力の産物、これでお前を倒す」


 大叢はアタッシュケースを車道に置き両方の留め金を外して開いた。

 右腕には小さな人形、ヴァイスフィギュアやヴァイスアロイ、左側のアタッシュケースから飛び出したのは緑色のコウモリのような羽が生えた物体だ。

 りおなが『種』と呼んでいるRudibliumとは異なる異世界の技術だ。『種』は大叢の上をゆっくりと羽ばたいて滞空している。


 りおなは無意識にソーイングレイピアを両手持ちして構える。

 大叢はそんなりおなを見て、唇の端を吊り上げ笑みを浮かべた。

 左のアタッシュケースからさらに何かを取り出す。

 それが何かはっきり解った時、りおなは驚愕のあまり目を見開き歯を食いしばる。


 灰色の猟犬の顔を持つグラン・スタフが無造作に持ち上げたのは、布と綿で作られた動物を模した物言わぬ人形――――




 大叢がりおなに見せたのは、人間界(・・・)で普通に売られているぬいぐるみ(・・・・・)だった。

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