044-1 試 合 bout
「――であるからして、わが社の主幹産業である――
――しかるに、現在の収支は――
――ここにいる社員のみならずRudiblium Capsaに住む住人全員が――
――そして当面の課題を解決しない限りわが社は危急存亡の秋を迎え――」
りおなは整列している大勢のスーツ姿のぬいぐるみたち(チーフの話では自分たちをグランスタフと呼んでいるらしい)に囲まれてじっとしていた。
立ったまま左右の重心をずらしたり、目深にかぶったネコ耳フードの下で何度目になるか分からない生あくびをかみ殺した。
――――つまらん話じゃろうと思っとったけど、ここまで念入れてつまらんとは予想しとらんかった……。
ステージ上で演説している相手は、伊澤というこの会社はおろかこの世界に君臨しているぬいぐるみだ。
りおなはほんの数日前に相対して、心を完膚なきまでに打ちのめされた。
――言い過ぎでもなんでもなくって、殺されかけたってことじゃからにゃあ。その相手の話を黙って聞いてるっちゅうんは、なんとも複雑じゃーー。
すぐそばにいる陽子も脳が酸素不足になっているらしく、両手で口を覆い肩を震わせている。
そんな中、りおなの隣で落ち着きなくあちこち見回したり手を動かしている、体色がアイボリーで白い前掛けを着けているクマのぬいぐるみがいる。
手足をせわしなく動かしているのを見かねたりおなは、仕方なく隣にいたクマを抱き上げた。
「もうちょっとで終わるさけ、待っとって、はりこグマ」
一方のりおなに抱かれたクマは、降りようとじたばたする。
周りのぬいぐるみたちが背が高いので目立つことは無いが、社長の話は終わる様子もない。
りおなはため息が出そうになるのを歯を食いしばってこらえた。
Rudiblium本社ビル9階にある大会議室の中で、社長以下経営陣や主要な部署の長などが一堂に会し、社長の訓示を聞くという朝の朝礼を行っていた。
りおなや陽子、それにすうにんのぬいぐるみたちも『社会見学』という名目で朝礼に加わる。
だが、冗長かつどこに話の論旨があるか解らない伊澤の話に、会議場にいるほぼ全ての社員たちがやる気をなくしていた。みな所在なく下を向き何度も息を吐く。
この状況下で平静を保っているのは、りおなのすぐ近くにいる変装(?)したチーフと課長。
それに壇上で伊澤の後ろに立っている、芹沢に五十嵐、安野。
それから我が意を得たりとばかりに社長の話に何度もうなずいている、灰色の狩猟犬の顔を持つ痩身体躯のぬいぐるみ、大叢くらいなものだった。
その社長の話に感服している様子を見て、りおなは気持ち悪そうに舌を出した。
「よくこんな話についてけるのう、逆になんも頭に入ってないじゃろ」
りおなが心の中で毒づいていると、ようやく伊澤が話を締めくくった。
「では、今の話を一字一句肝に銘じて業務に励んでもらいたい、以上だ」
地獄のようなひと時が終わり全体の空気が弛緩した。
それもつかの間、壇上にいる芹沢がマイクで大会議場にいる全員に通知する。
「続きまして、本日で『本社研修』を終えた社員を紹介します。名前を読み上げていきますので皆さん拍手を」
芹沢が淀みなく社員の名前を読み上げていくと、ステージの袖から社員が順に現れた。
そのつど会議場からおざなりな拍手が起こる。
「あれは通称『追い出し部屋』に長期間入らされて自主退社を決めた社員たちです。
こうしてわざわざ紹介することで他の社員たちを牽制、または脅すことができます」
――それじゃとまるっきり恐怖政治じゃなかと? ぬいぐるみとかおもちゃの世界のど真ん中の現状がこんなんなんけ。
りおなはさらに暗い気分になった。
「それでは最後になります。皆川部長、どうぞ」
芹沢の声で壇上を見上げたりおなは、見覚えのある姿を捉えた。
開拓村でリサイタルを開いた時のボーダーシャツにオーバーオール姿ではなく、ワイシャツにロープタイという普段の姿だったが、部長に間違いない。
――ぱっと見、強制労働とか尋問された感じはないけど、普段からあれこれ機械いじりとか実験ばっかししてたからにゃ。
一日中部屋にいて、じっとしてるんはしんどかったじゃろうなあ。
「あれがこのはちゃんともみじちゃんのおじいちゃん? ほんとだ、似てないね」
陽子が小声でりおなに耳打ちする。その声は心なしか弾んでいる。りおなを気遣ってだろうが、それが掛け値なしにありがたく感じた。
「まだ油断禁物だけど目的の一つはこれで達成できるね、頑張ろう」
「うん――ほらはりこグマ、もうすぐ終わるけおとなしくしちょって」
りおなは腕の中でじたばたしているクマの後頭部を、ぽんぽんとさすりなんとかなだめる。
「では続きまして、本日社会科見学に来ている一般のスタフ族が来ているので紹介したいと思います。
名前を呼ばれたら壇上に上がってください」
芹沢は手元のタブレット端末を確認しながら名前や種族を読み上げていく。
「では最後に、一般スタフ族のはりこグマさんに、その保護者キトゥン・マッカレル・タビーさん。壇上に上がってください」
いよいよきたか、とりおなは気を引き締める。
いうまでもなく『キトゥン』という名前はキジトラ猫、バーサーカーイシュー姿のりおなの仮の名前だ。
意味はそのまま『キジトラの仔猫』。
――『仔猫』っちゅう呼び方は侮られた気がするにゃあ。癪に障るけどここでゴネてもしゃあない。
りおなはクマのぬいぐるみを抱え、背の高いスーツ姿のぬいぐるみの群れの間をくぐり壇上に上がる。
ステージ上にはほかの町から集められたのだろう、頭身が高いグランスタフではなくいわゆる一般のぬいぐるみ、スタフ族が集められていた。
壇上に上がったりおなはネコ耳フードの糸目状のスリットから周りを眺めた。
改めて一回は自分自身を闇に葬った相手、伊澤を見返す。
――伊澤は『縫神の縫い針』の能力で我々が本社に来ているのはすでに察知しているはずです。
何らかの口実を設けて我々、いえりおなさんのトランスフォン、もしくはりおなさん自身を行動不能に追い込んでくるはずです。
本社ビルに入る前、りおなとチーフはとあるさびれた雑居ビルで『縛られた棺』対策用の装備を完成させた。
チーフが本社勤務していたころの取引先の一人らしい。
りおながファーストイシューに変身し、ソーイングレイピアで新しい装備を創ったのには驚いていた。
だが、チーフの『以前話していたカンパニー・システムの中枢を担っている方です』という説明で諸手を挙げて歓迎してくれた。
その時、ビルの持ち主のぬいぐるみにりおなは色々な話を聞いた。
結局、この企業都市だけでなくRudiblium Capsa全体が緩慢に、だが確実に歪んで弱っているという話だった。りおなは新装備に目をやりつつビルの持ち主の話に耳を傾ける。
「そういえば、Rudibliumがおかしくなったのは名前が変わったころくらいからかな」
「名前?」りおなは痩せこけた雑種犬の顔のぬいぐるみに聞き返す。
「ああ、数年前かな。伊澤が会社名の文字を入れ替えて今現在の社名にしたんだ。
それと同じようにこの世界の呼び方もそちらに合わせる形で変更されたんだ。
それに、同じ時期にこの世界にニンゲンが現れた、ってちょっとした騒ぎになってたな」
りおなはチーフに目線を送り今の話の真偽をうかがう。表情は今はじめて聞いた、という感じだ。
「『縫神の縫い針』は一度だけ見たことがある。
ひいばあさんの話じゃこの世界の力の顕現だってことらしいが、今では単なる独裁の象徴だ。今の縫い針がある限りこの世界は確実に滅ぶだろうな。
まあそうなったらなったで構わないか、開拓村で雇ってもらおうかな」
そう言って、痩せこけたぬいぐるみは自嘲気味に笑った。
りおなは新たな装備をトランスフォンに収納してから表を眺める。
薄汚れたサッシから見える光景はノービスタウンとも開拓村とも違う。
――高層ビルばっかし並んでるのう。この世界に初めて来た時に見た荒れ地を見た時と同じかんじじゃ。
りおなは心に乾いて埃の混じった風が吹き込むような、何とも言えないような気分を味わった。
――『ウェイストランド』は解らんけどこのRudiblium本社の現状の一因は間違いなくやつじゃろな。
今の今事を構えるつもりはないけんど、おそらく今日決着がつくはずじゃ。いや、つけんと――
「――どうしました? キトゥンさん。顔色がよくないようですが。
ではこれで朝の朝礼を終わります。みなさん頑張りましょう」
芹沢の声に反応したりおなはフード越しに彼をにらみつけるが、一方の芹沢は意にも介さない。
大会議室にいる全員が社長に一礼しそのまま社長はりおなを一瞥し、壇上袖から去っていった。大叢も後に続く。
会議場にはようやく弛緩した空気が広がり、社員たちは各々の職場へ戻っていった。
りおなは無意識にトランスフォンを手に取り時刻を確認する。
――10時ちょうどから始まって、終わったんは……11時30分過ぎ。98%くらいイザワのスピーチだけじゃったな。
りおなは改めて大きくあくびをした。
「では、研修終了の社員さんと社会科見学に来た一般のスタフ族の方たちは小会議室へ移動します。厚生福祉課の方たちも一緒に来てください」
芹沢はこちらの意図を組んでいるのか、てきぱきと話を進めていた。
「「おじーーたーーん! しゅっちょうおつかれさまーー!」」
「おうおう、このは、もみじ、いい子にしてたか? どこか切れて綿がはみ出してないか?」
Rudiblium本社の30階、長いテーブルとパイプ椅子のみの会議室で皆川部長とその孫ふたりはようやく再会できた。
「はい、おじーたんがいないのはさみしかったけど、りおなさんとようこさんとちーふさんたちといっしょにたのしくすごしました」
「おんせんにつれていってくれたりしたんですよ」
「おお、そうかそうか。ありがとうな」
部長は普段見せたことのない笑顔をりおなに向ける。
「では『キトゥン』さん、そちらのクマさん、はりこグマでしたか、私たちに紹介してもらえますか?」
再会を喜ぶ部長たちを尻目に、芹沢は淡々と話を進める。
「ほら、はりこグマ、そっちのヒトが用事があるって」
りおなは抱いていたクマを芹沢に渡す。アイボリーのクマは芹沢の腕にわたるとじたばたと手足を動かしたり芹沢の身体をよじ登った。
さすがの芹沢もこらえきれず、小さな暴君を床に下ろした。その様子を見ていたりおなは芹沢に対して少しだけ溜飲を下げる。
――――ナイスじゃ、もっとやったれ。
会議室にはりおなが初めて会う顔がいくつかあった。
課長に勝るとも劣らない体格のグランスタフが会議室のドア脇に立って、りおなの様子をうかがっている。
――顔は確か犬種で言うと、ボクサーじゃったな。
りおなが視線を合わせると腕を組んで壁にもたれかかったまま、ごく自然に視線を外し会議室全体を監視するように見回している。
もう一人はスーツの上から白衣を着たサラリーマン、というより気が弱い医大生のようなグランスタフだった。
顔は柴犬のそれで、人懐こい印象がそうさせるのか、りおなが創ったぬいぐるみに『ジュースがほしい』『そろそろおひるごはんがほしい』などとねだられていた。
「で、キトゥンさん。このはりこグマだが何か変わった小物を持っていなかったか?」
――小物ってなんですか?
りおなは念を入れて一般のスタフ族と同じく『直観の声』で芹沢に尋ねる。
「そうだな、例えば縫い針とか」
いよいよ本題か、とりおなは気を引き締める。
Rudiblium本社がはりこグマの存在を重要視しているのは、ついさっきチーフから聞かされた。りおなは雑居ビルでのやり取りを思い出す。
「はりこグマという名前は針を持ったコグマではなくお針子、つまりは縫物ができるクマという意味です。
りおなさんにごく初めに創ってもらったぬいぐるみが『エムクマとはりこグマ』だったのは、はりこグマがカンパニーシステムの中核を成す力、『縫神の縫い針』と同じく生命を持ったぬいぐるみを創りだせる縫い針を生成できるからです。
ですから伊澤は何らかの形ではりこグマを無力化させるでしょうし、芹沢はその縫い針の力を解明させるでしょう。
グランスタフも含めて【Rudibliumの住人同士では互いを殺すことはできません】過失であっても肉体的、精神的にダメージを与えた側が重い罰を受けます。
唯一の例外が『縫神の縫い針』ですが、その例外を覆せるのがはりこグマです。
今の我々の切り札、そしてアキレス腱のはりこグマを何としても守り抜きましょう」
――だって。はりこグマ、なんか針とか持ってる?
尋ねられたクマのぬいぐるみは首を傾げたあと、前掛けの内側をごそごそと探し出す。
やがて取り出して芹沢に手渡したのは大きくJの形に曲げられ先端に鋭い『返し』がついた針だった。
「……これは釣り針ですね。手製にしては良く出来てる。
――これじゃなく縫い針、色はそうだな、白金色の物とか。
キトゥンさん、何か心当たりは?」
りおなは首を大きく左右に振る。アイボリーのクマは駆け出してパイプ椅子、そして長いテーブルによじ登る。
他のぬいぐるみたちが心配そうに見守る中、クマはでんぐり返りを始めた。
見かねた陽子が抱きかかえて下ろすと、今度はパイプ椅子を窓まで持っていき椅子に登って表を眺めだした。
他のぬいぐるみもなんにんか真似をしだす。保育園か託児所のような雰囲気になった会議室に芹沢は鼻白み、陽子は笑いをこらえていた。
りおなは無意識にネコ耳フードの上から頭をかき一人つぶやく。
「だいじょうぶじゃろか、はりこグマ……」




