戦略的情報収集
夜会から戻った直後、俺は邸の奥にある一室へと足を踏み入れた。薄暗い部屋。
灯されたのは一つの燭台だけで、揺らぐ光に影が深く伸びている。
ここは、公爵家が代々抱える“影”たちが出入りする場所だ。
「来たか」
気配だけで姿を見せぬ影が、静かに跪いた。
「レオ様。ご命令を」
俺は椅子に腰掛け、指先で机を軽く叩く。
脳裏に浮かぶのは、深緑の瞳で涙を堪えていたフローラ。
あの震えた唇。
あんなのを目の前で見せられて、何も感じない人間がいたらそいつは石だ。
「フローラ嬢の生い立ちから私生活に至るまで把握しろ」
「御意」
影の声は低く、わずかに冷気を含んでいる。だが、まだ終わりではない。
「そうだ。幼少期から現在までの姿絵もつけてくれ」
わずかに沈黙。揺れた影。
「……幼少期からの姿絵、でございますか?」
「二度いわせるな」
短く返した瞬間、影の気配がビクリと揺れた。
「は、はい……!」
影が怯えた声を出すとは珍しい。
だがこれは必要だ。
戦略だ。
あくまでフローラを“守るため”……守るためである。
別に、幼少期の姿が絶対に見たいとか、そういう邪な趣味ではない。断じてない。
(いや、少しくらいは……うん、まあ、ある。あるが、それは健全な興味の範囲だ。たぶん)
「彼女を泣かせるものはすべて排除する。そう伝えろ」
「承りました」
影が消えるように姿を溶かした。
静まり返った部屋に、俺の吐息だけが落ちる。
胸の奥で、静かに燃えるような感情が膨らんでいく。




