小話 ─嬉し涙が見たい
朝の光が差し込む庭園。
噴水の水音が柔らかく響き、花々が揺れる。
フローラは手に花かごを抱えて、ごく普通の笑顔で歩いていた。
その横で、レオは何気ない顔で並んで歩きながら、
ほんの少しだけ視線をフローラへ向けていた。
(……今日こそ、嬉し涙を見せてもらう)
彼は誰にも聞こえぬほど静かに決意する。
「フローラ、少し手を貸してくれるか」
「はい。なんでしょうか?」
レオは庭の奥、小さな温室へ案内した。
フローラの好きな、可憐な白い花が並んでいる。
「君のために、整えておいた」
「え……これ、全部……?」
驚きの声。
目が大きく見開かれる。
まだ涙には遠い。
レオは穏やかに続ける。
「この花は、日光が強いとすぐに萎れる。
だから専用の調整窓を作らせた。
君が好きだと言っていたから……咲かせておきたかった」
フローラの息が少しだけふるえた。
「レオ様……そんな……もったいないです……」
「もったいなくないさ。
君が笑うなら、それだけで価値がある」
ぽたり。
フローラの瞳に、ひと粒の涙が落ちた。
レオの胸の鼓動が一瞬で跳ね上がる。
(……来た)
「な、泣かなくてもいい。
これは……その……嬉し涙……なのだろう?」
「はい……っ、とても……嬉しくて……
こんなに大切にしていただけるなんて……」
レオはそっとフローラの手を取り、
涙を拭うかわりに、ただ優しく包み込む。
「君が嬉しいなら、俺も嬉しい。
もっと見ることになると思う」
「ふふ……そんなに見たいのですか?」
「当然だ。
君の涙は……苦しみではなく、幸福の色であってほしい。
それを見届けるのは、俺の役目だ」
ほんの短い沈黙のあと、
フローラはまた深緑の瞳から涙を零した。
レオは静かに微笑み、
その涙が陽にきらめくのを、
まるで宝石を見るように眺めていた。




