たどり着いた部屋
後日談 後妻ユノ
伯爵。夫であるアレスの命が消えていた、その瞬間。
最初にそれを見つけたのは……この私だった。
何度目かの“誤解を解くため”の訪問。
部屋の扉を叩きながら叫んでいた。
「違うの! 愛してるのはあなただけ!
誤解よ、あれは……ほんの出来心で……!」
けれど言葉は虚しく部屋に落ちるだけ。
刺激を求めて他の男に流れたのは事実。
飽きていたのも、甘い囁きに溺れたのも、否定できない。
その手から離れて初めて理解した。
――あの幸福の日々が、どれほど脆かったかを。
愛人として連れて来られ、娘を産んでも住まう場所は狭く、
身にまとえるものも限られていたあの頃。
でも、正妻が病に伏した時。
私は“その場所”を手に入れると誓った。
アレスに、甘い言葉を重ね、しなだれかかり
惜しみなく尽くし、優しく微笑み、媚び、囁いた。
そして伯爵邸は私の色に染まっていった。
夜会でアレスと踊るたび、私は舞台の主人公のように輝いた。
嫉妬する視線さえ心地よかった。
正妻の装飾品も、ドレスも売り飛ばし、
私の華美なもので屋敷を埋め尽くした。
“邪魔な存在”だったあの女の娘は、屋根裏部屋へ追いやった。
――愉しかった。
優越感に溺れ、世界の頂点に立ったように錯覚していた。
だが、その日々は本当に“一瞬”で崩れ去った。
冷たくなったアレスを見つけたあの時から、
部屋の色が褪せていくのを止められなかった。
今、私がいる部屋は愛人だった頃よりも惨めで、
窓も小さく、風通しも悪い。
咳が増え、胸の奥がじんと痛み、
布に触れた赤い色を見ても、もう驚かなくなった。
(……この病……あの女と同じ……)
皮肉。
本当に皮肉だ。
あのとき。
もしこうしていたら。
もしあんな行動をしなければ――。
“たられば”が、延々と頭の中を巡る。
考えること、悔やむこと、思い出すこと。
それらが私を削っていく。
瞼が重くなっていった…




