深緑の涙に触れた日
最終章
朝日が差し込む。
静かで、温かくて、柔らかな光。
この部屋に満ちる幸福は、もはや俺の人生そのものだ。
隣では、フローラが規則正しい寝息を立てていた。
すこし癖のある金糸の髪が枕に広がり、
陽の光を受けて淡く光る。
妻――
俺が守り抜いた、世界で唯一のひと。
けれど彼女は知らない。
俺が“なぜ”初めて会ったあの日、
一瞬で恋に落ちたのかを。
もちろん、美しさでも、優しさでもない。
たった一つの理由。
(……あの深緑の瞳に、涙を浮かべていたからだ)
あの涙の理由が――
誰かの虐げによるものではなく、
偶然でもなく、
運命でもなく。
“俺であって欲しい”と願った。
守るため?
幸せにするため?
そんな綺麗な言い訳をいくつ並べても、
本質はもっと単純で、もっと醜くて、もっと純粋だ。
俺だけに泣いてほしい。
俺だけを見てほしい。
心を揺らす原因が、
喜びも、戸惑いも、涙さえも――
全部俺であってほしい。
その願いが、あの日からずっと俺を突き動かしてきた。
寝台の上で、フローラが寝返りをうつ。
陽光が深緑のまつげに落ち、
その影が頬に淡く揺れる。
俺はそっと指先で彼女の髪を避け、
誰にも見せない笑みを浮かべた。
(……やっとだ。
俺の望んだ世界が、ここにある)
愉悦に満ちたその笑みは、
陽光に照らされ、静かに形を結んだ。




