分かたれる道
伯爵邸の門前に、二台の馬車が止まった。
一台は、宝石のように輝く装飾をまとった豪奢な馬車。
側面には細工が施され、扉の縁には金の縫い取り。
ひと目で高位貴族の所有とわかる品だ。
もう一台は、黒塗りの質素な馬車。
余計な飾りもないが、手入れが行き届いた滑らかな艶だけが光っていた。
「ま、まぁ!!!」
ルキナが両手で口を覆い、大げさに叫んだ。
「パパったら……私を驚かせるために……こんな豪華な馬車を……!」
頬を上気させ、ほとんど飛び跳ねるような様子。
フローラはそんな妹を横目に、質素な黒い馬車へ視線を落とす。
(……ここが、私の行く場所……)
胸の奥がきゅっと縮み、無意識にドレスの裾を握りしめた。
伯爵の前へ歩み寄り、深く礼をする。
「お父様……お見送りありがとうございます。
今まで……お世話になりました。
どうか……お身体をご自愛ください」
その言葉は、屋敷に捨てられてもなお、礼節を忘れないフローラそのものだった。
伯爵はひくりと顔を歪め、震える声で答えた。
「……ふ、フローラ……!」
後ろめたさか、それとも失われる娘への後悔か。
伯爵の両手は握られたまま、何もできない。
やがて御者たちが二台の馬車へと歩み寄り、扉を開いた。
カチャリ。
ルキナが当然のように豪奢な馬車の前へ進む。
わざとこちらを振り返り、誇らしげに笑い、鼻で笑う。
「お先に失礼するわ、お姉様。
あなたが苦しむ日々が……ながーく続きますように、祈ってますわ」
毒を含んだ祝福。
フローラはただ静かに微笑んだ。
「……ルキナ。
どうか……あなたは、幸せになってね……」
「ふんっ。言われなくても!」
ルキナはスカートを翻し、豪奢な馬車へ足をかけ――
その瞬間。
「こちらは、貴方様の馬車ではありません」
御者が、淡々とした声で告げた。
「……………………は?」
ルキナが固まる。
フローラも小さく息を呑んだ。
「え……?」
御者は丁寧にルキナの手を外し、
もう一度、間違いのない口調で繰り返す。
「お乗りになるのは――あちらの黒塗りの馬車でございます」
伯爵邸の前に、冷たい沈黙が落ちた。




