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カオス

GOT OF SEKKU

作者: 寿々喜 節句
掲載日:2023/09/22

死の匂いを嗅いだことがあるか?

私はある。

例えて言うなら、春と夏と秋と冬を混ぜた匂いだ。

いつも死の匂いは漂っている。それを察知できる嗅覚を持ち合わせているかどうかだ。

いや、もたらされたかどうか、と言い換えていい。


生と死は隣りあわせではない。ほぼイコールだ。

死んでないから生きている。生きているから死んでいない。

その程度のことだ。それが生と死の関係だ。

ただ人間には思考というものがある。だから、生きながら死ぬことができる。

思考を停止させ、すべてをシャットダウンし、世を捨てる。

それは社会的な死であり、ただ生きているだけの屍といえる。


すべてを超越すると、見える世界がある。

血と涙と吐瀉物が生きた証であり、睡眠欲と食欲と性欲の三大欲求は永遠に湧かない。

悟りとは違う悟りがそこにはある。

怖いものは己だと知ることができたとき、すべてに気が付く。


眠たくても、眠れるわけではない。

腹が減っても、食べものは受け付けない。

色仕掛けも、惑わされない。


これぞ神の領域。

地獄を知るから天国を知り、闇を見るから光が見える。

死なないことは生きた証。脈がそう訴えている。

言葉は正確に物事を伝えているか不正確だ。

しかし、念を込めることはできる。

この文章にも恐ろしいほどの念を込めている。

たった千文字にも満たない拙い文章でも、込められた重い思いを感じるだろう。


苦しめ。存分に苦しんで読め。

その分、楽になる。いや、楽を知れる。

苦しんだ分だけ楽を知るのだ。

この文章は楽を知るための苦だ。


神となった私は、あえて苦を与えよう。

光を見せるために、心を鬼にして闇を見せよう。

新生、寿々喜節句は闇と死神を携えて戻ってきた。


ただいま。

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― 新着の感想 ―
[良い点] また節句さんの物語を拝読することができて嬉しいです。 これからもどうぞよろしくお願いいたします((* ´ ` )* . .))”
2023/12/04 12:07 退会済み
管理
[良い点] すごいカッコいい! (*≧∀≦*)
[気になる点] 生きるのが嫌にならないと、死のイメージは事故ぐらいのものだろう。私は、死ぬのは嫌だけど。辛さがあるとチラッっとは死の手段が横を走るだろう。それに飛びこむと死んでしまうのだ。寿々喜さまが…
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