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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス
怪の弐「旧校舎に潜むもの」
9/14

 とある小学校。

 放課後の、教室。

 数人の子供たちが、残っていた。

 何かの話題で、盛り上がっているようだった。

 

 ――旧校舎には、お化けが住んでいる。

 誰かから聞いた、噂話。


「よし、それじゃあ今度肝試ししようぜ!」


 そう言ったのは、五年生にしては大柄な少年――久保田正志。


「お、いいねいいね」


 すぐに乗ったのは、お祭り騒ぎが大好きな佐々木麻衣だった。

 ふたりは、クラスの何人かに声をかけて、まとめあげてしまう。

 

「翔太はどうするの?」


 仲のいい女子――笹原亜矢に訊かれて、杉本翔太は首を振った。


「僕、嫌だよ」


 ――怖いもん。

 と、肩を縮ませる翔太に、亜矢は眉をしかめる。

 ただでさえ細くて、まるで怖がりな女の子みたいだった。


「おまえら、どーすんの?」


 にやにや笑いながら、正志が言ってくる。


「もちろん行くわよ」


 唇を尖らせて、亜矢。


「翔太も行くでしょ?」


 話を振られて、翔太はぶんぶんと頭を振る。


「はは、情けねーの」


「仕方ないよ、杉本君は臆病だもんねー」


 ふたりにからかわれて、むっと来たのは、翔太本人ではなくて――


「行くわよ、もちろん」


 胸を張るのは、亜矢だった。

 きっ、と睨み付けて「いくよね?」ともう一回。少し迷ってから、しぶしぶと翔太は頷いた。


「よっし! それじゃあ、決まりな」


 みんなを見回して、大声で確認を取る正志。


「俺と、佐々木と、市山と……」


 それから、亜矢と翔太を見て、


「笹原と翔太だな?」


 翔太の名前を、殊更に強調。大きく頷くのは、翔太ではなくて、亜矢だった。


「んじゃあ、今夜にしようぜ。えーと、一旦家に帰ってからだから……」

 

 今夜の肝試し決行に向けて、計画を進めていく正志達。

 その次の日、大人達が大騒ぎをすることになるなんて、わくわくしている彼らは考えもしなかった――。

 

「……本当に、大丈夫なのかな」


 ――ただひとり、心配そうにつぶやく翔太を除いては。  

 

      ◇


 この世界には、闇の領域がある。

 そこに息づくモノが在る。

 (つね)であれば、知りえることはない。

 日々であるなら、触れることもない。


 ――しかし、確かに。

 それらは、存在する。


 時には、悪鬼と恐れられた。

 ヒトを喰らう、無慈悲な鬼と。

 時には、悪魔と忌まれた。

 ヒトを惑わす、淫靡の女怪(にょかい)と。

 時には、妖魅(ようみ)と憎まれた。

 ヒトに取り入る、(さか)しき蛇妖(じゃよう)と。

 それらは、所詮は創造の産物と思われてきた。

 虚構であり、現実ではない。

 人為的な、虚妄。

 意図的な錯覚。

 極限状態での、集団妄想。

 無知ゆえの、見誤り。

 ヒトによる、凶悪な犯罪。

 理不尽な、自然災害。

 それらしい理屈で納得し、もっともらしい概念付けで誤魔化し、ありえぬものと見做(みな)してきた。

 そうやって、ヒトの社会は回り続けた。


 それでも、確かに。


 ――そいつらは、

 ヒトの歴史の裏側で、息づいているのだ。


      ◇


 閑静な住宅街。

 とは、言えず。

 周囲は鬱蒼とした森に囲まれ、開けた空間にその家はあった。

 まるで、どこぞの武家屋敷。時代錯誤とさえ言える、豪華な造りの、昔ながらの風情と貫禄をもったお屋敷であった。

 

 この日本の、どこにも存在してないはずなのに、確かにそこにあるのだった。

 

 迷い(まよいが)

 時に、そう呼ばれる怪異の家。妖怪じみた存在であり、常人ではまず辿りつけない領域に、その家はあった。


 畳張りの広い部屋。ぽかぽか陽気が差し込んでいる。

 ノートパソコンが置かれた、黒い立派なちゃぶ台。

 そこに、だらしなく両手を投げ出して突っ伏している――ひとりの少女の姿があった。ノースリーブの桃色のワンピース。下は水色のティアードスカート。

 髪は栗色。長い髪を、左右に縛っている。

 ほっそりとした身体つきで、小柄。女性としての華やかさには程遠く、愛らしさが先だつ少女。

 小学校高学年くらいだろうか。

 奇しくも、先日に怪談話で盛り上がった小学生達と同年代に見える。

 黙って居住まい正していれば、目を見張る美少女の言織であったが――


「あ~んむ~」


 可愛らしい顔立ちをだらしなく歪めて、眠そうな声を漏らしている。


「おいおい、ちったあしゃんとしろよな」


 鈴を鳴らすような声。

 どこか残念な美少女は半開きの瞳で、横目に見やる。

 視線の先には、一匹の子猫。

 黄金にも似た見事な毛並み。生意気そうな表情が、やたらに人間くさい。

 その子猫は、明らかに人語を解していた。さも当然と。

 もっとも、それを驚くモノはここにはいない。


「仕方ねえじゃん。昨日、遅くまでゲームやっててねみーのよ」


 ふああ、と大きな欠伸。ぞんざい口調で、言い捨てる。


「景の奴、随分とむきになるからなー」


「それは、君だろう?」


 ぼそり、と声。

 向かい合って座っているのは――少年、だろうか。紺色の上下のスウェット。ほっそりとした身体つきや顔立ちは、少女にも見える。年の頃は、少女より少し上といったところか。

 長い黒髪は肩にかかり、左半分を隠していた。覗ける右目は、少し冷やか。景と呼ばれた――一野儀景(いちのぎけい)が、続ける。


「何度負けても納得しない。上達するならまだしも、力押ししかしないんだから」


「仕方ねえさ」 


 ロクスケが、笑う。


「そういった手のゲームじゃあ、言織(ことり)は単純だからな。いちいち戦術なんて、考えねえよ」


「うるさいなー」


 言織は、ぼやく。

 手にするのは、カードの束。色々なイラストが描かれていた。

 いわゆる、カードゲームである。

『G・Ð』――ガーディアン・デュエルというシリーズで、特に小学生を中心に大人気。もっとも、最近はいわゆる大きなお友達にも大好評である。

 

 カードの束から、一枚を取り出した。キラキラ輝くレアカード。画かれているイラストは、中世の騎士を思わせるフォルムのロボット。何か、強そうだった。


「やっぱり、こういうカードでガツン、と戦うのが爽快じゃん? ちまちまやるのは、あたしのガラじゃねえの」


「ガツンと、やられてちゃ意味ねえぜ」


「うー」


「盛り上がっているところ、悪いのだが――」


 そこに顔を出す作務衣姿の老人――宵崎。


「そろそろ、午前中の鍛錬ではないのかね?」


「お、そうだね」


 その言葉で、しゃんとなる言織。頬を両手で叩いて、気合いを入れた。

 まがりなりにも、ここ黄昏神社の守り手の少女。そういったところは、しっかりとしているのだ。



 この世界――少なくとも日本と言う国には妖怪は、確かに存在している。

 すでに自明の理。ほとんどはその存在を知ることはないが――先に事件に巻き込まれた少女たちのように遭遇する人間も、少なからずいるのだ。

 さてさて。

 現代において、その在り方は大きく三通りに分けられる。


 まずは――完全に人間社会と隔絶しているモノ達。彼らは『里』と呼ばれる別空間に、住んでいる。江戸時代の日本を模しており、文明の灯がそれほど蔓延していなかった――彼らにとって居心地のよい棲み処となっている。


 次に、人間社会に溶け込んでいるモノ達。今となってはごく少数だが、ヒトに害を為す存在達だ。

 脅威の存在ではあるが、その希少ゆえに均衡は保たれていると言ってもいい。それは、三番目に当たる存在も大きい。


 最後の三番目――


 いわゆる、言織達のような存在である。

 基本的に人間に友好的で、ヒトに仇為す怪異の類いを退治する。大雑把に言えば、正義の味方に近いだろうか。

 人間社会に適応している部分も多いので――特に『里』に住まう妖怪達とは、色々と違っていた。


 文香と景に至っては、ある意味では人間社会における仕事までしている。非公式ではあるが、彼らを秘密裏に認めている人間達に協力をしているのだ。その人間達とは、警察組織。

 

 現代において、電脳世界の発展は著しい。それらは人々に多大な恩恵を与えてはいるが、同時に犯罪者達にとっての絶好の巣窟ともなっていた。文香はノートパソコンに宿る怪異として、景は外部からの端末操作にて。事件性のある情報を、探索しているのだ。


 もちろんそこには、人間における犯罪だけではなく――怪異による災いも内包されていた。

 ロクスケは普段は普通の猫だが、気ままな散歩の中で怪異に巻き込まれた人間を見つけてくることがある。ちょうど、数日前の少女たちのように。


 ――そして、言織と宵崎は。


      ◇


 迷い家の一角。

 本宅の離れに位置する、道場があった。

 そこは、昼間であっても内部は薄暗い。

 日の光を遮ったその場所は、夜闇に生きた宵崎にとっては格好の領域となる。彼が、夜道怪としての能力を発揮するには。


 点在された蝋燭の燭台に、灯がともる。ぼんやりとした心もとない光に照らされる――夜の空間。


「――では、始めようか」

 

 編み笠に法師――妖怪としての出で立ちとなる宵崎。


「お願いします」


 礼儀正しく頭を下げる言織も――巫女服姿に、腰には太刀。怪異退治における戦装束(いくさしょうぞく)であった。






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