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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス
怪の弐「旧校舎に潜むもの」
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 その部屋には、深い闇が満ちていた。

 その闇は、今までの廊下よりもずっと濃く、懐中電灯では追いつかない。

 誰かが、それを口にする前に、


「く、……ヴぁぁああああ!」


 ロクスケが、何と周囲に火を吐いた。

 真っ赤な炎が荒れ狂い、照らし出す。


「う、うわわあ」


「あ、熱い!」


 悲鳴を上げる、子供達。

 言織達は、平然とたたずむ。


「?」


「……熱くない?」


 やがて、その異常に気が付く。

 目を白黒させる翔太。

 恐る恐る、足元で燃え盛る炎に手を伸ばしてみる亜矢。


「別に熱くないでしょ?」


 と、言織。

 その通りだった。

 撒き散らされた炎は、ただ勝手にそれだけで燃え盛る。照らし出された部屋を燃やすこともなく、もちろん子供達も焼きはしなかった。

 幻の炎。

 物理的には、何ら影響を及ぼさない――妖気の闇を打ち払う炎。


「で、おめーか」

 

 ロクスケは、すでにそいつと対峙している。

 誰かが、悲鳴をあげる。ついで、子供達にも怯えが走った。

 そこは、教室だった。ずり下がった黒板。机と椅子が、あちこちに散乱している。

 ひびの入った窓ガラスに面した、一本の柱。

 

 ――それが、その姿だった。


 一見、ただの模様に見えるのは、まぎれもなく人の顔。うぞうぞとうごめく人面は、上下が逆さまになっている。


逆柱さかばしらか」 


 ロクスケは、その妖怪の名をつぶやいだ。


 妖怪と呼ぶ存在は、生まれ方からおおよそ三つに別れる。

 人が、転じるもの。

 目に見えぬ感情などが、形を取るもの。

 そして、器物が化けるもの。


 逆柱とは、三番目に当たる。

 木が本来生えていた状態から、天地逆さまに立てられた柱が、妖気を帯びて化けた存在なのである。


「何を、しに来た? ロクスケ殿」


 くぐもった声が、人面から発せられる。一応敬称で呼んではいたが、その口調には敵意しか感じられない。


「あー、このガキどもを迎えにな」


 当人はどこ吹く風。翔太達に振り返って、


「ごたごたされて、むかつくのはわかるけどよ。そろそろ許してやれよ。な?」


 向き直るロクスケに、逆柱は苦い表情になる。


「妖怪の身で……人間どもに媚を売るのか?」


「いんや、別に」


 皮肉を、軽く受け流す。


「まー、古臭い時代でもないしよ。ある程度は、共存しないといけねーだろ? それこそ、たかが人間のガキの悪ふざけに、そこまで目くじら立てんじゃねーよ」


「ロクスケ、挑発してない?」


 腰に差した退魔刀の柄を触りながらの、言織のぼやきに、


「いんや、説得だぜ」


 だるそうに答えるロクスケ。

 宵崎と景は、無言。翔太達は、息を飲んで状況を見守っている。

 しばらくしてから、逆柱は言った。


「……断る」


 その声には、明らかに怒りがにじんでいる。


「一度は、見逃した。二度目はないと、忠告した」


「二度目?」


 言織の視線に、正志はぶんぶんと頭を振る。


「お、俺達は初めてだよ……!」


「五年前も、ワシは言ったはずだ。ワシの眠りを、邪魔するのは許さん……とな!」


「そ、それって、俺達じゃねーよ!」


 悲鳴混じりに、反論する正志。


「ずっと前の、卒業生だよ!」


 正志達が興味を持つ噂を残した、別の子供達なのだろう。


「知ったことか!」


 だが、逆柱からすれば、そんな事情など関係ない。二度も、自分の眠りを人間に邪魔された。それだけで、充分なのだろう。

 筋は、通っているかもしれないが――


 乾いた音が、周囲に響いた。



「ま、ちょっとかわいそうだよね」


 逆柱が飛ばしてきたのは、鋭い枝だった。まるで弓矢のごとく襲いかかってきた数本を、言織が叩き落としたのだ。

 右手には、抜身の日本刀。その刃が、うっすらと光を帯びていた。

 

「で、こうなるとやっぱ戦うのかな?」


「……臨むところだ」


 逆柱がの本体が、ぐぐうっと膨れ上がる。四角い柱が、大木となって浮き上がる。うぞうぞと這い出る、何本もの枝と、葉。まるで、無数の手のようだ。


「平和的に行きたかったんだけどなー」


 言織は溜め息をつく。


「戦うか」


「仕方ねーな」


 とロクスケ。


「宵崎、ガキ達は任せたぜ」

 

 後方の宵崎に振り返る。


「心得た」


 宵崎は頷くと、錫杖を掲げる。周囲の闇が応じて、その周りに半透明の壁を作り上げた。

 その中に、翔太達を囲い込む。


 これで、彼らは安全だ。


「じゃあ、行くよ!」


 言織は、一足飛び。

 距離を詰めて、一刀を振り下ろす。峰は返した。一応の手加減はしている。


 しかし。

 ロクスケの炎に払われて、床に飛び散っていた闇の破片がもぞもぞと生き物のように蠢いて――逆柱に向かって収束していくではないか。見る間に全体を覆いつくし、言織の一撃を防いでしまった。


「おっと」


 そのまま刃を取り込まれそうになるのを、咄嗟に後ろに跳んで距離を取る。


 

「もういっちょ!」


 今度は横薙ぎ――と見せかけて、途中で剣閃の軌道を変えた。直角に曲げて、切り上げる。

 それも、同様に無効化されてしまった。


「むう」


 唸る言織に、くぐもった声で逆柱が笑った。


「ぐふふふ……それで、終わりか?」


 今度は、こちらの番とでも。闇壁の向こうから、突き出されてくる枝葉の槍。三点同時の切っ先を、言織は右に飛んでかわした。


 方向転換。

 三本の槍は中空で鋭角に曲がると、着地したばかりの言織に容赦なく向かう。避けるには不利な体勢。その凶悪を、振るう刀で斬り払う。

 容赦なく、鋭い刃で。


 一本が、浅かった。

 まだ攻撃力を残した槍が、言織に向かう。

 それを、走った小さな影が薙ぎ払った。


 言織の前に降り立ったのは、ロクスケだ。


「……ぐ?」


 自身の手足をもがれたようなものか。逆柱が、少しだけ苦鳴の声を上げた。伸ばした枝を闇の向こうに引っ込めて――もう一度、突き出してくる。

 あっさりと再生していた。さすが植物の変化か。

 千切れて床に転がった枝葉は、もはや用済みとでも。塵と化して掻き消えた。


「なかなか、やるな? それでは、少し本気で行くぞ」


 どこか楽しそうな、逆さ柱。

そして、速度を増してくる攻撃。矢継ぎ早の槍に、言織はさばくので精一杯だ。


「言織、その攻撃に退魔刀では不利だ!」


 離れて様子を見守っていた宵崎が叫んだ。

 確かに、素早い連撃相手に、小回りの利かない刀では限界がある。余程の達人ならばともかく、言織の腕はそこまでではなかった。


「わかった」

 素直に従う。言織は退魔刀を鞘に納めて、後ろに放り投げた。使わない武器は、動きの邪魔になる。

 宙に舞った納刀を、宵崎から伸びた黒い帯が受け止めた。


 そうして、言織は左手を伸ばす。手首に巻かれていた六文銭が、うっすらと輝き始める。

 そのとなりに、ロクスケも並んだ。しっかりと臨戦態勢だ。


「さっきは、ありがと」


「こいつは、お前ひとりでは手こずりそうだ」


「すまんね」


 ふたりがかり――まあ、仕方あるまい。


 逆柱は、強い。

 数日前に戦った八郎ぎつねとは、比べ物にならなかった。


 これぞ、戦い。


 場違いで不謹慎かもしれないが、言織は少し楽しくなってきた。








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