番外編① 「永遠の誓い」
王都の朝は静かに明けた。
城下の通りには花びらが舞い、鐘の音が遠くで鳴り響く。
今日――王太子エリオット・フォン・アルトハイムと、レイナ・フォン・シュヴァルツの婚約発表の日である。
学園時代から「完璧すぎる悪役令嬢」と噂されたレイナ。
冷たく見えるその瞳の奥には、誰よりも真っ直ぐな誇りと優しさがあった。
そして、そんな彼女のすべてを愛したのが、誰あろう王太子殿下・エリオットだった。
城の大広間では、貴族たちが整列し、王と王妃が見守る中、二人が並び立っていた。
白いドレスを纏うレイナは、堂々として美しい。だが、その手はほんの少しだけ震えていた。
「……緊張しているのかい?」
隣に立つエリオットが、そっと小声で問いかける。
「少しだけ、ですわ。……あれほどの人々の前で、殿下と並ぶのですもの」
「ふふ、誰よりも美しいから、皆見惚れているだけだよ」
「……もう、そんなことをおっしゃらないでくださいませ」
レイナが顔を赤らめると、エリオットはその手を優しく包み込んだ。
「本日をもって、我が王太子エリオットは、シュヴァルツ侯爵家令嬢レイナとの婚約を発表する」
王の宣言が響く。
大広間にざわめきが起こる――「悪役令嬢が王太子妃に?」「あの完璧な方が…」と。
だが、レイナは背筋を伸ばし、静かに微笑んだ。
「皆さまのご支援に、心より感謝申し上げます」
その一言に、空気が変わった。
冷たく見える彼女が、誇りと優しさを併せ持つ人だと、誰もが悟ったのだ。
婚約発表のあと、レイナは自室で深く息を吐いた。
「……殿下、本当にこれでよかったのでしょうか」
「もちろんだよ。僕が愛したのは、誰でもない君なんだから」
「わたくしなどが王太子妃に……」
「“など”なんて言葉、もう使わせない。君は僕にとって唯一だ」
真っ直ぐな言葉に、レイナの頬がわずかに紅く染まる。
彼の手が、そっと彼女の髪を撫でた。
──そして数ヶ月後、結婚式当日。
王立教会の白い扉が開かれると、光の粒が舞い込んだ。
純白のドレスを身に纏ったレイナが、ゆっくりと歩みを進める。
胸には王家の紋章が刻まれたブローチ。エリオットが贈ったものだ。
その姿に、会場が息を呑んだ。
まるで物語の中から抜け出したような気高さ。
だがエリオットの瞳は、ただ一人の女性しか映していない。
「レイナ」
「……はい、殿下」
「今日から君を、誰にも渡さない」
「わたくしも、殿下のお傍で生きてまいります」
誓いの言葉が交わされ、神官の声が響く。
「では――誓いのキスを」
レイナが少し戸惑ったように瞳を伏せたその瞬間、
エリオットはそっと彼女の頬に触れ、柔らかく唇を重ねた。
拍手と祝福の声が広がる。
ミラとアーロンも、最前列で涙ぐんでいた。
「本当に素敵ですわ……ね、アーロン様」
「ああ。僕たちも、こんなふうに幸せになろう」
レイナは照れたように笑い、エリオットを見上げる。
「殿下……皆の前で、あのような……」
「我慢できなかった。君が綺麗すぎて」
「……お言葉が甘すぎますわ」
「君の唇も、だよ」
レイナは顔を真っ赤にして、思わず目を逸らした。
けれど、彼女の表情は幸せそのものだった。
その夜、披露宴の席で、王が静かに杯を掲げる。
「王太子とレイナ嬢に、永遠の幸福を」
王妃も微笑み、会場に花びらが舞った。
エリオットはその瞬間、レイナの耳元で囁いた。
「これからは“殿下”じゃなくて、名前で呼んでくれないかな?」
「……え?」
「夫婦なんだから」
レイナは戸惑いながらも、小さく息を吐いて。
「……エリオット様」
「うん、それがいい」
エリオットはその言葉を嬉しそうに噛み締め、そっとレイナの手を取った。
二人の指が絡み合い、視線が重なる。
「愛しています、レイナ」
「わたくしも……心から、愛しております」
夜空に花火が上がり、王都の人々が祝福の声を上げた。
その光が二人を包み、誰もがその幸せを疑わなかった。
――完璧すぎる悪役令嬢と、優しすぎる王太子殿下。
その恋の結末は、まるで童話のように美しく、永遠に語り継がれていくのだった。




