第20話 「二つの恋の行方」
その日、王都の空は快晴だった。
春の終わりを告げる風が吹き、花々の香りが穏やかに広がっている。
侯爵家の庭園では、アーロンとミラが並んで歩いていた。
ミラの笑顔は柔らかく、けれどその瞳の奥にはわずかな迷いがあった。
「……わたし、やっぱり怖いんです。
アーロン様のご家族に、受け入れてもらえるかどうか……」
アーロンは立ち止まり、優しくミラの手を取る。
「大丈夫だよ。君のことは、僕が必ず守る」
「でも……わたし、男爵家の娘です。侯爵家の婚約者なんて……」
言葉の途中で、ミラは唇を噛んだ。
彼女の中で芽生えた恋は、まっすぐで美しい。だが、現実の壁は高かった。
その頃――
王城の一室では、レイナとエリオットが密やかに話し合っていた。
「アーロンとミラのこと、なんとかできないかしら」
レイナの声音には静かな決意が宿っている。
「彼女は本当に彼を想っているのに、身分の違いだけで引き裂かれるなんて……そんなの、あまりにも悲しいわ」
エリオットは微笑みながら、彼女の手を取った。
「君らしいね。人の幸せを願うその優しさが」
「お世辞は結構です、殿下。……わたくし、本気で彼らを助けたいのです」
「わかってるよ。だから、僕も動こう」
殿下は王家の印章が押された書類を机に置いた。
「アーロン・ラングレー侯爵家の次男には、独自の婚約判断権がある。
つまり、家の許可よりも本人の意思を尊重するよう王命として出せば……」
「……婚約が認められる、ということですのね」
「その通り。もっとも、形式上は“王家の推薦”という形になるが」
「ふふ……“王家の推薦”ですか。随分と重い推薦状ですわね」
レイナの口元に笑みが浮かぶ。
「殿下が本気でお動きになるなら、ラングレー侯爵家も逆らえませんね」
「君が望むなら、どんなことでもするよ」
「……殿下」
その声に、ほんの少し甘さが滲んだ。
そして、数日後――。
ラングレー侯爵家の大広間には、豪華なシャンデリアが輝いていた。
そこに集まった貴族たちの間を、緊張した面持ちのミラが通り抜ける。
アーロンが一歩前に出て、王家からの正式な文書を掲げた。
「アーロン・ラングレー侯爵家次男は、男爵令嬢ミラ・フォン・リーヴァを婚約者とする。
王家の推薦により、両家の合意とする――」
ざわめきが広がった。
だがその中心で、アーロンは堂々とミラの手を取り、はっきりと口にした。
「僕は、ミラ嬢を心から愛しています。
身分など関係ありません。彼女こそが、僕にとって唯一の人です」
ミラの瞳から、静かに涙が溢れた。
大勢の前なのに、恥ずかしさよりも喜びが勝っていた。
その瞬間、レイナとエリオットが会場の奥から姿を現した。
「殿下、レイナ様……!」
ミラが驚いて声を上げると、レイナは微笑みながら頷いた。
「おめでとうございます、ミラ。これで心配はいりませんわ」
「レイナ様……どうして……」
「殿下と少し、裏で手を回しましたの。あなたの幸せのために」
ミラは涙をこらえきれず、思わずレイナの手を取った。
「ありがとうございます……! 本当に……!」
エリオットはそんな二人を見つめながら、肩をすくめた。
「レイナが止まらなくてね。君たちを放っておけなかったらしい」
「殿下が協力してくださらなければ、実現しませんでしたわ」
「いや、君がいたからだよ。君の願いが、僕を動かした」
レイナは顔を赤らめ、そっと目を伏せた。
「……お優しいお言葉、ありがとうございます」
「お礼は、あとでゆっくり聞こうか」
「そ、そんな顔をなさらないでくださいませ……!」
二人の甘い空気に、ミラとアーロンが思わず笑った。
そして、四人の視線が交わる。
「これで……やっと、皆が幸せになれましたね」
レイナの穏やかな声に、エリオットが頷いた。
「ああ。君の願った通り、誰も涙を流さない結末だ」
「いえ……少し、涙は流れましたけれど」
「それは幸せの涙だろ?」
アーロンはミラの手を握り、レイナは殿下に微笑みを返す。
柔らかな光が大広間を包み、四人の姿を照らした。
――身分も立場も越えて、想い合う心がすべてを動かす。
そして今、それぞれの恋が確かに結ばれた。
レイナが小さく呟く。
「幸せは、きっと努力するものですわね」
「君となら、何度でも努力できるよ」
「殿下……甘すぎます」
「君がいるから、世界は甘くていいんだ」
レイナは小さく笑い、エリオットの肩に頭を預けた。
ミラとアーロンも寄り添い、春の花々が風に舞う。
――こうして、二組の恋は永遠に続く。
まるで春のように、優しく温かく。




