再会、そして微笑みの理由
翌週の午後。
レイナ・フォン・シュヴァルツは、学園の廊下を歩きながら、どこか落ち着かない気持ちでいた。
先日のティータイムで、ミラ・フォン・リーヴァとアーロン・フォン・ラングレーが初めて顔を合わせてから、もう数日。
――その後、二人はどうなったのだろう。
「ねえ、殿下。ミラ嬢とアーロン様、あれから何か進展があったのかしら」
「ん? ああ、聞いた話では、少し話す機会が増えたみたいだよ」
エリオット・フォン・アルトハイム殿下は書類を片手に歩きながら、にこやかに答える。
「学園の図書館で、魔法理論のことで話をしていたとか。意外と気が合うみたいだね」
「まぁ……あのミラ嬢が、ですか?」
レイナは思わず目を丸くした。
「てっきり彼女は恋に一直線というタイプかと思っていましたけれど……」
「どうやらアーロンが“学びたいことを教えてくれる”存在らしいよ。恋というより、尊敬と憧れが混ざってるのかもね」
「……素敵ですわね」
思わず呟く声が少し柔らかくなる。
ミラの無邪気な笑顔を思い出して、レイナの口元もほころんだ。
その時――
「れ、レイナ様! 殿下っ!」
勢いよく廊下の角から現れたのは、まさに噂のミラ本人だった。
いつものようにリボンでまとめた淡い栗色の髪が揺れ、頬はうっすらと赤い。
「ミラ嬢? そんなに慌てて……どうなさいましたの?」
「じ、実はっ……! 今、アーロン様が学園に来ておられて……お、お話できたんですの!」
ぱあっと花が咲くような笑顔。
レイナと殿下は思わず顔を見合わせた。
「そう。よかったじゃないか、ミラ嬢」
エリオットが微笑むと、ミラは頬をさらに染めて続けた。
「それで……アーロン様が、今度のお茶会に招いてくださって! 殿下、レイナ様、本当にありがとうございます!」
「まあ……それは良いご縁になりそうですわね」
レイナは微笑みながらも、心の奥で少しだけ胸がちくりとした。
嬉しいはずなのに、なぜかほんの少し――寂しい。
(……恋をしている人って、あんなに輝いて見えるものなのね)
そんな考えを巡らせていると、ミラが急にレイナの手を取った。
「レイナ様っ、お願いがございます! お茶会での服装、どうしたらいいか分からなくて……! 助けていただけませんか?」
「え、ええ、もちろん構いませんけれど……」
勢いに押されて頷くレイナ。
殿下は微笑を浮かべて腕を組んだ。
「ふふ、頼もしいじゃないか。レイナが選ぶなら完璧だろうね」
「殿下、他人事のように仰らないでくださいまし」
レイナが睨むと、殿下はくすりと笑った。
「もちろん、僕も手伝うよ。……君が少し不安そうな顔をしていたからね」
「べ、別にそんな顔などしておりません!」
その日の午後。
レイナの寮の部屋に、ミラが山のようなドレスのカタログを抱えてやってきた。
「こちらはどうですか? それとも、やはり落ち着いた色のほうが……」
無邪気に並べるミラの姿を見ながら、レイナはふと微笑む。
(こんなにまっすぐに恋を語れるなんて……やっぱり可愛い方ですわ)
そして、ドレスを一緒に選びながらミラがぽつりと言った。
「レイナ様のようになりたいです」
「わたくしのように?」
「はい。凛としていて、どんなときも自信に満ちていて……アーロン様も、そういう女性が好きなのではないかと思って」
「ミラ嬢……あなたのままで十分魅力的ですわよ」
そう言うと、ミラは照れくさそうに笑い、頬をかいた。
「えへへ……ありがとうございます。でも、負けませんからねっ!」
「……まあ、誰と競っているのかしら」
レイナが苦笑したちょうどその時――
窓の外から、ふと殿下の声がした。
「レイナ、ミラ。紅茶を持ってきたよ」
トレーを手に入ってきたエリオットは、にこやかに微笑む。
「頑張ってるみたいだね。二人とも、いい雰囲気だ」
「まあ……殿下、盗み聞きでもしておられましたの?」
「まさか。ただ、レイナがミラのために悩んでるのが分かったから。放っておけなかったんだ」
殿下はそう言って、さりげなくレイナの肩に手を置いた。
その瞬間、レイナの頬がわずかに赤く染まる。
「……殿下。貴方は、本当に誰にでも優しいのですから」
「いいや、君だけ特別だよ」
低く甘い声に、レイナの心臓が跳ねた。
ミラが横で「わぁ……ロマンチックですわね」と素直に感動して拍手をするものだから、レイナはさらに顔を赤らめた。
「み、ミラ嬢! そういう反応は控えなさいまし!」
「す、すみませんっ!」
慌てて頭を下げるミラに、エリオットは笑いながら紅茶を注いだ。
窓の外では、夕暮れが始まっている。
光の粒が差し込み、三人の影がやわらかく重なる。
恋を知る者も、恋を見守る者も、それぞれに心を揺らす季節。
ミラの恋は静かに進み、
レイナの心にも、確かな熱が灯り始めていた。




