95話 臨死、帰還
どこか自分自身を俯瞰で見ているような感覚。
痛覚は敏感に反応しているのに、閉じゆく瞼は止められない。
なにかが抜け落ちて抜く感覚と奪われていく体温、そのくせ流れる血液は心地良いくらいに温かい。
『――――さん!!ナ――――ん!!~ッ~――――!!』
意外と、先に朦朧になるのは聴覚だ。
呼びかけてくる聞き馴染んだ声が、ひどい耳鳴りの様なノイズへと変わっていく。
次第に指先はしびれ、それは全身に伝番していく。
やがてぼんやりとした視覚と、馬鹿でかく響いていた鼓動が静まっていき、呼吸は漏れるようにか細い。
虫の息とはよく言ったものだ。
そして、終わりは突然訪れる。
これまた不思議なことに、それが来るコンマ何秒か前には、それがわかる。
古びたレコードの様な、そんな緩やかな始まりから。
脳は、全てを振り返る。
目まぐるしく回る視界。
燃えるような赤い夕陽。
やけに冷たいアスファルトの感触。
病院。逃走。死闘。死別。出会い。私闘。
(――――あれは、俺?)
追体験というにはあまりに一瞬かつ濃密なフラッシュバック。
それを経た今、眼前に映るものは。
蒼空。白雲。角ばった建造物群。
その眼下に落ちていくと、三つの気配。
砂塵が埋め尽くす視界が晴れる直前、世界は暗転しその続きを見ることはかなわず。
終わりの時が来たと、自覚する。
この結末の名を、俺は知っている。
一度は求めた個の終焉――――――
死だ
::::::::
「・・・・夢?」
俺は色んなモノを、景色を見ていた・・・・気がする。
けど、今の俺の視界を埋め尽くすのは天井だ。
要するに横になっている。
だからさっきまで見ていたものは夢に違いないのだろう。
「・・・・どこまで、が?」
目覚めの病院。
目にした超常。
異形との戦い
友との死別。
少女との出会い。
そしてまた戦い。
他にも、何か妙なものを見ていた。
モヤがかった意識が記憶にフタをし、その境目が曖昧になる。
「―――――――」
思わず己の存在を問いただす。
けど、俺はその答えを持ち合わせていなかった。
誰だと問われて返す名が・・・・・
途端に、恐怖すら感じる孤独感に襲われ叫び出したい衝動に駆られる。
けど、喉から出かかったそれは、
「・・・・・ん・・・ぅ」
俺が眠っていたベッドに寄りかかるようにして眠り、
「・・・・唯、火」
俺の手を握るその温もりが、恐怖と孤独を薙ぐようにかき消してくれた。
「俺は・・・・」
途切れた記憶を補完するように、思考は急速に直前の出来事を振り返る。
さっきまでの波立った感情が嘘みたいに。
導かれるように空いている左手を胸に当てると。
「・・・・狙撃、か」
ワイバーンを倒した後、三人で魔石を検めているところを長距離から狙撃されたという事だろう。
側で眠る唯火には特に外傷も見られないようで、俺が撃たれた後狙撃の的になる事はならなかったようだ。
あの時、咄嗟に外套を翻したのが功を奏したのか。
狙撃手の目を遮り、多少の妨害になったんだ。
射線に体を割り込ませた俺はまんまと撃ち抜かれたが、その一瞬があれば唯火と朱音なら俺を抱えて身を隠すのは造作もない。
「・・・・そうだ、朱音は?」
唯火は無事だったようだが、強気で釣り目の少女の姿は見当たらない。
辺りを見回しても、無駄に広いオフィスめいた景色が目に映るだけだ。
多分、ユニオンのアジトに運ばれたんだろう。
しばらく視線を移ろわせると、撃ち抜かれた胸を庇いつつ上体を起こす。
だが不思議と痛みも何の違和感も、体の鈍り、出血による倦怠感も感じることなく体を起こすことができた。
『唯火?いるんでしょ?入るわよ』
起き上がるのとほぼ同時に、一つだけあるドアがノックされ入室の許可を得る前に扉は開かれる。
「朝ごはん持ってきた。心配なのはわかるけど、あなたまで・・・」
「無事だったか。朱音」
「ワルイガ!!起きたの!?」
左右二つ縛りにした髪が跳ね上がったと錯覚するほどのリアクションを見せ、こちらに駆け寄ろうとする素振りをするが、手に持ったトレイがなんとかそれを押しとどめたようだ。
「唯火!は、寝てるの?唯火起きて!」
器用な早歩きでサイドテーブルにトレイを置くと、眠った唯火の肩をゆする。
「寝かせといてやったがいいんじゃないか?」
「バカ!この子がどんだけ心配したと思ってんのよ!あたしだってっ・・・!」
釣り目の目じりに潤むモノが見え、俺は何ともいたたまれない気持ちになった。
「唯火!ワルイガが起きたわよ!」
「ん・・・ふにゅ・・・・」
激しめに肩を揺するも、意味のない言葉が返ってくるだけ。
「ちょっ・・・全っ然起きない。寝起き悪いの?」
「いや、そうでもないと思うんだがな・・・寝ぐせとか残りがちだけど」
公園で唯火が目を覚ました時は寝ぐせがどうとか言ってたことを思い出し口にする。
すると、そんな俺の発言に朱音は過剰反応した。
「あんたたち、その・・・・一緒に朝を迎えるような仲・・・・なの?」
「なんでそうなる・・・廃棄区画で一緒に行動してた時、別々の部屋で寝泊まりしていただけだ」
「そ、そっか」
唯火を起こすのをあきらめたのか、朱音は伏し目がちにむっつりと黙り込む。
気まずいような沈黙でもなかったが、彼女が持ち込んできたトレイに目を移し。
「朝・・・・って、俺が撃たれてから数分ってわけじゃないよな?」
ワイバーンの出現は早朝だった。
流石にまさか、胸を打ち抜かれて半日も経たず体調を持ち直すとも思えない。
「もう、一晩経ったわよ・・・・お腹空いてるの?」
「そんな気もしてきたな」
ベーコンエッグのなんとも香ばしい香りがこちらに流れてくる。
湧き上がる食欲を見るに、どうやら俺は本当に本調子らしい。
これもステータスの影響だろうか?
「この子寝ちゃってるし、食べる?って、病み上がりで口にする物でもないかな?」
「いや。怖いくらいなんともないな。俺確か、胸撃ち抜かれたんじゃなかったっけ?」
「そ、それは・・・・」
なにかを言い淀み目を逸らす。
しばらくの沈黙の後再びこちらを見る目は、何か小さな決意をした風だった。
「感謝しなさい。あたしと唯火で回復魔法が使えるメンバーのところまで運んだんだから。運よく数人いて、魔法を重ね掛けしたからあっという間に傷は塞がったわ」
「・・・・そうだったのか。ありがとな」
勘だが、本当のことは言わずに飲み込んだらしい。
なにを隠しているのかは知らないが、暴くのも野暮だ。
と。
「ん・・・・んぅ?いい・・・におい」
「飯の匂いにつられて起きたか」
「そんな犬猫みたいに・・・・」
「あ・・・・ナナシさん・・・おはようござ――――」
起床の挨拶は途切れ、俺の顔を三度見したあと。
「――――おはようっ・・・ございますっ!」
「おはよう」
結局絞り出したのは、詰まらせながら発せられた目覚めの言葉だった。
::::::::
「ふっ、ほっ、っと。すごいな、ほんとにどこも痛まない」
汗と血のべたつきをギルド共有のシャワー室で洗い落とし、半裸のまま鏡の前で体の感覚を確かめるように上半身をねじる。
まるであの痛みが夢だったかのようだ。
「胸・・・心臓、だよな。撃ち抜かれたの」
だが鏡に映る胸板には生々しい傷跡がはっきりと残っている。
まぎれもない現実に起きた出来事だった。
(ま。ハルミちゃんみたいに死人を蘇生させるようなとんでもスキルがあるくらいだ。今更驚く事でもないか)
唯火に朱音、回復魔法で治療してくれた人たちには感謝しないとだな。
手早く着替え、髪を乾かさずタオルを肩にかけて脱衣所を出る。
これから食堂代わりにもなっている共有スペースで、朝食がてら詳しい事情を聞かせてもらう約束になっている。
目当ての部屋の前に着くと、がやがやと騒がしい気配を感じた。
竜種討伐班の俺が倒れたのが原因で、聖也たちダンジョン攻略班の日取りもその分ずれ込んだらしいから、その分人もいるのだろう。
申しわけない気持ちで扉を開けると、ユニオンの次席。
響さんが出迎えてくれた。
「ナナシ君!よかった、元気そうじゃないか」
「すみません、油断しました」
いたわりの言葉に謝罪で返す。
事実、ワイバーン討伐直後の警戒の緩みはあった。
「いいや。聞いたよ。朱音と唯火さんを庇ったのだろう?こう言っては何だが、君一人ならこんな後れを取ることも無かった」
「そんな。2人がいなかったらワイバーンにも勝ててたかどうか」
「分かってる。別に、誰の責とかそう言う話をしているんじゃないんだ」
等と、譲り合いのような会話をしていると。
「聞いたぜ兄ちゃん!朱音ちゃんを身を挺して守ったんだってな?」
「ワイバーンって空飛ぶ竜も叩き落したっていうじゃねぇか!」
「そんな勝利を収めた後に、てめぇの姿隠して背後からズドン。どうしようもねぇクソだな」
「大方、ワイバーンがドロップした魔石が目的だったんだろう。竜種の魔石ってんだからどれほどの価値があるか・・・・」
「まだ、どこの誰がやったかまではわからねぇがまず間違いなく、他組織のギルドのモンだ」
(・・・・事情の説明、聞く前に終わったな)
彼らの声かけに無難な返事をしながら、唯火と朱音が座る席へと向かった。
人生初に近い胃腸炎を経験。
腹の中に怪獣飼ってる感じ。
サブノーティカってゲームの、リーパーリヴァイアサンってクリーチャーの鳴き声と同じ。




