73話 反魂再生
打算に似た迷いを捨て去り。
研ぎ澄まされた殺意の元握られた剣は。
淀みなく、躊躇いもなく、振り抜かれた。
心中で僅かに波立つものは感じるが、後悔や動揺といった類のものは感じられず。
救出を成した確信からくる安堵と高揚感も、冴えた思考が最小に納める。
―――そんな境地に身を置いているからだろう。
「ぁ・・・っは・・・!?」
背後で必殺の斬撃をその身に浴び、膝から崩れゆくであろうその一瞬。
圧縮されたその短い時の中。
斬り捨てた女の断末魔と―――
『やれやれ。仕方ないのぉ』
それ以外の。
命が散りゆくこの一瞬にそぐわない、口調と相反する可愛らしい声が。
「―――ハルミ、ちゃん?」
響き渡るように、耳へと届いた。
「『反魂再生』」
腕に抱いた声の主を見ると、体は淡い光を纏い、その手のひらを俺の背後。
絶命しゆく女に向かってつきだされ。
「! これは!?」
振り返ると、膝をついた女を中心に頭上からその体を囲うように、幾重もの幾何学模様の光る線が地へと貼り付いていき、一つの大きな陣が完成する。
そして、それは街を照らす朝日よりも強く眩い蒼白の光を放ち。
そこから立ち上る光の柱に女の体は飲まれ、斬撃によって切り裂かれ血濡れた外套はその力の奔流によって巻き上げられた。
「済まぬが。あれを死なせるわけにもいかんでな」
「一体どういう・・・」
幼く、俺の知る彼女とは思えない変貌したその口調を聞きながら。
目の前の神々しい光景に目を奪われていると、やがて光の柱は細まり消滅。
輝きを放っていた女の足下の模様も、光の粒となって消えていった。
そしてそこには、頭から外套でおおわれていた姿が露わになり、力の余韻に左右二つ縛りにした青みがかった黒髪をなびかせている女の背中があった。
「―――あ、れ?あたし、斬られ・・・」
「!」
女はへたり込み、身をよじって自らの体を確認する様子を観察する。
「「傷が、無い?」」
斬った者と、斬られた者の困惑の声が重なる。
(どういうことだ?確かに俺はあの女を殺すつもりで斬ったはずだ)
仮借なくその命を奪うために。
その確かな手応えも感じていた。
身に纏う服は斬撃に沿って切り裂かれ血濡れている。
だが、その下にあるはずの傷が跡形もない。
「お主の悪い癖だの、アカネ」
「っ!」
ハルミちゃんの言葉に我に返ったような様子でこちらに顔を向ける。
そして、その彼女を抱える俺と視線が交差すると。
「あ、あんたっ。な・・・一体何なのよぉ!」
「・・・」
気の強そうな釣り目で俺を睨みつけるその目じりには涙を湛えていた。
その視線を受けて、俺は尚も理解が追い付いていなく、まるで死人と会話でもするような心境だった。
「・・・何なんだはこっちのセリフだ。いきなりこの子を攫って」
「なんで・・・なんで、動けたのよ・・・!」
こちらの話など全く耳に入っていないようで、次第に指先は震えそれは全身へと伝播する。
その震えを抑えるように肩を抱き、俯く。
「あたし、さっき・・・死ん・・・」
「そう。お主は先ほど死んだ・・・下ろしてくれるか?兄者よ」
「あ、ああ」
もしかしたら、女の身に起こっていることよりもハルミちゃんの変貌の方が驚きなのかもしれない。
彼女を下ろすと、女の元へと近づいていく。
「は、ハルミちゃん!そいつに近づいちゃ・・・」
「心配いらぬ。こやつは兄者が思うような危険人物ではない、そこにおってくれ」
「兄者・・・」
何故かその言葉には説得力があり、俺は言われたとおりに待つしかなかった。
「アカネ。『反魂再生』を使った。この意味が分かるな?」
「・・・は、い。あたしは、命を落としました」
「なぜ、兄者・・・彼を焚き付け戦いに持ち込んだ?フユを保護するだけなら、きちんと事情を説明すればよかったであろう?彼からすればお主は幼子をかどわかす敵。ハーフエルフの利用価値を知っていれば、その後の処遇も容易に想像がつく。斬られても文句は言えまい」
「・・・」
「試したのだな?」
「・・・はい」
ハルミちゃんは短くため息をつくと、こちらに向き直り。
「兄者。この者が、迷惑を掛けた。すまぬ」
「ハルミちゃん・・・君は一体―――」
「フユミ。今のフユは、ハルミではなくフユミという」
「・・・多重人格者、ってことか?」
この大人びたハルミちゃん・・・フユミちゃんは、ハルミちゃんの裏の人格とでもいうんだろうか。
「それに、さっきの魔法みたいのは何なんだ?」
「済まぬ兄者。説明してその疑問を解消してやりたいのだが、フユはもう眠りにつく・・・ハルミの体を頼んだぞ」
そして再びアカネと呼ばれた女へと向き直り。
「フユたちは宿へと戻る。姉者が心配しているに違いないのでな。迎えを寄こすように手配しなさい」
「はい・・・わかりました」
そう言い残すと、小さな体がふらりと傾き。
「ハルミちゃん!」
近くにいたアカネよりも素早く、倒れこむ体を抱きとめる。
「・・・眠っている?」
「・・・彼女は力を使うと、眠りについてしまうのよ。三日ほどね」
そう言いながら、今だ微かに震える体のまま立ち上がる。
俺も警戒の姿勢を強めると。
「ま、まって。誤解しないで。今はもうあんたにちょっかい掛けたりしないから」
「どうだか・・・」
「もう、殺されるのはごめんだし・・・あ、あんたもあたしのこと斬ったんだから、それであいこにしなさいよ」
さっきのフユミちゃんも言っていたが、本当にこいつはさっき俺の斬撃で絶命し、あの光で生き返った。
という事なのだろうか。
「ここで襲ってこなくても、逃がせばまた戦うことになる・・・こっちの戦意を削ぎたいなら、話せる範囲でこの子の事を教えろ」
洗いざらいこいつが情報を吐くことでハルミちゃんに余計なリスクを負わせるかもしれない。
だから、最低限でいい。
さっきの様子だとお互いに面識があり対立しているように見えなかった。
あと一押し、信用に足るかは別としてもこいつからの情報も聞きたかった。
「・・・その子は、フユミという少女は」
嘘をつく挙動は感じられない、次の言葉は真実だとスキルが告げる。
ビル風になびく髪を抑え物憂げな表情を浮かべながら―――
「あたしたちのギルドの主宰――――ギルドマスターよ」
「・・・え?」
ホントにあったよ、ギルド。




