48話 少女の過去。迫る悪意
唯火の過去を少し掘り下げる回です
目も耳も封じられ多勢に無勢の最悪の状況。
そんなナナシさんを残して私は眼鏡の男。
久我宗明の部下に担がれ、逃げ出した施設へと運ばれていた。
「・・・」
ずっと彼の名を呼び続けていたが、余程うるさかったのだろう。
途中から口元を拘束された。
喉はすっかり枯れ声を出すとひどく痛む。
(ナナシさん・・・)
代わりに涙が溢れてくる。
悔しいのと、窮地の彼の身を案じるのと、巻き込んでしまった事の後悔。
(逃げ出したなら、誰とも関わるべきじゃなかったんだ・・・)
私が選択を間違ったことで彼は殺されてしまったのかもしれない。
「・・・ぅっ・・く」
この涙もまた、枯れ果てるまで止まることは無いのだろう。
「・・・く、久我隊長。口の拘束はもう外してもよろしいのでは?」
泣き崩れる姿に同情でもしたのか、私を担ぐ隊員がそう進言すると。
「それは情か?下らん・・・甘さは捨てろ。そして胆に銘じておけ、『異種族』はもはや人間ではない。人権の外にいる」
「し、失礼しました!」
「・・・」
背筋の凍るような価値観。
随分と仕事熱心なことだ。
この男には国への献身しか頭にない。
自分の役割を果たすためにここまで冷徹になり切れるとは・・・
「それに、『希少検体』とはいえ一部隊を動かすほどの労力を使わせたんだ。相応のペナルティは取らせなくてはならない」
(・・・別に好きにすればいい)
自分が逃げ延びる過程で他人を、ナナシさんを巻き込んだ私は罰が当たって当然。
その罰がこの男の言うペナルティと言うなら逆らいはしない。
(ナナシさん・・・)
指に装備した『伝心の指輪』がふと目に入る。
彼と共に死線を潜り抜け、得た報酬。
朝起きたばかりでいつもの装備は外して外に出ていたけど、なんとなくこれだけはずっと着けている。
思わず縋るように発動させようと試みるも―――
(無理、だよね)
発動に必要な魔力は『抗魔錠』によって封じられ、MPを生命力とする『ハーフエルフ』の私を完全に無力化していた。
そもそも、もう片割れの指輪を持つ彼は、魔力が発現していない。
どうしようもない状況を再確認すると、とめどなく虚しさと悲しさがこみ上げる。
(あの人の最後の言葉も裏切ってしまう・・・)
状況全てが負の感情に直結していた。
「―――着いたぞ」
私の心情などお構いなしに久我は淡々と言葉を発する。
「お前にはここで一仕事してもらう。それを以ってペナルティとしよう」
地べたに降ろされ気だるい頭を上げ目の前の光景を見てみると。
「・・・ダン、ジョン?」
そこには私が脱走した施設ではなく、
見覚えのある迷宮への入り口がたたずんでいた。
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かつて、施設から目と鼻の先の位置に突如ダンジョンが発生した。
近辺に出現した『名持モンスター』を倒したことが原因と聞いてる。
そしてダンジョンが発生してから約3週間後。
調査と実験の一環で、総勢10名ほどの部隊とパーティーを組み攻略に潜り込ませられた。
パーティーと言っても、あの人と挑んだ時のような背中を預けあうようなものではない。
久我の志に心酔し、私を『人』として見ない類の人間ばかり。
そんな人たちと連携がうまくいくはずもなく、心も統率も何もかもバラバラなまま何とか最下層に到達するも、時を同じくしてダンジョンの『王』が出現。
『王』との戦いで私以外の者は全て死に至り、一人戦う私自身もギリギリまで消耗していった。
そして私は逃亡という選択する。
『希少検体』という扱いで密かに、使用者一人だけを地上へ転移できる貴重なアイテムを持たされていたのだ。
勝てないと悟った私はそれを使い命からがら地上へと帰還した。
その私のダンジョン内での報告を受け、組織は『王』が率いるモンスターたちが地上へ出てこないように実験段階であるダンジョンの入り口を封印する術式の使用を試みた。
結果として、それは成功した。
通常時の入り口同様、外からの魔力は感知して開くことができる。
そして中からは・・・今、この一帯にモンスターがいないことが物語っている。
けど、その目覚ましい結果の裏には。
血が流れていた。
その封印の術式を可能にしたのは高純度の魔力。
『人間』が内包するものでもなく、『ハーフエルフ』のそれとも違う。
そう、純粋な『エルフ』の力が不可欠だった。
そのエルフの彼女と私はお互いの名前も、言葉を交わしたことも無かった。
けれど、実験を拒んでいた頃―――
『同じ異種族の命が惜しくはないのか?』
その頃、施設には私と彼女の二人しか囲われていなかった。
同じ境遇に身を置く同じ『異種族』。
私は名も知らぬ同族に一方的なシンパシーを感じ、その脅し文句を前に従うことにした。
幸いその中身は久我が吐き捨てたような、人権を無視した非人道的なものではなく。
健康診断の延長線上の様なモノと、モンスターとの数多の実戦的戦闘訓練の様なモノだった。
そして封印の術式を使用する時。
ダンジョンの入り口の前で初めて彼女と対面を果たす。
半年前の声と共に『ハーフエルフ』へと変化した私の半端な髪色と違って、
『エルフ』の彼女は、微かな光も反射し煌めかせる白銀の髪と、息を呑むような美貌を備えていた。
言葉を交わすことはなく、術式に挑み。
膨大な魔力を失った彼女は、
地に倒れる。
私は思わず、制止を振り切って駆け寄り抱き起して、発する言葉も見つからず口は乾き、涙がこぼれてきた。
そんな彼女は一言だけ、
『あなたは――――――生きて』
囁くように言うと、生命力を使い切った『エルフ』の末路なのか。
光の粒となって消えていった。
彼女の言葉は最後の一言だけ聞き取ることができた、
『生きて』
きっと、できなかった自分の分もそうしてくれという願いだと思った。
その時の感情を、いまだ自分でも何て呼んでいいのか分からない。
その後、堰を切ったかのように実験の負荷、訓練の負荷は今までの倍以上のものとなる。
特に、ダンジョンの攻略実験の責任者だった久我の私への対応は豹変し。
以前垣間見えていた人間味は一切なくなった。
曰く。
『貴重なアイテムを浪費し、ロクな実験結果も得られず、お前よりも希少な『検体』失う事となった。その『ペナルティ』だ』
その後、地獄のような一週間を何とか生き延び、
私は『同族』の居なくなった施設から逃げ出した。
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「一度攻略に失敗したお前がもう一度、この『屍人迷宮』へと潜り、今度こそ攻略を成してみろ」
この短期間で向上したステータスの検証も兼ねて、な。
そう言いながら四角張った眼鏡をなおす。
「以前の寄せ集めの部隊とは違う、今回は先ほど公園に送った隊と同等のレベル30越えの精鋭揃いだ。前回のような轍を踏むなよ?」
(・・・どういうつもり?今回はもう私を、脅し指揮下に置く手札も無いはず・・・)
『抗魔錠』を着けたままの私を連れて行っても何の役にも立たない、当然この拘束は解くはず。
なら―――
(隙を見て逃げることなんて簡単にできる・・・)
彼女の意思を守れる。
そして、すぐにでもナナシさんの元へ行き安否を確認しなければ―――
「忠告しておくが。今、入口を封印している術式は。外からは開けられても中からは開けられない」
「!」
そう・・・だった
「今回は緊急用の転移手段も用意できていない。つまり、『王』を倒さない限り外には出られないという事だ」
「・・・」
「案ずるな。前回のお前の報告を聞く限り、このダンジョンの『王』とお前の力はほぼ互角だ。ステータスが向上した今のお前なら倒せるはずだ」
それを温存させるための精鋭だ、と。
(結局、利用されるしかないの・・・?)
一瞬の希望も潰え、私の思考は、無責任で自分勝手な結末を選ぼうとする。
(もう・・・いっそ・・・ダンジョンの中で―――)
「―――最後に。お前が指示に従わない場合を想定して保険を用意しておいた」
「・・・え?」
久我がそう言うと、部下の隊員たちが一人の女の子を連れてくる。
「この少女はお前と同じ―――『ハーフエルフ』だ」
途端、かつての言葉を思い出し心臓の鼓動がけたたましく鳴り響く。
『同じ異種族の命が惜しくはないのか?』
「この子も攻略に同行してもらう・・・お前がモンスターから守ってやるんだな」
全ては国益のため―――
そう言った久我の浮かべた僅かな笑みに、殺意にも近い激情と。
得体の知れない闇を感じた。




